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浄土系思想論─名号論

提供: 本願力

『浄土系思想論』 鈴木大拙著より抜粋


二 名号論

真実界の浄土は方便界の娑婆と即非即是の交渉の上に建立されているものとしても、その交渉はどうしたら認識可能か、即ち浄土往生はどうしたら出来るか。このままの往生でも、この事実の認識せられぬ限り、未往生も同じことである。この事実の認識というと知的な響きがあるが、浄土学の体系ではこれを「大信心」(*)というのである。これが長生不死の浄土を体認する神方[1]であり、欣浄厭穢の妙術である。信心が「神方」だとか「妙術」だとかいわれると、信心の獲得そのことが浄土信者の生活目的でなくなるとも考えられよう。しかし真宗は、信は此土所属、証は彼土所属と定めている故、信を方法と見るも当然であろう。が、この「神方」及び「妙術」の語は、信心そのものよりもむしろ行に充当すべきだと考えたい。行は往相廻向を実証する妙術で神方だからである。それで『教行信証』の「行巻」の劈頭にこう書いてある。曰く、

「謹んで往相廻向を按ずるに大行あり大信あり」(浄二、一丁オ)(*)

と。行と信とを同位に並べてある。行から信に至るといわぬ。行が信で、信が行である。いずれを主とし、いずれを伴とし、いずれを先とし、いずれを後とするとはいわぬ。行と信とは同時に成就するものといわなければならぬ。が、思索の上からは、行と信とを別別に分けて、こんなことが行、あんなことが信だと説くだけのことである。それで、ここでは行を主として論ずるが、この行が浄土と娑婆との結びの鍵であると、自分はいうのである。即ち「南無阿弥陀仏」を媒介として吾等は此土から彼土を窺うことが出来るというのである。

 (ぎょう)については、『教行信証』の著者の宣言がある、いかにも、大胆に、明白に、曖昧を許さぬ堂堂たる宣言である。曰く、

「大行とは則ち無礙光如来の(みな)を称する也。斯の行は即ち是れ諸々の善法を摂し、諸々の徳本を具せり。極速円満す。真如一実の功徳宝海也。故に大行と名づく。」(浄二、一丁オ))(*)

これで南無阿弥陀仏の名号が吾等娑婆方便界の住人をして浄土往生を遂げしめる神方であることがわかる。これから問題は名号にうつる。

 名号は実に浄土教体系の一大礎石である。それ故、名号の何であるかを会得することは、浄土教を会得することでもあるといってよい。実際は、本願の主人公で、浄土全系を支えている阿弥陀仏そのものも、その名号に尽きると認められ(あた)うのである。阿弥陀仏はその名号と同一体である。此土の吾等、相関的・対峙的・現象的方便界の吾等は、阿弥陀の浄土と直接の交渉をひらくわけに行かぬので、必ずその名号を媒介とする。名号は一面娑婆につながり、他面浄土につながる。名号の真実につかまれるとき、それは直ちに浄土往生の事実体験となるのである。即ち阿弥陀仏と覿面(てきめん)に相対することになるのである。名号の意味がこのように深くして遠いから、浄土経中には、「十方世界の無量の諸仏悉く咨嗟(ししゃ)して我が名を称せずば、正覚をとらじ」*とあり、また「我 仏道を成ずるに至りて、名声十方に超へて、究竟して、聞ゆることなくば、誓って正覚を取らじ」*などとある。またこれらの経文を根拠として、シナ及び日本の浄土教徒は、極力名号の不可思議性を高調する。『教行信証』に左の文句がある。

「しかれば、名を称するによく衆生の一切の無明(むみょう)を破し、よく衆生の一切の志願を満てしむ。称名は則ち是れ最勝真妙の正業なり。正業は則ち是れ念仏なり。念仏は則ち是れ南無阿弥陀仏なり。南無阿弥陀仏は則ち是れ正念なりと知るべし。」(浄二、五丁ウ)(*)

弥陀の名号によって、一切の無明が破れ、一切の志願が満たされるなどというような文類は、他力廻向を主眼とする立場から出るので、衆生たる吾等からすると一種の魔術的なもののように感ぜられるであろう。それで名号の起りに原始的宗教意識のあるものを認めてもよいということになる。しかし本当に浄土に到達し弥陀の面前に立つことの可能性は、外より見ないで、内から名号に進む径路をたどると、(かえ)ってはっきり酌み取られるのである。浄土系の学者はいつも体系を先立ててまずそれを認めさせんとするから、対象界の此土から浄土へのつながりの意味が却って晦渋(かいじゅう)になる恐れがある。とにかく名号を称うることが最勝真妙の正業なのである。「無明を破する」こと、即ち娑婆の繋縛、煩悩の纒綿(てんめん)、生死の流転ということを脱離するのは名号のわざだというのである。「一切の志願を満たす」とは、此土は欠乏の世界で、吾等はいつも何かをあこがれている。吾等には永遠の希望、不尽の祈りがある、それが満たされるのが名号の功徳だというのである。それ故、この方便土から真実土に進入または転入せんには、どうしても名号によらなければならぬ。名号は実に浄土の関門を突破して、これをして八字[2]に打開せしめるところの一大明呪[3]である。

 名号が正業であり、正念であって、これでないと浄土への(みち)は開かれず、弥陀との対面が不可能といわれても、浄土や弥陀というものの外に名号があるのでない。名号は直ちに弥陀であり浄土である。浄土は場処で、弥陀は人格で、後者が前者の主宰だという考えは、娑婆からの類推論理にすぎぬ。その実際は名と法とが一つで、法と土とがまた一つなのである。それ故、名号の功力が吾等の一念の上に現われるとき、それは直ちに浄土往生で見弥陀である。即ち名号と浄土と弥陀とは一串に串通せられて自己同一性の上に立つことになる。ここに名号の不可思議がある。(くろがね)を変じて(こがね)となし[4]、娑婆を転じて浄土となすところの不可思議がある。そしてこれは名号を通して「浄土に遊ぶ」[5]吾等の心の功徳でなくて、名号の下から涌き上がってくる弥陀の本願の力である。それ故に、弥陀の徳力なるものは思議の世界では話題にならぬ、これは浄土系学者の定説で、もっともな次第である。

 名号の不可思議は名号自身としてあるのでないから、「名即法」の法である弥陀の力は、浄土経論に於いては、無上に托上(たくじょう)[6]せられねばならぬ。そうしてこの後方の力または徳と、先頭に(ひるが)える旗印の名号とは、函蓋相応(かんがい-そうおう)[7]・感応道交(かんのう-どうこう)して、その間に何等の罅隙(かげき)[8]を入れてはならぬ。それで『教行信証』の著者は法相宗の祖師法位の文を引いていう。

「諸仏はみな徳を名に施す。名を称するは即ち徳を称するなり。(とく) ()く罪を滅し、福を生ず。名もまた是の如し。若し仏名を信ずれば、能く善を生じ、悪を減すること決定して疑なし。称名往生、これ何の惑ひかあらんや。」(浄二、三十六丁オ)(*)

