迎講事
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迎講事
丹後國普甲寺ト云所ニ。昔上人有ケリ。極樂ノ徃生ヲ願テ。
萬事ヲ捨テ。臨終正念ノコトヲ思ヒ。聖衆來迎ノ儀ヲ願ヒケル
アマリ。せメテモ心ザシノ切ナルマヽ。世間ノ人ハ。正月ノ初ハ思ヒ
願フコトヲ祝事ニスル習ナレバ我モ祝事せントテ。大晦日ノ夜。
一人ツカフ小法師ニ狀ヲ書テトラせケリ。此狀ヲ以テ朝夕元日
ニ門ヲタヽキテ物申サントイヘ何クヨリト問バ。極樂ヨリ阿弥陁
佛ノ御使也。御文アリトテ此狀ヲ我ニアタヘヨト云テ。御堂ヘヤ
リヌ。教ノ如ニ云テ門ヲタヽキテ約束ノ如ク問答ス。此狀ヲ急
キアハテサハギ。ハダシニテ出テ取テ頂戴シテヨミケリ。娑婆世界ハ
衆苦充滿ノ國也。ハヤク厭離シテ念佛修善勤行シテ。我國ニ來ル
ベシ。我聖衆ト共ニ來迎スベシトヨミツヽ。サメホロト。ナキ/\スルコ
ト毎年ヲコタラズ。其國ノ國司下リテ。國ノ事物語シケル次ニ。カヽ
ル上人有ヨシ人申ケルヲ。國司聞テ隨善シ。上人ニ對面シテ。ナニ
事ニテモ仰ヲ承リテ。結縁申サント申サレケレドモ。遁世ノ身ニテ
侍リ。別ノ所望ナシト返事有リケレドモ事コソカハレドモ。人ノ
身ニハ必ズ要ナル事侍ト。シ井テ申ケレバ。迎講トナヅケテ聖衆ノ
來迎ノ莊ヲシテ。コヽロヲモナグサメ臨終ノナラシニモせバヤト。思事
侍ト申ケレバ。佛菩薩ノ裝束上人ノ所望ニ隨テ調テ送ケル。
サテ聖衆來迎ノ儀式年久クナラシテ思ノ如ク臨終モ誠ニ聖衆
ノ來迎ニアヅカリテ。目出ク徃生ノ本意トゲテケリ。此ヲ迎講ノ
始トイヘリ。アマノハシタテニ。ハシメタリトモイヘリ。又惠心ノ僧都ノ
脇息ノ上ニテ。箸ヲオリテ佛ノ來迎トテ引ヨせ/\シテ。案ジ始メ給
ヘリト云説モ侍リ。實ニ物ニスキ其道ヲコノマン人ハ。寤寐ニ其
事ニ心ヲソムベシ。習サキヨリアラスハ。懐念イツクンゾ存ぜントイヘ
リ。能々思ソミナラスベキハ臨終正念ノ大事也。返々モ思ステウ
トムベキハ無始輪廻ノ執著也。然ニ世ノ人住生ヲ願フヤウナレ
ドモ。朝夕ニシナレ思ソム事ハ。タヾ流轉生死ノ妄業也。正念分
明ナル時思ソマズハ。病患苦痛ノ時餘念ナク。臨終オタシカラン
事難カルベシ。彼上人ノ風情ウラヤミタウベキヲヤ。世間ノ習ヒ今
生ノ身命ヲ重クシ。榮花富貴ノミ心ニ子カハシキマヽニ。正月ハ
殊ニヨシナキソラ事共取集メテ。今生ノ祝ヒ事ヲノミシアヘリ。去年。
ヲトヽシモ祝ヒシカドモ。マサリガホナキニ。コリズシテ。年毎ニ。イハヒアヘ
リ。サル程ニ死トイフ事ヲソロシク。イマハシキ故ニ。文字ノ音ノカ
ヨヘルバカリニテ。四アル物ヲイミテ。酒ヲノムモ三度五度ノミ。ヨ
ロヅノ物ノ數モ。四ヲイマハシク思ヒナレタリ。ソレホドニ四ノ文
字ノ音ダニモ。イマハシキ心ニ。正月ハ殊ニ恐ルベキ死せル魚鳥
ヲ家ノ内ニ取入テ。キリモリイリヤクハ。タヾ人畜ニコトナレドモ。
死ノ形チ同ケレバ。葬送ノ儀ナルベシ。經ニハ肉ヲ食スル口ヲバ。シ
ニカバ子ヲ捨ル塚也トイヘリ。ナドカコレヲイマザルベキ。精進潔
齋シ。戒ヲ持テ佛ニツカヘンコソ。壽命福徳モ目出タカルベケレ。
正月ニハ尤此ヲ行ズベシ。世間ノ人ノ物祝返々道理ナク。
侍リ。ホシカラヌ物ヲバ。死人ノ具足トテイトヒ。大切ナル所領
財寶ハ。死人ノ跡ナレドモ。此ヲトラント論ジ争フ。人ヲイムモ氣
色ワロキ者ヲバ。ツ井テニ久クイミ。キリモノナンドハ。サシモイマヌ事
也。カクノミ顛倒ノ心ニテ。世間ノアサキ道理ヲダニシラズ。フカキ
佛法ノ義理誠ニサトリガタシ。ヲロカナル凡夫ノ習哉。本覚佛性
内ニ有。世間出世之道理知識ノ縁ニ値テ。是ヲサトリシリ常
住ノ妙道ニ歸シテ。顛倒ノ邪執ヲスツベキ也