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(起請没後二箇条事)
(念仏往生)
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{{saihousinan}}
 
{{saihousinan}}
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西方指南抄 中末<br />
 
 
===七箇條起請文===
 
 
一。普告于予門人念仏上人等可停止未窺一句文。奉破真言止観。謗余仏菩薩事<br />
 
右至立破道者。学生之所経也。非愚人之境界。加之誹謗正法免除弥陀願。其報当堕那落。豈非痴闇之至哉<br />
 
  
一。可停止以無智身対有智人。遇別行輩好致諍論事<br />
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<span id="P--47"></span>
右論義者。是智者之有也。更非愚人之分。又諍論之処。諸煩悩起。智者遠離之百由句也。況於一向念仏行之人乎<br />
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==西方指南抄本 上本==
  
一。可停止対別解別行人。以愚痴偏執心。傋当棄置本業強嫌喧之事<br />
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<h3>法然聖人御説法事</h3><br />
右修道之習。只各勤敢不遮余行。西方要決云。別解別行者。総起敬心。若生軽慢。得罪無窮 云云 何背此制哉<br />
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{{Comment|承元の法難(1207)によって斬首された安楽房遵西の父である中原師秀 外記禅門の請により行われた説法。師秀が仏像を安置(1194?)し逆修説法を行ったときに法然聖人が説法されたものといわれる。『漢語灯録』所収の『逆修説法』はその異本。『師秀説草」という異本もある。この書は、浄土三部経を中心に相承論や選択本願念仏論がのべられている。文治六年(1190年)に東大寺で講説したときの『三部経釈』から『逆修説法』を経て、『選択集』(1198)へと法然聖人の思想が展開した経緯を示す法語ともされる。なお、「法然聖人御説法事」とあるように、法然聖人を「聖人」と表現されているのは親鸞聖人の特徴である。江戸時代以降、浄土真宗では、浄土宗(鎮西義)と対抗するために上人号で法然聖人を呼んでいるが、如何なものかと愚昧な一門徒は思う。}}
  
一。可停止於念仏門号無戒行。専勧婬酒食肉。適守律儀者名雑行。憑弥陀者本願者説勿恐造悪事<br /><span id="P--1"></span>
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===第十七日 三尺立像阿弥陀『双巻経』・『阿弥陀経』===
右戒是仏法大地也。衆行雖区同専之。是以善導和尚挙目不見女人。此行状之趣過本律制。浄業之類不順之者。総失如来之遺教。別背祖師之旧跡。旁無拠者歟<br />
+
====仏身====
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経証の中に、仏の功徳をとけるに、無量の身あり、あるいは総じて一身をとき、あるいは二身をとき、あるいは半三身<ref>半三身。◇半は分けるの意で、法身・報身と応身(化身)に分けるので半三身という。</ref>をとき、乃至『華厳経』には、十身<ref>華厳経に説く、仏・菩薩(ぼさつ)の得る十種の仏身。衆生身・国土身・業報身・声聞身・縁覚身・菩薩身・如来身・智身・法身・虚空身を解境の十仏、正覚仏・願仏・業報仏・住持仏・化仏・法界仏・心仏・三昧仏・性仏・如意仏を行境の十仏という。</ref>の功徳をとけり。<br />
  
一。可停止未弁是非痴人。離聖教非師説。恐述私義妄企諍論。被咲智者迷乱愚人事<br />
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いま且(しばらく)真身・化身の二身をもて、弥陀如来の功徳を讃嘆したてまつらむ。<br />
右無智大天。此朝に再08誕。猥述邪義。既同九十五種異道。尤可悲之<br />
+
この真化二身をわかつこと、『双巻経』の三輩の文の中にみえたり。<ref>中輩の「其人臨終無量寿仏化現其身 光明・相好、具如真仏(その人、終りに臨みて、無量寿仏はその身を化現したまふ。光明・相好はつぶさに真仏のごとし)」p.42の文から、化現する化仏と真仏ということがわかる</ref><br />
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まづ真身といふは、真実の身なり、弥陀如来の因位のとき、世自在王仏のみもとにして、四十八願をおこして、のち兆載永劫のあひだ、布施・持戒・忍辱・精進等の六度万行を修して、あらはしたまえるところは、修因感果<ref>修因感果(しゅいんかんか) ◇因を修して果を感ず。善の因を修し、その各々の業力の作用により応ずべき果を感得すること。ここでは法蔵菩薩の修因感果を指す</ref>の身なり。<br />
  