 「徳を名に施す」とは、徳が名で名が徳であるとの義であって、両者の間に一分の開きもないことを意味する。それで名号を念ずるには、直ちにその背後に在るものの無量の功徳を念ずることに外ならぬのである。

 親鸞聖人はまた元照律師の持名の功徳を説く文句を引用している。曰く、

(いわ)んや我が弥陀は名を以て物を接す。是れを以て耳に聞き、口に誦するに、無辺の聖徳、識心に攬入す。永く仏種となりて()みに億劫の重罪を除き、無上菩提を獲証す。云云。」(浄二、三十三丁ウ)(*)

こんな名号は、どうしても娑婆で使われているものと、その次元を異にし、範疇(はんちゅう)をことにするものといわなければならぬ。弥陀の居処だという浄土では、此土のように、名と法との間に隔たりをつけないのである。真実界では名号がそのままで弥陀でなくてはならぬ。それ故、この名号に出くわすことは、直ちに弥陀に逢著(ほうちゃく)することでなくてはならぬ。弥陀に備わっているすべての力は、彼の名にも(そな)わっていなくてはならぬ。そしてこの力は吾等が娑婆で見出し得べきすべてのものを超越していて、吾等を「有限」の繋縛から一時に解放するところのものなのである。吾等は実にこの力を志願して、そして今や名号にぶつかった。即ちこの事実ですべてが満たされたわけである。

 名号の力は阿弥陀仏の力に裏づけられていると、吾等娑婆のものはいう。これは方便界の言い方で、浄土即ち真実界では、そんな裏づけとか表づけとかいう文字の使用は許されぬ。名号が即ち弥陀だからである。そして弥陀の力が左の如く特性づけられている。これは親鸞聖人が元照律師の『観経義疏』からの引文である。

(けだ)し阿弥陀仏には大慈悲力・大誓願力・大智慧力・大三昧力・大威神力・大摧邪力(だいさいじゃりき)大降魔力(だいごうまりき)天眼遠見力(てんげんおんけんりき)天耳遙聞力(てんにようもんりき)他心徹鑑力(たしんてっかんりき)・光明遍照摂取衆生力あるに由つてなり。
是の如き等の不可思議功徳の力あり、()に念仏の人を護持して、臨終の時に至るまで、障礙なからしむること能はざらんや。
若(も)し護持を為さざれば、則ち慈悲力何(いず)れにか在らん。
若し魔障を除くこと能はず、智慧力・三昧力・威神力・摧邪力・降邪力、()た何れにか在らんや。
若し鑑察すること能はずして、魔障をなすことを被(か)ぶらば、天眼遠見力・天耳遙聞力・他心徹鑑力、復た何れにか在らんや。」(浄二、三十二丁ウ)(*)

 有限界の娑婆、方便界の化土に膠着して自由ならぬ吾等は、何とかしてこの繋縛を離脱せんと希(ねが)う。否定と肯定とが交錯して、どうしてもその牽制を振り捨てることの出来ぬ吾等は色色にもがき悩む。そうしていわゆる「自力」の方法であらゆる離縛の目的を達せんとする。深く意識の根抵を覆して、そこから溢れ出る煩悩妄執を取り鎮めんとする。が、そう努力すればするほど魔障に襲われる。これは論理的にも、心理的にも、宗教人の誰もが実際に経験するところである。
それ故、弥陀に上述の力がなかったら、地獄の底から涌き上る魔種の発動力を粉砕するわけに行かぬ。弥陀の名号は金剛杵[9]の如く、一切の魔障──それがどんな倫理的・論理的・心理的・宗教的・国家的形態をとって現われて来てもかまわぬ、名号に逆うものは皆魔障である──を悉く摧破(さいは)してしまう。名号の真実界では、娑婆の構成に役立つものは一切取り捨てられねばならぬ。名号は栴檀(せんだん)の如く、伊蘭(いらん)の煩悩妄執林をして一時にその臭を消失せしめる(*)、また師子一滴の乳の如く、牛羊驢馬一切の諸乳を入れた分別論理の汚器をして一時に清水化せしめる。また喩えて見ると、

「人あつて翳身薬(えいしんやく)を持ちて処処に遊行するに、一切の余行、是の人を見ざるやうなものである。
若し能く菩提心の中に念仏三昧を行ずるものは、一切の悪神、一切の諸障、是の人を見ないのである。諸ゝの処へ出て行つても能く是の人を遮障し能はぬ。何故かと云ふに、能く此の念仏三昧を行ずることは、即ち是れ一切三昧中の王者だからである。」(浄二、十八丁左ウ)(*)

名号が「真実界」そのものでないと、こんな不可思議底は演出せられぬのである。

 それ故、名号について吾等の言い能うすべての表現は、「方便」の外の何ものでもない。親鸞聖人は天台宗祖の一人であった山陰の慶文法師の言を借りて、下の如く説き示してはいるが、「建立」は畢竟じて建立・仮説・計較(けいこう)で、贅疣(ぜいゆう)[10]たるをまぬかれぬのである。慶文の言葉によれば、

(まこ)とに仏名は真応の身に従りて建立せるが故に、慈悲海に従りて建立せるが故に、誓願海に従りて建立せるが故に、智慧海に従りて建立せるが故に、法門海に従りて建立せるが故に、若し専ら一仏の名号を称するは則ち是れ具さに諸仏の名号を称するなり。功徳無量なれば、能く罪障を減す、能く浄土に生ず。何ぞ必ずしも疑を生ぜんや。」(浄二、三十一丁ウ)(*)

 この引文中で「一仏の名号」とあるが、名号が真実界そのものであれば、「一仏の名号」でなくてはならぬ。一仏・諸仏・一切仏というももとより方便の域を出ないが、方便界の吾等では、これ以上は力及ばぬ。名号そのものも或る意味では引接の方便であるからである。真実界には方便がない、方便界には真実がない。しかし名号だけは真実界の面と方便界との面を持っていて、それぞれの面に対して、或いは絶対不二の法そのものともなり、或いは見性了心の指針、無上深妙の門ともなる。後者の場合では、名号は濁世に応生した釈迦牟尼仏であり、前者の場合では浄土を出現した阿弥陀仏である。穢浄両殊ではあるが、利益斉一で、ここに名号の即非即是性があるといえる。それで名号は一面往相(おうそう)廻向であり、また一面還相(げんそう)廻向である。両相の廻向は名号を契機としていずれの面へも志向する。

名号の両面性は往還二相の廻向を領解するたよりとなるともいえるし、また二相の廻向が可能である限り、名号の両面性を認めなければならぬともいえる。浄土と娑婆、真実界と方便界、弥陀と凡夫、──これら一連の対語は絶対に相容れないものであるが、しかもその間に回互(えご)性または円環性または廻向的運動があることを忘れてはならぬ。この運動があるので名号もそれ自らを守ってはいない、必ず一面には浄土を指し、他の一面には娑婆を指す。これは循環論理のようで、いつも出たところへ戻ってくるが、実際人間の思想としては、行きつ戻りつするのが、その本質なのである。ただ宗教意識はこの往還運動の間にあって一条の白道を踏んでいる──それが安心決定とか阿惟越致の境地とかいうものである。

