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「『教行信証』の思想と内容」の版間の差分

提供: 本願力

(人間存在の根本事実)
(真如と浄土)
 
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まず真実の智慧を説明して、「真実の智慧は実相の智慧なり。実相は無相なるが故に、真智、無知なり」[[chu:顕浄土真実証文類#P--322|(同上)]]という。真実の智慧というのは実相の智慧である、すなわち実相を証する智慧が真実の智慧である。ところがその知られる対象であるところの実相はもともと相というもののないもの、無相である。すなわち普通の意味でなんらかの形とか色とかいうもののない無相である。従って認識とか知識とかの対象としてあるようなものではない。しかしこのばあいにもいろいろなことが考えられる。例えば動的なものは認識の対象として、静的には知られないともいわれる。また情的なものは知的には知ることができないといわれる。いま実相が知ることができないというのは、そのようなばあいと同様な意味で知ることができないといわれているのではない。本来実相は無相であるから、その意味で知られないというのである。だからもし、そのような無相を知る働きがあるとするならば、それは知る働きのない知る働きとして、無知の知<ref>無知の知。ここでは、知られるものなくして知るはたらきを無知の知と表現しているので、ソクラテスの「無知の知」の意味で使ってはいないことに注意。</ref>とでもいうよりほかないものであろう。<br>
 
まず真実の智慧を説明して、「真実の智慧は実相の智慧なり。実相は無相なるが故に、真智、無知なり」[[chu:顕浄土真実証文類#P--322|(同上)]]という。真実の智慧というのは実相の智慧である、すなわち実相を証する智慧が真実の智慧である。ところがその知られる対象であるところの実相はもともと相というもののないもの、無相である。すなわち普通の意味でなんらかの形とか色とかいうもののない無相である。従って認識とか知識とかの対象としてあるようなものではない。しかしこのばあいにもいろいろなことが考えられる。例えば動的なものは認識の対象として、静的には知られないともいわれる。また情的なものは知的には知ることができないといわれる。いま実相が知ることができないというのは、そのようなばあいと同様な意味で知ることができないといわれているのではない。本来実相は無相であるから、その意味で知られないというのである。だからもし、そのような無相を知る働きがあるとするならば、それは知る働きのない知る働きとして、無知の知<ref>無知の知。ここでは、知られるものなくして知るはたらきを無知の知と表現しているので、ソクラテスの「無知の知」の意味で使ってはいないことに注意。</ref>とでもいうよりほかないものであろう。<br>
 
言葉をかえて説明すれば、智慧はノエシス<ref>ノエシス ノエマ。どちらもフッサールの現象学において用いられる、ギリシャ語の見る=noeoに由来する言葉であり、概念。ノエシスとは、精神的な知覚作用としての「考える作用」を意味し、その対象としての精神的に知覚されたもの、つまり「考えられたもの」がノエマである。ここではノエシスを知るもの、ノエマを知られるものと見ておけばよいだろう。</ref>的な働きのものであるが、その知られるべき対象であるノエマの実相はもともと知られるべき相のない無相である。実相はノエマではあるが、ノエマとして知られるべき相のないノエマである。このようなノエマをノエマとするノエシスは、ノエシスとしての働きをもちながらも、しかも知ることのないノエシスであるといえよう。むしろ知られるものなくして知られ、知るものなくして知る、境知如々<ref>境知如々(きょうち-にょにょ)。知るものと知られるもの(境)が一如(如如)であるようなという表現。</ref>、無相であり、無知である。実相を知る智慧は実相が無相であるから、知る働きなくして知る智慧であり、そのままで知るのである。それで真智は無知であるといわれるのである。もののありのままを知るということは、知る主体の側になんらかの作為があっては、ありのままに知ることはできない。もし真に知るというならば、作為なくして知るというような働きでなくてはならない。だからありのままに知る智慧は作為のない知る作用でなければならない。<br>
 
言葉をかえて説明すれば、智慧はノエシス<ref>ノエシス ノエマ。どちらもフッサールの現象学において用いられる、ギリシャ語の見る=noeoに由来する言葉であり、概念。ノエシスとは、精神的な知覚作用としての「考える作用」を意味し、その対象としての精神的に知覚されたもの、つまり「考えられたもの」がノエマである。ここではノエシスを知るもの、ノエマを知られるものと見ておけばよいだろう。</ref>的な働きのものであるが、その知られるべき対象であるノエマの実相はもともと知られるべき相のない無相である。実相はノエマではあるが、ノエマとして知られるべき相のないノエマである。このようなノエマをノエマとするノエシスは、ノエシスとしての働きをもちながらも、しかも知ることのないノエシスであるといえよう。むしろ知られるものなくして知られ、知るものなくして知る、境知如々<ref>境知如々(きょうち-にょにょ)。知るものと知られるもの(境)が一如(如如)であるようなという表現。</ref>、無相であり、無知である。実相を知る智慧は実相が無相であるから、知る働きなくして知る智慧であり、そのままで知るのである。それで真智は無知であるといわれるのである。もののありのままを知るということは、知る主体の側になんらかの作為があっては、ありのままに知ることはできない。もし真に知るというならば、作為なくして知るというような働きでなくてはならない。だからありのままに知る智慧は作為のない知る作用でなければならない。<br>
それゆえに、「真実を以てして智慧に目(な)づくることは、智慧は作にあらず非作にあらざることを明かすなり」[[chu:顕浄土真実証文類#P--322|(同上)]]といわれるのである。智慧はなんら作為しない、自ら知ろうとする働きはない、しかし作為がないといっても金く働かないというのではない、単なる非作ではない、そこにはやはり智慧として知る働きがあるのである。従ってそれは非作の作といわれるのである。このような非作の作としての智慧にして、はじめて真実という名に値するのである。
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それゆえに、「真実を以てして智慧に目(な)づくることは、智慧は作にあらず非作にあらざることを明かすなり」[[chu:顕浄土真実証文類#P--322|(同上)]]といわれるのである。智慧はなんら作為しない、自ら知ろうとする働きはない、しかし作為がないといっても全く働かないというのではない、単なる非作ではない、そこにはやはり智慧として知る働きがあるのである。従ってそれは非作の作といわれるのである。このような非作の作としての智慧にして、はじめて真実という名に値するのである。
 
ありのままを作為なくして、ありのままに知るがゆえに真実である。しかしここでありのままをありのままに見るといった場合、それは一般にいわれている如き、純粋客観的にものを見るというようなことと直ちに同じではない。ここでは「真智は無知なり」といわれ、「智慧は作にあらず」といわれているように、客観的にものを認識するというような、そんな働きをも止めるのである。<br>
 
ありのままを作為なくして、ありのままに知るがゆえに真実である。しかしここでありのままをありのままに見るといった場合、それは一般にいわれている如き、純粋客観的にものを見るというようなことと直ちに同じではない。ここでは「真智は無知なり」といわれ、「智慧は作にあらず」といわれているように、客観的にものを認識するというような、そんな働きをも止めるのである。<br>
 
西田幾多郎が従来の哲学の認識諭を批判して、「従来の認識論は、誰の自己でもない様な、抽象的な、意識的自己の立場から世界を考へた。故に自已が単に受働的に、映す世界が客観的と考へられるか、又は反対に個人的自己を越えた意識一般と云ふ如きものの構成の世界が客観的と考へられた」(『全集』第十巻、三五〇頁)。しかしそのような世界は客観的世界といっても、抽象的・意識的自已の立場から考えられた対象界であって、我々の自已がそれに於て働く世界ではないといい、従来の認識論を主観主義と批判しているが、それは従来の認識論の知が常に作為分別の立場にあるものであり、抽象的・意識的立場に立っていて、真にありのままに見るという無知の立場に立っていないことを批判しているのである。たとえザッハリッヒ<ref>ザッハリッヒ(sachlich)。ドイツ語:事物に即した本質的。実際的、客観的、即物的などの意味を持つ。</ref>な立場を主張しているような哲学であっても、結局は意識的自己の立場を離れたものではない。西田哲学が行為的直観という如きことを主張するのも真智を目ざしたものといえるのではないであろうか。
 
西田幾多郎が従来の哲学の認識諭を批判して、「従来の認識論は、誰の自己でもない様な、抽象的な、意識的自己の立場から世界を考へた。故に自已が単に受働的に、映す世界が客観的と考へられるか、又は反対に個人的自己を越えた意識一般と云ふ如きものの構成の世界が客観的と考へられた」(『全集』第十巻、三五〇頁)。しかしそのような世界は客観的世界といっても、抽象的・意識的自已の立場から考えられた対象界であって、我々の自已がそれに於て働く世界ではないといい、従来の認識論を主観主義と批判しているが、それは従来の認識論の知が常に作為分別の立場にあるものであり、抽象的・意識的立場に立っていて、真にありのままに見るという無知の立場に立っていないことを批判しているのである。たとえザッハリッヒ<ref>ザッハリッヒ(sachlich)。ドイツ語:事物に即した本質的。実際的、客観的、即物的などの意味を持つ。</ref>な立場を主張しているような哲学であっても、結局は意識的自己の立場を離れたものではない。西田哲学が行為的直観という如きことを主張するのも真智を目ざしたものといえるのではないであろうか。

2019年5月2日 (木) 13:52時点における最新版

編集中

20数年ほど前に読んだ『親鸞 教行信証』──原典日本仏教の思想──の、星野元豊師の同書の解説から抜粋。たまたま、なんまんだぶのご法義に出遇って、もっと知らしてもらおうと、慣れない漢文読み下し文と格闘しながら、あちこち『教行証文類』を対校しながら読んでいた頃に読んだ本。当時はさっぱり解らなかったのだが、お育てのおかげで少しく解るようになった。解説は哲学的な視点で記され宗学とは少しく違った観点から考察しているので御開山の意図を窺う思考の補助線の一つとして有用であろう。なお、この本は坂東本を底本としているので、WikiArcで依用している本願寺派の「聖典」と少々文句の異同がある。参考の頁番号は同書の頁であるが、利便の為に対応するWikiArcの文にリンクした。なお文中のリファレンス(脚注)は私において付したもので、同書中にはない。また文字の強調やライン、フリガナ等も自分の学びのために私において附したものであり、原著の意図と違う場合もあるので注意されたし。

   親鸞 教行信証 「原典日本仏教の思想」中の星野元豊氏の解説より抜粋

『教行信証』の思想と内容

一 『教行信証』とはどんな書物か

『教行信証』[1]親鸞の主著であり、浄土真宗のよって立つ根本聖典として、何よりもまず宗教書である。しかしそれは親鸞の信仰の語られた単なる信仰告白書でもなく、また単なる教条の羅列されたものとも異なり、深い思想と論理によって貫かれている思想書である。『教行信証』はその表題の示すように、文類[2]の形式をとっている。親鸞は経典と論と祖師たちの解釈書の文を自由に集めて、それをもって自已の思想を示すとともに自らの理解と解釈を補って『顕浄土真実教行証文類』と題したのである。
まず目につくことは、教行信証の上に「顕浄土真実」の文字が冠せられていることである。親鸞は何よりもその教行信証が真実であることを主張しようとしているのである。ここに『教行信証』が必然的に哲学を説かざるをえなかった理由があろう。そこには灼熱の宗教的生命の火花が散るかと思えば、冷徹なる思索の深淵が寂然としてたたえられている。宗教的生命と哲学的生命が渾然として一如となったところ、それが『教行信証』の世界である。親鸞自らがこれを企図していたことは、その総序が端的に示している。それは宗教的感激に満ちあふれているにもかかわらず、その底には確固たる真理主張がなされ、価値批判がなされている。例えば「難信金剛の信楽は、疑ひを除き徳[3]を獲しむる真理なりと。しかれば凡小修し易き真教、愚鈍往き易き捷径なり。大聖の一代の教、この徳海にしくなし」(一〇頁)とは哲学的基礎づけなくしてはいいえない言葉である。まことに『教行信証』は親鸞の全生涯をかけての血みどろな苦闘の体験の上にきずかれた深い信仰と思索の書である。

 年少にして比叡に登り、山にとどまった二十年にわたる修行時代、おそらく彼も普通の青年たちと同じ悩みを悩んだにちがいない。愛慾の悩みもあったろう。名誉への心も動いたであろう。さらに人生に対してのいろいろな疑問も湧いてきたにちがいない。しかし彼はそれら諸々の悩みがそもそも何に基づいているかを山において学んだのではないかと思う。 悩みの基、それは"私"というものが存在しているということである。自己存在こそが一切の悩みの根源ではないであろうか。彼が叡山で身をもって学んだもの、それは自己存在が解決されがたき生死の絶対矛盾的存在であるということであった。彼の生命が絶対生ではなくして、生死的生命であるということであった。しかも仏教では生死は即涅槃であり、煩悩は即菩提であるという。これの悟りこそが究極の目的であり、成仏とはこの悟りに至ることであるという。そのためには一切の煩悩を断ち切ることが要求され、それにはいろいろな修行が必要とされる。親鸞は真剣にこの問題に取り組み、真剣に修行したにちがいない。しかし永年の努力にもかかわらず、彼が得たものは悟りではなくして、むしろ逆に悟りえない自己の無力さであり、修行に耐ええない自己の弱さであり、断ちがたき煩悩の熾烈さであり、ますます不可解になってゆく自己存在の矛盾であった。この自己存在の底にひそむ暗黒、迫りくる不安、 焦燥、それは独り親鸞だけのものではなくして、人間のすべてがもつべき不安である。自己存在の生死的矛盾こそは人間に普遍的なものである。この点を明らかにすることなくしては人間のありとあらゆること、人生のすべてが根をもたない浮草に等しい。多くの人はそれに気づかない。しかしひとたびこの問題に出逢うとき、人はその問題がいかに重要であり、根本的であるかに気づくであろう。
あらゆる文化といわれ文明といわれているものも、この問題を素通りしては無意味となる根本問題なのである。親鸞はこの問題の解決にその全生涯をかけたのである。

 親鸞は自己をみつめ、また当時の仏教教団の堕落ぶりをみるにつけ、到底、自力聖道門では誰れ一人として問題を解決することができないと見きりをつけた。「(まこと)に知んぬ、聖道の諸教は在世・正法のためにして、全く像末・法滅の時機にあらず。すでに時を失し機に乖けるなり」(二一四頁)といい、「しかれば穢悪濁世の群生、末代の旨際を知らず、僧尼の威儀を毀る。今の時の道俗おのれが分を思量せよ」(二一七頁)
すでに時は末法である。そして救いの対象であるも穢悪の凡夫である。従ってすでに聖道門の時代ではない。僧侶・比丘尼の威儀が乱れていることを(いたず)らにそしるより、僧侶も俗人もともに自分自身の分際を考えてみるがよかろう。親鸞の批判は手きびしい。それは他にいうよりも、まず親鸞自身が自分に投げかけた言葉であったろう。

 親鸞は山を下って吉水法然の門を叩いた。ここではじめて親鸞はその悩みを根本的に解決しえたのである。彼はひたすら師法然に信順した。「たとひ法然聖人にすかされまひらせて、念仏して地獄におちたりとも、さらに後悔すべからずさふらう」(『歎異抄』)というほどの傾倒ぶりであった[4]。親鸞は法然の『選択集』を讃嘆して、「選択(せんじゃく)本願(ほんがん)念仏集(ねんぶつしゅう)は<禅定博陸月輪殿兼実、法名円照>の教命によりて撰集せしむるところなり。真宗の簡要、念仏の奥義、これに摂在せり。見るもの諭りやすし。誠にこれ希有最勝の華文、無上甚深の宝典なり」(二五八頁)といい、『和讃』には「智慧光のちからより、本師源空あらはれて、浄土真宗ひらきつつ、選択本願のべたまふ」(『高僧和讃』)と法然を浄土真宗の開祖と仰いでいる。このように法然を開祖とし、『選択集』を希有最勝の華文、無上甚深の宝典としながら、親鸞はなぜまた『教行信証』を書かねばならなかったのであろうか。彼は信巻別序において、「しかるに末代の道俗、近世の宗師、自性唯心に沈みて浄土の真証を貶す、定散の自心に迷ふて金剛の真信に昏し。ここに愚禿釈の親鸞、諸仏如来の真説に信順して、論家・釈家の宗義を披閲す。広く三経の光沢を蒙りて、ことに一心の華文を開く。しばらく疑問を至して遂に明証を出だす」(七一頁)といっているように、「唯心の弥陀、己心の浄土」といって、自分自身の本性が阿弥陀仏であり、仏とは自分の心の生み出した理想的人格であり、心のもちようでこの現実の世界が浄土ともなりうるという考えが一般に拡がっていた。これはいつの時代にもある思想であり、ともすれば現代でも受けいれやすい考え方であるが、親鸞はこれを否定するとともに、浄土門の中でも十八願の念仏以外の諸行を修することによっても往生できるとする諸行往生説を正そうとした。そのため三部経と七祖の聖典を引いて真の念仏を明証しようとしたのである。この意図のもとに彼は「真宗の詮を鈔し、浄土の要を摭ふ」(二五九頁)て『教行信証』を作成したのである。それ以外に法然の念仏義を訂正しようとか、『選択集』を補填しようとか、そんな意志はなかったにちがいない。当時、外的には、念仏に対する圧迫はなお残存しており[5]、内的には、法然門下に異論続出する状況にあって、親鸞はただ法然の道を正しく継承するとき、十八願の念仏は信として凝縮せざるをえないと確信した[6]、この確信のもとに、教行証という組み立ての中にあえて信を挿入して「教行信証」としたのであろう。一般に、教を理解して、その教のままに修行して、その結果として証を開くという教行証が順序である。親鸞は標題にも「顕浄土教行証文類」と書き、総序にも「真宗の教行証」と教行証の語を用いているが、これについては論議はあるにしても[7]、とにかく内容的には行と証との間に信を挿入している[8]。しかし信が挿入されることにより全巻の内容は一変して、それが親鸞の特色となり、「教行信証」といわれる極めて独創的な内容をもった組み立てとなったのである。『教行信証』は深い哲学的な書物であるとはいえ、その一字一句には親鸞が命をかけてもがき苦しんだ体験の熱い血潮が脈打っている。それゆえにわたくしが求めたいことは、親鸞が全心身をかけた問題──それは人間の根本問題である──を読者自らの問題として読んでほしいということである。それなくして、どれだけ注釈書を読破し、いろいろな論争や解釈に力を注いでも、畢竟、空理空論に終わって、真の『教行信証』の理解とはならないと思うからである。

二 『教行信証』の構成

親鸞は教巻の劈頭に、「謹んで浄土真宗を按ずるに、二種の廻向あり。一つには往相(おうそう)、二つには還相(げんそう)なり。往相の廻向について真実の教行信証あり」(一五頁)と述べ[9]、さらに証巻には、「それ真宗の教行信証を案ずれば、如来の大悲回向の利益なり。かるがゆへに、もしは因もしは果、一事として阿弥陀如来の清浄願心の回向成就したまへるところにあらざることあることなし」(一四二頁)という。ここで示されていることは、教行信証の根柢(こんてい)廻向があるということである[10]。ここで親鸞が廻向といっているものは、普通仏教の常識でいわれている廻向とは全く逆である。普通には私たちの方から仏の方へさしむけるのを廻向といっている。ところが親鸞では上掲の文からも理解できるように、逆に仏より衆生の方へさしむけるのが廻向である。親鸞は廻向に往相還相の二相を見出した。往相とは衆生が浄土へ往生する面をいい、還相とは一度往生して再び衆生を救わんがためにこの世へ還って救済の働きをする面をいうのである。前者は自利、後者は利他の働きである。そして往相も還相もともに如来よりの廻向として、如来の救済の働きそのものである[11]

 いま『教行信証』の構成においては、往相の廻向に中心をおき、往相廻向に教行信証を分けてこれを説明し、還相廻向は証の必然的結果として現われるものとして、証巻の終りにこれを説明しているが、教行信証すべてが廻向を根柢に置いて形成されているのである。しかしその廻向という仏の働きは証と真仏土を根源としてそこから出ているのである。廻向成立の原理、換言すれば救済成立の原理はこの証と真仏土にあるのである。そしてまた教行信証の真実性もここに根拠づけられている。このようにして、証は教行信証という組織の形成される根元であるとともにそれの真実性の理論的根拠であるということができるであろう。

 それで『教行信証』の内面的理解のために、わたくしは次のような点に留意して解説したいと思う。すなわち、教行信証の根柢に廻向があり、さらにその根柢をなすものは証であるが、いま証を根柢として廻向の働きが起こり、そこに教行信証が組織づけられる事実的過程を述べるとともに、それがいかにして可能かという論理的根拠を明らかにしようと思う。[12]
前者は教行信証の成立する事実的過程であり、後者はその成立の原理である。親鸞の説いた順序は、はじめに総序、次に教・行を述べ、次に信巻だけに特別の序を置き、さらに証と真仏土を説き、最後に化身土を述べるという順である。従って解説もその順序に従うべきであるかもしれない。しかし時代はすでに七百年を隔てている。日本の思想界も西洋思想の影響を受けて、その思考形式も異なってきている。現代の読者にその解説をしようとするとき、その叙述の仕方もおのずから異なって然るべきであろう。わたくしはその意味からいっても内面的解説の方が本来的な解説であると思うので、原本の形式にとらわれることなく、仏教に全く無関係な人たちにも理解できるような解説を試みたいと思う。しかし原本を直接読まれる方の便をもおもんぱかって、できるかぎり簡潔に各巻の中心点と問題点を述べることとしよう。

教巻について

 親鸞は各巻の初めに標挙(ひょうこ)といって、その巻の肝要となるものをあげているが、教巻には「無量寿経」(真実の教、浄土真宗)(*)と示している。

 まずとは釈迦の説いた教であるが、その諸々の教のうちで、釈迦が本心を吐露した真実の教が説かれたものは「大無量寿経」であるという、そしてその経の宗義(かなめ)は如来の本願を説くにあり、その本体は名号であると端的に打ち出している[13]
次に「大無量寿経」が何故に釈迦の本心を示した経典(これを出世本懐といっている)であるかということを述べているが、その論証は実に簡単である。それはこの経を説くとき、釈尊のすがたが悦びに満ちて、五つの徳(これを五徳瑞現(ごとく-ずいげん)という)を輝かしていた。それで弟子の阿難がその理由を尋ねたのに対して、釈迦は「お前の問いは一切の人々に真実の利をもたらすであろう。このようなすがたを示すことは稀なことだ」(*意) と答えた。それでこの五徳瑞現とこの間答によって出世本懐[14]の証拠だというのである。出世本懐については、後に日蓮宗との間に論争を引き起こしたが、すでに以前から一般に「法華経」は出世本懐経として承認されていた。しかしそれにしても経典の文句や表現のみを拠りどころとして出世本懐を論じても結局は水かけ論に終わるほかないのではなかろうか。古来、『教行信証』注釈の古典的名著といわれる存覚の『六要紗』は機の利鈍に注目して、末法濁世の凡夫を救うのはひとり弥陀の本願であるとして、この点で「法華経」に対して「無量寿経」の出世本懐であることを主張している。たしかに一歩進んだ見解である。しかしさらにそれが論理的に真実であることの論証がなければならない。かかる論証があってはじめて、経を信ずる者も信ぜない者をも納得せしめることができるのである。親鸞は教巻を結ぶにあたって、「しかれば則ちこの顕真実教の明証なり。誠にこれ如来興世の正説、奇特最勝の妙典、一乗究竟の極説、速疾円融の金言、十方称讃の誠言、時機純熟の真教なり。知るべしと」(一七頁)と書いているが、この言葉は『教行信証』全体を読み終えたとき、はじめて納得しうるものであろう。真実教たる所以は『教行信証』全体がこれに対して答えているのである。教巻は「大無量寿経」が真実教であることを冒頭にかかげて、以下その論証をしようというのである。