一。可停止以痴鈍身殊好唱導。不知正法説種種邪法。教化無智道俗事<br />
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『観経』にときていはく、「その身量六十万億那由他恒河沙由旬なり。
右無解作師。是梵網之制戒也。黒闇之類欲顕己才。以浄土教爲芸能。貪名利望檀越。恐成自由之妄説狂惑世間人。誑法之過殊重。是輩非国賊乎<br />
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眉間の白毫右にめぐりて、五須弥山のごとしと。一須弥山のたかさ、出海・入海おのおの八万四千那由多なり。また青蓮慈悲の御まなこは、四大海水のごとくして清白分明なり、身のもろ<span id="P--48"></span>もろの毛孔より、光明をはなちたまふこと、須弥山のごとし。うなじにめぐれる円光は、百億の三千大千世界のごとし。
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かくのごとくして、八万四千の相まします、一一の相に、おのおの八万四千の好あり、一一の好に、また八万四千の光明まします。その一一の光明、あまねく十方世界の念仏の衆生を摂取してすてたまはず。
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御身のいろは、夜摩天の閻浮檀金のいろのごとし」[[chu:仏説_観無量寿経#no17|(*)]]といへり。<br />
  
一。可停止自説非仏教邪法爲正法。偽号師範説事<br />
+
これ弥陀一仏にかぎらす、一切諸仏は、みな黄金のいろなり、もろもろのいろの中には、白色をもて本とすとまふせば、仏の御いろも、白色なるべしといゑども、そのいろなほ損するいろなり。<ref>白は色の基本だが、汚れやすい色であるということ。</ref><br />
右各雖一人。説所積爲予一身衆悪。汚弥陀教文。揚師匠之悪名。不善之甚無過之者也<br />
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ただ黄金のみあて不変のいろなり、このゆへに、十方三世の一切の諸仏、みな常住不変の相をあらわさむがために、黄金のいろを現したまへるなり、これ『観仏三昧経』のこころなり。<br />
以前七箇条甄録如斯。一分学教文弟子等者。頗知旨趣。年来之間雖修<span id="P--1"></span>念仏。随順聖教。敢不逆人心。無驚世聴。因茲于今三十箇年。無爲渉日月。而至近王。<br />
+
ただし、真言宗の中に五種の法あり<ref>五種の法。◇五停心観によって感得される仏か。</ref>、その本尊の身色、法にしたがふて各別なり、しかれども、暫時方便の化身なり、仏の本色にはあらず。このゆへに、仏像をつくるにも、白檀綵色(さい:彩色)なんども、功徳をえざるにあらずといへども、金色につくりつれば、すなわち決定往生の業因なり。<br />
此十箇年以後無智不善輩。時時到来。非啻失弥陀浄業。又汚穢釈迦遺法。何不加[火+向]誡乎。<br />
+
即生の功徳、略を存するにかくのごとし、「即生乃至三生に必得往生」<ref>即ち生じ乃至三生に必ず生ず。◇『漢語灯録』には「造佛功德即決定往生業因次生及三生必得往生也(造仏の功徳は即ち決定往生の業因なり、次生及び三生には必ず往生を得る也)」とある。</ref>といへり。これ弥陀如来真身の功徳、略を存ずるにかくのごとし。<br />
此七箇条之内。不当之間。巨細事等多。具難註述。総如此等之無方。慎不可犯。<br />
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此上猶背制法輩者。是非予門人。魔眷属也。更不可来草菴。自今以後。各随聞及。必可被触之。余人勿相伴。若不然者。是同意人也。<br />
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彼過如作者。不能瞋同法恨師匠。自業自得之理。只在己心而已。是故今日催四方行人。集一室告命。僅雖有風聞。慥不知誰人失。拠于沙汰愁歎遂年序。非可黙止。<br />
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先随力及所迴禁遏之計也。仍録其趣示門葉等之状如件<br />
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09
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  元久元年十一月七日 沙門源空<br />
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信空 感聖 尊西 証空 源智 行西 聖蓮 見仏 道豆 導西 寂西 宗慶 西縁 親蓮 幸西 住蓮 西意 仏心 源蓮 蓮生 善信 行空 已上<br />
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  已上二百余人連署了<br />