 浄土系の経論には聞名(もん-みょう)ということが処処に見える。称名が主題となって聞名がそれほど説き立てられず、聞名はそれだけで意味がないように考えられている如くに見える。聞名から信心歓喜、それから称名という順序で、聞名よりも称名が主として考えられている。しかし自分の所見によると、聞名と称名とは不可分離のもので、称名即聞名・聞名即称名といいたい。聞名は弥陀の招喚──時には「静かな徴(かす)かな声」ではあるが──それを聞くことで、これは還相廻向である。称名は「無意識」に聞いた名号を称え返えすことで、往相廻向である。そして往相は還相、還相は往相で、相互の間に円環的運動があるから、聞名と称名とは或る立場からする区別にすぎない。 両者は自己同一性のもので、名号の両面性を成立させているのである。聞名と称名との間に信心歓喜を入れる教学は十成でない、聞名は直ちに称名でなくてはならぬ。然らざれば、「名声十方に超へて究竟して聞ゆるところなくば正覚を成ぜず」*といわれない。弥陀の名号の尽十方に響きわたるのは、ただ響くのでなくて、必ずこれに応ずるものあらんことを期している。応ずるとは何かといえば、称名である。これが啐啄同時である。聞名がまずあってそれから間をおいての称名ではない。話の順序即ち論理的に秩序でもたてるとすれば、先行、後行(または随後)と、時間的経過のようなものを考えるでもあろうが、体験の事実そのものからいえば、そこにはそんな時間性を見ないのである。称えるのは聞くからである。聞くときが称えるときである。響きの声に応ずる如くである。聞いて、それから信喜して、欲往生(往生せんと欲)して、それから更に称名というような順序は、思想上の分析に外ならぬ。それをそのままの事実と想像しては、却って信心決定の上に支障を生ぜぬとも限らぬ。それはとにかくとして、時間性を事実そのものの上に読み込んではならぬ。

 「其仏本願力、聞名欲往生 皆悉到彼国 自致不退転」[11]というが、これも聞名と欲往生とを二つものに見るべきでなかろう。両者は同時発生である。そして欲往生は直ちに不退転である。即ち聞名が不退転そのものであるのである。聞名は決して無力なものでない。徒為(とい)[12]でない。「諸天・人民・蜎飛・蠕動の類、我が名字を聞いて慈心せざるはなけむ」*とか、「如是人 聞仏名、快安穏得大利[13]」とかいうのは、修辞ではない、名号が我心に聞かれる時、その心は直ちに快(すみや)かに安穏を得るのである。

『教行信証』は『安楽集』の文を引いて左の如くいっている、
「大経讃云、若聞阿弥陀徳号 歓喜讃仰、心帰依、下至一念、得大利。則為具足功徳宝。設満大干世界火 亦応直過聞仏名。聞阿弥陀不復退。是故至心稽首礼。」(浄二、十九丁オ)[14]

親鸞はまた少しへだてて『往生礼讃』中から同じような意味の偈文を引用している。曰く、

「弥陀智願海深広無涯底、聞名欲往生皆悉到彼国。設満大千火直過聞仏名」(浄二、二十一丁左)[15]

 「弥陀の智願海は深広で涯底がない」というが、その涯底のないところから招喚の声が聞かれる。これを聞くことは直ちに弥陀の智願海に飛びこむことである。娑婆で有限性・対峙性のものにのみ取囲まれているものが、深広無底の智海に没入して、それから智慧清浄の業を起すことは歓喜のきわみでなくてはならぬ。火は大千に満ちていようとも、そんなものは直ちに飛びこえられねばならぬであろう。名号は弥陀の智海そのものであるから、それを聞くことが即ち智海に入ることなのである。名号の「()はれ」というようなものを聞くのでない。名号そのものを聞くのである。「謂はれ」は思惟である。思惟のために大千に満てる火に飛び入る勇気は出ない。そんな決意は、思惟以上である。絶体絶命の決意は、思惟を尽くしても(つか)み能わぬものがあるので、水火をも辞せぬということになる。弥陀招喚の声は思惟を絶したもの、「謂はれ」などの閑妄想を容れ能うものであってはならぬ。これはどうしても、全存在を投げ出して聞きとられぬばならぬ。これは一念の世界である。念念相続の意識界を突破したときの消息である。名号を聞いてそれから一心称念では遅八刻[16]である。そんなことをしていたら弥陀招喚の声は、「智願海」の涯りなき向う岸に消え去ってしまう。一心称念も非思量(ひしりょう)[17]の処、聞名号も非思量の処。非思量には思量・計較・情謂を容れる余地がない。聞名即称名、称名即聞名でなくてはならぬ。そうでないと往還二相の廻向がわからなくなる。

『教行信証』にまた『大無量寿経』から引文して曰く、

「故大本言、仏語弥勒、其有得聞彼仏名号 歓喜踊躍乃至一念 当知此人為得大利 則是具足無上功徳。」(浄二、三十九丁オ)[18]

また引き続き善導の『散善義』を引いて曰く、

「光明寺和尚云 下至一念。又云 一声一念。又云専心専念。」(浄二、三十九丁オ)[19]

「彼の仏の名号を聞くを得て歓喜踊躍して乃至一念せん」の文を普通に解して、「かの阿弥陀仏の名号の謂はれを聞信して、歓喜のあまり、身も踊り、心も躍りて、ただ一声南無阿弥陀仏と称へる」というが、これは甚だ迂余曲折である。さきにもいったように、吾等の聞かんことを要請せられるは、名号そのもので、その「謂はれ」でない、またこれを「聞き信(ひ)らいて」でもない。名号そのものを聞くのでなくてはならぬ。名即法であるからには、法についていくら聞いたとて何にもならぬ(何にも聞かぬよりましでもあろうが)。 法は直(じき)に観破すべきである。歓喜踊躍はこの体験に伴う心理学的事象である。それから「乃至」という梵語の訳字が甚だ厄介な文字であるが、今のような場合では、余り意味のないこととして、直ちに「一念」に接続する。そうすると、この一念は即ち聞名の受働性に裏づられた能働そのものの「忽然念起(こつねん-ねんき)」[20]である。名号を主体として話すると、これを聞くというは、吾等がそれを称えることである。称名によって聞名の体験事実が決定するのである。弥陀招喚の声は一声である。それ故、これを聞くこともまた一念でなくてはならぬ。「一声一念」の意義はこれで分明する。一声は弥陀の一声で吾等の一声でない、吾等の方では一念である、そしてこの一念が弥陀の方では一声である。他力の立場からいえば、それ故に、弥陀は自ら喚んで自ら応ずるものと考えねばならぬ。どこかでも言ったように禅的に言い表わせば、「主人公」の呼懸(よびかけ)と応諾である[21]。禅では人格の色彩が浄土系のと違うので、いかにも散文的・没情味的に見えるが、事実は同じことをいっているものである。次の引文もこの意味で解せられる。浄土系思想の体系は、南無阿弥陀仏の名号を繞(まと)って構成せられあるのである。