 ところで「無量寿経」は一つの神話的物語によって語られている。それを簡単に述べておきたい。
 今を去る大昔、世自在王如来という仏の時代にすぐれた王がいて、この如来の説法を聞いて感動して出家成道の決意を起こし、法蔵という一介の修行者となった。法蔵は(ほうぞう)世自在王仏に「どうぞ諸仏の浄土の成り立つ原因とその行について教えて下さい。わたくしはそれらのすぐれたところをみな揃えた浄土を建立したいと思います」とたのんだ。世自在王仏は法蔵の志願を()でて、二百十億の諸仏の浄土のありさまを見せられた。そこで法蔵は堅い決意のもとに四十八の願をたて、この願が成就しなければ、自分も仏と成らないと誓った。五(ごこう)という永い間思惟し、ついにこの願が成就して、一切衆生残らず往生成仏できる極楽浄土ができ上がり、自ら無量寿仏という仏となった。法蔵が仏になってからすでに十劫という歳月がたっている。

 浄土教の祖師たちはこの物語から仏の救いの真実を汲みとった。親鸞は浄土真宗の祖師として竜樹・天親・曇鸞・道綽・善導・源信・源空の七祖を選んだが、それら祖師たちを通じて、この物語は宗教的・思想的に深化されて、生命をもった真実として親鸞の中に息づいているのである。その思想的展開が『教行信証』にほかならない。

行巻について

親鸞は行巻の標挙に「諸仏称名の願」という弥陀の四十八願中の第十七願をかかげ、「浄土真実の行、選択本願の行」(*)という細註をつけた。諸仏称名の願というのは「たとひわれ仏を得たらむに、十方世界の無量の諸仏ことごとく咨嗟してわが名を称せずは、正覚を取らじ」(二一頁)という誓願である。無量の諸仏が自分の名号をほめたたえねば、仏とならないというのは、一見駄々子のような願だとも取れる。しかし親鸞はこれを、十方諸仏が大衆の中で常に説法師子吼[15]して名号を讃嘆し、我々によびかけていることを意味していると解した。諸仏の称名は四六時中、私を取りまき、機会あるごとに私の信仰心を目ざめさそうとしているのである(*)。称名[16]といい、名号といっても、決して固然としたものではなくて、常に動いている働きそのものである。
親鸞は行巻のはじめに、「謹んで往相の廻向を按ずるに、大行あり大信あり。大行とは則ち無碍光如来の名を称するなり。この行は即ちこれもろもろの善法を摂し、もろもろの徳本を具せり、極速円満す、真如一実の功徳宝海なり。かるがゆへに大行と名づく。しかるにこの行は大悲の願より出でたり。即ちこれ諸仏称揚の願と名づけ、また諸仏称名の願と名づく、また諸仏咨嗟の願と名づく、また往相廻向の願と名づくべし、また選択称名の願と名づくべきなり」(二一頁)と書いている。
往相廻向における行は無碍光如来の名を称することである。そしてそれは諸仏称名の願から出たというのである。諸仏のよびかけの称名によって、私がそれを聞信して私が称名するとき、この諸仏称名の願はその目的を果たすのである。諸仏のよびかけが私の称名として行ぜられるところ、そこに往相廻向の大行がある。それは仏の本願力が私の上に称名となったものであり、私には何に一つの働きもない、それでまた不廻向の行といわれるのである。かく諸仏の称名が私の称名として実現するところが南無阿弥陀仏である。親鸞は南無阿弥陀仏の六字を分析した善導の句を引き、独自の解釈をほどこしている。古来、六字釈(ろくじ-しゃく)といわれているものである(*)。後に詳述するように阿弥陀仏のよび声がそのまま私の南無の働きとなり、私の南無と帰命(きみょう)する働きがそのまま阿弥陀仏の救いの働きであるところ、それが生きた南無阿弥陀仏である。そこでは諸仏の称名即私の称名、私の称名即諸仏の称名である。それで称名が大行であり、真如一実の功徳宝海であり、そこに金剛の信心が成就するのである。

 ところで諸仏の称名が現実に私の称名となるということは具体的にはどういう過程を経ての事態なのであろうか。詳しくは後にふれるが、親鸞は父母の喩をもって示している。往相の行の成立には、名号の父の働きとそれに応ずるために私を育てはぐくむ光明の母の働きとがあり、さらにそれを外縁として、信心の業識による信心求念の決断があって、はじめて往相の行が完遂されることを説いている。両重因縁(りょうじゅう-いんねん)の喩といわれ論議のあるところである。さらに親鸞は、私が仏の名号を聞いてそれが私の行となったとき、そこには自然[17]に行の一念があるという。行の一念とはわかりやすくいえば、一と声の念仏であるが、一と声の念仏が私の口をついて出るとき、これこそ無上の功徳を具足した証拠であるというのである。(*)
それは一枝の梅花に春の到来を知るの風情である。そこで親鸞は「これ(すなわ)ち真実の行を顕はす明証なり。誠に知んぬ、選択摂取の本願、超世希有の勝行、円融真妙の正法、至極無碍の大行なり。知るべしと」(五六頁)と結んでいる。これで実際上、行巻は終わったといってもいいが、それに付加して重点的に「他力」と「一乗海」について述べている。行の基礎をなすものは他力であるが、「他力と言ふは、如来の本願力なり」(五六頁)といい、他力の根柢として本願力の自然の働きを示して、その形而上的基礎づけをなしている。しかし親鸞はここではその結論のみを述べてその詳細は証巻・真仏土巻にゆずっている。次に一乗海について述べているが、それは大行を「真如一実功徳宝海」といった点を明らかにしようとしたものである。一乗は大乗無上の法門すなわち最上の乗り物であって、それの目的とするところは無為涅槃海である、それは逆謗闡提等一切を呑み尽くす海に喩えて一乗海というのである。親鸞は「涅槃経」「華厳経」を引き、唯一最上の乗り物として念仏を讃嘆するのである。このあと念仏を諸善と比較して、念仏の勝れていること、また念仏者の勝れていることを述べている。

 行巻の最後に親鸞は「正信偈(しょうしん-げ)」とよばれている有名な偈文を書いた。一切衆生の救済される道はこの行巻において説かれた。しかし行は単に仏の側の働きにとどまらず、それが浄土へ往生したいという私の往相の働きとして働くところ、即ち私の信となるところにその行が大行として完成するのである。だから往相の廻向について大行あり、大信ありというのである。それでこの正信偈を書くにあたって、信の序となり、行の結びとなるべきものを付した。

 「おほよそ誓願について真実の行信あり、また方便の行信あり。その真実の行の願は諸仏称名の願なり。その真実の信の願は至心信楽の願なり。これ乃ち選択本願の行信なり。その機は則ち一切善悪大小凡愚なり。往生は則ち難思議往生なり。仏土は則ち報仏報土なり。これ乃ち誓願不可思議一実真如海なり。大無量寿経の宗致、他力真宗の正意なり」(六四頁)[18]

 ここで「大無量寿経の宗致、他力真宗の正意なり」といっているように、この句は真宗の中核を最も簡明に述べたものである。弥陀の誓願にも真実の行信と方便の行信とがあるが、その真実の行が十七願の諸仏称名の願であり、その真実の信が至心信楽の願である十八願である。この十七願は選択本願の行であり、十八願は選択本願の信である。その救済の対象は一切衆生である。そしてその往生は化巻に明らかにされた真実と方便の三種の往生のうちの真実の難思議往生である。
これについては特に証巻に論ぜられている。そして往生する仏土は真実の報身仏のいます報土であって、これについては真仏土巻に述べられている。これこそ誓願不可思議の働きであり、到りついたところは真如海なのである。この一句において真宗の中心点はすべて述べられている。行巻では救済の働きは述べられているが、それが現実において信者の側に働いた状態については何んら語られていない。諸仏の称名が私に受けとめられ、私の信となって浄土往生を願うようになるのだが、その純粋の信仰とはいかなるものか、真実信である至心信楽について述べたのが信巻である。正信偈は両巻の橋渡しとして行巻と信巻との中心的なものがすべて凝縮して述べられ、さらに浄土真宗の伝統の七人の祖師の肝要を示し、讃嘆している。それで正信偈は浄土真宗のエッセンスが述べられたものとして、浄土真宗の信者の間にも読経され、尊重されているのである。

信巻について

信巻には特別の序文がついている。なぜ信巻だけに序文をつけたかについていろいろ説があるが、それはともかく親鸞は信巻の標挙に「至心信楽(ししん-しんぎょう)の願」と十八願をかかげ、下に「正定聚の機」と書いている(*)。信巻で明らかにしようとした中心はこの二つである。

まずここでは信心という主体の側に重点がおかれて述べられている。親鸞は天親の「世尊、我れ一心に尽十方無碍光如来に帰命し、安楽国に生ぜんと願ず」(*)という願生偈の「一心」こそ他力信心の極と解した。ところが十八願文では、至心(ししん)信楽(しんぎょう)欲生(よくしょう)の三心と乃至十念(ないし-じゅうねん)したものが往生するとされている。従って信心の極としての一心とこの三心との関係が明らかにされねばならない。それが三一問答とよばれて、問答体で説かれているところである。親鸞によれば、もともと涅槃の真因は信心一つであるから、天親は三心を合して一心としたのであると解し、三心の字訓を解釈[19]し、至心信楽欲生もともに疑いの()じることのない意味をもっているから、これを一心としたのであるとなし、第二にはその法義の上から解釈している。まず至心について、如来が清浄の真心をもって濁悪の衆生救済の唯一の道として名号を成就し、至心をもってこれを衆生に廻施したのが衆生の至心である。かく廻向された至心だから疑いの雑じらない真実である。そして如来の至心の私における実現が信楽である。だから信楽を如来の満足大悲円融無碍の信心海(*)というのである。「次に欲生と言ふは、則ちこれ如来、諸有の群生を招喚したまふの勅命なり」(九二頁)という。私の欲生は如来の我れに来れとよびたまう命令の現われたものである。仏のよび声の動的な実現が私の欲生にほかならない。

 かく三心すべて如来の働きであるから疑いが雑らず、不顛倒、不虚偽なのであり、従って真実なのである。如来の成就した南無阿弥陀仏が私の至心となり、その相が信楽であり、その働きの内容が欲生であって、それらの統一された極が一心である[20]。一口には、如来の救いの働き即私の信の働き、私の信の働き即如来の救いの働きであり、この「(そく)」の完全な顕現が南無阿弥陀仏である。逆にいえぱ、如来の南無阿弥陀が私の南無阿弥陀仏(な ん ま ん だ ぶ)となったその一点が一心である。[21]

 さらにこの信心は不可称、不可説、不可思議の超越的世界であり、それは「横超断四流(おうちょう-だんしる)[22]として、煩悩の根の断ち切られた世界であり、正定聚の位であるというのである。往相の信心を起こしたとき、煩悩の根が絶たれ正定聚に住するという理解は現生(げんしょう)正定聚(しょうじょう-じゅ)とよばれ、親鸞の最も特色あるものであり、これこそ親鸞を不朽ならしめたものである。親鸞はこの信心を横超の菩提心と名づけた。菩提心は仏教一般においては、いやしくも仏道を志すものは菩提心を起こさねばならないといわれている。ところが栂尾の明恵は法然を批判して、法然は往生の業は念仏を本とするといい菩提心を欠いていると非難したので、菩提心の問題が当時やかましく論ぜられていた。それに対して親鸞は信心こそ最もすぐ菩提心だとしたのである。

 最後に五逆謗法闡提の徒も回心すれば皆往生できることを論じて信巻を終えている。

証巻について

標挙には「必至滅度の願、難思議往生」(*)と記されている。従来の浄土教では、浄土に往生して、そこで正定聚に住し、その後成仏すると解せられている。ところが親鸞では上述のように現生正定聚が主張され、この現実で、信を獲たときすでに正定聚に入るのであって、往生は成仏である。この証巻はそれで、獲信の結果の証がどのようなものかをまず示している。この証を得ることについての願は第十一願である。それは、「たとひわれ仏を得たらむに、国の中の人天、定聚に住し、必ず滅度に至らずは、正覚を取らじ」(*)と誓われている。親鸞は必至滅度の願、証大涅槃の願とよんだ。ではその証とは何かといえば、「謹んで真実の証を顕はさば、則ちこれ利他円満の妙位、無上涅槃の極果なり」(一三九頁)といい、さらに「しかるに煩悩成就の凡夫、生死罪濁の群萠、往相回向の心行を獲れば、即の時に大乗正定聚の数に入るなり。正定聚に住するが故に、必ず滅度に至る。必ず滅度に至るは即ちこれ常楽なり、常楽は即ちこれ畢竟寂滅なり、寂滅は即ちこれ無上涅槃なり、無上涅槃は即ちこれ無為法身なり、無為法身は即ちこれ実相なり、実相は即ちこれ法性なり、法性は即ちこれ真如なり、真如は即ちこれ一如なり。しかれば弥陀如来は如より来生して、報・応・化、種種の身を示し現じたまふなり」(一三九頁)[23] といっている。
信の必然的な究極は仏教の究極の証(さとり)である涅槃、真如そのものである。証とか滅度とかいえば、いかにも静的なものに考えられよう。しかし本来、滅度は静的なものではなくして、全く動的にこの現実に働き続けている活動体なのである。それゆえに親鸞は「真如は一如なり」といい、それに続いて「しかれば弥陀如来は如より来生して、報・応・化、種種の身を示し現じたまふなり」というのである。如来はこの現実にその時、その場、その対象に応じて変(ママ)自在に働くのである。そして実は私の往生するところ、そこから如来が生まれてきたのである。従って如来の働きはいわゆる還相廻向の働きとして活動しているといってよかろう。いや如来の働きこそ同時にそれは還相廻向の働きなのである。証巻は、証とは何であるか、それは動的な大悲の働きそのものであり、従って如来の救済の働きであるとともに還相の働きであることを示したものである。

 親鸞は『往生論註』を引用して還相廻向の論理を展開しているが、それはまさしく真宗の救済成立の根拠の論証である。従って証巻こそは『教行信証』の中心をなすものといえるであろう。読者は心をひそめて、この点に注目して読んで頂きたいと思う。筆者の内面的な解説もここから説き起こしてゆきたいと思う。

真仏土巻について

浄土教において救済の中心的役割をなしているのは浄土であるが、真宗においても変わりはない。ところで親鸞は浄土往生について極めて簡潔に、「その機は則ち一切善悪大小凡愚なり。往生は則ち難思議往生なり。仏土は則ち報仏報土なり。これ乃ち誓願不可思議一実真如海なり。大無量寿経の宗致、他力真宗の正意なり」(六四頁)といっている。真仏土巻では証巻に示された証の具体的なあらわれとして、真宗の目ざす仏身仏土が報仏報土であり、それが一切衆生の往生しうる唯一の仏土であることを示そうとしているのである。標挙としてあげられたものは第十二願「光明無量の願」、第十三願「寿命無量の願」(*)である。仏身仏土ともに空間的には光明として十方に遍満し、時間的には寿命として無窮である。このようにして「極楽は無為涅槃界(むい-ねはんがい)」であり、往生とは「自然虚無の身、無極の体(*)を得ることにほかならない。「涅槃経」十三文を引き、真仏真土の根柢をそれぞれの面より明らかにしているが、すでに証巻をふまえて、その解明は自由奔放、まことに目をみはらせるものがある。それは往相・還相ならびに教行信証の究極の終帰するところであるとともに、往還廻向、教行信証の出てくる根源である。わたくしは従来、浄土真宗について一般にいだかれていた観念は真仏土巻を熟読することによって打ち砕かれるであろうと思う。

 なお付け加えたいことは、「無量寿経」に説かれた浄土、また親鸞が『浄土和讃』に表現した浄土はいかにも神話的である。その意味で、キリスト教界で主張されたブルトマン(Rudolf Bultmann)の非神話化(Entmythologisierung)[24] が浄土教においても必要と思われる。しかし、親鸞のこの真仏土巻こそは最も鮮かな非神話化である。ブルトマンの非神話化のもつ誤りはそこでは訂正されて、根柢から見事に非神話化されている。その意味からいえば、真仏土巻は最も現代的意義をもって読まれるべき巻であろう。

化身土巻について

 親鸞は真仏土巻に続いて化身土巻を付したが、これの標挙としてあげたものは、第十九願と第二十願とである(*)。彼はこの二願を方便の願と解しており、それらの願を経て究極の他力救済の第十八願に導くことが本意であることを示しているのである。これが古来、三願転入といわれているもので、親鸞自らの体験とともに三願の関係をも示している。

 さらに浄土真宗と聖道門とを比較してその真仮を示し、次に真宗と他の宗教・思想とを比較してその真偽を明らかにしようとしている。これは真仮・真偽の論として真宗の真理論ということができよう。しかし、実質的な真理論はすでに証巻・真仏土巻において完成されている。この巻においては、仏教全般を聖道門と浄土門に分けて、聖道門は難行道であり、時代はすでに末法であって、到底それを修行しえないがゆえに聖道門は不適当であると判定しているが、しかしそれだけではない、むしろ彼は聖道門を究極には弘願に入らしめる方便権化の教だというのである。聖道門のみならず、浄土門のうちでも弘願以外のものはすべて方便であると解した。のみならず教そのものを判別して、十九願・二十願は廃せられるべきものとして、三願の廃立をなし、十八願こそ弥陀の本願であることを示している。親鸞は「観無量寿経」には隠れた意味と表にあらわされた意味のあることを指摘し、表面は定散二善をすすめているが、その裏にひそかに弘願の十八願へ導くように説かれているという。古来、顕彰隠密とか隠顕といわれているものである。「観経」のみならず、「阿弥陀経」にも同様、隠顕のあることを主張し、表面は二十願を説いているけれども、その裏では十八願へ導くことをめざしているという。

 最後に親鸞は仏教以外の他の宗教・思想等についても触れ、仏による以外は他の天神に帰してはならないといましめ、これらを外道とよび、その代表として、ともすれば大乗仏教と類似と思い誤られがちな道教をあげ、これと対決している。


三 救済の原理的構造

救済成立(廻向成立)の根拠

往相の廻向

 浄土真宗とは一口には、仏より衆生への廻向の宗教である。この廻向という仏の働きは証を根源として、それの動きでたものである。親鸞は証巻の冒頭に「謹んで真実の証を顕はさば、則ちこれ利他円満の妙位、無上涅槃の極果なり」(一三九頁)といい、さらに「無上涅槃は即ちこれ無為法身なり、無為法身は即ちこれ実相なり、実相は即ちこれ法性なり、法性は即ちこれ真如なり、真如は即ちこれ一如なり。しかれば弥陀如来は如より来生して、報・応・化、種種の身を示し現じたまふなり」(同上)という。証は仏教の究極の無上涅槃である。もし強いて身体的表現をとれば、色もなく、形もなく、常住で一切に遍ねき法身である、流転生滅することなき常住不変、不生不滅の法身である。これこそが絶対真実の相[25]そのものであり、また一切のものの本性[26]そのものである。このような一切万有の体性を真如というのである。真如は唯一絶対、差別のない平等であり、絶対無[27]そのものである。如来とはこの真如から生まれ出てきたものだから如来というのである。それはこの現実に向かって、あるいは報身として、あるいは応身、あるいは化身として、その対象に応じて変現自在に救済の働きをするのである。これが救済の成立する根源である。われわれはしばらくこれについて考えてみよう。

 現実にあって、衆生と真如とは全くその世界を異にしている。真如は衆生にとって全くの他者である。そのために真如から如来がこの現実に向かって来生する、それが廻向であるが、それはまず往相の廻向として働く。換言すれば、衆生が涅槃の証を開くために浄土へ往きたいと願う働きとして廻向されるのである。一切衆生をして仏の方へ向かわしめ、浄土へ往生したいと願わしめ、浄土へ往生することによって涅槃の証(さとり)を開かしめるとともに、還相の働きを起こして逆に衆生救済の働きをなさしめる。このような働きをするのが廻向である。ここで中心的な働きをしているものは浄土である。浄土の働きは、現実においては世界を異にしている衆生と真如との間の仲保者[28]的役割を果たしているのである。

拙著『浄土』において、浄土を仲保者としての役割をなすものとして、その意義を論じたところ、その言葉についてかなり疑問が提出された。たしかに仲保者という言葉はキリスト教神学的概念であって、直ちに仏教的ではないかもしれない。しかしそのようなセクト的見解を離れて、広く宗教哲学的用語としてこの言葉をとるならば、あながち不適当ではないと思っている。

 浄土は仲保者的役割を果たすものとして荘厳され、建立されているのである。従ってまず、(1)浄土と真如、(2)浄土と衆生というこの二組の関係を解明することが浄土真宗解明の本質的なことであり、これを解明しえたとき、真宗における救済とはいかなるものであり、救済がいかにして成立するかという救済成立の論理を明らかにすることができるであろう。そしてこれが『教行信証』の中心なのである。親鸞は曇鸞の『往生論註』を引いて、まず浄土の荘厳を分類して、国土の荘厳十七種、如来の荘厳八種、菩薩の荘厳四種となし、これを三厳(さんごん)二十九種の荘厳と呼んでいる。浄土はこの三厳二十九種の荘厳によって飾られているのである。また涅槃・真如を一法句と呼んでいる。そしてこの三厳二十九種の荘厳を広と呼び、一法句を略と呼んで、この広略とは互い相入するというのである。そして、「菩薩もし広略相入を知らざれば、則ち自利利他するにあたはず」(一四九頁)という。広略相入は真如と浄土との関係であるが、これがわからねば、自分が仏となることも、また衆生を救うこともできないというのである。従って広略相入は浄土建立の根拠であるとともにその論理であるといえよう。ではその広略相入とはいかなることであろうか。

真如と浄土

 真如と浄土との関係についてかくいっている。
 「何が故ぞ広略相入を示現するとなれば、諸仏菩薩に二種の法身あり。一には法性法身、二には方便法身なり。法性法身に由りて方便法身を生ず。方便法身に由りて法性法身を出だす。この二の法身は異にして分つべからず。一にして同じかるべからず。この故に広略相入して、()ぬるに法の名を以つてす。」(一四九頁)

 いま浄土の広と一法句の略との相入が実現されるのは、仏に法性法身と方便法身との二種類の法身があるからであるという。この二つの法身は異なったものではあるけれども、しかも分けることのできないものであり、一つのものといえるけれども、しかし全く同じというとはできない。この二つの法身はこのようなものであるが、これをその根柢において統一するものが一法句である。一法句を土台として法性法身から方便法身が生まれ、また方便法身によって法性法身が明らかになるというのである。それでこのことをより一層明らかにするために、まず根柢をなしている一法句がいかなるものであるかを明白にしなければならない、これについては次のように述べられている。

 「一法句といふは謂く、清浄句なり。清浄句といふは謂く、真実の智慧、無為法身なるが故に 」とのたまへり。この三句は展転してあひ入る。なんの義に依りてか、これを名づけて法とする。 清浄を以つての故に、何の義に依りてか、名づけて清浄とする。真実の智慧、無為法身なるを持つての故なり」(一四九頁)