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===起請没後二箇条事===
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起請 没後二箇条事<br />
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次に化身といふは、無而欻有(むにこつう:[[chu:無而忽有|無而忽有]])を化といふ、すなわち機にしたがふときに応じて身量<span id="P--49"></span>を現ずること、大小不同なり、『経』{観経}に、「あるいは大身を現して虚空にみつ、あるいは小身を現して丈六八尺」といへり。
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化身につきて多種あり。<br />
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まづ円光の化仏(者)、『経』{観経}にいはく、「円光のなかにおいて、百万億那由他恒河沙の化仏まします、一一の化仏に、衆多無数の化菩薩をもて侍者とせり」といへり。<br />
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つぎに摂取不捨の化仏、「光明遍照十方世界 念仏衆生摂取不捨」<ref>光明は、あまねく十方世界を照らし、念仏の衆生を摂取して捨てたまはず。</ref>{観経}といふは、この真仏の摂取なり、このほかに化仏の摂取あり。三十六万億の化仏おのおの、真仏とともに、十方世界の念仏衆生を摂取したまふといへり。<br />
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次に来迎引接の化仏、九品の来迎に、おのおの化仏まします、品にしたがふて多少あり。上品上生の来迎には、真仏のほかに、無数の化仏まします。上品中生には、千の化仏まします、上品下生には、五百の化仏まします。乃至かくのごとく次第におとりて、下品上生には、真仏は来迎したまはず、ただ化仏と化観音勢至とをつかはす。その化仏の身量、あるいは丈六、あるいは八尺なり。化菩薩の身量も、それにしたがふて、下品中生は、「天華の上に化仏菩薩ましまして、来迎したまふと」{観経}いへり。下品下生は、「命終してのち、金蓮華をみる、猶如日輪住其人前」{観経}といへり。文のごとくは、化仏の来迎もなきやうにみえたれども、善導の御心は、『観経の疏』{散善義}の十一門の義によらば、第九門に、「命終のとき、聖衆<span id="P--50"></span>の迎接したまふ不同、去時の遅疾をあかす」といへり。<br />
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また、「いまこの十一門の義は、九品の文に約対せり。一一の品のなかに、みなこの十一あり」といへり。しかれば、下品下生にも来迎あるべきなり、しかるを、五逆の罪人そのつみおもきによりて、まさしく化仏菩薩をみることあたはず、ただわが座すへきところの金蓮華ばかりをみるなり、あるいはまた、文に'''隠顕'''<ref>隠顕。◇文章の表面に顕れたものと裏に隠れたものということ。「散善義」文前料簡で「 隠顕ありといへども、もしその道理によらばことごとくみなあるべし。」の語に依られた。 ここでの隠顕は、親鸞聖人が 「化身土文類」 でいわれるような真・仮 (真実・方便) を分別する意味ではない。</ref>あるなり。
  
一。葬家追善の事<br />
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次にまた十方の行者の本尊のために、小身を現したまへる化仏あり、天竺の鶏頭摩寺(けいずまじ)の五通<ref>五通。◇五神通のこと。</ref>の菩薩、神足通をして極楽世界にまうでて、仏にまふしてまうさく、娑婆世界の衆生、往生の行を修せむとするに、その本尊なし、仏ねがわくは、ために身相を現じたまへと、仏すなわち菩薩の請におもむきて、樹の上に化仏五十体を現じたまへり。<br />
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菩薩すなわちこれをうつして、よにひろめたり、鶏題摩寺の五通の菩薩の曼陀羅といへる、すなわちこれなり。<br />
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また智光の曼陀羅<ref>智光の曼陀羅。◇奈良の元興寺に伝わる智光が感得したという曼荼羅の図像に基づいて作られた浄土曼荼羅の総称。</ref>とて、世問に流布したる本尊あり、その因縁は、人つねにしりたる事なり、つぶさにまふすべからす、『日本往生伝』をみるべし。また新生の菩薩を教化し説法せむがために、化して小身を現じたまへることまします。これはこれ弥陀如来の化身の功徳、また略してかくのごとし。<br />
  