「今、弥勒付嘱の一念は即ち是れ一声なり。
一声は即ちこれ一念なり。
一念は即ち是れ一行なり。
一行は即ち是れ正行なり。
正行は即ち是れ正業なり。
正業は即ち是れ正念なり。
正念は即ち是れ念仏なり。
則ち是れ南無阿弥陀仏なり。」(浄二、四十丁オ)(*)

仏が弥勒に付嘱せられた一念が一声で、一声が一念だというは、いかにも深遠な宗教経験の言い表わしである。これに註を下して、「行の一念」がどうの、「一声の称名」がどうのというのは、教家の閑葛藤[22]、頭上に頭を重ねたものである。何が故に 「南無阿弥陀仏!(なんまんだぶ!)」、この一声が一念で、一念が一声で、これが即ち仏仏祖祖の以心伝心底の一著子であるとはいわぬのか。親鸞聖人も老婆禅[23]に堕している、──一行とか、正行とか、正業・正念・念仏とかいって始めて南無阿弥陀仏と、いくつかの階段をこしらえて、ようように末後の一句に到る、いかにもまどろしい。

「光明名号」ということがある、これは光明と名号とは、本来分つべからざるもののようであるが、教学者は分けている。善導の『往生礼讃』からの引文に曰く、

「然るに弥陀世尊本(も)と深重の誓願を発して、光明名号を以て十方を摂化す」(浄二、二十一丁オ)(*)

と。この文中の光明名号を両分して、「衆生の迷ひの闇を払ひ、冷い心を温めて下さる光明の縁」と、「諸仏に讃められて十方衆生に知らせんとの名号の因を以て、十方の衆を化度し給ふ」とするのは、果たして妥当か否かを知らぬ。が、分けるのが教学者には一つの伝統思想となっているようである。『教行信証』の「真仏土文類」中に引用せられてある支謙訳の『大阿弥陀経』の文は、弥陀の光明の他の仏の光明に比して絶類のものであることを記した後、左の如くしるしてある。

「阿弥陀仏の光明名は八方上下無窮無極無央数の諸仏の国に聞ゆ、諸天人民聞知せざるはなし。聞知せんものは度脱せさることなし。仏の言はく、独り我れ阿弥陀仏の光明を称誉するのみならず、八方上下無央数の仏、辟支仏、菩薩、阿羅漢の称誉するところ、皆是の如し。仏言はく、それ人民善男子善女人ありて、阿弥陀仏の声を聞いて、光明を称誉して、朝暮に常に其の光好を称誉して、心を至して断絶せざれば、心の所願に在りて、阿弥陀仏の国に往生せん。」(浄五、五丁オ)(*)

この文では光明名と一つに読むのがよいようである。光明を聞くといい、光明を称誉すというには、光明即名号と見るべきではなかろうか。

 浄土は無量光明土で、如来は不可思議光如来だから、光明の二字で浄土と仏身とを一括して、その名号としてよいのである。光明はただ照らすだけで摂取せぬとするは僻見である。これは智と悲とを思想的に分析して、これを因果説にあてはめて、解釈せんとしたもので、却って光明思想を混濁にする恐れなしとせぬ。すでに弥陀は光明であるとすれば、その名号はまた光明名号でなくてはならぬ。光明即名号・名号即光明と解するのが最も自然であろう。光明と名号とを分けて、それを因果思想で解して、西方往生の可能を説明するは、教家者の立場──何でも物事を煩瑣にせんとする傾向──からすれば、それも一応の道理かは知らぬが、横超の論理、廻向の運動、回互の不可思議を主張する他力教にあっては、何事も直載(ちょくせつ)であるべきではなかろうか。光明に照らされるときが摂取のときである。照と摂とを分けるに及ばぬ、照摂は同時・同処である、そこに他力の不可思議がある。因がどう、縁がどう、果がどうというのは、他力の体験事実を煩瑣(はんさ)な思想化するだけでなく、却ってこれを歪曲する。

 名号の方からすれば、名号を聞くときが光明に照摂せられるときである。光明に照摂せられるときが、聞名・称名、一時に行ぜられるときである。名号の外に光明なく、光明の外に名号はない。名号は耳で聞かれ、光明は目で見られるというのは、娑婆での感性生活からの類推にすぎぬ。他力を頂く経験そのものから見れば、耳で見、目で聞くのである。目だの耳だのといって、官能的にあれこれとを区分して考えるのは、まだ他力の生活に入らぬ人というべきであろう。「微風幽松を吹く、近づいて聴けば声愈ゝ(いよいよ)好し」と寒山は歌う。禅者は揶揄して、「どこで聞く」と尋ねる。これを耳で聞くのは凡人である、心で聞くのもまた然りである。そんならどこで聞く? 目で聞く、鼻で聞く、腹で聞く、耳でも聞く。それは松風でもあり、名号でもあり、光明でもある。光明は闇(くら)きを尽くすところから照りわたる。ただ闇きを尽くせ。尽くし尽くして尽くすところなきとき、光明はその尽きたところから端なく照りわたる。名号はこれを耳辺に翻訳したまでのことである。見名号、聞光明、これがまた称名念仏の事実経験である。

 尽十方に照り渡る光明、尽十方に響き渡る名号、これは弥陀の身の上からすれば、一つものでなくてはならぬ。娑婆の吾等は、それを耳に受けて「聞名」といい、目に受けて「見光明」というのである。元来の同一物を分析して、一つが因であり、一つは縁であるというのは、どうしても衒学(げんがく)的である。「光明名号」即ち「南無阿弥陀仏」は、光明より外のものではあり得ないのである。「光明者名為智慧」(浄五、七丁オ、『涅槃経』引文)*というが、智慧とは本来無分別の分別である。
それ故に南無阿弥陀仏もまた無分別の分別である。「無意識」の深淵からの一声である、一喝である。この一喝で阿頼耶識の暗窟が忽爾(こつじ)にその跡を収めて、光明寂照尽山河[24]である。ただ照らすのでない、照らされるものは必ず摂せられるのである。聞名・称名・欲生・往生・いずれも一念の上に成就する。ここに他力の真実があり、不可思議がある。その中に聞と称とを分ち、名と光とを分けるのは情謂の沙汰といってよい。情謂の沙汰のあるところでは、南無阿弥陀仏で浄土往生は不可能であろう。情謂では娑婆へのひっかかりが取れない。「南無阿弥陀仏!(なんまんだぶ!)」ですべてが雲散霧消せぬといけない。そんな称名でないといけない。即ちそれは聞名だからである。これで名号によって浄土と娑婆とのつながりが成就し、「南無阿弥陀仏」の両面性が分明になる。