 一法句というのは清浄句である、清浄句というのは真実の智慧、無為法身のことである、この三つは互いに相入って一つになる。なぜ法と名づけるかといえば、清浄だからである。なぜ清浄かといえば、真実の智慧、無為法身だからである。そうすると一法句の本体をつきつめてゆくと真実の智慧、無為法身ということになる。だからつまるところ真実の智慧、無為法身から浄土が生まれ、如来が生まれ、そこに救済が成立し、その救済が真実であるということになるのである。従ってこの真実の智慧、無為法身こそ救済成立の根柢であり、その真実性の根拠である。ではこの真実の智慧、無為法身とはどのようなものなのか。曇鸞の説明は極めて深遠である。
まず真実の智慧を説明して、「真実の智慧は実相の智慧なり。実相は無相なるが故に、真智、無知なり」(同上)という。真実の智慧というのは実相の智慧である、すなわち実相を証する智慧が真実の智慧である。ところがその知られる対象であるところの実相はもともと相というもののないもの、無相である。すなわち普通の意味でなんらかの形とか色とかいうもののない無相である。従って認識とか知識とかの対象としてあるようなものではない。しかしこのばあいにもいろいろなことが考えられる。例えば動的なものは認識の対象として、静的には知られないともいわれる。また情的なものは知的には知ることができないといわれる。いま実相が知ることができないというのは、そのようなばあいと同様な意味で知ることができないといわれているのではない。本来実相は無相であるから、その意味で知られないというのである。だからもし、そのような無相を知る働きがあるとするならば、それは知る働きのない知る働きとして、無知の知[29]とでもいうよりほかないものであろう。
言葉をかえて説明すれば、智慧はノエシス[30]的な働きのものであるが、その知られるべき対象であるノエマの実相はもともと知られるべき相のない無相である。実相はノエマではあるが、ノエマとして知られるべき相のないノエマである。このようなノエマをノエマとするノエシスは、ノエシスとしての働きをもちながらも、しかも知ることのないノエシスであるといえよう。むしろ知られるものなくして知られ、知るものなくして知る、境知如々[31]、無相であり、無知である。実相を知る智慧は実相が無相であるから、知る働きなくして知る智慧であり、そのままで知るのである。それで真智は無知であるといわれるのである。もののありのままを知るということは、知る主体の側になんらかの作為があっては、ありのままに知ることはできない。もし真に知るというならば、作為なくして知るというような働きでなくてはならない。だからありのままに知る智慧は作為のない知る作用でなければならない。
それゆえに、「真実を以てして智慧に目(な)づくることは、智慧は作にあらず非作にあらざることを明かすなり」(同上)といわれるのである。智慧はなんら作為しない、自ら知ろうとする働きはない、しかし作為がないといっても全く働かないというのではない、単なる非作ではない、そこにはやはり智慧として知る働きがあるのである。従ってそれは非作の作といわれるのである。このような非作の作としての智慧にして、はじめて真実という名に値するのである。 ありのままを作為なくして、ありのままに知るがゆえに真実である。しかしここでありのままをありのままに見るといった場合、それは一般にいわれている如き、純粋客観的にものを見るというようなことと直ちに同じではない。ここでは「真智は無知なり」といわれ、「智慧は作にあらず」といわれているように、客観的にものを認識するというような、そんな働きをも止めるのである。
西田幾多郎が従来の哲学の認識諭を批判して、「従来の認識論は、誰の自己でもない様な、抽象的な、意識的自己の立場から世界を考へた。故に自已が単に受働的に、映す世界が客観的と考へられるか、又は反対に個人的自己を越えた意識一般と云ふ如きものの構成の世界が客観的と考へられた」(『全集』第十巻、三五〇頁)。しかしそのような世界は客観的世界といっても、抽象的・意識的自已の立場から考えられた対象界であって、我々の自已がそれに於て働く世界ではないといい、従来の認識論を主観主義と批判しているが、それは従来の認識論の知が常に作為分別の立場にあるものであり、抽象的・意識的立場に立っていて、真にありのままに見るという無知の立場に立っていないことを批判しているのである。たとえザッハリッヒ[32]な立場を主張しているような哲学であっても、結局は意識的自己の立場を離れたものではない。西田哲学が行為的直観という如きことを主張するのも真智を目ざしたものといえるのではないであろうか。

 真実の智慧はこのように、一切の知る立場を離れ、知る働きを絶して知るから、真実の智慧なのである。それで「心は智の相なりといえども、実相に入れば則ち無知なり」(『往生論註』下)といわれるのである。知ることを止めるといっても、全然なにもしないというのではない、それは一切の人間的な分別を止める、作為分別しないということである。知るものなくして知る、無知にして知る、無にして知るのである。無にして知るがゆえに、そこにはもののありのままがそのまま現われるのである。無にして知るところに、ものの実相、すなわち真実がそのままに現前するのである。それで『往生論註』に「正遍知は真なり、正なり、法界の如くにして知るなり。法界無相なるが故に、諸仏は無知なり。無知をもっての故に知らざること無きなり。無知にして知なるはこれ正遍知なり」(『往生論註』上)といっているのも、同様のことがらを述べたものである。また同書に、「凡心は知有れば則ち知らざるところあり、聖心は無知なるが故に、知らざるところなし、無知にして知なり、知即無知なり」(『往生論註』下)といっている。無知であればこそ、一切をそのままに知るのである。そして無知であればこそ、知らざるところなく、また知らざることがないのである。一般に知る場合、そこには知る立場がある。従って、ある一つの立場に立ってものを見るかぎり、必ずそこには知らないところがある。たとえば、物を見る目は目自身を見ることはできない。また自分の背中は見ることができぬ。何か一つの立場に立てば、全般にわたって、あまねく平等に知ることはできない。無知は知るという立場を絶して、立場がない、全くの無であるから、一切に遍して知ることができるのである。そして平等にわけへだてなく、偏見なしに知ることができるのである。それゆえに「無知にして知なるはこれ正遍知なり」といわれるのである。凡心は知る立場があるから知らざるところがあるのであり、無知は知らざるところがないのである。

般若、方便、慈悲

 いま、ものをありのままに知ることは、無知にしてはじめて可能であることを見てきたのであるが、この無知はそれゆえに如実智といわれている。「如実知とは、実相のごとくして知るなり」(二五一頁)といわれるのである。

 ところでものをありのままに知るという場合、二つのことが考えられる。第一は、ものの変相や偽相・仮相ではなくして、ものの実相すなわちものの本質・本体を知る場合である。この場合、われわれはもののありのままを知ったという。真実の智慧は実相の智慧なりといわれるとき、そこではかかる本体を知ることを意味しているのである。ここで「実のごとく知る」ということのうちには、ものの真実と虚偽とに対する判断が含まれている。この判断は単なる主観の分別的な判断ではなくして、無分別の分別ともいうべき判断である。そこではじめて、ものの真実と虚偽とがあらわならしめられるような判断である。それは判断するものなくして判断する判断である。ものの本体があらわになるということ自体が、ものの真実があらわになるということであり、そこでは自然に、そのままで真偽判断がなされるのである。それゆえにこそこの智慧が如実智といわれ、真実の智慧といわれるのである。従ってそこでは二つのことが自然になされているということができる。すなわち、そこでは純粋の本質(本体)そのものが把握されうるとともに、真偽の判断もなされているのである。いわば本質問題と真理問題とが同時に解決されているのである。

 ところがそれに対して、ありのままをありのままに知るということの第二の場合は、現象の森羅万象のありのままがそのまま、すなわち変化すれば変化するまま、動けば動くままに知ることをありのままに知るというばあいである。無知は万象の動きのまま、変化のまま、一切の変化するさまざまな相をそのままに知るのである。無知は一切処に遍して、何ものにも障碍されることなく、あらゆる面をそのままに万遍に知るのである。それゆえに、「無知の故によく知らざることなし。この故に一切種智即ち真実の智慧なり」(一四九頁)といわれるのである。一切種智とは、一切の存在をその種々雑多な様相のままをその様相のままに知る智慧である。差別を差別のままに知る智慧である。このようにして無知は二つの働きをする。すなわち実相の智慧と一切種智とである。ものの実相を知る真実の智慧は般若とか実智とか呼ばれている。それに対して、現象のありのままを知る一切種智は権智(ごんち)とか方便智とか呼ばれている。それで、「般若とは如に達するの慧の名なり、方便とは権に通ずるの智の称なり」(二五四頁)という。実相は真如である。その真如の方向すなわち内への方向へ向かうのが般若である。それで般若というのは真如に体達する慧のことをいうのである。真実智慧とか実智とか呼ばれているのはこの般若智のことである。それに対して方便(権智)というのは、あらゆる現象へ向かう智のことで、般若を内へ向かう智慧とすれば、方便・権智とは外へ向かってあらゆる現象の種々相をとらえる智慧の働き、すなわち一切種智の働きをいうのである。
それで、「如に達すれば則ち心行寂滅なり、権に通ずれば則ちつぶさに衆機に省くの智なり。[機を省みるの智][33]つぶさに応じて無知なり。寂滅の慧、また無知にしてつぶさに省く。しかれば則ち智慧と方便と、あひ縁じて動じ、あひ縁じて静なり」(一五四頁)といわれる。この句は多少説明を必要としよう。般若の智慧は真如に達すれば、そこではすでに真如と一枚になって、知るものもなく、知られるものもない。心行ともに滅して寂滅である。知るものも、知る働きもない、一如であり、無知である。知るものも知られるものもない境知如々、そのままである。ところが外に向けられた無知は万物の種々相にあまねくゆきわたり、その一々についてつぶさに知らないということはない。上に述べたように、ここでは智慧は一応、智と慧とに分けられ、慧とは内に向かって本体・実相を知る働きをいい、智は外に向かって一切の現象を知る知とされている。このようにこの両者は一応分かれているが、ともに無知そのものの働きとして、無知は内に向かっては般若となり、外に向かっては権智(ごんち)方便(ほうべん)となるのである。森羅万象すべての差別相を知る無知はそのままその本体を知る般若である。そしてまた般若の無知は寂滅の慧そのまま差別相を知る方便・権智である。この般若と方便という二つの働きをもつことによって、智慧は真実智慧として完全なのである。
それで、「しかれば則ち智慧と方便と、あひ縁じて動じ、あひ縁じて静なり。動、静を失せざることは智慧の功なり、静、動を廃せぎることは方便の力なり」(一五四頁)といわれるのである。無知は絶対静なる般若(ここでは単に智慧といわれている)と絶対動なる権智・方便の動静二つの働きが離れずに互いに縁じあうことによって、無知も生きたものとして働くのである。この無知が生きたものとして働くとき、無知はそのままではありえない。「実相を知るを以ての故に、則ち三界の衆生の虚妄の相を知るなり。衆生の虚妾を知れば、則ち真実の慈悲を生ずるなり」(一五一頁)といわれている。般若において実相を知り、方便において衆生の種々相を知るならば、必然的に衆生のあり方が虚妄であることを痛感せざるをえないであろう。そして実相がいかなるものであり、衆生の虚妄がいかなるものであり、その虚妄がどこから来ており、何に由来しているかを知るならば、この虚妄から救い出したいという心が生まれるのは当然である。ここに真実の慈悲が生ずるのである。真の慈悲とはこのように真実の智慧に基づいたものであり、真実の智慧から生まれ出たものでなければならない。一般には愛とか慈悲とかいうとき、智慧とは無関係に情緒的・感情的なもののように考えられがちである。宗教において、最高の愛としてアガペー[34]といわれるものでも、情的に理解されがちである。そして多くの宗教では「神は愛なり」といわれているごとく、愛を根柢的・根本的なものとしがちである。これに対して仏教では智慧が根柢であって、慈悲は智慧から生まれてきたものである。ここに仏教の特質がある。仏教において慈悲とはパトス[35]的なものではなくしてロゴス[36]的である。[37]

智慧の主体的側面における働きについて

 いま般若と方便という二つの働き、すなわち実相への認識と現象への認識の働きによって、実相が無相であり、三界が虚妄であることを知り、そこから慈悲が生ずることを述べた。しかし慈悲が生じたからといって、直ちに救済が具体化するということにはならない。いま般若と方便の働いたのは実相と三界の衆生の存在の面すなわち客体的面である。そしてそこに慈悲が生まれたのであるが、この慈悲が客体に対して具体的に自由に活動するためには主体の側においても、それに対する準備的な条件とでもいうべきものが必要になってくる。

 それには三種の菩提門相違の法というのを捨て去ることが要求されている。次のようにいわれている。
 「「なんらか三種。一つには智慧門に依りて、自楽を求めず、我が心自身に貪著するを遠離せるが故に」とのたまへり、進むを知りて退くを守るを智と曰ふ、空無我を知るを慧と曰ふ。智に依るが故に自楽を求めず、慧に依るが故に我が心自身に貪著するを遠離せり」(一五三頁)

 ここではさきに客体に向けられていた真実智慧の働きは主体に向けられている。智が進むを知って退くを守るというのは、一切現象界、三界の衆生の虚妄を知れば、これを救済しようとする慈悲心が起こらざるをえない、いたずらに自分のことのみに満足していることはできない。智はまさに溺れつつある衆生を知って、自分の楽だけに満足することを止めさす働きをもっている。それに対して、慧はやはり内へ向かう働きをもっている。自己の本体を知り、自己が本来であり、無我であることを知るならば、自然に自已自身に貪著する心を抱かなくなるであろう。主体の側に対しても、智慈はこのような働きをするのである。ここで救済の具体的条件は整ったようである。しかし自分の楽しみだけに満足しないとか、自身に貪著しないということだけでは消極的である。なお救済の積極的な働きがあって然るべきであろう。ここに慈悲門が開かれているのである。

 「「二つには慈悲門に依れり、一切衆生の苦を抜いて、無安衆生心を遠離せるが故に」とのたまへり。苦を抜くを慈と曰ふ、楽を与ふるを悲と曰ふ。慈に依るが故に一切衆生の苦を抜く、悲に依るが故に無安衆生心を遠離せり」(一五三頁)

 ここでは慈悲は抜苦与楽[38]として積極的な働きとして示されている。苦を抜き楽を(あた)え、衆生の心を安らかならしめる、これが慈悲の働きであるが、これの具体的な実現はいかにしてなされうるか、その具体化にあたって示されたのが方便である。

 「「三つには方便門に依れり、一切衆生を憐愍したまふ心なり、自身を供養し恭敬する心を遠離せるが故に」とのたまへり」(一五三頁)

 一応、智慧と慈悲とで救済の主体的条件は整ったが、更にこれが現実に具体化されるために方便門が立てられた。ここでは一切衆生を憐愍したまう心が方便であるといえば、慈悲と変わらないように思えるし、また自身を供養し恭敬する心を遠離するといえば、慧の働きである自身に貪著する心を遠離するというのと大差ないように思われるが、実は方便門において、はじめて智慧と慈悲の二つの働きが現実的に具体化されてくるのである。方便を説明して次のようにいっている。

 「正直を方と曰ふ、己を外にするを便と曰ふ。正直に依るが故に一切衆生を憐愍する心を生ず、己を外にするに依るが故に自身を供養し恭敬する心を遠離せり」(一五三頁)

 この句は相当の説明を必要とする。「正直を方といふ」とは、方は正といって、方正でまっすぐなこと、偏頗な片寄ったことのないまっすぐで平等なわけへだてのないことをいうのである。わけへだてなく平等であるから、一切衆生を憐愍する心が生ずるのである。怨親平等[39]、自他平等の心が正直である。次に外己を便というのは、便は便宜の意味で、「よく機宜に逗(とどま)るを便という」といわれているように、衆生の機の宜(よろしき)に随うことが便である。自己を外にして、自分のことをかまわずに、救済の対象に従って、その機のあり方に応じて働くのが外已である。わが身のことは忘れ去って、利已的な立場をすて、利他的立場に立って、自らを無にして、それぞれの救済の対象に応じて智慧と慈悲とが働くことが方便である。救済の対象は千差万別である。そのいろいろな機の性質や在り方に応じて救済の仕方もいろいろな形をとることにおいて、救済も真に具体的に実現することができるのである。普通、方便というと、「ウソも方便」といわれるように、なにか一つの"てだて"・手段・テクニックというように解せられているが、本来の意味はそうではない。「正直を方といふ」「外已を便といふ」というように、方正、平等、偏することなく、全く無差別に、しかも自己を度外視して働くのが方便である。自己を無にして、機の在り方に従い、水の流れるがごとく動く、しかもその底は絶対無の湛然寂静というのが救済の働きである。それで次のようにいわれる。

 「しかれば則ち智慧と方便と、あひ縁じて動じ、あひ縁じて静なり。動、静を失せざることは智慧の功なり、静、動を廃せざることは方便の力なり。この故に智慧と慈悲と方便と、般若を摂取す、般若、方便を摂取す」(一五四頁)

 ここで注意すべきことは、方便という語が広狭二種類に使われていることである。ここでは智慧と慈悲と方便と三者を合して般若と対立せしめて方便(広義)とよばれている、それに対して、智慧と慈悲と方便とを三種門として、その一つとして方便(狭義)といっている場合とがある。しかしそれかといって、二種類の方便があるというのではない。分析的には一応、智慧と慈悲と方便とに分けられるが、それが現実に実際的に働く場合には、一括されて方便(広義)として活動するのであって、そのときには般若の静に対するのである。

 般若は寂滅の無知そのものであるが、しかし単なる寂滅ではない、寂滅のまま一切現象の動くままを知るのであり、一切の存在に働くのである。一切の迷妄を救う働きをするのである。すなわちそのままが方便の働きである。般若が単なる寂滅滅にとどまるならば、生きた般若ではない。般若は生きたものとして寂滅のまま無限の活動である。絶対静即絶対動である。そして方便の活動はそのままが寂滅の無知として絶対静である。般若が即方便として動であるときのみ般若は生きた般若であり、方便はそれが即寂滅の智慧であることにおいて、真に方便として正しく働くことができるのである。それで次のようにいわれるのである。

 「もし智慧なくして衆生のためにする時んば、則ち顛倒に堕せむ。もし方便なくして法性を観ずる時んば、則ち実際を証せむ」(一五四頁)

もし実相の智慧なく、実相の理に体達することなくして、ただ衆生のために救済しようとすれば、いわゆる愛見の大悲 (これはまた衆生縁の慈悲といい、生死に迷っている衆生のあるのを見て、これを救済しようとする慈悲で、小乗の菩薩の慈悲といわれている。自分だけ救われたらよいとするようなものよりはましであるけれども、しかし衆生が存在するという実有の見解に立っており、そこに救済しようという利益のすがたがあるかぎり、これを仏教では真実の慈悲とは考えない、愛見の大悲とそしっているのである) に堕し、顛倒の妄見に堕しているのである。また逆に方便の働きなくして、ただ法性のみを空なりと観じているときは、実際(実際とは真如のことであるが、ここでは単に空理のことで、声聞・縁覚はただ自分だけが悟りにはいって、有の差別相を見ることができず、衆生を救済しようとしない。従ってこのような自利利他完全でないものは完全な悟りとはいいえない)を証するだけで、真の救済の働きをすることができない。このようにして般若即方便の般若こそ生きた般若であり、方便即般若の方便こそ真の方便として、誤りなく正しく救済の実をあげうるのである。従って慈悲も智慧において真の慈悲であり、生きとし生けるものに即応して具体的に働くことにおいてのみ、真の生きた救済がなされうるのである。

救済における無為法身のはたらき

いままで救済活動の原理ともいうべきものを述べてきたのであるが、いま智慧・慈悲・方便の三者の統一的活動によって救済が具体化されるとき、それはどのように具体化されるのか。ここでわれわれは前にたちかえってみよう。一切の救済の根源は真実智慧、無為法身であった。ところが今まで述べてきたのはその真実智慧の面であって、無為法身の面はしばらく除外しておいた。救済の具体的現実化はこの無為法身にあるのである。そこでいま無為法身について語られていることに目を向けてみよう。

「無為法身は法性身なり。法性寂滅なるが故に法身は無相なり。無相の故によく相ならざることなし」(一四九頁)

 法性身とは法性法身のことである。法とは一切万法のことで、一切の存在のことである。性とは本性のことである。法身というのはこの性の如実の顕現を身という言葉で示しているのである。従って法性法身というのは一切の存在の本性といえよう。この、本性が寂滅であるというのである。そこには生もなく滅もなく、とるべき相もない、全くの無である、空々寂々である。それゆえに法性身といっても絶対無そのもので、とるべき身もなく、相もない、無相である(多くの人がしばしば絶対無という語を用いるが、ここでは厳密には西田幾多郎の絶対無、久松真一の東洋的無である)。絶対無はとるべき相がない、無相であるからまたいかなる相をもとりうるのであり、相ならざるなしである。しかしこの「無相の故に相ならざるなし」というのは無相が一定の相をとりうる可能態というごときものと解してはならない。無相は可能態ではない。それはそれ自身無であって、西田幾多郎が周辺なくして到るところが中心となりうる無限大の球とか、円とかいう表現をかりて示そうとした絶対無そのものにほかならない。それ自身無であって、一切の存在を生みうる無である。絶対無の自已限定として相ならざることなき無である。ここに浄土建立の根拠があるのである。浄土の荘厳はこのような絶対無の自已限定として相好(正報)荘厳(依報)が成立しているのである[40]。それゆえに「相好荘厳即ち法身なり」(一四九頁)といわれるのである。この湛然寂静の無そのままに相好荘厳 端厳絶妙の浄土があるのである。かくして真如の絶対無は知的面においては無知として、存在の面においては無為法身として、知らざることなき、在らざることなき無限の活動そのものである。

 「無為を以てして法身を()つることは、法身は色にあらず非色にあらざることを明かすなり」(一四九頁)

 法身は絶対無の存在として顕現したものであるが、それを無為と名づけるのは、絶対無は本来働かない、動作しない寂滅だからである。しかしそのまま働くものとして、ものでなく、またものでないのでもないことを示そうとしたのである。
そこで智慧に般若と方便との二つの働きの面があったと同様に、法身も法性法身と方便法身の二つの働きがあり、両者の働きによって救済が完成するのである。次のようにいわれる。

「何が故ぞ広略相入を示現するとならば、諸仏菩薩に二種の法身あり。一つには法性法身、二つには方便法身なり。法性法身に由りて方便法身を生ず、方便法身に由りて、法性法身を出だす。この二の法身は異にして分つべからず、一にして同じかるべからず。この故に広略相入して、統ぬるに法の名を以てす。菩薩もし広略相入を知らざれば、則ち自利利他するにあたはず」(一四九頁)

さきにも浄土と真如との関係を論ずるに際して引用した文である。法性法身と方便法身は一応異なったもので、方便法身は法性法身から出てきたものであるが、しかし両者は決して異なったものではない、同一のもので不可分である。しかしまた全く同一だということはできない。だから互いに両者相入しあうのである。この原理を知ることによって自らも悟り、他人をも救うことができるという。まことに最も肝心のところが示されている。方便法身とは法性法身が一切衆生救済のために自らを阿弥陀仏と示現したものにほかならない。この点を端的に示しているのは親鸞では『唯信鈔文意』[41]である。次のようにいっている。

「しかれば仏について二種の法身まします、ひとつには法性法身とまうす、ふたつには方便法身とまうす、法性法身とまうすは、いろもなし、かたちもましまさず。しかればこころもおよばず、ことばもたえたり。この一如よりかたちをあらはして方便法身とまうす、その御すがたに法蔵比丘となのりたまひて不可思議の四十八の大誓願をおこしあらはしたまふなり。この誓願のなかに、光明無量の本願、寿命無量の弘誓を本としてあらはれたまへる御かたちを、世親菩薩は尽十方無碍光如来[42]となづけたてまつりたまへり。この如来すなはち誓願の業因にむくひたまひて報身如来とまうすなり、すなはち阿弥陀如来とまうすなり。報といふはたねにむくひたるゆへなり。この報身より応化等の無量無数の身をあらはして、徴塵世界に無碍の智慧光をはなたしめたまふゆへに尽十方無碍光仏とまうすひかりの御かたちにて、いろもましまさず、かたちもましまさず、すなはち法性法身におなじくして無明のやみをはらひ、悪業にさへられず、このゆへに無碍光とまうすなり。無碍は有情の悪業煩悩にさへられずとなり。しかれば阿弥陀仏は光明なり、光明は智慧のかたちなりとしるべし」。{*正嘉本}

 法性法身は方便法身たることによって、はじめてその法身としての役割を果たしうるのであり、方便法身は法性法身に基づくことによってはじめて真実の救いを完遂しうるのである。

 以上、真実智慧と無為法身と二つに分けて説明したが、この二つは、二つのものではなくして共に一法句の二つの面を取り出して述べたものである。従って真実智慧、無為法身こそが一法句の本体なのである。一法句は真実智慧であることにおいて真実なのであり、無為法身であることにおいて絶対自由なものとして現実に生きて無限に働く活動体なのである。一法句は今まで述べてきたように絶対無であって、なんらかこれを現わそうとすれば、すでにこれに限定を加えたことになり、そのものを如実に示すことはできない。しかし単に黙していてはこれを示すことができない。この一法句を現わすために使われた論理的表現が次の言葉である。

「真実を以てして智慧に()づくることは、智慧は作にあらず非作にあらざることを明かすなり。無為を以てして法身を樹つることは、法身は色にあらず非色にあらざることを明かすなり。非にあらざれば、あに非のよく是なるにあらざらむや。けだし非なき、これを是と曰ふなり。自ら是にして、また是にあらざることを待つことなきなり。是にあらず非にあらず、百非の喩へざるところなり。この故に清浄句と言へり。清浄句とは、謂く真実の智慧、無為法身なり」(一四九頁)