右葬家之次第。頗有其採旨。有籠居之志遺弟同法等。全不可群会一所者也。其故何者。雖復似和合。集則起闘諍。此言誠哉。甚可謹慎。<ref>右、葬家の次第、すこぶるその採る旨あり。籠居の志ある遺弟同法等、全く一所に群会すべからずとなり。そのゆえはなんぞ、また和合に似たりといえども、集れば則ち闘諍を起こす、この言誠なり。はなはだ謹慎すべし。</ref><br />
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いまこの造立せられたまへる仏は<ref>師秀が自らの[[chu:逆修|逆修]]の為に造った仏像を前にしての御説法であるからこのようにいう。</ref>、祇薗精舎の<kana>風(ふ)</kana><ref>風(ふ)。◇おもむき、様子。</ref>をつたへて、三尺の立像をうつし、<span id="P--51"></span>最後終焉のゆふべを期して、来迎引接につくれり。おほよそ仏像を造画するに、種種の相あり。あるいは説法講堂の像あり、あるいは池水沐浴の像あり、あるいは菩提樹下成等正覚の像あり、あるいは光明遍照摂取不捨の像あり。かくのごときの形像を、もしはつくりもしは画したてまつる、みな往生の業なれども、来迎引接の形像は、なほその便宜をえたるなり。<br />
若然者。我同法等。於我没後。各住各居。不如不会。闘諍基由。集会之故也。<ref>もししからば、我が同法等、我が没後において、おのおの各居に住して会わざるにしかず。闘諍の基は集会のゆえなり。</ref><br />
+
かの尽虚空界の荘厳をみ、転妙法輪の音声をきき、七宝講堂のみぎりにのぞみ、八功徳池のはまにあそび、おほよそかくのごとく、種種微妙の依正二報<ref>依正二報。◇依報と正報の二種の果報のこと。正報とは過去の業(行為)の報いとして得た心身をいい、依報とはその心身のよりどころとなる国土・環境をいう。</ref>をまのあたり視聴せむことは、まづ終焉のゆふべに、聖衆の来迎にあづかりて、決定してかのくにに往生してのうえのことに候也。しかれはふかく往生極楽のこころざしあらむ人は、来迎引接の形像をつくりたてまつりて、すなわち来迎引接の誓願をあおぐべきものなり。<br />
羨我弟子同法等。各閑住本在之草菴。苦可祈我新生之蓮台。努努群居一所。莫致諍論起忿怨。有知恩志之人。毫末不可違者也。<ref>うらやむは、我が弟子同法等、おのおの本在の草菴に閑住して、くるしくとも我が新生の蓮台を祈るべし。ゆめゆめ一所に群居して諍論して忿怨を起こすを致すなかれ。知恩の志ある人、毫末も違するベからずなり。</ref><br />
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兼又追善之次第。亦深有存旨。図仏写経等善。浴室檀施等行。一向不可修之。若有追善報恩之志人。唯一向可修念仏之行。平生之時。既付自行化他。唯局念仏之一行。歿没之後。豈爲報恩追修寧雑自余之衆善哉。但於念仏行。尚可有用心。或眼閉之後。一昼夜自即時始之。標誠至心各可念仏。中陰之間。不断念仏。動生懈惓。各還闕勇進之行。凡没後之次第。皆用真実心可棄虚仮行。有志之倫。勿乖遺言而已<br />
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===源空聖人私日記===
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====来迎====
10
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源空聖人私日記<br />
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夫以。俗姓者。美作国庁官。漆間時国之息。同国久米南条稲岡庄。誕生之地也。<br />