或る一面からいうと、光明と名号とを分けて見るにもまた一理がある。それは光明というと弥陀の辺にのみ可能で、娑婆の凡夫にはあてはまらぬ。名号には両面性が読める。称名と聞名とを、とにかく、思想的に分けることが出来る。いくら絶対の他力といっても、それは此土の人間の説くところである故、絶対の他力の中にも自他の対峙の影の宿らぬわけに行かぬ。どうしても何かそんなものの影が映るとすると、絶対不二の名号にも響きと咨嗟(ししゃ)があり、聞と称がなくてはならぬ。これらの対語が出る限り、名号の凡夫面・自他対立面の仮設を許さなければならぬ。ここに名号の歴史的背景がほの見えてくるのである。これは名号即ち称名を浄土への横超的はね板(スプリング・ボード)と見ないで、直超的丸木橋とでも見ることである。真宗的絶対他力の称名の後に歴史的発展が跡づけられると言いたいのはこの点である。次に少しくこれを説く。

{林遊注:以下、第十九願→第二十願→第十八願への称名という行業を語る。いわゆる万行随一、諸行出過、願力回向の称名行である。}

真宗的称名観の成立するまでにいくつかの段階があった。第一は観仏である、これは『観無量寿経』にでも跡つけられる如く、仏の相好を観ずることである。法──曇摩(ダルマ)──が中心でなくなって、仏──人格(カーヤ)──が中心になって来ると、観仏行が発達するのは自然である。しかしながら観仏行は容易な行事ではない、これには異常な意識力の集中が必要である。「至心に仏を憶う」といえば何でもないようであるが、三昧の定力は常人の企及し能わぬところである。至誠心・信心・願心は観仏または見仏の内因として必須の要件であるのみならず、浄土系の信徒としては、何につけてもこれらの三心がなくてはならぬ。しかし一般人には、見仏は難行である。善導の『観念法門』に『般舟三昧経』からの引文がある。

「仏、跋陀和菩薩に告ぐ。三昧あり、「十方諸仏悉在前立」と名づく。若し疾く是三昧を得んと欲すれば、常にまさに守・習・持して、疑想の毛髪の如き許(ばか)りも有ることを得ざるべし。若し比丘・比丘尼・優婆塞・優婆夷にして是三昧を行学せんと欲せば、七日七夜、睡眠を除去して、諸々の乱想を捨て、独り一処に止まり、西方阿弥陀仏の身、真金色にして三十二相を具し、光明徹照し、端正無比なるを念ぜよ。
一心に観想し、心に念ひ、口に称へて、念念絶えざるものならば、仏言はく、七日已後にして、これを見んと。
譬へば、人あり、夜、星宿を観んに、一星即ち是れ一仏たり。若し四衆ありて、是観を作すものならば、一切星を見ん。即ち一切仏を見ん。………
三昧と言ふは、即ち是れ念仏の行人、心口に称念して、更に雑想なく、念念住心し、声声相続せば、心眼即ち開けて、彼の仏の了然として現はるるを見ることを得ん。云云。」(薄葉本、十九丁)(*)

「七日七夜、睡眠を除去」することは、必ずしも不可能でないかも知れぬが、諸々の乱想を捨てることは容易でない。これには何か手段が必要である。即ち「西方阿弥陀仏の身、真金色にして三十二相を具し、光明徹照して、端正無比なるを念ぜよ」というのであるが、こんな複雑な意識はなかなかにまとまるものでない。「一心に観想して」といえぱ、何か画像か塑像のようなものでもを、前面にかけるか、すえておかねばならぬ。これは一種の自働的示唆法で、必ずしも宗教的にも心理学的にも健全とはいわれぬ。「心念口称して念念絶えず」と次に記されてあるが、この心念は口称を限定するものであろう。ただの口称では鸚鵡返しで何もならぬから、心念、即ち意識的に心力の集中が口称に伴わねばならぬ。しかしこの如き情熱は、「一心に観想して」の心理と同一でない。一心に観想するというときは、何か一つの心象を描いておかなけれがならぬ。そしてこの心象を朦朧ならしめぬよう、意識はいつも覚醒の情態におかれるべきであろう、ところが、「心念口称念念不絶」はこの情態の相続を助けるようであって、その実は注意を二分する。恐れがある。観仏行には口称念仏が必須の条件ではあるが、実際の修行上、心力を二分することがあるとすると、「一心の観想」の方を止めて「口称念仏」をのみ取ることが効果的だということになろう。即ち見仏行は自ら念仏行に移り行かねばならぬ。これは歴史上そうなのである。いわゆる「意業憶念観察門」が「口業讃歎門」に転化したのである。口称念仏は必ずしも讃歎ではないが、その口称たることに於いて、意業の憶念をおきかえたことは事実である。

『往生礼讃』に『文殊般若』を引用して左の如き問答をしるす、これは『教行信証』にもある。

「また『文殊般若』に云ふが如く、一行三昧を明らめんと欲す。唯々勤めて独り空閑に処して、諸々の乱意を捨て、心を一仏に係けて、相貌を観せず。専ら名字を称ふれば、即ち念中に於いて、彼の阿弥陀仏及び一切仏等を見るを得と云へり。
間うて曰く、何が故ぞ、観を作さしめずして直ちに専ら名字を称へしむるものは何の意かありや。
答へて曰く、乃し衆生障(さはり)は重くして境は細なり、心は麁なり、識颺(あが)り、神飛んで、観、成就し難きに由りてなり。是れを以て大聖悲憐して直ちに勧めて専ら名字を称へしむ。正しく称名は易きに由るが故に、相続して即ち生ず。」(浄二、二十丁オ)(*)

「境は細なり、心は麁なり、識颺り、神飛ぶ」は、吾等一般人の常情であるから、観仏行は称名念仏行となるのが自然の推移であろう。

これから称名行は第二期或いは第二階に入るのである。
 「称名は易し」ということは、『歎異抄』にも「誓願の不思議によつて持し易く称へ易き名号を案じ出し給ひ」と記してある。親鸞はこの案出を誓願の不思議に帰する、そこに、彼が念仏観の特異性がある。普通には人間心意の要請とでもいうべきところを、彼は他力念仏の主旨から宗教的にこの推移を弥陀の本願の不思議な力に求める。誠にその通りであるといってよい。人間の宗教意識が深く深くその底に掘り下げられて行くと、そこには人間の力で及ばぬものの在ることに気づく。仏教者はこれを阿弥陀の誓願の不可思議と考えねばならぬのである。しかしこの他力観に入る前に称名念仏の自力行がある。そしてこの自力行の痕跡が他力の念仏の中にも窺われる。

厳密にいえば、称名と念仏とは違う。称名は口業で、念仏は意業である。しかし意に仏を念ずれば必ず口に名号を称える、そして口のみの称名──或る意味ではわるいことでもないが──は、実際はそうあってはならぬのだから、称名と念仏とは離れられないであろう。浄土系の経論では両者は無分別に使われている。「念仏三昧」と書いてあるところを「称名三昧」と直しても同じことである。「南無阿弥陀仏」は念仏であり、また称名である。