 かつてルドルフ・オットーは宗教の非合理性を示すには否定をもってするよりほかはないが、その否定は多弁を要するといったが、まさしくその通りである。ここの文はもと曇鸞の『往生論註』の句であるが、極めて難解、古来解釈の多いところである。法身は非色といい、次に非非色といっている。この場合、非色の非は次の非非色すなわち非色に非ずの非とはその否定の性質を異にする。色に非ずの非は普通の否定の非である。しかし次の非色に非ずの非は否定ではあっても、上の最初の否定とは質が異なっている。これを説明したのが次の「非干非者、豈非非之能是乎」[43]である。普通に色(もの)に非ずといっておいて、次に非色に非ずという。色でないが、しかし色でないのでもないといえば、普通には、ではやはり色ではないかとつめよるはずである。しかしいまここでは、否定の否定は肯定であるというような論理をいっているのではない。ここでいわれていることは、否定を否定したその否定は絶対否定すなわち仏教的表現をとれば、愍絶(みんぜつ)[44]ともいうべき否定であり、そこでは否定と肯定とともに絶した否定である。普通には否定のないのを肯定というが、しかしここで無為法身とか無知とかいわれているものは普通の肯定において認められているようなものではなくして、それ自身、自然に本来、是なのであって、是に非ずとして否定されるような是ではない。否定に相対的な是ではなくして、否定も肯定も絶した手のとどかない是なのである。だからいくら否定を重ねても到底これを現わし示すことのできないものである。百返非を重ねても示すことのできない絶対否定なのである。このことをうまく喩えて示しているのは賢首の『大乗起信論義記』である。『大乗起信諭』の離言真如を論ずるに際して「謂く言説の極、言に因つて言を()る」(*)を解して、「言に因つて」という言と「言を()る」といわれているところの遺られる言とは質的に異なっている。遺る言は否定だ肯定だとがやがや論じているのを「黙れ」と卓を叩くようなものである。「黙れ」と大喝する声も声にはちがいないが、それは否定・肯定を論じている声とは違って、その声を制止する声である。絶対否定という否定はこのような「黙れ」という声と同じである。一法句は百非の喩えざるものとして一切の限定を超えたもので外からこれを規定することのできないものである。このように一切の限定を超えたものであるから、これを清浄というのである。一法句は真実智慧、無為法身であることによって自由自在の活動をなしえて、しかも有無を絶して百非の喩えざる寂滅そのものである。そしてそのまま静即動、動即静、般若即方便、方便即般若である。かく非と即とをもって絶対無の超越的自在の活動を示さんとする仏教の論理を鈴木大拙は「即非の論理」と呼んでいる。

自然の救済

 いま絶対無たる真如が真実智慧、無為法身であることによって、無が種々に自己限定して正しく救済の働きをなすことが可能であること、一口にいえば広略相入が可能となり、従って救済が実現されうるというその根拠を見てきたのであるが、では真実智慧、無為法身の救済とは本来いかなる救済であるのか。親鸞はやはり『往生論註』を引いて、還相菩薩の行為としてこれを説明している。

 「大慈悲を以て一切苦悩の衆生を観察して、応化身を示して、生死の薗、煩悩の林の中に回入して、神通に遊戯し、教化地に至る」(一五七頁)

 生死煩悩の林であるこの現世に出現して、神通に自由自在に遊ぶが如く、一切苦悩の衆生を、それぞれに応じて救済の道を設けて救済するというのである。さらにこれを説明して、「遊戯(ゆげ)に二つの義あり。一つには自在の義。菩薩衆生を度す、たとへば師子の鹿を搏つに、所為はばからざるがごときは、遊戯するがごとし。二つには度無所度の義なり。菩薩、衆生を観ずるに、畢竟じてあらゆるところなし。無量の衆生を度すといへども、実に一衆生として滅度を得るものなし。衆生を度すと示すこと遊戯するがごとし」(一五七頁)

 遊ぶが如く救済するというのであるが、その遊戯(ゆげ)に二義ありとして、一は自在の意味であり、二には度無所度(どむしょど)の意味であるという。先輩はこれを前者は俗諦門、後者は真諦門としている。すなわち普通現実において救済は獅子が鹿を()つように、たやすくまことに自由自在、それは遊んでいるのと変わりはない。ところがその救済の真諦、すなわちその根柢のところ、本来的なところ、究極の真実においては度無所度であるという。救済というものを原理的な面から見るとき、それは度無所度だというのである。度無所度とは「度して度するところなし」と読むのであるが、原理的にはこれこそ本当の救済である。真実智慧、無為法身の世界、般若の世界では、衆生とは畢竟、空である。そこには救わるべき衆生の相もなければ、衆生の体もない、衆生は本来、無所有(あらゆるところなし)である。もともと無所有であるから、それは救済する必要はない。真諦の上から見れば、そのままでいいのである。生死(しょうじ)涅槃(ねはん)であり、煩悩(ぼんのう)菩提(ぼだい)である。ただ衆生一念の迷妄によって、本来(くう)であるにもかかわらず有無と執するところに一切の分別が生ずるのである。そこに貪慾が生じ、瞋恚が生まれ、愚痴が出る、そしてそれによっていろいろな罪悪が生ずるのである。そして、本来空であるものを有無と執するがゆえに迷倒の凡夫といわれるのであり、そこに苦の根源があり、罪と死の根源がある。しかし人は本来空を知らず、苦の根源、罪と死の根源を知らない、それゆえにこれを離脱することができない。いまこの顛倒せる現実、苦悩の現実を方便智によって観察するとき、必然的に大慈悲をもって一切苦悩の衆生の一々に応じて、それぞれに応化身を示して、生死の園、煩悩の林の中に廻入しなければならない理由があるのである。

 ところで上に述べたごとく、救済には般若と慈悲と方便の三者が、主体面に客体面に綜合して働くのであるが、もともと般若即方便、方便即般若であって、救済といっても衆生本来無所有であるかぎり、もともとは度無所度である。そのままでいいのである。そこには本来、度されるものもなく、度するものもない。度すという面からいえば、度して度するということがないのである。また度して度する相がない、度して度するというおもいがない。無量の衆生を度しながらしかも度するということがないのである。古人はこれを「幻人の幻刀を振うて幻人を殺すが如し」といっているが、まことに適切である。本来は生死即涅樂であるから、わざわざ生死を出離する必要はないのである。本来は煩悩即菩提であるからわざわざ煩悩を断ずる必要はないのである。ただ迷倒の凡夫に対して方便によって応化するから救済する(度する)ということがいわれるのである。しかしそれはどこまでも度して度することのない度無所度(どむしょど)である。このようにして智慧と慈悲と方便の三者が一致して働くところ、そこに上にあげた遊戯の二義が含まれているのである。

 いま方便の働きにおいて働いているものが如来とその願心、および浄土である。換言すれば衆生救済の本願力とその実践、一口には浄土の建立である。それで、「本願力と言ふは、大菩薩、法身の中において、常に三昧にましまして、種種の身、種種の神通、種種の説法を現ずることを示すこと、みな本願力より起これるを以てなり。たとへば阿修羅の琴の鼓(こ)するものなしといへども、しかも音曲自然なるがごとし。これを教化地の第五の功徳の相と名づくとのたまへり」(一五七頁)

 真実智慧、無為法身が働くとき、具体的には本願力として働くのであるが、その本願力というのは常に三昧にあって寂滅のままそのままで種種の身、種種の神通をあらわし、種種の説法をするのである。それは為すことなくして為すのであり、行なうことなくして行なうのであり、説くことなくして説くのである。すべてこれ真実智慧、無為法身の自然の発現である。本願力とはこの法身の発現をいうのであるが、それは本来的には自然の発現である。自然の発現はちょうど阿修羅の琴のようである。阿修羅の琴はこれを弾ずる者がないのに、その場、その機に応じて音曲が自然にかなでられるといわれている。いま真実智慧、無為法身の救いの働きは全くその阿修羅の琴のようである。自然に救いの働きがなされるのである。救う者もなく救われるものもない、そのままで救われているのである。浄土も如来も自然の発現である。親鸞は。善導の美しい表現を引いてこれを讃嘆している。「西方寂静無為の楽(みやこ)は、畢竟逍遥して有無を離れたり」(一八三頁)といい、「仏に従ひて逍遥して自然に帰す。自然は即ちこれ弥陀の国なり。無漏無生、還りて即ち真なり。行来進止に常に仏に随ひて、無為法性身を証得す」(一八三頁)。極楽は自然の楽なのである。仏の救いは自然である。従ってこれを私の方から見れば往生もまた自然である。それゆえに親鸞は端的に「往生と言ふは、大経には「皆受自然虚無之身無極之体」と言へり」(一八五頁)といっている。救うも自然、往生も自然、一切が自然の働きである。

 わたくしはさきに真如をあらわすのに西田哲学の絶対無を借りた。しかし絶対無というとき、しばしば静的な空虚を連想しがちである。しかし真如の絶対無は生きた最も充実したものである。その意味において自然という言葉はその内容を示すのに適切であるといえよう。自然は最も生生した活動的な充実しきった無であり、天地の万物すべてがそこから生み出される。生むとか生まぬとかいうのではない、時満ちて自然に生まれるように、そのまま生まれるのである。一切はこの自然に基づいてある。否、基づくというよりも、一切は即一である。一即一切、一切即一である。廻向も本来ここから生まれたものである。しかしここでは廻向するも廻向されるもない、ただ自然そのままである。[45]

 廻向とは迷倒の凡夫が存在するという事実のところに成立する事態である。迷倒の現実において成立する働きである。この迷倒の現実のところにおいて、自然は真実智慧、無為法身の働きとして、この現実に向かって方便として働きかけるのである。それは迷倒、罪濁の凡夫、有無の見にとらわれた人間の眼に耐え得、その心に理解し得られるがごときものとして、救済主としての阿弥陀仏と救われゆくところの国土、浄土が建立されるのである。夢幻にも似た浄土の荘厳はそのためにあるのである。

それにもかかわらず、現代のさかしらな人間たちは科学的知識に訓練された現代人にとって、このような浄土など信ずる能わざるものである、原始未開人ならいざ知らず、現代人に対してなお浄土を説くがごとき、愚や極まれりというべしという。俗間、浄土教の呪術化された布教に対する警告としては一応もっともなようである。しかしかかる発言は自体、宗教に対する無知を暴露したものにほかならない。何故なら浄土を信ずるということと科学的知識ということとはなんら関係ないことだからである。科学的知識がないから浄土を信ずることができるのではない、無知蒙味なるがゆえに浄土を信ずることができるのではない、浄土は煩悩成就の凡夫、生死に繋縛された凡夫のために存在するのである。それゆえに自己が生死流転の自己であり、迷倒の自己であり、罪濁の現実であることを理解したものには浄土の存在は十分に理解されうるであろう。自分の力では生死を出離しえないもの、煩悩を断じえないもの、どこまでも我執にとらわれてこれを離脱しえないもの、そのようなもののために浄土は建立されているのである。それゆえに自己の煩悩に悩み、自己の底深く巣くう我執の執拗さと凄まじさに(おのの)くものにのみ浄土は欠くことのできないものとして求められるのである。科学的知識がいかに発達しようと科学がどれだけ進歩しようと、私の存在の底に渦まく煩悩は一厘一毛といえども消されず、私の存在の底にこびりついている我執は離れ難い。科学的知識の世界と浄土の求められる世界とはその世界が異なるのであり、次元が異なるのである。[46]

それにしても浄土の荘厳は現代人には適しない。この点ブルトマンの非神話化の提唱は浄土教においても傾聴すべきものをもっているが、今はこれについて論ずることは割愛したい。かく浄土は我々の感覚には異質的であるにもかかわらず、それらに障碍されないで、なお浄土が願生の対象たりうるのは、浄土を求める世界が異なった次元の世界であるからである。

 問題は浄土が我々の何に対して働きかけているか、そして我々の何が浄土を対象としているかを明白にするということである。
 後に述べるごとく、浄土は我々の煩悩の対象として我々に働きかける、方便法身は我々をして無為法身を証得せしめんがための導き役をなすのである。「弥陀仏は自然のやうをしらせんれう(『自然法爾章』)なのであり、浄土はそれを我々が願生することによって「自然に正覚を成る」(同上)[47]国土なのである。

 『教行信証』において強調されているものの一つに浄土が報土であるということがある。すでに浄土三部経の浄土を報仏報土としたのは道綽であり、善導も「是報非化」[48]と浄土の報土であることを強調したが、何故このように報仏報土が強調されたのか。もちろん当時の弥陀の浄土を化土となす風潮に抗したという理由もあろうが、しかし浄土が応化身土でなく、報土であるということには、もっと根本的に重要な理由がなければならない。親鸞は浄土も阿弥陀仏もともに法蔵の願と修行の結果はじめて成立したものであるから、その因に対して報であると解した。従ってここでは法蔵の願行ということが前提されて報といっているのである。応化身ではなくして何故に報身かといえば、応身とは共世身といわれ、この現世の穢土に存在し、形色のあるものをいうのである。浄土と阿弥陀仏とはこのような現実的存在ではなく、信仰の対象である。もし報でなく応身ということになれば、浄土往生も此土の出来事ということになり、阿弥陀仏も現実のひとということになろう。それでは浄土教の性格は破壊され、浄土の存在意義はない。後に述べるごとく浄土と弥陀の彼岸性は浄土の大きな働きの一つである。しかし浄土は単なる彼岸的存在ではなくして、此岸的表象をもって示される。あくまで彼土でありながら、此土的な映現をもって凡夫に示されるところに浄土と如来の特質があるといえよう。浄土は合凡夫的に此岸的でありながら本来彼岸的存在として、極楽は無為涅槃界であり、自然である、西方寂静無為の楽(みやこ)である。極楽の相は即無相であり、西方は即無方である。絶対無が合凡夫的に自己を此岸的表象をもって限定したところが浄土であり、弥陀である。報とは凡夫救済のための他力的表象を最もよく示したものといえよう。

四 救済の現実的構造

往生への具体的過程

浄土と人間

 われわれはここで浄土と人間との関係に焦点をあてて考察してみよう。
さきにも述べたように人間は迷倒の凡夫として真如法性に対しては背面的関係にある。普通一般に仏と人間とは対応的関係のごとく考えられている。しかし本来、真の仏と人間との関係は逆対応的関係である[49]、背面的である。人間は仏に面して立つのではなくして、仏に背を向けて反仏的方向に向いているのである。迷倒の凡夫とか、倒見の凡夫とかいわれるのはこのことを指したものである。迷い逆立ちしているとは、言葉を換えれば反仏的方向に向いているということである。人間の人間的方向とは仏に反した方向である。従って人間は人間的方向においては永劫に仏に出逢うことはない。人間的方向とは反仏的方向として地獄への方向である。このような関係が真の仏と人間との現実的関係である。

 しかし真の仏はくりかえし述べたごとく、静止している仏ではない。般若は即方便の働きをすることにおいて真の般若である。一切衆生を救う仏にしてはじめて真の仏である。それゆえに真の仏は人間の人間的方向を絶対否定した超絶せる仏であるとともに常に人間に向かって働いて止まない動的な仏である。その仏の動的な働きはいわゆる巧方便廻向の働きとして人間に働きかけ反仏的方向の人間を向仏的方向に向かしめる働きをするものでなければならない。反仏的方向を向仏的方向に逆転せしめる働きをするものこそ巧方便廻向としての浄土の働きである。そのためには浄土は人間の人間的方向、換言すれば反仏的方向線上に立つものでなければならない。すなわち浄土は反真如的に合人間的存在として存在しなければならない。仏の自己否定的存在として迷倒的に存在しなければならない。そうでなければ、迷倒の凡夫は救済しがたいのである。地獄の衆生を救うためには仏自らも地獄に堕ちねばならない。三界雑生の火中に身を投ずることによって方便法身はその方便法身としての役割を果たしうるのである。このようにして浄土は反仏的方向線上に建てられており、阿弥陀仏はこの反仏的方向線上の対象なのである。しかしこの浄土はいつも「法性に随順して法本に乖か」(一七五頁)ざる浄土である。法性を離れて浄土はない。親鸞は善導の『浄土法事讃』の文[50]を引き「阿弥陀仏も涅槃に入る時あり」という「観音授記経」の文について述べ、方便法身が人間の対象として人間的形態をとっていることを示している。大体、阿弥陀仏が死ぬ時があるというのはおかしな話であるが、これは人間的意識に応じて説いたものにすぎない。しかしここで方便といっても、それが偽りとか嘘とかいうのではない、方便が方便としてその役割を果たすのは方便即般若だからである。方便法身即法性法身であるからである。この両者の不一不異の関係こそが方便をして本当に方便たらしめるのである。では浄土がこのようなものであるとき、浄土を願生するとか、往生するとかいうことはどのような意味をもつのであろうか。

 往生とか願生とかいうが、もともと生というのは有の根本であって煩悩のおこるもとである。仏教では生死があると執するのを法執といい、この生死を受ける者があると思うのを人執として、この二執が三界を流転する根本であり、いろいろな惑いの元始であるといわれている。とすれば浄土へ生ずるというのは仏教の原理に反するようである。しかしここで往生とか願生とかいうときの「生」はこの三界の虚妄の生とは同じではない。浄土へ生ずるというのは、凡夫の妄情に応じて生といったのであって、この生は無生に即した生である。生といっても即無生である。浄土の働きは、生を生としながら生即無生たらしめるところにあるのである。仏は無為にしてよく為すのであり、智を働かして生死に住せず無為である。大悲を働かして涅槃に住することなくよく為すのである。生の絶対否定のみが涅槃であると考えるのは概念にとらわれているからである。生即無生の原理こそ浄土往生の原理である。

 しかしこのような浄土へ誰れが往き、いかにして往くのか。親鸞は天親の「安楽国へ願生せん」(*)の偈をとりあげ、『往生論註』の文を引いて解明している。仏教の立場からすれば、衆生といっても畢竟は無生で虚空の如きものであるといわれている。とすれば、誰れが往き、いかにして往くのか。これに対して次のように答えている。
「「衆生無生にして虚空のごとし」と説くに二種あり。一つには、凡夫の実の衆生と謂ふところのごとく、凡夫の所見の実の生死のごとし、この所見の事、畢竟じてあらゆることなけむ、亀毛のごとし、虚空のごとしと。二つには、謂く諸法は因生の故に、即ちこれ不生にして、あらゆることなきこと虚空のごとしと。天親菩薩、願生するところはこれ因縁の義なり。因縁の義なるが故に仮に生と名づく。凡夫の実の衆生、実の生死ありと謂ふがごときにはあらざるなり」(三三頁)と。虚空的存在といったばあい、二種が考えられる。一つは凡夫の倒見を虚空という、凡夫はあだ〔徒〕な生死を実の生死と思っているが、それは幻のごときものでしかありえない。これはあだなものであるから虚空という場合である。これに対してすべてのものは因縁によって生じたものであるが、因縁によって生じたものは仮りのもので、それ自身に自性のあるものではない。その体は空である。虚空といってもこの二つは全然異なっている。前者は縄をみて蛇と見誤るのと同じで妄見のゆえに空といわれるのであり、後者は因縁仮名のゆえに空といわれるのである。それは家や林のように因縁によって形成されたものであって、材木等を寄せ集めて形造られたものを家といい、樹木のより集まったものを林と仮りに名づけているのであって、バラバラにしてしまえば、家もなく、林もない。家といい、林といっても因縁仮名のものである。天親が浄土へ往生したいと願う生はこのような因縁生であると説明している。

 では往生とはどういうことになるのか。これに対してさらに問答を続けている。
「問ふて曰く、何の義に依りて往生と説くぞや。答へて日く、この間の仮名の人の中において五念門を修せしむ、前念と後念と因と作る。穢土の仮名の人、浄土の仮名の人、決定して一を得ず、決定して異を得ず。前心・後心またかくのごとし。何を以ての故に、もし一ならば則ち因果なけむ、もし異ならば則ち相続にあらず。この義一異を観ずる門なり、論の中に委曲なり」(三三頁)

 この世の人間は因縁によって存在しているもので固有の実体のないもので、仮りに人と名づけられたものである。それで浄土へ往生したものを浄土の仮名人と呼ぶならば、穢土の仮名人と浄土の仮名人とは決して同じではない、しかし全然異なったものともいえない。何故なら同一人が往生して、穢土の仮名人が浄土の仮名人になってこそ、救われたということができるのである。これは前心と後心との関係と同様である。もし前心と後心とが全く同じであれば、前心が因となって後心が相続するということはありえない。しかし両者が全く異なっていても相続ということはない、相続ということの底には同一ということがなければならない。すなわち前心と後心の不一不異ということがあって相続するということが成立するのである。この関係はいわゆる非連続の連続の関係である。穢土の仮名人が浄土の仮名人となるという往生も同様である。穢土と浄土とは絶対断絶している、穢土の仮名人の死が同時に浄土の仮名人の生であるが、そこには不一不異の関係がなければならない、非連続の連続の関係がなければならない。このようにして浄土への生は非連続の連続の関係において成立する因縁生的生であって、生といっても本来的には無生の生である。それゆえにまた往生といっても、その往は不往の往ということができよう。本来的には往生といっても不往の往、無生の生である。生即無生、往即不往である。
これを土台としてそこに因縁生的な穢土の仮名人と浄土の仮名人との不一不異の往生が成立するのである。そしてその往生の状態は往のまま不往、不往のまま往、生のまま無生、無生のまま生として自然そのものである。むしろ自然のところに往生があるといえよう。それゆえに往生というのは自然虚無の身、無極の体(*)を受けることだといわれるのである。往きついてみれば、往くも往かぬもない、ただ自然そのものである。

 ここで一応問題を整理しておきたいと思う。原理的には浄土は無生の浄土であり、従ってそこへ往生するといっても、生即無生、往即不往である。しかし浄土願生にあたって、その往生が論ぜられるのは浄土と人間との関係においてである。
往生は現実的に現象的なものとして論ぜられねばならない。より砕いていえば、この穢土から浄土へ往生するというところで諭ぜられるのである。そのとき、この往生を客観的に見ると、その生は因縁生の生であって、穢土の仮名人が浄土の仮名人へと因縁生的に生ずるのである。単なる妄情でとらえられるような生ではないと主張しているのである。

 浄土は凡夫の願生の対象として建立されたが、一体、人間はいかにして浄土を願生し、いかにして浄土へ往生するのであろうか。

 いま衆生救済のために絶対無たる真如は浄土として、また阿弥陀仏として凡夫に向かって働きかけてくる。しかしその働きの中心として活動するものは名号である。すでに述べたごとく、仏は大衆の中にあって、現に称名を勧めて説法獅子吼しているのである。それは応身のごとく、この世に形をもって現われるのではなくして、摂取の心光として、形而上的な働きとして働きかけるのである。親鸞は名号の父と光明の母の喩をもってこれを示した。

(まこと)に知んぬ、徳号の慈父ましまさずは能生の因闕けなむ。光明の悲母ましまさずは所生の縁乖きなむ。能所の因縁和合すべしといへども、信心の業識にあらずは光明土に到ることなし。真実信の業識これ則ち内因とす。光明名の父母これ則ち外縁とす。内外の因縁和合して報土の真身を得証す。かるがゆへに宗師は、「光明名号を以て十方を摂化したまふ、ただ信心をして求念せしむ」と言へり」(五四頁)

 ここに二つの喩がある。第一の喩において光明の母の育みと名号の父のよびかけの働きによって往生するとし、第二の喩においては光明名号の父母は外縁であって、信心の業識が内因であり、これらによって往生することを述べている。二つの喩が重なっているので、古来両重因縁(りょうじゅう-いんねん)と呼ばれて、論議のあるところである。ここで第一の場合、名号と光明との因縁によって生まれる結果は往生か信心か論議されているが、それはともかくとして、ここで重要なことは、名号が諸仏の称名によって私に呼びかけても、私の方でそれを聞く耳をもたねば畢竟無駄である、従って諸仏称名を聞きうるために光明の母が常に私を温め育ててくれたのである。光明は私をして名号を受けとめるように育む働きをするのである。しかしさらに親鸞が第二の喩で示していることは、たとえ光明と名号とが私を目あてに働きかけていても、私の方に信心の業識がなければ往生できないということである。業識とは過去の業により今生の識を得るから業のことを業識といったのであるが、信心の業識といったばあい、親鸞はどのようなものを意味していたのであろうか。彼は次に善導の『礼讃』の文をひき「光明名号を以て十方を摂化したまふ、ただ信心をして求念せしむ」という。ここで信心の業識は善導の言葉をかれば、「信心をして求念せしむ」にあたるであろう。古来、信心の業識が信心の成立するための業識なのか、信心を業識に喩えて、信心という業識なのかの論がある。
ここで筆者の頭に浮かぶのは、かつてエーミル・ブルンナーがカール・バルトに対して投げかけた信仰可能性の問題すなわち結合点の問題である[51]。バルト神学において、人間はいかにして神の言を聞きうるか、聞きうるためには聞く耳(結合点)をもたねばならないではないかという問いである。いま信心の業識を信心成立のための業識と解すれば、ブルンナーの質問は親鸞においては簡単に解決されうるが、そのかわり、その業識とは何かという難問題が残されることになろう。それはともあれ、ここでは信心の業識を往生の内因としているのである。わたくしは信心の業識を信心求念ということであると解したい。もしかく解するならば、信心(しんじん)求念(ぐねん)こそ往生の主体的働きであるということである。求念という語はその主体的・能動的な働きを示している。名号が衆生において具体的な働きとなって浄土を願生するところ、換言すれば名号が信ずる者の主体となって主体的に働くことにおいてはじめて生きた信心なのである。その主体化のかまえ、主体化への決断が信心の業識といわれるにふさわしいものではないであろうか。光明の母の育みによって名号を領受せんとの決断、そのかまえができて、そこで名号が受けいれられて衆生の信心として主体化されて、必然的に衆生の行として現われるのである。ここに往相廻向の行信が成立する。このように、かまえだの決断などというと、あるいは他力義を破壊するとの非難が出そうである。しかしそれこそ他力ということを概念化して理解している証拠だとわたくしは思う。私の信のかまえも決断も他力である。それはたしかに私自身が決断するのであるが、その決断それ自身仏の働きである。これを概念的にのみ理解するところに、他力義を損ずるとか、ブルンナー的に人間のどこかに結合点がなければならないとかいう疑問が起こるのである。強いていえば、この決断はバルトの言葉をかりて「新たに創造された」というよりほかないであろう。もともとこれらの疑問は、仏と私の関係を平面的に仏が呼びかけ、それに私が応ずるというような応答的なものと考えるところから起こるのである。信仰の事態は静的平面的ではなくして、動的である。仏の呼びかけと私の決断の二つの働きは事態的には先後関係はない、同一の事態である。仏の呼びかけが私の上に具体化したのが私の信心である。私が決断することが仏が働いていることである。信心の事態においては仏の働き即私の働き、私の働き即仏の働きである。そしてこの「即」を成り立たしめるものこそ光明の悲母の働きである。光明と名号の働きかけは、私がある時、ある機縁によって突如として目覚めることを待っているのである。問題は私がいつ目覚めるかである。その手だてが方便の働き、浄土の働きである。では光明名号の働き、浄土の働きによって、どのようにして私が真実の信を獲て救われてゆくのか。

三願転入

 救済についての原理的解明はすでに述べたところであるが、その具体的な過程を示しているものは、古来真宗学で親鸞の三願転入と呼ばれているものである。親鸞はこの三願転入を自己の入信過程として告白している(*)。従って学者の間では三願転入は親鸞独りの体験であって、あえて三願という過程を経ずして直接に十八願の信へ入ることも可能であるという主張もなされている。親鸞は真仮を分かち、仮を廃し真実を立て、要門(十九願)・真門(二十願)・弘願(十八願)に分けて、弘願を勧めているところから見ても、その廃した要門、真門を経なければならない理由はない、直ちに十八願の信心にはいりうるということも否定できない、それでなければ廃立はその意味を失うではないかというのがこれらの論者の主張である。私はこのような主張は親鸞の説明を単に理性的・観念的にのみ解して主体的に理解しないところから生まれた誤り、であると思う。神学(宗学)というものはどこまでも主体的(決して主観的ではない)[52]な学問でなければならない。自らを外において客観的・理性的に観察することは、いかにも『教行信証』そのものに即したようであって、実は主観的・観念的に歪めているのである。宗教の書物は自ら主体的にそのものに成りきることによってのみ、真に事態的に正しく理解しうるのである。このような立場に立つとき、三願転入はひとり親鸞にかぎらず、弘願に至る必然的過程であることをわたくしは以下のべてみたいと思う。

 親鸞は「真の言は偽に対し仮に対するなり」(一〇二頁)として、真に対して偽と仮とを区別したが、仮については「仮と言ふは、即ちこれ聖道の諸機、浄土の定散の機なり」(一〇八頁)といい、仮を聖道と浄土の定散と規定し、更に「偽と言ふは、則ち六十二見・九十五種の邪道これなり」(一〇八頁)と、仏教以外の教えを偽として、とくにト占祭祀をきびしく排斥している[53]。そして聖道の諸教は釈迦の在世正法の時代の教えであって、像法末法の時代および濁悪の我々には役に立たないからこれを仮とし、浄土門のうちでも定散の教えは仮であるというのである。そしてここで十九願・二十願を仮とし、それ自体真でないと判定している。従って真仮を判断するとなれば、十九願・二十願を仮として廃している。たとえ、念仏を中心としていても、十九願・二十願にとどまるならばそれは誤りであるとして、それ等にとどまることを戒めているのである。これ等の願自体は仮であるが、しかし同時にそれは方便として大きな役割を果たしていると親鸞は評価した。願自体を仮としてこれにとどまることを廃した [54]のと方便としてこれを認めた[55]のとを混同してはならない[56]。三願転入における十九願・二十願は方便としての役割を荷っているのである。このような理解の立場に立つとき、十九願・二十願・十八願の三願の関係構造は、浄土と人間との間において煩悩の凡夫が、その煩悩のまま真実の信を得ることができるように形成されているのである。十九願は弘願の要法へ入る門であるから要門といい、二十願は法は真実であるが、それを修するものが自力である、それで十九願の要門に対して、これを真門という、そして十八願を弘願というのである。従って客観的(自体的)には三願転入の関係構造は仏の側においてみれば、本願の遂行のための必然的要素として形成され、それが人間の側においては、獲信の心的過程として三願転入がなされるのである。すなわち三願の関係構造こそは仏の側にあっては、人間と浄土との間における救済の具体的構造を示したものであり、それに応じて私の側においては獲信のために三願転入の過程をとるのである。もともと三願のみならず、四十八願全体がそのような関連をもって建てられたのであるが、この三願はそのエッセンスである。

 親鸞は三願についてその機を分かち、十九願の機を邪定聚の機(必ず悪道に退堕するもの、ここでは自力の機を指す)とし、二十願の機を不定聚の機(悪道に堕するかどうかいまだ不定のもの、ここでは名号を称えるが、その称える名号をおのれが善としてこれを廻向して往生しようとするもので、半自力・半他力などといわれている)として、十八願を正定聚の機といい、またその往生を分類して、十九願の往生は双樹林下往生(釈迦が沙羅双樹の下で往生したので、この現実の娑婆世界で仏の死ぬ姿として、化土往生のすがたを象徴したもの)、十八願の往生を難思議往生(他力によって報土に往生するのは思議しがたいものであるから、これを難思議という)としている。そして、二十願の往生を難思往生(名号は他力の名号であるが、これを称える機に自力の信が雑じるから議の一字をはぶいて難思という)としている。この十九願を主に説いたのが「観無量寿経」であり、二十願を主に説いたのが「阿弥陀経」であり、十八願を説いたのが「無量寿経」である。古来、宗学ではこれら三願・三経・三機・三往生を分類組織して「三三の法門」と呼んで、次のように示している。

三 願 三 経 三 門 三 藏 三 機 三往生
第十八願 仏説無量寿経 弘願 福智蔵 正定聚 難思議往生
第十九願 仏説観無量寿経 要門 福徳蔵 邪定聚 双樹林下往生
第二十願 仏説阿弥陀経 真門 功徳蔵 不定聚 難思往生
(*)

 これが三願そのものについての親鸞の判定である。われわれは次に三願の組織とそれに応ずるわれわれの側の転入の趣きを見てみよう。

 すでに述べたように、背面的関係にある真如と人間の間において、その仲保者的役割をなすものとして浄土が建立されたのであった。すなわち浄土は人間の反仏的方向線上に、そのはるか彼方に輝いている。しかもその浄土と人間との間には死の一線が引かれているのである。この浄士がわれわれに示すものはいったい何であろうか。

 われわれは普通、人間的煩悩に支配されて、背仏的に自己肯定線上に前方のみをみつめ、前方のみを求める。そのわれわれがふとした機縁によって───われわれの周囲にはこの機縁は満ち満ちている。弥陀の呼び声は十力に響流(こうる)し、摂取の光明はわれわれを照し育む───浄土に面するとき、死後に往くという浄土はわれわれに死を告示する。死線をへだてての浄土の存在は何よりもわれわれに主体的に死を告げるのである。それはわれわれの存在を脚下からゆさぶる。われわれは人間肯定線上において浄土に面することによって逆に自巳の脚下に向かしめられるのである。普通ひとは自己を反省するという、しかしそのばあい、反省される自己は人間肯定線上に対象化されて観察されるにすぎない。このような反省とか自覚とかいうものでは、自己の脚下はみられない。そこでは客観化された自己しかみられない、客観化された自己は生きた自己ではない。現に生きている自已はなんら反省されていないのである。自己肯定線上においては、永遠に真の自己をみることはできない。真に自己をみるということは、自己の脚下をみるということでなければならない。自己の脚下はただ主体的に自己をみるときのみ、はじめてみられるのである。彼岸の浄土は人間をしてはじめて主体的に自己をみせしめるのである。このときはじめて人間は自己存在が絶対的生ではなくして、死を裏にもった生死的存在であることを知るのである。一瞬一瞬われわれは死に面しているのである。われわれの生命は一度的である。しかも生命は非可逆的である。人間存在は一瞬一瞬が絶対危機に立っているのである、その存在の底は無限の暗黒である。そしてこれが人間存在の事実なのである。浄土の彼岸性は人間存在の危機をつきつける。浄土が応土(現実世界)でなく、報土であるという意義の一つはここにあるであろう。このような自己存在の危機に面した者にとって、あくまで浄土はイデア的存在としてその面前にかがやいて、浄土への願生をいざなっているのである。十九願はこのような状況において与えられるのである。

「たとひわれ仏を得たらむに、十方の衆生、菩提心を発し、もろもろの功徳を修し、心を至し発願してわが国に生れむと欲はむ。寿終の時に臨んで、たとひ大衆と囲繞してその人の前に現ぜずは、正覚を取らじ」(一八九頁)

 自己の絶対危機に目覚めさせられて、なんとかこの危機を脱却したいと望む者にとって何よりもの願である。しかも独りこの娑婆を旅立つ死の不安におびえている者に、臨終に迎えに来て大勢でとりまいて浄土へつれてゆくことをこの願は約束している。そのためには普通に善といわれているものを積めばよいというのである。善因善果、悪因悪果[57]という常識的な合理性をもった人間にとって、この願は最も受けいれやすい願であるということができる。この願によって、自己存在の危機におびえたものを至心に発願し往生を願えと引きつけているのである。自力我執の凡夫は至心に発願することだけは可能であると考えよう。しかしいざこれを実践しようとすれば実は不可能なのである。これを十分みこしながら、至心に発願せよと教え、自らこれの不可能をさとらしめようとするのが十九願である。この願の役割は凡夫をして漸次に真実の信に導くところにあるのである。親鸞は化身土巻の初めにこの願をかかげ、現在のような濁世の凡夫ではたとえ仏門に入っても、真なるものは少なく、実なる者は稀れである。偽なる者、虚なる者が多い。このような迷える衆生を誘引せんがためにこの願ができたのだと解している(*)。この十九願の説かれているのは「観無量寿経」であるが、それは一つのドラマティックな物語によって説かれている。

 世尊が霊鷲山において弟子たちに「法華経」を説いておられた。その時、霊鷲山にほど近い王舎城に阿闍世という王子がいたが、悪友にそそのかされて父の頻婆娑羅王を囚えて牢獄につないだ。后の韋提希夫人は夫の頻婆娑羅王が餓死するのをおそれて、ひそかに王のもとに食事を運んでいた。これを知った阿闍世は非常に怒り、母をも(とら)えて獄に入れた。韋提希夫人はなげき悲しみ、救いを世尊に求めたのである。これを知った世尊は弟子目連と阿難をつれて空中から牢獄を訪れた。夫人は世尊に対して「どうぞ私のために憂いのない世界を教えて頂きとう存じます。この世は悪いことに満ち満ちています」と泣きくずれた。その頼みに応じて世尊はいろいろな清らかな世界を眼前に見せられたが、この世界のうち弥陀の浄土をみて夫人は「私はあの阿弥陀仏の極楽世界に生まれたいと思います。どうぞあそこへ往くためにはどのように思惟し、どのように受けとめたらよいか教えて下さい(教我思惟、教我正受[58])」と願った。そこで世尊は十六の観法の方法をお説きになった。この説法の終わったとき、弟子の阿難がこのお経の名前と要点とを聞いたところが、世尊は次のように答えた。

 「この経をば観極楽国土無量寿仏観世音菩薩大勢至菩薩と名づける。また浄除業障生諸仏前と名づける。決して忘れないようにせよ。この三昧を行ずる者は現身に無量寿仏および二大士を見ることができる。仏の名と二菩薩の名を聞くだけで無量劫の生死の罪を除く、だから憶念するということになったらなおさらのことである。もし念仏する人があればこれは極めてすぐれた人で、観音・勢至もそのよい友達となるであろう」。(*)
 さらに続けてこう付け加えている。

 「汝好くこの語を持て、この語を持てとは即ちこれ無量寿仏の名を持てとなり」。
無量寿仏の名を忘れるなよ、阿弥陀仏の名号をたもち伝えよと結んでいるのである。

 親鸞は阿難に対する世尊の答え、特に最後の句に深く打たれた。彼は「観経」の表面にあらわれたものとその裏面にひそむ深い意味をこの句から汲みとったのである[59]。それにしても「観経」にとかれた韋提の心情こそ、親鸞その人の心にほかならない、否、すべての人間の抱くごく素直な心のすがたではないであろうか。

 韋提は悪子 阿闍世によって人間の浅間しい心と濁世の起悪造罪のありさまを痛いほど体験した。そしてそこからなんとかして脱却したいと願ったのである。彼女は弥陀の浄土へ往きたいと願い、そこへ往く方法を教えてほしいと世尊に請うたのである。いかに思惟したらよろしいかと問うている。当然の問いではあるが、しかしよく考えてみると思い上がった問いである。そこには人間のあくなき主我性の傲慢がある。これに対して世尊はまず定善の方法を説かれた。ところがこの定善を行なうばあい、われわれの側にこれを修すべき心構えが要求されている。定善には「息慮凝心」が必要である。

しかし凡夫韋提に(おもんぱかり)をやめ心を()らすというようなことはとても不可能であろう。定善が駄目なばあい、散善という方法が説かれている。ところが散善には「廃悪修善」がなされねばならない。そしてそのためには三つの心が必要であるという。親鸞はこれを善導に従って「観経」の三心とよんでいる。

「観経」の三心

「観無量寿経」には、「仏阿難および韋提希に告げたまはく、上品上生とは、若し衆生有りて彼の国に生まれんと願ぜん者は、三種の心を発して即便ち往生す、何等をか三と為す、一には至誠心、二には深心、三には廻向発願心なり、三心を具する者は必ず彼の国に生ず」(*)と説かれている。浄土へ往生するには三心が必要であるというのである。善導はこの三心に注目し、上品の者にかぎらず、すべての機に三心のあるべきであると解した[60]。ではまず至誠心とはどのような心なのであろうか。
善導は、「至とは真なり、誠は実なり。一切衆生の身口意業に修するところの解行、必ずすべからく真実心の中に作すべきことを明かさんと欲す。外に賢善精進の相を現じ内に虚仮を懐くことを得ざれ。貪瞋邪偽奸詐百端にして悪性侵め難きこと蛇蝎に同じきは、三業を起こすと雖も名づけて雑毒の善と為す。亦虚仮の行と名づく。真実の業と名づけず。若しかくの如き安心起行を作さん者は、たとひ身心を苦励して、日夜十二時に急に走(もと)め急に作すこと、頭燃を灸ふが如くする者すべて雑毒の善と名づく。此の雑毒の行を廻して彼の浄土に生ぜんことを求めんと欲はば、これ必ず不可なり。何をもつての故に、正しく彼の阿弥陀仏の因中に菩薩行を行ぜし時、乃至一念一刹那も三業の修したまふところ皆これ真実心の中に作したまふ。凡そ施為(せい)趣求(しゅぐ)したまふところ、皆真実なるに由りてなり」(『観経疏』散善義─意味を変えて七六頁に引く)。

 至誠心(しじょう-しん)とは身も心も行ないもすべて真実の心をもってなすとき、これを至誠心というのである。従って外面的にも賢善精進でなければならず、内面も虚仮の心をもってはならない。身も心もすべて真実なのが至誠心である。そうでなければいかに精進努力してもそれは雑毒の善[61]でしかないというのが善導の理解であった。たしかにそうにちがいなかろうが、しかしそうだとすれば、はたして煩悩の凡夫に至誠心は可能であろうか。とても不可能というよりほかない。

 三心の第二は深心(じん-しん)である。
 「深心といふは即ちこれ深く信ずるの心なり。また二種あり。一つには決定して深く自身は現にこれ罪悪生死の凡夫、曠劫已来、常に没し、常に流転して、出離の縁あること無しと信ず。二つには決定して深く、かの阿弥陀仏の四十八願は衆生を摂受したまふ、疑ひ無く慮り無く、彼の願力に乗じて定んで往生を得と信ず」(『観経疏』散善義─ 一部読みを変えて七六頁に引く)。

 前者は機の深信といわれ、後者は法の深信といわれているものである。善導はさらに信仰の内容について、「観無量寿経」に説かれてあることを信ぜよ、仏の言葉を信ぜよと細かく述べており、また浄土往生の行についても、弥陀の名号を称することを正定業といい、三部経を読誦するとか、仏を礼拝したり讃嘆供養したりすることなどを補助的なものとして助業と呼び、その他の諸善万行を雑行となし、雑行を棄てよと教えている。いずれにしろ機・法の二種の深信が中心として要求されているのである。

 三心の第三は廻向発願心(えこう-ほつがん-しん)といわれる。
 「廻向発願心と言ふは、過去および今生の身口意業に修するところの世・出世の善根および他の一切の凡聖の身口意業に修するところの世・出世の善根を随喜して、この自他所修の善根を以て、ことごとくみな真実の深信の心のうちに廻向して、かの国に生れむと願ず。かるがゆゑに廻向発願心と名づくるなり。また廻向発願して生ぜんとする者は必ず(すべか)らく決定して真実心の中に廻向し、得生の想を作さんと願ふべし」(『観経疏』散善義─ 一部を九七頁に引く)。

 廻向発願心とは過去現在になした一切の善を真実心をもって廻向して浄土に往生しようと願う心である。「決定して真実心の中に廻向して得生の想をなす」ということは当然あって然るべきことだと思うが、しかしはたして可能であろうか。ともあれ「観経」では至誠心・深心・廻向発願心の三心が要求されている。くだいていえば至誠心はまごころであり、深心は深く信ずる心、廻向発願心はなんとかして善を修してそれを廻向して浄土に往生したいと願う心である。この三心は一般に浄土門に共通して求められているものとして代表的なものと見てよかろう。それでこの三心は三願のそれぞれに適応して要求されている。いま十九願には「至心、発願、欲生」が、二十願には「至心、回向、欲生」が、十八願には「至心、信楽、欲生」が要求される。ここで内容的にはどうであれ、とにかく表面は至心と欲生は三願に共通している。異なるのは発願・回向・信楽であるが、親鸞はそれぞれの願の特色を取り出して、十九願には「至心発願の願」、二十願には「至心回向の願」、十八願には「至心信楽の願」と彼独特の名をつけている。この名称はよくその願の本質を示しているといえよう。しばらくそれについて述べてみよう。

 十九願の機は韋提に代表されるように、この世の苦を悩んだ者であり、それはいつも前方をみつめ、彼方に苦の無い、幸福の理想を追い求める人間である。十九願はこのような者に与えられたのであった。かの浄土をあこがれ彼処へ往きたいと望む心を決断せしめるものこそ十九願の心である。それは浄土往生の決断の心である。いうまでもなくこの決断は煩悩の凡夫が人間肯定線上にあってイデア的浄土を欣求(ごんぐ)する心である。自己の生死的存在におびえ、必死になって欣求する心として、それは人間的まごころの溢れたものである。従ってその心はいかに深く思いつめた深心であろうと、親鸞が看破ったごとく、どこまでも人間的なものとして「決定して自心を建立する」(『愚禿妙』下)決断である。それはまごころをもって自己の善根を廻向して浄土往生を願う心である。このようにして十九願の三心は日常的な人間の浄土願生の出発点をなすものといえよう。

 だが十九願によって自ら実践しようとするとき、一体、誰れがその要求される三心を行なうことができるであろうか。これについてすでに世尊は韋提に対して「汝はこれ凡夫心想羸劣(るいれつ)(*)と厳しくきめつけているが、ひとり韋提のみならず、法然も親鸞も三心の修し難きことを告白せざるをえなかった。親鸞の次の告白をみるがよい。

「しかるに常没の凡愚、定心修し難し、息慮凝心の故に。散心行じ難し、廃悪修善の故に。ここを以て立相住心なを成じ難きが故に、「たとい千年の寿を尽くすとも法眼いまだかつて開けず」と言へり。いかにいはんや無相離念誠に獲難し。かるがゆへに、「如来はるかに末代罪濁の凡夫を知ろしめす。立相住心なを得ることあたはずと。いかにいはんや、相を離れて事を求むるは、術通なき人の空に居て舎を立てんがごときなり」と言へり」(二〇一頁)

 聖道門に見きりをつけ、浄土門に救いをもとめたが、定善、散善を要求する十九願ではとうてい救われ難いことを思い知らされざるをえなかった。十九願はたしかに誰れでも納得しやすい願であるにもかかわらず、それを実行に移そうとすると、たちまち困惑せざるをえない。ところが「観経」をよくみると、定散に破れた心になお一脈の救いの道が示されている。親鸞は「観経」のうちに含まれたその道こそがむしろ「観経」の本意であるとみた。彼は「無量寿仏観経を按ずれば、顕彰隠密の義あり」(一九三頁)として、実は定散二善を説き三心を説いたのは、自力に執着している人間をして浄土を欣(ねが)わしめるための方便であって、本意は他力に入らしめるにあると解した。そしてその論拠をこの経の最後の「汝よくこの語を持(たも)て、この語を持(たも)てとは即ちこれ無量寿仏の名を持(たも)てとなり」という句に求めたのである。そこで親鸞は「観経の定散の諸機は、極重悪人、唯称弥陀と勧励したまへるなり。濁世の道俗、よく自ら己が能を思量せよとなり。知るべし」(一九三頁)と。これが親鸞が「観経」において読みとった結論であったのである。表面(顕)には定散二善を説いているが、その内心(隠)では定散二善の不可能なことをさとらしめるためである。「よく自ら己が能を思量せよ」と親鸞はきびしく反省を求めているのである。しかし「観経」はかく突き放しただけで終わっているのではない。むしろ裏面では念仏の功徳の大きいこと、念仏のみが凡夫の辿りうる唯一の道であることを示している。このことを親鸞は自ら体をもって読みとったのである。

 十九願に破れても、人間存在の底の矛盾は一厘も解決されない。自己の力に対する自信は微塵に砕かれてしまった。そこには何もなしえない無力な自己が独り残るのみである。かりそめにも見せられた浄土ははるか彼方に遠ざかるのみである。この時この人に残されたただ一つの道、念仏の道とはどのような道なのか。そこに開かれていたのは二十願であった。

「たとひわれ仏を得たらむに、十方の衆生、わが名号を聞きて、念をわが国に係けて、もろもろの徳本を植ゑて、心を至し回向して、わが国に生れむと欲はむ、果遂せずは正覚をとらじ」(二〇五頁)