 聞名が称名で、称名が聞名であるということは、他力念仏の極致で、南無阿弥陀仏はここでその本具の不可思議性を闡明(せんめい)するのであるが、それまでには一超直入というわけに行かぬ。今一つの段階を通過しなければならぬ。それは念仏三味行とでもいうべきものである。即ち「一切の凡夫、罪福の多少、時節の久近を問はず、但々、能く上は百年を尽くし、下は一日・七日至るまで、一心に弥陀の名号を専念すれば、定めて往生を得ること必ず疑ひなからん」(浄六、二十四丁オ)*というように、弥陀の名号を一心に専念することである。必ずしも浄土往生といわないでもよい、見仏・観仏がその目的であってもよい。いずれにしても称名を繰り返し繰り返し念念相続せしめて、心理的に或る状態に入らんとするのである。浄土系の教えでは、称名と浄土往生とは不可分離の行業であるが、もっと広く宗教経験一般というようなものから見れば、浄土往生を必ずしも浄土教学的に解しなくてもよいと考えたい。浄土往生は宗教的生活に於ける一大転回を意味するものと見てもよいであろう[25]。シナ宗教思想史が元明時代に入ってから、禅と浄土教との接近がますます著しくなって、称名が公案化した。これは禅の浄土教化でなく、浄土教の禅化でもなく、もっと一般的な宗教意識の開展が跡づけられるのではないかと思うが、とにかく、称名行には公案化の心理学的基礎があるのである。

 阿弥陀仏がインドでどうしてこれほどに「最尊第一」のものとなったかについては、歴史的に詮索すべきであるが、宗教意識の開展から見れば、それは自然だといってよい。何故かというに、宗教意識はいつも何か一者を求めて止まぬ、一者でないと吾等の心理は落ち着かぬ、どこかで「一」なるものに逢着しなければならぬように吾等は運命つけられているのである。その名は何でもよい。「一」なるものはどんな名でもよい。吾等の宗教的要求に遺憾なく満足を与えてくれるものであれば、阿弥陀でも、弥勒でも、薬師でも、観音でも、大日でも、不動でもよい。ただし歴史的に「一者」を浄土系思想は阿弥陀仏と名づけた[26]。そしてこの名号は不思議に力あるものとなった。光明の体で無量寿だというところに、吾等の宗教情操的要求が充足するのである。それから彼の本願なるものに吾等をその心の底から動かし(あた)うものがあるのである。本願には歴史的に印度の神話と結びついているものが多く含まれていても、その中には吾等の心に宿っている永遠の祈りが述べられてある。この永遠の祈りは実に吾等人間の本質を構成しているもので、悲願の不可思議そのものである。ここに阿弥陀の無限の力即ち光明を認める。この光明は永遠の希望であり、悲願(愛といってもよい)であり、休息である。

 その故に、支謙訳の『大阿弥陀経』には彼の光明を最大階級の形容詞で叙述している。

「仏の言はく、阿弥陀仏の光明は最尊第一にして比びなし。諸仏の光明みな及ばざる所なり。
八方上下無央数の諸仏の中に、仏の頂中の光明、七丈を照らすあり。
仏の頂中の、光明一里を照らすあり。乃至。
仏の頂中の光明、二百万仏土を照らすあり。
仏の言はく、諸々の八方上下無央数の仏の頂中の光明の炎照するところ、皆是の如し。阿弥陀仏の頂中の光明の炎照するところ、千万仏国なり。
諸仏の光明の照らすところに近遠あるゆへは、何となれば、もとそれ前世の宿命に、道を求めて、菩薩たりしとき、所願の功徳各々自ら大小あり。それ然して後仏と作るとき、各々自ら之を得たり。是の故に光明転(うたた)同等ならざらしむ。諸仏の威神同等なるならくのみ。自在の意(こころ)の所欲、作為して予め計らず。
阿弥陀仏の光明の照らすところ、最大なり。諸仏の光明の皆及ぶ能はざるところなり。仏、阿弥陀仏の光明の極善なることを称誉し給ふ。
阿弥陀仏の光明は極善にして、善中の明好なり。甚だ快きこと比びなし。絶殊無極なり。阿弥陀仏の光明は清潔にして瑕穢なく、欠減なし。阿弥陀仏の光明は、殊好にして、日月の明よりも勝れたること百千億万倍なり。諸仏の光明の中の極明なり。光明の中の極好なり。光明の中の極雄傑なり。光明の中の快善なり。諸仏の中の王なり。光明の中の極尊なり。光明の中の最明無極なり。諸々の無数の天下の幽冥の処を炎照するに皆常に大明なり。
諸有の人民・蜎飛・蠕動の類、阿弥陀仏の光明を見ざることなきなり。見つるもの慈心歓喜せざるものなけむ。世間諸有の婬泆・瞋怒・愚痴のもの、阿弥陀仏の光明を見奉りて、善をなさざるはなきなり。諸々の泥梨・狩・辟茘・考掠、歓喜〔勤苦?〕の処に在りて、阿弥陀仏の光明を見奉れば、至りて皆休止して復た治することを得ざれども、死してのち憂苦を解脱することを得ざるものなし。」(浄五、三丁ウ)(*)

 こんな光明をもった無量寿仏で始めて吾等人間の帰依を値するのである。「南無阿弥陀仏」が異常が〔な?〕魅力をもって仏教徒にのぞむのも偶然でない。宗教に対する批評家に、「神は万物を造ったというが、その実、神は人間の作ったものだ」というものがある。これは一面の真理である。 神は人間を作り、人間は神を作るのである。人間の要求するところを神は与えてくれるという点で、人間は神を作ったといえよう。が、神がないと、人間はその要求、──これが直ちに人間の存在であるが──それが満足せられぬというところでは、人間は神に作られたとも言い得られる。
そのように阿弥陀仏も吾等によって作られたと考えてもよい。が、吾等は日日の行動に、思索に、感情に、希望に、阿弥陀仏を有(も)たぬと、落着きどころがないのである。吾等のすべては阿弥陀仏の上に建てられて、始めてその堅牢性──阿惟越致、不退の信心──を得るのである。そしてこの如き阿弥陀仏を吾等のためにまず認めてくれたのが、インドの宗教的天才である。いわゆる仏教徒たるものはこの天才の後について行く人人のことである。天才は吾等のためにまず途(みち)を開いてくれた。吾等はその途をたどって行けばそれでよい。