 徳本とは如来の徳号なりといわれているから、二十願は名号を聞いて往生したいと願い一心に称名すれば往生できるというのである。諸(もろもろ)の善をなし、それを廻向することの不可能な者にとって、名号を聞いて一心に称名すればよいという二十願はたしかによろこばしいおとずれである。「観経」には五逆十悪というような大罪を犯した下品下生の者も十声の念仏で往生することが説かれている(*)。だが一体、名号を聞くとか、称名するとかいうことはどういうことなのであろうか。

念仏と二十願

 称名といったばあい、ごく普通にはただ南無阿弥陀仏(な ん ま ん だ ぶ)と称えることであると考えられている。いま「観経」に説かれている下品下生の者の十念の念仏をみても、臨終の苦しみに(せま)られて仏を念ずる(いとま)さえない状態で息たえだえにようやくにして称えた称名である。とすれば、それはただ口で称えたもののようである。このように解するならば、名号とは呪文であり、称名は呪文を称えるという呪術ではないであろうか。おそらくかく解することも決して無理なことではない。ところが善導はこれについて、「今この観経の中の十声称仏には即ち十願十行ありて具足す」といい、「いかんが具足するや」と問うて、次のように答えている。

 「南無と言ふは、即ちこれ帰命なり。またこれ発願回向の義なり。阿弥陀仏と言ふは、即ちこれその行なり。この義を以ての故に必ず往生を得」(『観経疏』玄義文四一頁 に引く)と。

 善導のこの句は古来、六字釈(ろくじしゃく)といわれて有名なものであり、それについて諸宗諸派それぞれに解釈され、また学者によってその理解も異なるが、とにかく今すなおに読んでみよう。南無阿弥陀仏の南無というのは帰命(きみょう)ということである。従って阿弥陀仏の(めい)のままに従いますというのが南無阿弥陀仏の端的な意味である。ところがそれには発願廻向の意味が含まれているというのであるが、これはどういうことであろうか。われわれが阿弥陀仏に帰命するのは、自已の生死の苦から逃れんがためである。救われたいという願いなくしては帰命しないであろう。そのかぎり、帰命ということのうちには発願の意味は含まれていよう。だが廻向とはどういうことか。いま諸善万行に望みを失った考にとって廻向すべきなにものもないとすれば、何をどう廻向するのか。そこではもう帰命するということを廻向するよりほかはない。すなわち私の全身心を捧げて仏の仰せのままになるのであるから、ここで廻向とは私の全身心を捧げるということよりほかには解しようがない。次の阿陀弥仏がその行とは何の行なのか、そのとは何を指すのか、これは南無を指すと解するより外はない。とすれば阿弥陀仏というのは南無の行ということになる。しかし南無の対象である阿弥陀仏が南無の行とは一体どういうことを意味するのであろう。善導は、「ただ念仏の衆生をみそなはして、摂取して捨てざるが故に、阿弥陀と名づく」(『往生礼讃偈』三九頁に引く)といっている。阿弥陀仏は単に南無の対象ではなくして、むしろ摂取不捨の行である。阿弥陀仏とは単なる対象的存在ではなくして、むしろ救済の働きそのものである。阿弥陀仏とはかかる働きそのものの中にのみ存在する作用人格とでもいうべきものであろう。それでいまこの解釈どおりにとれば、南無と帰命する働きがそのまま阿弥陀仏という摂取の働きであり、南無の働き「即」摂取不捨の行である。極言すれば、南無即阿弥陀仏といえよう。むしろ逆に阿弥陀仏という救いの働きがそのまま現実に全現したのが私の南無の働きである。私の南無が先にあるのではなくして、一切衆生が救われねば自分も仏とならないという仏の誓願があって、その具体的な現われが摂取不捨の働きであり、それの現実的実現が南無の働きである。従ってその順序からいえば、私の発願廻向の前にすでに仏の発願廻向があったといわねばならない。仏の発願廻向なくして私の発願廻向はない。仏の発願廻向が現実に私の発願廻向となったのである。これこそ善導の真意であり、これこそ南無阿弥陀仏の最もザッハリッヒ[62]な理解ではないであろうか。これを大胆率直に披瀝したのは親鸞であった。

 「しかれば南無の言は帰命なり。帰の言は(至なり)、また帰説なり、説の字は(悦の音)、また帰説なり、説の字は(税の音、悦税二つの音は告なり、述なり、人の意を宣述なり)。命の言は(業なり、招引なり、使なり、教なり、道なり、信なり、計なり、召なり)。ここを以て帰命は本願招喚の勅命なり。
発願回向といふは、如来すでに発願して衆生の行を回施したまふの心なり。即是其行と言ふは、即ち選択本願これなり。必得往生といふは、不退の位に至ることを獲ることを彰はすなり。経には「即得」と言へり、釈には「必定」と云へり。即の言は、願力を聞くに由りて、報土の真因決定する時剋の極促を光闡せるなり。必の言は(審なり、然なり、分極なり)、金剛心成就の貌なり」(四二頁)

 ここでは実にはっきりしている。「帰命(きみょう)は本願招喚(しょうかん)の勅命(ちょくめい)なり」といいきっている。私の帰命は裏をみれば、仏の本願の招喚そのものである。そして「発願回向といふは、如来すでに発願して衆生の行を回施したまふの心なり」という。発願廻向は全く如来が発願し、南無の行を衆生に廻向したのである。そして「必得往生といふは、不退の位に至ることを獲ることを彰はすなり」という。信が決定したとき、不退転の位に住するのであり、それはまた往生の決定にほかならない。後に述べるように現生正定聚(げんしょう-しょうじょうじゅ)といわれているものである。私の南無のところにすでに私は救われているのである。救いの出来事は未来に起こるのではない、現実に起こっているのである。何故なら私の南無阿弥陀仏が「即」仏の行であり、仏の救いの大行が「即」私の南無阿弥陀仏であるからである。南無阿弥陀仏は現実における仏の具体的・全面的な救いの働きそのものである。それゆえにそれは真如一実の功徳大宝海といわれるのである。絶対寂滅の真如そのものの現実における最も生きた具体的なすがた、それが南無阿弥陀仏である。そして南無阿弥陀仏こそは信の結晶そのものであり、信の根源的事実である。

 いま称名とはいかなるものであるかをみたが、さて二十願はこのような称名を要求しているのである。換言すれば、私の弥陀への絶対帰命が求められているのである。十九願の一切の善根を修することに絶望したものにとって、絶対帰命は残された道として可能なようにもみえる。しかしはたしてそうであろうか。ここで私が帰命するのは、帰命せよという命令に従って自己の一切を捨てんと決意し努力するのである。しかしよく考えてみると、自己を捨てようと努力するのは自己である。それは自己否定しようと自己の全力をふりしぼっているのである。自己を否定しようとする力は自已の力である。これは自己を否定すべく自己の力に頼っていることにほかならない。自己否定の努力の底には依然として自己肯定がある。至心になればなるだけ自力の力は燃えさかる。しかも二十願の機はここで思うであろう。自分は一切を捨てて帰命せよとの命に従って自己放棄に懸命となった。それゆえに仏の救いはあるであろうと。このことは自己放棄をただ一つの回向として自己の救いを期待しているのである。それは親鸞がいみじくもいったように「本願の嘉号を以ておのれが善根とする」(二一四頁)ことにほかならない。だから親鸞はこの願を「至心回向の願」と呼んだのである。

 顧みれば十九願において自力の限りを尽くして往生すべく努力したが、知らされたるのは自已の無力であった。それゆえにこそ、自己の無力性に徹して自己の一切を捨てるべく努めたにもかかわらず、自己否定の努力の底にはまだ自力の執心が執拗にこびりついている。自己肯定的努力はもちろん、自己否定的努力も駄目なのである。まさに絶対のディレンマ、人間性の悲劇の極であろう。

 しかし念仏を勧めている願に十八願がある。法然はこの十八願を王本願と呼んで注目した。十八願とは、
「たとひわれ仏を得たらむに、十方の衆生、心を至し信楽してわが国に生まれむと欲うて乃至十念せむ、もし生まれざれば正覚を取らじと。ただ五逆と誹謗正法を除く」(七二頁)

この十八願が二十願と異なっているところは至心信楽ということと乃至十念ということであり、五逆と正法を誹謗する者は除くということである。まず十念ということであるが、善導はこの十という数にとらわれていない、一声でも仏願力で往生できると解している。このことはすでに「無量寿経」の本願成就文といわれているものにも、「諸有(あらゆる)衆生、その名号を聞きて信心歓喜せむこと乃至一念せむ、至心に回向せしめたまへり、かの国に生まれむと願ぜば即ち往生を得、不退転に住せむ、ただ五逆と誹誇正法とおば除く」(七三貢)となっており、ここでは十念といわず一念といわれている。問題は数ではなくて本当に念仏するか否かである。とすれば二十願との本質的な違いはどこにあるのか。それは至心信楽という句であり、信心歓喜という句である。この点に注意して善導の解釈の文をみると、「弥陀世尊もと深重の誓願を発して、光明・名号を以て十方を摂化したまふ。ただ信心をして求念(ぐねん)せしむれば、上一形を尽くし、下十声一声等に至るまで、仏願力を以て往生を得易し」(『往生礼讃偈』三八頁に引く)といっている。ここでは仏が十方を摂化すると、仏の願力によって往生するということが中心であり、衆生は仏力によって信心をして求念せしめられることになっている。十声一声の念仏はその必然的な結果にほかならない。このような立場に立つとき、十八願の「至心信楽欲生我国乃至十念」[63]という文の中心は至心信楽である。また成就文の「諸有衆生聞其名号信心歓喜乃至一念」においても、「聞其名号信心歓喜」[64]がその中心であることに気づかざるをえない。二十願に破れたものに至心信楽の句は心を引くものである。十八願の特色はここにあろう。かくして親鸞は引用の異訳「無量寿如来会」の文に彼独特の送り仮名を附した。

他方仏国所有有情 聞無量寿如来名号 能発一念浄信 歓喜愛楽 所有善根回向 願生無量寿国者 随願皆生 得不退転乃至無上正等菩提 除五無間誹謗正法及謗聖者。(三〇五頁)[65]

 ここでは十念とか称名とかいわず、一念浄信と明確に信が打ち出されている。中心は信楽である。親鸞はここに至心信楽こそ十八願の核心なりとして、十八願を「至心信楽の願(ししん-しんぎょうのがん)」と名づけたのである。

十八願の信

 二十願に絶望したものにとってただ信ずるだけで救われるという十八願は、救いの光明であるにちがいない。実行は不可能でも思うことだけはできるであろう。生死巌頭に立ったものにとって至心に信ずること、一心にたのむことは可能ではなかろうか。

 しかし至心に信ずるとはどういうことなのか。私たちは普通、信ずるというとき、いまだ未確定なものに対して信ずるという。確実なもの、現実に実現しているものに対しては信ずる必要はない、信ずるということのうちにはどんなに固い信であっても、そこには「万一」ということが含まれている。万一を含まない信はありえない[66]。いま十八願における信は我々にとって未知なものに対する信である。しかもそこには一厘一毛の疑いがあってはならないという。しかしそのような信が私に可能であろうか。たとい絶体絶命の境地におかれているとはいえ、一厘の疑いをさしはさまない信は不可能にちかい。だから親鸞も十八願の信に対しては「一代諸教の信よりも、弘願の信楽なをかたし 難中之難とときたまひ、無過此難とのべたまふ」(『浄土和讃』)といわざるをえなかったのである。「真実の浄信、億劫にも獲がたし」(一〇頁)といい、「真実の信楽実に獲ること難し」(七二頁)という。至心に信じようとしたものの偽らざる告白である。しかし弥陀の本願を信ずることができないということは仏の本願に対する不信である。それはたとい積極的に法を謗(そし)らないにしても、本質的には謗法の罪を犯していることではないか。信じきれない私こそ謗法の大罪人である。しかしひるがえって考えてみると、疑うということは理性的存在者としての人間本来の宿命的なものではないであろうか。煩悩熾盛の泥凡夫が本願を信楽することができると思うことじたい、人間の慢心ではなかろうか。かくいえば、煩悩の凡夫こそ本願の目あてではないかと反駁するであろう。その通りである、しかしこの反駁は単なる観念的なものである。ここでいっていることはそんなことではなくして、弥陀の本願を人間的に信じようとすることが間違っているというのである[67]。本来、本願は人間的には信ずることはできないのである。それゆえにこそ曠劫已来出離之縁[68]あることなき凡夫なのである。謗法の罪人は他人ではなくしてこの私なのである。だが仏の誓願は十方衆生を救うという。「観経」には五逆十悪を作る下品下生の者も往生できるといわれ、「涅槃経」には五逆・謗法・闡提も往生できると示され(*)、善導は「仏願力を以て五逆と十悪と罪滅し生を得しむ。謗法闡提回心すれば皆往く」(『法事讃』上)といっている。それゆえに『教行信証』の総序には「しかれば則ち、浄邦縁熟して調達・闍世をして、逆害を興ぜしむ。浄業機彰はれて、釈迦、章提をして安養を選ばしめたまへり。これ乃ち権化の仁、済しく苦悩の群萠を救済し、世雄の悲、正しく逆謗闡提を恵まむと欲す」(一○頁)という。王舎城の逆害こそはまさしく逆謗闡提を救わんがための実証であると親鸞はみたのである。これこそ親鸞が身をもってかちえた事実から迸(ほとばし)り出た言葉である。弥陀の誓願を信ずることさえできない謗法闡提の私こそ弥陀悲願の対象にほかならない。

「弥陀の五劫思惟の願をよくよく案ずればひとへに親鸞一人がためなりけり」(『歎異紗』)という述懐も自然に湧き出るであろう。古来、「悪人正機説」として、『歎異妙』の「善人なをもて往生をとぐ、いはんや悪人をや」という有名な言葉に代表されて、親鸞のすぐれた特色とされているものである。たしかにそれは本願の呼び声に接して不信の自已を徹底的に見つめた者の呟かずにはおれなかった述懐であろう。親鸞の罪悪深重、虚仮不実の告白もここから生まれたものである。謗法こそ罪悪の極である。親鸞の罪悪への徹見は多くの人の胸をうち、共感をよび、その罪悪観は彼の特色として高く評価されてきている。たしかに罪悪深重煩悩熾盛の痛烈なる体験は他に比をみない。ところが親鸞のこの罪悪観に共鳴する人たちが、道徳的罪悪の深化したものとして理解しがちであるように思う。より正確にいうと、人間的反省に反省を加えた極、獲られた罪悪観ととりがちであった。例えば「わが身は罪深き悪人なりと思いつめて」というごとき表現によって示されるような罪悪の自覚と同一視されがちであった。しかし親鸞の罪悪はただ如来の本願力に遇うた時にのみ、はじめて知らされる罪悪深重である。仏の光に照らし出されて見せしめられる悪業煩悩である。人間的な罪悪の自覚とは全く質的に異なり、次元を異にしたものなのである。人間的罪悪と親鸞のいう罪悪とは絶対に混同することの許されないものである。もしそれが一厘でも混同されるとき、親鸞の罪悪観はたちまち甘いセンチメンタリズム[69]に堕するか、すべてを深刻ぶって表現する道学者の罪悪観に顛落するであろうからである。わたくしは今までいく度かその例を見ているがゆえに、人間的罪悪観と親鸞の罪悪観との区別を厳しく誠めたいと思う。[70] といってわたくしは血肉なき概念的な罪悪論を正しいとするものではない、罪悪深重煩悩熾盛は体験の事態である、従って体験の事態として理解さるべきものであるが、上に述べたごとく、あくまで摂取の光明の中にあっての自覚であることが忘れられてはならない。わたくしはこのようなことから、あえてこの説明をする以前には罪悪という言葉を使うことを避けた。かくして親鸞にとっては、本願の呼びかけに応じようとしない不信の私こそ罪悪深重というに値するものなのである。

 話をもとへもどそう。信ずることさえできない謗法の私が救われる、それはどういうことであろうか。
 「親鸞にをきては、ただ念仏して弥陀にたすけられまひらすべしと、よきひとのおほせをかふりて信ずるほかに別の子細なきなり。念仏はまことに浄土にむまるるたねにてやはんべるらん、また地獄におつべき業にてやはんべるらん。惣じてもて存知せざるなり」(『歎異妙』)

 この句をじっと味わってみよう。そこに人間のもつ不信から絶対信への転換がうかがわれないであろうか。「信ずるほかに別の子細なきなり」。この信は普通の信ではない。善導も、「弥陀の摂と不摂とを論ずるなかれ、意専心にして廻すると廻せざるとに在り」(『般舟讃』)(*引文)といっているが、まさにその通りであろう。「廻するか廻せざるか」。信とは廻することにほかならない。それは人間的な心で信ずる信ではない。このような人間的信[71]を捨てて、すべてを弥陀に廻すること、すなわち「まかす」ことである[72]。まかすということと普通の信とは全く質的に異なっている。普通の信は不信に対するものとして相対的である。それに対してまかすということは身心ひっくるめた挙体的な信である。至心信楽の絶対信は私の全身心を根こそぎまかすという実践である。人間的な信・不信とは全く質的に異なった異次元の信である。それは私の身心を挙げて弥陀に投托することである。弥陀の願力の中へ投棄することである。そこには人間的な信も疑もない。それらすべてが投棄されて、そこに働いているものは弥陀の働きのみである。今まで主格的に働いていた人間の主我性は全く投棄されて、絶対転換がなされているのである。絶対信とはこのような絶対的放棄、絶対転換にほかならない。絶対信とは人間的な信ではなくして弥陀の働きそのものである。だから他力の信というのである。「如来苦悩の群生海を悲憐して、無碍広大の浄信を以て諸有海に回施したまへり。これを利他真実の信心と名づく」(八八頁)といわれるのである。

 以上のべてきたように、十九願から二十願、さらに十八願に到って、ついに煩悩のまま弥陀の願海に投托したのであるが、しかしひるがえって考えるとき、これは凡夫の努力ではなくして、まさしく浄土を中心において構成された三願の構造そのものから生まれたものにほかならない。それゆえに十九願、二十願が方便の願といわれ、二十願は必然的に十八願へ導くがゆえに果遂の願といわれるのである。三願はともに十方衆生をその救済の対象においているが、それとともに三願に共通なことは欲生我国(我が国に生まれんとおもえ)ということ、すなわち浄土へ往生を願わしめるということである。浄土は三願に共通して衆生の目ざす対象として、衆生をして欲生せしめるように建立されている。従って浄土を中心においてこれへの欲生心を絶えずかりたてつつ三願転入の過程を経過さすのである。浄土の彼岸性によって自己の生死的存在を自覚せしめ、たえずこれによって欲生をうながし、はげまして自力的自己否定から絶対的な挙体的な自己投棄へと導くという三願転入の構成はまことに美事である。

 十八願の至心信楽はこのようにして、煩悩の凡夫のまま弥陀に投げ出したすがたにほかならない。この投げ出すということが至心信楽である。まかすということが信である。それをのぞいて他力の信などというものはない。この信は凡夫の起こす信ではなくして如来の信である。[73]

本願の三心

 親鸞は十八願の三心について全く独特な理解を示した。そこから先輩祖師の文章の破格的な読み方をしたのである。明らかに無茶な送り仮名・返り点をつけているが、それは彼が祖師たちの伝統を尊びながら、しかも彼は彼が達した真実の声に従わざるを得なかったからである。『教行信証』が文類の形をとりながら全く彼独自の文章になっているのは、ひとえに真実そのものに随順するという彼の態度から生まれたものにほかならない。[74]

 三心はすでにのべたごとく、至誠心・深心・廻向発願心であるが、まず善導の、「欲明一切衆生身口意業所修解行 必須真実心中作 不得外現賢善精進之相 内懐虚仮」(『観経疏』散善義)というについて、親鸞は次のように送り仮名・返り点をつけて読みかえた。「欲明一切衆生身口意業所修解行 必須真実心中作 不得外現賢善精進之相 内懐二虚仮」(三〇六頁)と読んだ[75]。「須」を「もちゐる」と読み、「真実心中に作すぺし」という句を「真実心の中に作したまへるを須(もち)ゐることを明さむと欲ふ」と送り仮名をつけた。さらに「外に賢善精進の相を現じ、内に虚仮を懐くことを得ざれ」というのを「外に賢善精進の相を現ずることを得ざれ、内に虚仮を懐いて」と読みかえた。これではその意味は全く逆転してしまう。すなわち我々の自力の行動を止めて如来の行動、如来のなされた修行そのものをいただけ、如来はすべて真実心をもって修行しておられるのである。だから単に表面だけをいくら飾ってみても、所詮凡夫であれば内心は虚仮不実、煩悩のかたまりである。だからそんな表面だけ賢善精進をよそおうことなんか止めて、自己の一切をほうりだして如来にまかせよ、という意味になってしまった。このおもむきを『唯信抄文意』は明瞭に示している。

 「「不得外現賢善精進之相」といふは、浄土をねがふひとは、あらはにかしこきすがた、善人のかたちをふるまはざれ、精進なるすがたをしめすことなかれとなり。そのゆへは「内懐虚仮」なればなりと。内はうちといふ、こころのうちに煩悩を具せるゆへに虚なり、仮なり。虚はむなしくして実ならず、仮はかりにして真ならず。しかればいまこのよを如来のみのりに末法悪世とさだめたまへるゆへは、一切有情まことのこころなくして、師長を軽慢し、父母に孝せず、朋友に信なくして悪をのみこのむゆへに、世間出世みな心口各異、言念無実なりとをしへたまへり。心口各異といふは、こころとくちにいふことみなをのをのことなり、言念無実といふは、ことばとこころのうちと実ならじといふなり。実はまことといふことばなり、この世の人は無実のこころのみにして、浄土をねがふ人はいつはりへつらひのこころのみなりときこえたり。よをすつるも、名のこころ、利のこころをさきとするゆへなり。しかれば善人にもあらず、賢人にもあらず、精進のこころもなし、解怠のこころのみにして、うちはむなしく、いつはり、かざり、へつらふこころのみつねにして、まことなるこころなきみとしるべし」。(*註:この『唯信抄文意』の文は正嘉本を依用している。『浄土真宗聖典全書』二 p711)

 凡夫は底の底まで虚仮不実である。とすれば、至誠心とは何なのか。親鸞は至誠心の文に続く「凡所施為趣求亦皆真実」という句もまた読みかえた。もともと「施為(せい)趣求(しゅぐ)する所、亦皆真実なり」としか読めない、すなわち弥陀が法蔵菩薩の時、真実心をもって修行され、それをまた真実心をもって衆生に施されたのであるという意味であるのに、「おほよそ施したまふところ趣求を為す、またみな真実なり」(七六頁)と読んでいる。如来の施しが私の願生心となって浄土を求めている、だから私の願生心はそのまま如来の真実なのであるという意味に変えてしまった。善導では施為・趣求ともに弥陀の行為であるのに、親鸞では施すのは弥陀の廻向であり、趣求は衆生の願生心[76]になっているのである。これは親鸞の体験であろう[77]。しかしその体験は単なる個人的なものではなくして、十八願のはたらきの真実である。

 いま十八願の三心についてしばらく考察してみよう。十八願においては人間的主我性はその根柢からくつがえされ、そこに主導的に働いているものは如来の真実である。従って十八願で要求されている三心はすべて如来の真実に貫かれているのである。この状況をもたらしたものはいうまでもなく私の挙体的な投托である。挙体的なまかすという事態によって私の主我性が根こそぎに棄てられたのである。しかしこの挙体的投托の事態はすでにくりかえし述べたように私の力によっては起こらない。この投托の事態を引き起こしたものは如来の大悲心の働きである。私の主我性が根こそぎに引き抜かれて、如来の働きのうちに包みこまれたのである。そこに主我性の根絶という事態が生まれたのである。この状況を横超断四流(おうちょう-だん-しる)[78]といっている。断は主我性の絶対否定である。親鸞は「断と言ふは、往相の一心を発起するが故に、生としてまさに受くべき生なし、趣としてまた到るべき趣なし。すでに六趣・四生、因亡じ果滅す、かるがゆへに即ち頓に三有の生死を断絶す。かるがゆへに断と曰ふなり。四流とは則ち四暴流なり、また生・老・病・死なり」(一〇一頁)といっている。暴流とは煩悩のことであり、獲信のところに煩悩の根は断ち切られているのである。私の力によって私の煩悩を断ち切ることは不可能である。何故なら私の存在の根源ともいうべき煩悩を私の力で断ち切ることは不可能だからである。断はどこまでも他からの否定でなければならない。