 文化の進歩というものは、どこでも、なんでもそうなのである。まず何かの天才がある。これは「天」から送られた人である。一般の意識では届かぬところにいる人である。この人の眼で今まで見られなかった領域が見られる。この人は始めてここへ鍬を入れる。それが縁になって、彼の周囲の一般人、彼に続く一般人が、次から次へと未開の地をひらいて行く。宗教意識の上からいうと、天才は、吾等をいつも動かしていながら、吾等の気のつかなかったもの、どうかして気をつけたいと思っていたものを、その深く蔵(かく)れていた処から、掘り出して見せる。吾等は今さらながらそれに驚いて目を見はる、そしてそれが吾等のもとより求めていたところであることを知って、そこに落ち着く。先駆者・開発者・案内者の天才は一宗の開祖で、その信徒は彼の跡を逐うものである。それ故、信の吾等にとっては宗教は一種のドグマとして与えられる。即ち今の場合では、阿弥陀は浄土三部経の主役者として、すでに与えられたものとして、吾等に臨む。天才は自らの心の底なき底に発見したものを客観的・歴史的・物語的立場から叙述する。これは天才が意識してやったことでない、何かを構想し、創作して、後人のためにせんとしたものでない。
宗教の経典は文学的作品と違う。後から他人の目で見て、そう批評されることはあっても、天才自身の意図にはそんな所作性はない、自然法繭である。彼の信徒たる吾等はその後について行って同じいものをまた自分等の心の奥に読む。先行の天才がないとそれは不可能であったろう。自分だけの眼光では尽十方の無礙光でも十分に見徹し能わぬのである。天才はもとより自分の自然的・歴史的環境によって制限せられる。釈迦にはインド民族的・熱帯風土的・大陸的なものがある。キリストにはまたユダヤ的なものがある。しかしいずれも吾等人間の中に生れ出たからには、彼等を通じて、吾等は人間性の奥に潜むものを読む。天才にはこの如き世界性・人間性があるので、到るところに信徒を確保することが出来る。

 浄土系の諸経典は、インド及びシナ及び日本に於ける諸天才が、自分等の心の奥に分け入って発見した宝の庫を、それらの才能によって、文字の上に展開し、表現させたものである。これらの表現はいずれも阿弥陀仏を纏って出来上がっている。その跡について念仏行を行ずる吾等は、これによって、彼等の踏んでいったところを再び自分等の上に活現して、その奥までをも窮めんとする。天才達は自分達の体験を物語風に描き出し、弥陀がまずあったものとして、彼を吾等に紹介する。こう紹介せられたものは、すでに与えられたものとして吾等に臨むというより、吾等は却って彼をどこかで深し当てねばならぬというのが、宗教経験の実際であろう。即ち弥陀は所与として吾等の面前に立ち塞がっているというよりも、吾等の方から何とかして彼に突き当るようにしなければならぬのである。この「何とかして」が念仏行なのである。「南無阿弥陀仏(なんまんだぶ)、南無阿弥陀仏(なんまんだぶ)」である。

この念仏行のうちには、天才の導きに従うという信心がある。この信心をよく分析してみると、天才に対する信心と、天才の指す目的に対する信心とが入り込んでいる。実際の上ではそんな分析を許さぬともいえる。目的に対する信心は、その目的を指示してくれる天才への信心であり、天才を信するのはやがてその目的への信心でもある。が、重点のおきところ──無意識ではあろうが──、信者によっていくらかずつ違うということがあり得る。信心の中心が指示せられた目的におかれる場合には、信心そのものが目的から与えられると解されるようになる。これに反して、天才に対するだけの信心が意識の中心を占める場合には、信者の信心は、自ら自分等の行の上に移り行くことになるであろう。即ち念仏行そのものを励むということになるのであろう。そしてその励みによって、行は行の趣くところに自(おのずか)ら進むということになるであろう。「往生の業は念仏を本と為す」は、今の所言を裏書きする。ここでは念仏が繰り返されねばならぬ。如来から加わる威神力はもとよりであるが、それでも「心心相続して他想間雑なし」でなければならぬ。
「念仏の功力」ということが説かれる。「念念相続して畢命を期とする」ということもある。「名号を執持すべし、若しくは一日、若しくは二日乃至七日、一心に仏を称して乱れざれ」ともいう。(なおここにも類似の文意到るところに在り。) これが念仏行の第二段階である。またこれを心理学的段階といってもよい。公衆禅の一面に似通うところもある。

 この段階を一転進するといってもよし、その反面だといってもよいが、かりに第三段階として、念仏行がいわゆる「他力本願の信」に移る。これはさきに述べた如く、天才の導きで目的そのものを信ずるところに最大関心を置くことから、自ら発展する段階である。第二と第三とは或る意味で全然対峙するともいえるが、他方から見ると、第三にも第二の痕跡が明明に読まれる。ただ形而上学的立場からこの痕跡が無視せられて、純粋な「他力」の念仏となる。称名即聞名・聞名即称名の経験はこの形而上学的立場からの説明で、心理学的には「念仏三昧の功力」を全然ないものと見るわけには行かぬのである。

 他力廻向の大行である称名が、大悲の願から出て、「極速円満する」ものであるならば、この称名には多念があるべきでない。ただ一念の正念──南無阿弥陀仏──があればそれでよいわけである。名号を執持して心におく要はない。「阿弥陀仏を称念せむこと若しくは一日……七日」、などという要はない。「我が名字を称へて下十声に至るまで」ということはいらぬ。「一念称得弥陀号」または「一声称念」で十分でなくてはならぬ。それにも拘わらず、執持といい、十声というような文字が他力の論議に出てくるのは、第二段階の痕跡に外ならぬと思う。他力の称名は、称名の行そのものに重きをおくべきでなく、称名の出てくる大信心が主でなくてはならぬ。大信心の獲得が一面には称名となり、他面には聞名となる。聞も称も名号を軸として転回している、名号が即ち大信心だからである。

 浄土系の教学者は三願転入を語るが、上来の所述はその意味にとっても差し支えない。ただ自分としては名号を中心にして、その発展の三段階を一瞥したまでである。第一は歴史的である。ここには名号を呪文的に見た傾向もないとはいえぬ。が、第二に入るに及んで、称名行には心理学的効果を目的としているようなものがある。第三に転じてくると、名号と弥陀、名と法とが即是的につながると同時に、他面、法または弥陀が、機または凡夫と即非的に回互するので、南無阿弥陀仏の不可思議性が、その最も効果的な意義で受けとられるようになる。初め企図したところでは、

一、浄土観から名号観。
二、それから、本願──これはやがて吾等衆生の永遠の祈り。
三、人間の霊の底なき底から叫び出る悲願の声。
四、これに触れること、これを聞くことによって、「浄土往生」の成就すること。
五、この成就が往相廻向で、また還相廻向なること。
六、往還両相の回互的運動がまた浄土(真実界)と娑婆(方便界)のつながりを説明してくれること。
七、この不可思議は知性の世界でないので、知性は宗教経験の排斥するところであるが、この排斥にはまた大なる危険が伴うので、知性はその限界内に於いて十分に尊重せらるべきこと。
八、不可思議は、畢竟じて「如是」の世界、「一真実」の世界、只麼の世界、自然法爾、法常爾の世界なること。そしてここに仏教各派は互いに隻手を出して握り合うこと。
九、しかし浄土系には人格観がその機構の中心になっているに対して、いわゆる聖道門系ではそれほどまでに顕著ならぬこと。

等等こんなことを書きたいと思ったが、他日またこの稿をつづけ得る機会あらんも知れず。

(昭和十七年六月)