 かくのごとく信の決定とは断四流の事態であるがゆえに、親鸞はこれを正定聚の位としてとらえ、現生に正定聚に入ることを主張したのである。これは親鸞の最もすぐれた特色であり、彼の偉大さもここにあるといえよう。普通は往生して後に正定聚の位に入るといわれているが、親鸞はこれを獲信の端的にとらえた。一般に宗教は未来の事として理解されがちである。特に浄土教にはその色彩が濃厚である。しかし親鸞にとって、救いは単なる未来の事ではなかった。救いは現実における生々しい事実だったのである。すでに三有の生死の断絶という事実、入正定聚という事態が今、獲信のその時起こっているのである。この親鸞の宗教の現実的性格こそ彼をして不朽ならしめるものである。

 しかし横超断四流といわれても、この事態において現実的に煩悩がなくなるというのではない。煩悩は煩悩としてあるが、その煩悩はすでに人間的・主我的な「我」としては働かないのである。そこでは我を働かすものが変わったのである。 我を律するものが人間的自律ではなくして、如来の真実である。

 このようにして十八願の三心は至心も欲生も私の至心、私の欲生でありながら、それは如来の真実によって貫かれた如来的至心、如来的欲生である。親鸞の次の和讃は上に述べたおもむきをよく示している。「無慚無愧のこの身にて まことのこころはなけれども 弥陀の廻向の御名なれば 功徳は十方にみちたまふ」(『正像末和讃』)。信の世界にては煩悩のまま功徳は十方にみちみちているのである。「五濁悪世の有情の 選択本願信ずれば 不可称不可説不可思議の 功徳は行者の身にみてり」(同上)。煩悩の主我性が断ぜられるとき、我がそのまま絶対の弥陀海に包まれていることを知るのである。 それは「久遠よりこのかた、凡聖所修の雑修雑善の川水を転じ、逆謗闡提恒沙無明の海水を転じて、本願大悲智慧真実恒沙万徳の大宝海水となる」(六〇頁)のである。私がそのまま真如海の中にあるのである。いや煩悩の私そのまま真如海なのである。この一味となったところ、そこには逆謗の私の屍骸もとどまらない。「名号不思議の海水は 逆謗の屍骸もとどまらず 衆悪の万川帰しぬれば 功徳のうしほに一味なり」(『高僧和讃』)

 これが信の世界である。そこは人間的な信も疑もとどかない、何ものも障碍することのできない金剛心なのである。至心・信楽・欲生という本願の三心はこの金剛の信心に成立しているのである。

 如来は清浄の真心をもって円融無碍、不可思議不可称不可説の至徳である名号を成就して、至心をもってこれを一切衆生に回施したもうたのである。これが衆生の至心である。だからその至心に疑いの心などまじりようはない。このようにして至心は名号をその体としているのである。かく南無阿弥陀仏においては如来の救いの至心の働きはそのまま私の南無阿弥陀仏として、私の帰命の至心の働きなのである。

 「次に信楽と言ふは、則ちこれ如来の満足大悲、円融無碍の信心海なり。この故に疑蓋間雑あることなし。かるがゆへに信楽と名づく。即ち利他回向の至心を以て信楽の体とするなり」(八七頁)という。すなわち如来の至心の私の上における実現が信楽である。

 「次に欲生と言ふは、則ちこれ如来、諸有の群生を招喚したまふの勅命なり」(九二頁)という。私の欲生は如来の本願の招喚したまう命令が私において実現したものだというのである。[79]

 ところでこの三心の衆生の側における関係について、至心の体が南無阿弥陀仏の尊号であり、信楽の体が至心、欲生の体が信楽であるという。これを具体的にいえばこういえよう。如来の至心が南無阿弥陀仏をとして衆生の上に現われたとき、まず私の至心として、さらにそれが具体的なとしては信楽となり、そのはたらきの内容が欲生である[80]。本源は南無阿弥陀仏である。南無阿弥陀仏が衆生の上に全現したのが真実信心そのものであり、その凝縮こそ天親が「世尊よ我れ一心に帰命す」と叫んだ一心にほかならない。

 このような信仰の世界を親鸞は次のように表現した。

 「おほよそ大信海を按ずれば、貴賤・織素を簡ばず、男女老少を謂はず、造罪の多少を問はず、修行の久近を論ぜず、行にあらず善にあらず、頓にあらず漸にあらず、定にあらず散にあらず、正観にあらず邪観にあらず、有念にあらず無念にあらず、尋常にあらず臨終にあらず、多念にあらず一念にあらず、ただこれ不可思議不可説不可称の信楽なり」(九五頁)

 さすがに親鸞も絶対信の世界は不可思議不可称不可説として、非をもって示すよりほかなかった[81]。しかしその信の世界のはたらきについては、「大信心は、則ちこれ長生不死の神方、欣浄厭穢の妙術、選択廻向の直心、利他深広の信楽、金剛不壊の真心、易往無人の浄信、心光摂護の一心、希有最勝の大信、世間難信の捷径、証大涅槃の真因、極速円融の白道、真如一実の信海なり」(七二頁)と称讃している。

菩提心

 上に一言ふれたように、親鸞は他力の信心を大菩提心であるとして次のようにいっている。
 「菩提心について二種あり。一つには竪、二つには横なり。また竪についてまた二種あり。一つには竪超、二つには竪出なり。竪超・竪出は権実・顕密・大小の教に明かせり。歴劫迂廻の菩提心、自力の金剛心、菩薩の大心なり。また横についてまた二種あり。一つには横超、二つには横出なり。横出とは、正雑・定散、他力のなかの自力の菩提心なり。横超とは、これ乃ち願力廻向の信楽、これを願作仏心といふ。願作仏心即ちこれ横の大菩提心なり。これを横超の金剛心と名づくるなり」(九五頁)。

 これは浄土真宗の教判として、二雙四重の判釈とよばれているものである。親鸞は横超他力の信心が菩提心であると断定したのである。彼はこう和讃している。「自力聖道の菩提心 こころもことばもおよばれず 常没流転の凡愚は いかでか発起せしむべき」(『正像末和讃』)、「正法の時機とおもへど も底下の凡愚となれる身は 清浄真実のこころなし 発菩提心いかがせん」(同上)と自力の菩提心が凡夫に不可能なことを述べて、「浄土の大菩提心は 願作仏心をすすめめしむ すなはち願作仏心度衆生心となづけたり」(同上)という。親鸞は信心が大菩提心であり、それが願作仏心(がんさ-ぶっしん)であり、それが度衆生心(ど-しゅじょうしん)であるというのである。信心そのものが願作仏心即是度衆生心であるという。願作仏心とは仏たらんと願う心であるから信心が願作仏心であることはわかるが、それが「即」度衆生心すなわち衆生を救済せんとする心であるというのである。これはいかに解すべきであろうか。これを説明して和讃には「度衆生心といふことは 弥陀智願の廻向なり 廻向の信楽うるひとは 大般涅槃をさとるなり」(同上)と。なるほど我々の願作仏心が弥陀智願の廻向であるから当然それは度衆生心という働きをもつものであることに異論はないかもしれない。しかしそれだけでは決して事態は明らかではない。それは神は全知全能である、ゆえに神から与えられればなんでも可能であるという説明と同じである。

 では願作仏心即是度衆生心とはどういう事態を意味するのであろうか。以上の説明から明らかなように、願作仏心は凡夫がおこす願作仏心である。その願作仏心がそのまま度衆生心であるということでなければならない。即是とは当相[体?]即是というように、その当体が即是でなければならない、そうでなけれぱ即是ということにはならない。願作仏心は信相、度衆生心は信徳などと解しては全く概念化された解釈でしかない。それでは信心が菩提心であるという本来の意味は死んでしまう。親鸞が曇鸞をうけついでいった願作仏心即是度衆生心[82]は、もっと生きた信心の原本的事実そのものを端的にとりだした言葉である。

 信心の事態についてはすでに念仏についての六字釈のところでもふれたが、如来は救済の働きのうちにおいてのみ如来として生きるのである。すなわち如来は常に現実に働いている、生死の園、煩悩の林の中におり立ってこそ煩悩の凡夫を救いうるのである。キリスト教におけるイエスの受肉も同様である。穢れた肉の姿をとってこそキリストなのである。如来は本来、現実的でなければならない。如来が穢土におり立つということは仏の自己否定である。大悲とはこのような仏の自已否定でなければならない。仏は自己否定することにおいて生きるのであり、仏たりうるのである。極めてバラドキシカルないい方ではあるが、仏は死することにおいて生きるのである。如来とは自己否定即自己肯定という絶対矛盾的存在なのである。

 しかし如来の自己否定は単なる否定ではなくして、自己否定は救済の働きそのものである。すなわち背仏的にある衆生をして巧方便によつて涅槃の証(さとり*)を得せしめる働きでなけれぱならない。親鸞はこの間の消息を『往生論註』を引いて次のように述べている。

 「おほよそ回向の名義を釈せぱ、謂く、おのれが所集の一切の功徳を以て一切衆生に施与して、共に仏道に向かへしめたまふなりと。巧[方]便とは謂く、菩薩願ずらく、おのれが智慧の火を以て一切衆生の煩悩の草木を焼かむと、もし一衆生として成仏せざることあらば、われ仏にならじと。しかるに衆生、いまだことごとく成仏せざるに、菩薩すでに自ら成仏せむは、たとへば火掭して、一切の草木を擿(つ)むで焼きて尽くさしめむと欲するに、草木いまだ尽きざるに、火掭すでに尽きむがごとし。その身を後にして身を先にするを以ての故に、方便と名づく」(一五二頁)。

 如来の衆生救済の働きのうちにおいて如来が如来たりうるということを、一切の草木を焼き尽くさないうちに火掭(火つけ木)の方が先に焼けてしまったという喩で巧みにあらわしている。如来は煩悩の林の中におり立つ、時には自ら極悪非道の者となる。親鸞は父を殺さんとした逆害者阿閣世をも権化のひととして如来の救いの手とみているのである。如来の働きはここではケノシス[83]的である。それでなければ救い難き謗法闡提の徒を救うことは不可能であろう。如来は人間的に人間の対象として相対的存在でなければならない。しかし単なる相対的存在ではなくして、自らは絶対無として対を絶したものでありながらしかも相対的でなけれぱならない。人間に対しながらしかも絶対である。単に対を絶したものは真の絶対ではない。真の絶対は対を絶しながら、しかもすべてに対するところがなければならない、対を絶して、しかも対を内に包むものである。対してしかも対を絶する、対しながら対することがない、無対でなければ真の絶対ではない。如来は絶対無として無対であり、無碍であり、無辺である。

 このような如来の働きについて親鸞は『往生論註』を引き、四つに分けて説明している(*)。まず第一は「不動而至(ふどう-にし)」である。
 「一仏土において身、動揺せずして十方に遍す、種種に応化して実のごとく修行してつねに仏事をなす。……八地巳上の菩薩は、常に三昧にありて、三味力を以て身、本処を動ぜずしてよく遍く十方に至りて、諸仏を供養し、衆生を教化す。(一四七頁)。

 真如は寂滅の不動である。しかし真如は絶対界の不動のまま不断の動である。不動のまま空間的には十方に遍し、時間的には不断の活動である。それで「常転無垢輪(じょうてん-むくりん)」といわれている。不動のまま常に教化の活動を続けているというのである。真如の第二の働きは「一念遍至(いちねん-へんし)」といわれる。

 「二つには、かの応化身、一切の時、前ならず後ならず、一心一念に大光明を放ちて、ことごとくよく遍く十方世界に至りて、衆生を教化す。種種に方便し、修行所作して、一切衆生の苦を滅除するが故に」(一四七頁)といわれる。
真如の働きは一念にして十方に遍し、一念にして一切時に働くのである。そこには前もなければ後もない、常に働き、普く照らして止まらない。真如は超空間的即空間的、超時間的即時間的であり、それは空間的、時間的に一即一切、一切即一的に働き、具体的である。真如の第三の働きは「無相供養(むそう-くよう)」といわれる。

 「三つには、かれ一切の世界において、余なくもろもろの仏会を照らす。大衆余なく広大無量にして、諸仏如来の功徳を供養し恭敬し讃嘆す」(一四八頁)。
 時間的・空間的に自由自在に行動し、一切世界余すところなく供養する。心に分別なく計画なく、しかも機に応じて働く、像なくしてあらゆる形を現じ、声なくして無量に説法する、無碍自在である。真如の第四の働きを「示法如仏(じほう-にょぶつ)」という。

 「四つには、かれ十方一切の世界に三宝ましまさぬところにおいて、仏法僧宝、功徳大海を住持し荘厳して、遍く示して如実の修行を解らしむ」(一四八頁)。
 仏法僧の三宝の無いところまで十方一切を教化し、仏法を示すというのである。かく意味は四つに分けられるが、ともに真如そのものの働きである。それは働くことなくして働き、形なくして種種に応化する、しかもそのままである。自然法爾である。

 以上、真如の働きについて簡単に述べたが、この働きこそ如来にほかならない。またそれは具体的には私の信心となって生きているのである。親鸞はこの私の信心の端的に示されたものを天親の「我れ一心」の一心となし、「一心これを如実修行相応と名づく」(一〇〇頁|)という。では如実修行相応とはどういうことをいうのであろうか。親鸞は「真如はこれ諸法の正体なり。体、如にして行ずれば則ちこれ不行なり。不行にして行ずるを、如実修行と名づく」(一四六頁)と曇鸞の句を引用して如実修行を規定している。そうであるならば真実信心こそはまさしく如実修行相応ということができよう。それで親鸞は「如実修行相応は信心ひとつにさだめたり」(『高僧和讃』)と和讃しているのである。また「尽十方の無碍光仏 一心に帰命するをこそ 天親論主のみことには 願作仏心とのべたまへ」(同上)とも和讃している。一心の内実となるものこそ願作仏心即是度衆生心である。願作仏心はいうまでもなく凡夫の一心である。しかしこの一心こそはほかならぬ本願力廻向の一心である。そこに働いているものは上述の如来の不行の行としての働き、如実修行そのものである。そしてその如来の不行の行のこそ、凡夫の信心の願作仏心にほかならない。信心においては如来の度衆生心がそのまま私の願作仏心であり、願作仏心がそのまま度衆生心である。願作仏心をほかにして度衆生心はない、願作仏心即是度衆生心、度衆生心即是願作仏心である。これが真実信心の内実の論理である。ここでは私の願作仏心、如来の度衆生心などとあえて分ける必要はない。あえて分けようとするとき、大信海はすでに対象化されて、生きた大信海ではない。不可称不可説不可思議の大信海の内実はただ端的に願作仏心即是度衆生心なのであり、そのまま大菩提心なのである。

{以下、続くかもしれない。}

人間存在の根本事実

真実信の世界は依然煩悩成就の凡夫の世界でありながら、そこにおいて私を律するものは煩悩ではなくして如来の真実であった。この真実の光に照らされて私に示されるものは、現実のあらわなる相であり、如来の救済の事実である。 古来、私のありのままを機の真実といい、救済の事実を法の真実と呼んでいる。この二つが信の内容として信においてたしかめられるところから、前者を機の真実、後者を法の真実と呼び、信はこの両者を具しているので、二種深信と呼ばれている。これが信の内容の中核をなすものとして、善導・法然の注目したところである。もと二種深信は善導の「散善義」において、「観経」の三心を述べる際の深心のところの文である。

「二者、深心」。深心と言ふは、即ちこれ深信の心なり。また二種あり。一つには決定して深く、自身は現にこれ罪悪生死の凡夫、曠劫よりこのかたつねに没しつねに流転して、出離の縁あることなしと信ず。二には決定して深く、かの阿弥陀仏の、四十八願は衆生を摂受したまふこと、疑なく慮りなくかの願力に乗じてさだめて往生を得と信ず」(七六頁)

親鸞はこの文を信巻に引いて弘願の三心の意味に変えてしまっている。『愚禿鈔』にはこの文をかかげ「今この深信は他力至極の金剛心、一乗無上の真実信海なり」(『愚禿鈔』下)とはっきりと十八願の信心と規定している。

機の深信というのは救済の対象たる「私」のありのままの相の領解であり、法の深信とは救済についての領解である。 ここで深く信ずるとあるところから、従来しばしば人間的信・不信の信と思われがちであった。 しかしすでに解明したように深信とは信不信を止揚した全体人間としての在り方である。従って徒らな誤解を避けるために領解という言葉を使ったが、人間がその主我性を断ぜられたところにおける機の真実の自覚が機の深信なのである。機の真実とは「自身は現にこれ罪悪生死の凡夫」ということである。人間は生死的存在である。 しかもこの生死的存在こそは絶対罪悪の存在なのである。すでに述べたように、宗教的な罪悪深重は道徳的罪悪の深刻化したものでもなく、また罪悪の集積でもなく、また道徳的悪の根源をいうのでもない。 それらとは質的に異なり、次元を異にした宗教的原罪である。罪悪の根本は仏に背いているということである。従って人間は本質的に迷倒、罪悪の凡夫である。そこに六道輪廻の根源があり、生死罪濁の本源がある。

迷倒のところに自己の本源を忘れ、自己の在り方に迷うのである。そして自己の主我に執着するのである。信の世界において主我性が断ぜられて、執着から脱却して、はじめて自己が罪悪生死の凡夫であることをほんとうに知ることができるのである。主我性が中心になっているところでは、すべて物は主我的立場から対象化されてしまう。 ものの真理はそこにおいては見ることができない。自己も同様対象化せられてしかみられない。信の生きた具体的な現実の自己の事実は見られないのである。主我性の断ぜれたところにおいてはじめて、ものはそのありのままを見られることができるのである。自己のありのままの真実もそこに見られる。「自身は現にこれ」という表現はそのありのままの真実をいいあらわしたものにほかならない。「曠劫よりこのかた常に没し常に流転して、出離の縁あることなし」ということは単に時間的に曠劫已来をいうのではなくして、本源的に自身は罪悪生死の凡夫ということを示したものである。 普通では曠劫已来などということは我々からいうことができないし、常に没し常に流転するなどということができないはずである。それは本源的にもともと流転輪廻をのがれえない、現にここにおいてそうであるとの徹見である。従って曠劫已来尽未来際、とうてい常に流転輪廻することを脱却することができないと深信することができるのである。『歎異抄』の「地獄は一定すみかぞかし」という告白もこの事実の徹見にあるのである。

 しかしそれと同時に信の世界にあっては、流転輪廻を離脱しえない地獄一定の私がすでに如来の手に救われている、如来の光に摂取されているという事実がそこにある。この事実の認識が法の深信である。「かの阿弥陀仏の四十八願は衆生を摂受して疑い無く慮り無く、かの願力に乗じて定んで往生を得と信ずるからといって、ただひたすらに私が信ずるなどと思い誤ってはならない。繰り返しいうがごとく、信ずるとは人間的信・不信を超えた、人間的主我性の断絶された全体人間の在り方である。