末註

  1. ここでの神(しん)とは、和語での「かみ」という語を神(しん)という漢字にあてはめた神道やキリスト教での神(かみ)の意ではなく、人知を超えた不可思議ということ。
  2. 八字。「聞其名号 信心歓喜(その名号を聞きて、信心歓喜せん)」の本願成就文の八字。
  3. 明呪(みょうじゅ)とは自他の災厄を除くとされるまじないの言葉。呪は普通、マントラ mantra(真言)の訳語とされ、ダラーニー dhāraṇī (陀羅尼)、ヴィヤード vidyā (明呪)とも翻訳される。ここでは名号は言葉となって表現されるという意をあらわすため明呪といわれたのであろう。元より名号は仏自身の名のりであって衆生の側での言葉としての呪ではない。
  4. 「行文類」(97)に『楽邦文類』の「還丹の一粒は鉄を変じて金と成す。真理の一言は悪業を転じて善業と成す」とあるによるか。
  5. 『帖外九首和讃』に、「超世の悲願きゝしより  われらは生死の凡夫かは  有漏の穢身はかはらねど  こゝろは浄土にあそぶなり。」とある。
  6. まるで手のひらの上に載(托)せて観察するように考察すること。
  7. はこ(函)とふた(蓋)とがぴたりと応じて合うよう合致していること。『論註』では、浄土三部経の所説と願生偈の意がぴたりと合い称(かなう)うことを「函蓋相称」という。行巻引文p.159
  8. 罅隙(かげき)。罅は割れ目のひびで、隙は間隙のすきまの意で、両者の間に乖離があることをいう。
  9. 金剛杵(こんごうしょ)。古代インドの武器。サンスクリット語ではヴァジュラ(vajra)といわれる。杵(きね)の形で、中央部が取っ手で両端に刃がついている。堅固であらゆるものを打ち砕くところから金剛の名を冠している。
  10. 贅疣(ぜいゆう)。贅はこぶ。疣はいぼで、 いぼやこぶのような無用なもの。本来的にむだなもの。
  11. 「その仏の本願力、名を聞きて往生せんと欲へば、みなことごとくかの国に到りて、おのづから不退転に至る」。行文類で引文
  12. 徒為(とい)。徒は、いたずらに・むだ・あだの意で、無益なこと。
  13. 「かくのごときの人、仏の名を聞きて、快く安穏にして大利を得ん」。『平等覚経』からの引文。(行巻 P.144)
  14. 「『大経の讃』(讃阿弥陀仏偈)にいはく、〈もし阿弥陀の徳号を聞きて歓喜讃仰し、心帰依すれば、下一念に至るまで大利を得。すなはち功徳の宝を具足すとす。たとひ大千世界に満てらん火をも、またただちに過ぎて仏の名を聞くべし。阿弥陀を聞かばまた退せず。このゆゑに心を至して稽首し礼したてまつる〉」 行巻 P.162
  15. 「弥陀の智願海は、深広にして涯底なし。名を聞きて往生せんと欲へば、みなことごとくかの国に到る。たとひ大千に満てらん火にも、ただちに過ぎて仏の名を聞け」 行巻 P.162
  16. 遅八刻(ち-はっこく)。時すでに遅し。
  17. すべての相対的な観念を捨てた無分別の境地。
  18. ゆゑに『大本』(大経・下)にのたまはく、「仏弥勒に語りたまはく、〈それ、かの仏の名号を聞くことを得て、歓喜踊躍して乃至一念せんことあらん。 まさに知るべし、この人は大利を得とす。すなはちこれ無上の功徳を具足するなり〉」。 (行巻p.188)
  19. 光明寺の和尚(善導)は「下至一念」(散善義・意)といへり。 また「一声一念」(礼讃)といへり。また「専心専念」(散善義・意)といへり。 chu:顕浄土真実行文類#no75(行巻p.188)
  20. 忽念念起(こつねん-ねんき)。『大乗起信論」にある有名な言葉。忽念とは、初めがわからないという意で唐突に念が起こるということ。ここではまだ主客が未分であって認識以前という意。
  21. 巖喚主人 (『無門関』第十二則)
    瑞巖彦和尚。毎日自喚主人公。復自應諾。乃云。惺惺著喏。他時異日。莫受人瞞。喏喏。
    瑞巌和尚、毎日自ら主人公と喚び、また自ら応諾す。及ち云く「惺惺著や、喏(だく)。 他時異日、人の瞞(まん)を受くること莫れ、喏喏」
     瑞巌和尚は、毎日自分自身に向かって「主人公」と呼びかけ、また自分で「喏(だく)」と返事をしていた。「はっきりと目を醒ましているか」「ハイ」「これから先も人に騙されなさんなや」「喏喏(ハイ、ハイ)」と毎日いって、おられたという。惺惺(せいせい)は、明晰で意識がしっかりしていること。ここでの主人公とは真実の自己のこと。[1]
  22. 閑-葛藤(かん-かっとう)。閑は不要の意で、文字言語にとらわれた説明、工夫などのツタやフジの類は不必要だということ。
  23. 老婆禅(ろうば-ぜん)。まるで老婆が孫を溺愛するように説明が懇切丁寧だという意。大拙師は禅者であるから「㘞地一声」の、なんまんだぶ!で済んでいるのでまどろこしいのであろう。しかして覚りと信を混同しない此土と彼土の二元論に立つ浄土門の立場では、言葉の生まれた基底を探り聞く事によって信(真実)を明かすのである。
  24. 光明寂照尽山河(こうみょうじゃくしょう-じんさんが)。光明寂照すること山河を尽くす。 『無門関』第三十九則に「光明寂照遍河沙」とあるによるか。
  25. 大拙師は禅者であるから浄土往生について、このような一元的発想をするのであろう。しかし御開山は娑婆と浄土という相対二元論を決して離してはおられない。「真仏真土巻」(37)で「しかれば如来の真説、宗師の釈義、あきらかに知んぬ、安養浄刹は真の報土なることを顕す。惑染の衆生、ここにして性を見ることあたはず、煩悩に覆はるるがゆゑに。」と、煩悩と仏性に言及されていることからも判る。このような浄土vs娑婆の二元論の立場は、善導・法然が明かして下さった往生浄土宗という、浄土を目的とし娑婆を厭うという浄土教の意からである。ただ御開山は、曇鸞大師の『往生論註』によって相対二元論の現実直視の上に、本願力による絶対一元的な世界を信心の智慧によって見ておられたのもたしかである。そのような意味では、田村芳朗氏のいう「相対の上の絶対」ともいえるのであろう。
  26. 阿弥陀仏の名(みな)が、余仏・余菩薩に超勝しているのは、その本願(第十八願)に於いて「わが国に生ぜんと欲して、乃至十念せんに、もし生ぜずといはば、正覚を取らじ」と、生仏不二に乃至十念(十声のなんまんだぶ)と誓われているからである。「一心専念弥陀名号、行住坐臥、不問時節久近、念念不捨者、是名正定之業、順彼仏願故(一心にもつぱら弥陀の名号を念じて、行住坐臥時節の久近を問はず念々に捨てざるもの、これを正定の業と名づく。かの仏の願に順ずるがゆゑに)」の、仏の選択した仏願に順ずる行が、仏の選択した、なんまんだぶであった。法然聖人の回心の原点であり、それを承けられた御開山の〔なんまんだぶ〕を信受する信心の思索の淵源であった。