自然法爾

注 釈


  1. 教行信証(きょう・ぎょう・しん・しょう)。日本語では教(おしえ)、行(おこない)、信(まこと)、証(あかし)であり、漢文は日本語の訓にして読むことで思考の幅が広がる。あかし(証)は 明るい、心が澄んでいるさまをあらわして証明の意と、証(さとり)、覚ることを意味するので文脈に沿って読むこと。
  2. 文類(もんるい)。経・論・釈の重要な文章を集めて整理したもの。経論釈の文を引文して、その中に自己の信仰を披瀝することは敬虔な信順の態度であり、御開山は、南宋の宗暁の『楽邦文類』の形式に拠られたといわれる。なお《集》や《抄》の名をつけた書も文類形式と同じ趣旨である。『安楽集』、『往生要集』、『選択本願念仏集』、『歎異抄』等々。
  3. 底本が坂東本であるため証が徳になっている。
  4. 御開山の奥方である恵信尼公の書簡集『恵信尼消息』には、若き頃の御開山を追憶して「上人(法然)のわたらせたまはんところには、人はいかにも申せ、たとひ悪道(地獄)にわたらせたまふべしと申すとも、世々生々にも迷ひければこそありけめとまで思ひまゐらする身なれば」p.811とある。この『歎異紗』の文とともに法然聖人に対する尊崇と絶対的な信順の意であろう。そして「源空聖人御本地なり」として「勢至讃」八首を作られている。また「阿弥陀如来化してこそ 本師源空としめしけれ 化縁すでにつきぬれば 浄土にかへりたまひにき」(*)と阿弥陀如来が来化された法然聖人だと領解せられていた。
  5. 御開山は、「化巻」に末法であることを元仁元年(1224)を基点に考察されておられる。一般には、この年が『教行証文類』撰述の年とされる。この元仁より3年後の嘉禄3年(1227)に念仏弾圧の嘉禄の法難が起こり、隆寛、幸西、空阿などが流罪になった。この法難の遠因となったのが元仁元年──貞応3年11月20日に元仁と改元──に延暦寺から出された貞応三年と記された『延暦寺奏状』であった。このように、当時は未だ念仏弾圧の勢いが盛んな時であった。
  6. 念仏という行法が、回向される信心として受容し内面化されたのであろう。この内面化については、「広蒙三経光沢 特開一心華文(広く三経の光沢を蒙りて、ことに一心の華文を開く)」p.209とあるように、『論註』を通して『浄土論』の、『世尊我一心 帰命尽十方無礙光如来 願生安楽国』の《一心》の語に着目されたからである。 いわゆる行から信を開かれたのである。これを信別開(しんーべっかい)という。もちろん第十八願には、至心・信楽・欲生の三信という「信」と乃至十念という「行」が誓われてあるので、行と信は不離であるのはいうまでもない。「信の一念・行の一念ふたつなれども、信をはなれたる行もなし、行の一念をはなれたる信の一念もなし」(御消息)p.749である。なお「信心正因 称名報恩」についての正しい理解は→念仏往生説と信心正因・称名報恩説を参照。
  7. 御開山自身は『顕浄土真実教行証文類』とされ、直弟子の間では「教行証」または「教行証文類」と呼称されていた。なお「教巻」には「つつしんで浄土真宗を案ずるに、二種の回向あり。一つには往相、二つには還相なり。往相の回向について真実の教行信証あり。 」と教行信証という名目を出されておられる。論議とは信巻別撰説(信巻は別に作られた書であり、後世それを合冊したという)や総序の「敬信、真宗教行証」の敬信を信とみる立場等を指すか?
  8. 行から信を開いたのであり、これを信別開という。「真実信心必具名号 (真実の信心はかならず名号を具す)」の、真実信心のなんまんだぶを称えている行からいえば行中摂信(行の中に信を摂す)という。
  9. 二種の廻向(にしゅのえこう)。『教行証文類』は六巻であるが、それを一巻に要約した『浄土文類聚鈔』では「しかるに本願力の回向に二種の相あり。一つには往相、二つには還相なり。」と、往相・還相は本願力の回向とされておられる。『教行証文類』の「謹んで浄土真宗を按ずるに、二種の廻向あり」とは浄土真宗という宗義であらわし、『浄土文類聚鈔』の「しかるに本願力の回向に二種の相あり」p.478という表現は法の名であらわされている。つまり、浄土真宗とは本願力回向の法であり、本願力回向の宗教を浄土真宗というのである。なお、浄土真宗という語は「教法名」を指す言葉であり、ほとんどの書物の場合、教団名を指すのではないことに注意。
  10. 「教巻」で、「往相の廻向について真実の教行信証あり」と示し「証巻」で「それ真宗の教行信証を案ずれば……」(*)と、教・行・信・証の体系を纏め結しておられる。つまり「教巻」冒頭から「証巻」のこの文までが、往相回向を説く教行信証という一つの構成になっている。「証巻」はこの文以降で「二つに還相の回向といふは、……」と還相を説く。
  11. 「証巻」末尾で「還相の利益は利他の正意を顕すなり。」p.335とされておられるから、御開山は往相の行者をして往生成仏後に浄土から娑婆へ還相せしめ衆生を救済する利益を得させようというのが阿弥陀仏の本意であると見られた。
  12. 行→信→証と次第するのを往相門といい、証・真仏土から考察することを正覚門という。『教行証文類』は往相門であるが、和讃は「讃阿弥陀仏偈和讃」から展開しているので正覚門とされる。
  13. 「教巻」で宗・体を決示して「如来の本願を説きて経の宗致とす、すなはち仏の名号をもつて経の体とするなり。」(*)とされておられる。無量寿経の体は阿弥陀仏の名号である。
  14. 出世本懐(しゅっせ-ほんがい)。釈尊(諸仏)がこの世にあらわれ,真理を説き示した、その究極的な目的のこと。「正信念仏偈」では、「如来所以興出世 唯説弥陀本願海」(如来、世に興出したまふゆゑは、ただ弥陀の本願海を説かんとなり)とある。ここの如来は当初は釈迦になっていたのだが、『無量寿経]に「如来無蓋の大悲をもつて三界を矜哀したまふ。世に出興するゆゑは、道教を光闡して、群萌を拯ひ恵むに真実の利をもつてせんと欲してなり」と、釈尊の固有名詞ではなく、如来という一般名詞で説かれている意を鑑みて如来と訂正された。つまり釈尊を諸仏の一人と見るとともに、全ての仏(如来)は弥陀の本願海を説くとされた。
  15. 説法師子吼(せっぽう-ししく)。仏が説法する様子を、師子(獅子、ライオン)がほえて百獣を畏敬させる様子に喩えていう。
  16. 称名(しょう-みょう)。阿弥陀仏の名(みな)を称(とな)えること。称には、となえる、ほめる、かなう、はかるという意味がある。ここから阿弥陀仏を讃嘆する意で浄土真宗では、なんまんだぶを称えるといい、なんまんだぶを唱えるとはいわない。
  17. 仏教において自然という語は、インドの因果を無視する外道の「自然外道」やシナの老荘の自然と混同されることがあるので注意。→自然
  18. 諸仏称名の願なりは、第十七願(行)。至心信楽の願なりは、第十八願(信)。往生は則ち難思議往生なりは、第十一願(証)。仏土は則ち報仏報土なりは、第十二願と第十三願(真仏土)。この五願によって大無量寿経の宗致、他力真宗の正意を開示している。これを五願開示という。
  19. 字訓釈(じくん-しゃく)。文字の解釈法の一種で、その文字の普通の読み方と意味の外に、韻や同じ意味の字をあてて解釈する方法。シナの古典解釈で用いられ仏教でもそれを応用した。日本天台宗でも盛んに用いられた方法。
  20. 体・相・用でいえば、回向された至心としての名号が体であり、信楽が相(すがた)であり、欲生は用(はたらき)である。
  21. この事態を蓮如上人は『御一代記聞書』で「弥陀をたのめば南無阿弥陀仏の主に成るなり。南無阿弥陀仏の主に成るといふは、信心をうることなりと云々。また、当流の真実の宝といふは南無阿弥陀仏、これ一念の信心なりと云々 」p.1309といわれている。
  22. 横超断四流(おうちょう-だんしる)。本願のはたらきによって、よこさまに迷いの根本である四流を超断すること。四流とは、欲暴流・有暴流・見暴流・無明暴流を煩悩を譬えた四暴流(しぼる)のことで御開山は生老病死の意ともされる。
  23. ここの文章は難解なので現代語を出しておく。
     さて、煩悩にまみれ、迷いの罪に汚れた衆生が、仏より回向された信と行とを得ると、たちどころに大乗の正定聚の位に入るのである。
    正定聚の位にあるから、浄土に生れて必ずさとりに至る。
    必ずさとりに至るということは、常楽我浄という徳をそなえることである。
    この常楽我浄の徳をそなえるということは煩悩を滅し尽した境地、すなわち畢竟寂滅に住することである。
    この寂滅はこの上ないさとり、すなわち無上涅槃である。
    この無上涅槃は消滅変化を超えた真実そのもの、すなわち無為法身である。
    この無為法身はすべてのものの真実のすがた、すなわち実相である。
    この実相はすべてのものの変ることのない本性、すなわち法性である。
    この法性はすべてのものの絶対究極のあり方、すなわち真如である。
    この真如は相を超えた絶対の一、すなわち一如である。
    そして阿弥陀仏は、この一如よりかたちを現して、報身・応身・化身などのさまざまなすがたを示してくださるのである。
  24. ブルトマンによって提唱された新約聖書解釈の一方法で、ドイツ語Entmythologisierungの訳。新約聖書の記述は、その世界像も出来事の叙述も、記された時代の神話の形式を伴っていると考え、聖書が真に伝えようとしている真理を時代に制約された神話的表象の形式から解放することによって、現代人の立場で正しく理解し説明しようとする試み。 (マイペディアを参照した)
  25. 相(そう)、梵語 lakṣaṇa(ラクシャナ)。しるし、特徴、特性、または状態、様相、形相、すがたのこと。
  26. 本性(ほんしょう)。本体の性質。
  27. 絶対無(ぜったい-む)。西田哲学の用語。ふつう「無」といえば「有」を前提としている。それは無というものが無というかたちで有るという概念であり、無という有りかたで無を認識しているのである。有に対して無を対立概念として捉えるのである。何故なら、存在しないという「無」は人間には包摂する言葉を持たないので認識が不可能であるからである。西田哲学では、この有・無の対立を超えて有無を包摂する基盤を「絶対無」と名づけた。仏教用語では真如とか実相とか一如という言葉で表される領域のことである。この絶対無を誤解すると西洋のニヒリズムに陥り、大乗仏教では高位の七地の菩薩が陥る難所で七地沈空といい菩薩の死であると説く。
  28. 仲保者(ちゅうほ しゃ)。キリスト教で,神と人との間を仲裁・和解・媒介する者。イエス-キリストをさす。ここでは仲介するものという意であろう。
  29. 無知の知。ここでは、知られるものなくして知るはたらきを無知の知と表現しているので、ソクラテスの「無知の知」の意味で使ってはいないことに注意。
  30. ノエシス ノエマ。どちらもフッサールの現象学において用いられる、ギリシャ語の見る=noeoに由来する言葉であり、概念。ノエシスとは、精神的な知覚作用としての「考える作用」を意味し、その対象としての精神的に知覚されたもの、つまり「考えられたもの」がノエマである。ここではノエシスを知るもの、ノエマを知られるものと見ておけばよいだろう。
  31. 境知如々(きょうち-にょにょ)。知るものと知られるもの(境)が一如(如如)であるようなという表現。
  32. ザッハリッヒ(sachlich)。ドイツ語:事物に即した本質的。実際的、客観的、即物的などの意味を持つ。
  33. [機を省みるの智]。この一句は坂東本には無いので西本願寺本によって補ってある。
  34. アガペー(agapē)。愛を意味するギリシア語。同じギリシア語のエロス(erōs)が、対象の価値を追求するいわば自己本位の愛を意味するのに対し、対象そのものを愛する他者本位のキリスト教的な愛を示すことばとして、『新約聖書』のなかに用いられている。
  35. パトス(ギリシャ語)(pathos)。欲情・怒り・恐怖・喜び・憎しみ・哀 (かな) しみなどの快楽や苦痛を伴う一時的な感情状態。情念。
  36. ロゴス(ギリシャ語)(logos)。世界万物を支配する理法・宇宙理性。理性の意。
  37. 途(みち)に迷っている者に対して、共感し慰めて同情することは真の慈悲ではない。下手をすると共依存の関係に陥るであろう。仏道の真実の慈悲とは、正しい目的とそれへの正しい道を示すことである。
  38. 抜苦与楽(ばっく-よらく)苦を取り除いて楽を与(あた)えること。
  39. 怨親平等(おんしん-びょうどう)。 敵味方の恩讐を越えて、区別なく同じように浄土へ往生させること。「怨」は自分を害する者、「親」は自分に味方してくれる者の意。
  40. 正報(相好)とは、まさしく過去の行為の報いとして得た心身をいい、依報(荘厳)はその心身のよりどころとなる国土(器世間)・環境をいう。ここでは浄土とその国土の聖者を表現する。
  41. この『唯信鈔文意』の極楽無為涅槃界釈は正嘉本であり本願寺派の註釈版と少し文出入りがある。注釈版ではp.709以下。
  42. 尽十方無碍光如来(じんじっぽう-むげこう-にょらい)『尊号真像銘文]p.651で「尽十方無碍光如来」と申すはすなはち阿弥陀如来なり、この如来は光明なり。「尽十方」といふは、「尽」はつくすといふ、ことごとくといふ、十方世界を尽してことごとくみちたまへるなり。「無碍」といふはさはることなしとなり、さはることなしと申すは、衆生の煩悩悪業にさへられざるなり。「光如来」と申すは阿弥陀仏なり、この如来はすなはち不可思議光仏と申す。この如来は智慧のかたちなり、十方微塵刹土にみちたまへるなりとしるべしとなり。」と、「尽十方」と「無碍」と「光如来」に文節されておられる。仏教では光とは智慧をあらわすので「光如来」という表現で智慧を顕そうとされたのであろう。
  43. 非干非者、豈非非之能是乎(非にあらざれば、あに非のよく是なるにあらざらむや)。現代語「否定を否定するとき、どうして否定を否定することが肯定することと同じであるといえようか」。
  44. 愍絶(みんぜつ)?。泯絶か?
  45. この項、日本仏教と自然について考察中。
  46. 感想:この一文に説かれているような煩悩と無明に於いて、現代人は自らの煩悩を凝視し把握し思考する能力が弱まっていのではないかと思ふ。現代人は快や不快や怒りとか寂しさなどの情念の世界だけが大きくなって、自己という存在を考察する知恵が足りないのかもである。また、昔は死は地域社会で共有されていたからか、死は身近なモノであったので勢い死について考える余裕があったのであろう。
  47. 「自然に正覚を成る」。この言葉は自然法爾章のご法語にはないが、「行巻」で引文されている『五会法事讃』には「かしこに到れば自然に正覚を成る」とある。(*)
  48. 是報非化(ぜほう-ひけ)(これ報にして化にあらず)。 阿弥陀仏は報身仏であって化身仏ではないと善導大師は力説した。当時は凡夫が往生するような浄土は凡夫の凡情に応じた程度の低い浄土であって、高位の菩薩が往生するような報土ではないといわれていた。善導大師は「諸仏の大悲は苦あるひとにおいてす」(七祖p.312)とあるように苦悩の凡夫の立場に自らを置き、凡夫が報土に往生する凡夫入報説(ぼんぶ-にっぽうせつ)を説いた。その為には、阿弥陀仏の浄土は、大悲の誓願に酬報(因にむくいること)した報仏・報土であり化土ではないという論証(是報非化論)が必要だったのである。法然聖人が、当時の非難論難の声にもかかわらず浄土宗を立宗されたのも「若し別に宗門を開かずんば、何ぞ凡夫報土に生まる之義を顕さんや」(『拾遺語燈録』浄土随聞記 )の為であった。この意を承けている御開山は「真仏土巻」で報身土を証す、として「玄義分」の凡夫入報説の文を引いておられるのであろう。報身土を証す。参照→同居の土
  49. 高田派の国宝本『三帖和讃』
    十方微塵世界の
     念仏の衆生をみそなはし
     摂取してすてざれば
     阿弥陀となづけたてまつる
    の左訓に、「摂(おさ)めとる。ひとたびとりて永く捨てぬなり。摂はものの逃ぐるを追はへ取るなり。摂はをさめとる、取は迎へとる」(原文はカタカナ)とある。ここで「摂はものの逃ぐるを追はへ取るなり」とあるのが、まさに逆対応であり背面的ということであろう。
  50. [玄義分]か? 当該の『観音授記経』の文は「真仏土巻」で引文されている。(*)
  51. バルトは、神の呼びかけに人間が応答する能力でさえ神からの一方的な恵みによるのだとした。これに対してブルンナーは、それは人間の信仰可能性を閉ざすことであり、神の救済の恵みに対して人間は結合点も持たなことになるのではないか、という問い。{書きかけ}
  52. 主体的。ここでは他のものによって導かれる思考ではなく、主体である自己自身の獲信への考察から推察し洞察するということ。
  53. 御開山は、あらゆる宗教現象を真・仮・偽の三分類法で考察された。岸本英夫氏は宗教の態様を、請願態(せいがん-たい)、希求態(けぐ-たい)、諦住態(たいじゅう-たい)の三つに分けて考察されそうだが、御開山の分類によれば、請願態(欲望充足の宗教〔偽〕──現世利益、商売繁盛・合格祈願・オカルトなど)、希求態(道徳的正義の宗教〔仮〕──自己を磨き、より高次な人間社会目ざすこと)、諦住態(生死を超越する真実の宗教〔真〕──煩悩具足の自己に真実を求めずして真実に包まれることに住する)になるであろう。ここでは、仮の宗教の役割は邪偽なるものを道徳的正義の仮へ引き入れ、真の宗教への橋渡しをすることである。→真・仮・偽
  54. 簡非(けんぴ)。非なるものを簡(えら)びすてるということ。
  55. 権用(ごんゆう)。権は仮の意で、かりに用いること。
  56. 方便。ここでの方便という用語は簡非と権用の両面の意味に使っているので注意。以下に梯實圓和上著『顕浄土方便化身土文類講讃』より引用。
    第十九願・第二十願の方便の法門は、決してそこに止まってはならない所廃の法門であることを示していると同時に、「果遂の誓い、まことに由あるかな」といって、第十八願への転入の原動力となった第二十願の願功を感佩(かんぱい)されていた。方便の法門は、自力の所廃の法門に違いないが、同時にまた、それによって如来から遠く離れていた自分が調機誘引されて今、弘願真実に入れしめられたとその権用を感謝する意味も合まれていたといえよう。聖人の経典領解の特色であった隠顕釈には権仮方便の教法のもつ、簡非と権用の両面が表されていたというべきであろう。蓮如上人が、方便をわろしといふことはあるまじきなり。方便をもつて真実をあらはす廃立の義よくよくしるべし。弥陀・釈迦・善知識の善巧方便によりて、真実の信をばうることなるよし仰せられ候ふと云々。といわれた通りである.
  57. 善因善果(ぜんいん-ぜんか)、悪因悪果(あくいん-くか)。正確にいえば「善因楽果、悪因苦果」である。桜部 建師は『存在の分析(アビダルマ)』で、「善の行為が原因となって、好ましい安楽な結果が生ずる。悪の行為が原因となって、好ましからぬ結果が生ずる。原因のほうは道徳的に善いか悪いかであるが、結果のほうはその結果を受ける者にとって好ましいかあるいは好ましくないかであって、道徳的にいえばそれは善でも悪でもない中性(*無記)である。したがって「善果・悪果」という言い方はできないのである。」といわれている。善が常に善であり悪が常に悪であるならば、仏教の排斥する因果を無視する決定論に陥ることになってしまうであろう。
    『ブッダの真理のことば』(ダンマパダ)より。
    67、もしも或る行為をした後に、それを後悔して、顔に涙を流して泣きながら、その報いを受けるならば、その行為をしたことは善くない。  (悪因苦果)
    68、もしも或る行為をしたのちに、それを後悔しないで、嬉しく喜んで、その報いを受けるならば、その行為をしたことは善い。 (善因楽果)
  58. 教我思惟、教我正受(われに思惟を教へたまへ、われに正受を教へたまへ)。御開山は「教我思惟」といふは、すなはち方便なり。「教我正受」といふは、すなはち金剛の真心なり。とされている。→「十三問例」。解説参照
  59. 「なんぢ、よくこの語を持て。この語を持てといふは、すなはちこれ無量寿仏の名(みな)を持てとなり」の解釈は、正確には善導大師の『観経疏』「散善義」p.500の「上来定散両門の益を説くといへども、仏の本願に望むるに、意、衆生をして一向にもつぱら弥陀仏の名を称せしむるにあり。」と、阿弥陀仏の「仏の本願に望むる」意を、法然聖人の『選択本願念仏集』の「念仏付属章|念仏付属章」の指示によって御開山が領解し、『観経』の念仏から『無量寿経』第十七願の「選択称名の願」の念仏へと発展せられた。なお法然聖人も『三部経大意』では「その名を往生の因としたまへることを、一切衆生にあまねくきかしめむがために諸仏称揚の願をたてたまへり、第十七の願これなり」と無量寿経の第十七願に着目されておられる。 →三部経大意
  60. 善導大師は「散善義」の上輩観を釈して十一門に分けp.453、「四には三心を弁定してもつて正因となす」と、至誠心・深心・回向発願心の三心を挙げ、「いまこの十一門の義は、九品の文に約対するに、一々の品のなかにつきてみなこの十一あり。 すなはち一百番の義となす」とし、九品それぞれに上輩の各十一門があるとされた。つまり『観経』の経文の上では、三心は上品上生にだけ説かれているのだが、九品すべてに三心の義があるとした。なお「若有衆生願生彼国者 発三種心即便往生。何等為三。一者至誠心 二者深心 三者廻向発願心。具三心者 必生彼国(もし衆生ありてかの国に生ぜんと願ずるものは、三種の心を発して即便往生す。なんらをか三つとする。一つには至誠心、二つには深心、三つには回向発願心なり。三心を具するものは、かならずかの国に生ず)」の一文は、古来から略観経とよばれ「具三心者 必生彼国(三心を具するものは、かならずかの国に生ず)」の《必》の言は浄土願生者にとって強い拠り所となった。
  61. 雑毒の善(ぞうどくのぜん)。煩悩の毒が雑じった善のこと。
  62. ドイツ語:事象的、事物に即した、実務的な、要を得た、本質的。
  63. 至心信楽欲生我国 乃至十念(心を至し信楽してわが国に生れんと欲(おも)ひて、乃至十念せん。)
  64. 聞其名号信心歓喜(その名号を聞きて、信心歓喜せん)。
  65. 他方の仏国の所有の有情、無量寿如来の名号を聞きて、よく一念の浄信を発して歓喜愛楽し、所有の善根回向して、無量寿国に生ぜんと願ぜん。願に随ひてみな生れ、不退転乃至無上正等菩提を得ん。五無間、正法を誹謗し、および聖者を謗らんをば除く。
    を、
    他方の仏国の所有の有情、無量寿如来の名号を聞きて、よく一念の浄信を発して歓喜せしめ、所有の善根回向したまへるを愛楽して、無量寿国に生ぜんと願ぜば、願に随ひてみな生れ、不退転乃至無上正等菩提を得んと。五無間、正法を誹謗し、および聖者を謗らんをば除く。と、本願力回向の信であることをあらわそうとされた。
  66. 例えば、天気予報で明日は晴れということを聞いて計画を立てる。この場合は明日は晴れであることを信ずるという。しかし現在雨が降っているときには、いま雨が降っていると信ずるとはいわない。このように不確定なものに対して信ずるという言葉を使うのである。法然聖人は「ただくちにて南無阿弥陀仏ととなえば、こゑにつきて決定往生のおもひをなすべし、決定心を、すなわち深心となづく。その信心を具しぬれば、決定して往生するなり」西方指南抄/下本#P--191といわれる。南無阿弥陀仏と称えたら必ず声が耳に届いてくる。その声が、往生決定のしるしなのである。
  67. 御開山は、第十九願から第二十願へは回入とし、第二十願から第十八願の弘願へを転入とされておられる。回入とは同じ質のものの間のことがらである。しかし、転入とは全く次元の異なる世界への横超の事態である。まさにコペルニクス的展開で自己の描いていた自己の存在基盤がひっくり返る境地であった。私が主体だと思い描いていた世界の主客の転換である。仏から、汝として無始より已来 呼ばれ続けられていた、汝としての自己の発見であった。
  68. 曠劫已来出離之縁(曠劫よりこのかた、出離の縁)。永遠の過去から現在まで迷いの世界を出ることが出来なかったという意。
  69. センチメンタリズム。 いたずらに感傷におぼれる心理的傾向・態度。
  70. 西田幾多郎は、わが子を亡くしたことを綴って以下のように言っている。
    最後に、いかなる人も我子の死という如きことに対しては、種々の迷を起さぬものはなかろう。あれをしたらばよかった、これをしたらよかったなど、思うて返らぬ事ながら徒らなる後悔の念に心を悩ますのである。
    しかし何事も運命と諦めるより外はない。運命は外から働くばかりでなく内からも働く。我々の過失の背後には、不可思議の力が支配しているようである、後悔の念の起るのは自己の力を信じ過ぎるからである。我々はかかる場合において、深く己の無力なるを知り、己を棄てて絶大の力に帰依《きえ》する時、後悔の念は転じて懺悔《ざんげ》の念となり、心は重荷を卸《おろ》した如く、自ら救い、また死者に詫びることができる。『歎異抄』に「念仏はまことに浄土に生るゝ種にてやはんべるらん、また地獄に堕《お》つべき業にてやはんべるらん、総じてもて存知せざるなり」といえる尊き信念の面影をも窺《うかが》うを得て、無限の新生命に接することができる。『我が子の死』西田幾多郎
     仏に対して懺悔することにより、仏がその懺悔を摂受して下さることにより、為した行為が許されるというのが懺悔である。自らで始末のつかない後悔を、自らの力で乗り越えていくことは出来ない。自らを超えたものによってこそ許しがあり救いがあるのであろう。
  71. 念仏抜きで安易に語られる、信心獲得や信心決定という語がここで言う人間的信であろう。金剛の真心という言葉があるが、御開山は「金剛といふは、すなはちこれ無漏の体なり」(*)と押さえておられるように、信とは無漏の信心である。行なき信は観念の遊戯であり、信なき行は不安の叫びであるといわれるごとくである。
  72. 「信」には、まかす、まかせるという意味もあり信とはまかすことでもある。白居易『琵琶行 二』には「低眉信手続続弾、説尽心中無限事(眉を低(た)れ 手に信(まか)せて 続続と 弾き、説き尽くす心中無限の事。)」と、信をまかせての意に読んでいる。このように信心とは、自己の自力を捨ててまかせる心でもある。これを捨自帰他(自力を捨てて他力に帰す)という。
  73. 古来から門徒は信心を、御信心(ごしんじん)と呼称してきたが、自己の信でないという意をあらわそうとして信心に御と付けたのであった。
  74. 御開山は、文類形式で各種の経・論・釈を引文されるのだが、文言の内容の引用ではなく引文によって独自の文章を創作しておられるのである。そのような意味では引文されておられない所も読むことによって御開山の思想が窺えると思ふ。
  75. 至誠心釈の読み替えについては→至誠心釈についてにある。
  76. 願生心(がんしょう-しん)。ここは至誠心釈であるので趣求は真実(至誠心=至心)を求める意になるのだが、星野師はそれを願生心とされたのであろうか。
  77. 善導大師の当面は「凡所施為趣求亦皆真実(おほよそ施為・趣求したまふところ、またみな真実なるによりてなり)」であり、至誠心とは阿弥陀仏と同じような真実の施為(利他)・趣求(自利)が要求されている。これを阿弥陀仏の施為であるとされたのは法然聖人であった。醍醐本「三心料簡および御法語」には、
    次の釈に、凡所施為趣求亦皆真実 文。
    此の真実を以て施すとは、何者に施すと云へば、深心の二種の釈の第一 罪悪生死凡夫と云へる此の衆生に施すなり。造悪の凡夫、即ち此の真実に由るべき之機なり。 云何知るを得。 第二の釈に阿弥陀仏四十八願、衆生を摂受す等と云々。此の如く心得べきなり云々。
    とあり、この釈を継承されたのが御開山であった。chu:ノート:三心料簡および御法語
  78. 横超断四流(横に四流を超断す)。『観経疏』「玄義分」の帰三宝偈にある文。
  79. 招喚の事態を『愚禿鈔』では二河譬で説明されている。(*)
  80. いわゆる。至心・信楽・欲生の三信の体・相・用のこと。
  81. おほよそ大信海を按ずれば……以下の文は、四不十四非(しふ-じゅうしひ)と言い慣わしている。四つの不と十四の非として衆生の側での分別を否定することによって、信心の本体は如来の智慧であるということを顕示されておられる。
  82. 願作仏心〔即是〕度衆生心(願作仏心はすなはちこれ度衆生心なり)。「信巻」p.242で、この『論註』の文を引文されておられる。
  83. ケノシス、ケノーシス、kenosis 。キリストが、受肉(神の子キリストがイエスという人間性をとって、この地上に生まれたこと。)を通して自らを空しく(自己無化)し人類のために苦しみを受けたということ。