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その来迎引接の願といふは、すなわちこの四十八願の中の第十九の願なり。<br />
長承二年 癸丑 聖始出胎内之時。両幡自天而降。奇異之瑞相也。<br />
+
人師これを釈するに、おほくの義あり、まづ臨終正念のために来迎したまへり、おもはく<ref>おもはく。◇思うことには。思ふのク用法。</ref>、病苦みをせめてまさしく死せむとするときには、かならず境界・自体・当生の三種の愛心<ref>三種の愛心。◇人の臨終の際に起こす三つの執着の心のこと。家族や財産などへの愛着である境界愛、自分自身の存在そのものに対する執着である自体愛、自身は死後どのようになるのかと憂える当生愛をいう。</ref>をおこすなり。しかるに阿弥陀如来、大光明をはなちて行者のまへに現じたまふとき、未曾有の事なるがゆへに、帰敬の心のほかに他念なくして、三種の愛心をほろぼして、さらにおこることなし。<br />
権化之再誕也。見者合掌。聞者驚耳 云云<br />
+
保延七年 辛酉 春比。慈父爲夜打被殺害畢。聖人生年九歳。以破矯小箭射凶歒之目間。以件疵知其敵。即其庄預所。明石源内武者也。<br />
+
因茲迯隠畢。其時聖人。同国内菩提寺院主観覚得業之弟子と成給。<br />
+
天養二年 乙丑 初登山之時。得業観覚状云。進上大聖文殊像一体。西塔北谷持法房禅下得業源覚消息を見給奇給。小児来。聖人十三歳也。然後十七歳。天台六十巻読始之。<br />
+
久安六年 庚午 十八歳。始師匠に乞請暇遁世。法華修行之時。普賢菩薩を眼前に奉拝。華厳披覧之時。小虵出来。信空上人見之怖驚給。<br />
+
共夜。我者此。11聖人夜経論を見。雖無灯明。室内有光如昼。信空 法蓮房也。<br />
+
聖人之同法 同見其光。修真言教入道場。観五相成身之観。行顕之。於上西門院説戒七箇日之間。小虵<br />
+
来聴聞。当第七日。於唐垣上其虵死畢。于時有人人見様。其頭破。中より或見天人登。<br />
+
或見蝶出。説戒聴聞之故。離虵道之報。直生天上歟<br /><span id="P--1"></span>
+
高倉天皇御宇得戒。其戒之相承自南岳大師所伝。于今不絶。世間流布之戒是也。<br />
+
聖人所学之宗宗師匠四人。還成弟子畢。<br />
+
誠雖大巻書。三反披見之時。於文者明明不暗。義又分明也。雖然以二十余之功不能知一宗之大綱然後窺諸宗之教相。悟顕密之奥旨。八宗之外明仏心達磨等宗之玄旨。爰醍醐寺三論宗之先達。聖人往于其所述意趣。先達総不言起座。入内取出文凾十余合云。於我法門者。無余念永令付嘱于汝 云云 此上称美讃嘆不遑羅縷。又値蔵俊僧都而談法相法門之時。蔵俊云。汝方非直人。権者化現也。智慧深遠。形相炳焉也。<br />
+
我一期之間。可致供養之旨契約仍毎年贈供養物致懇志。已遂本意了。宗之長者。<br />
+
教之先達。無不随喜信伏。総本朝所渡之聖教乃至伝記目録。皆被加一見了。雖然煩出離之道身心不安。抑始自曇鸞・道綽・善導・懐感御作。至于楞厳先徳往生要集。雖窺奥旨。二反拝見之時者。往生猶不易。第三反之時。乱想之凡夫不如称名之一行。是則濁世我等依怙。末代衆生之出離。令開悟訖。況於自身得脱乎。然則爲世爲人雖欲令弘通此行。時機難量。感応難知。<br />
+
倩思此事。暫伏寝之処示夢想。紫雲広大聳覆日本国。自雲中出無量光。自光中百宝色鳥飛散充満虚空。于時登高山忽拝生身之善導。自御腰下者金色也。自御腰上者如常。高僧云。汝雖爲不肖之身。念仏興行満于一天。称名専修及于衆生之故。我来于此。善導即我也 云云<br />
+
因茲弘此法。年年次第繁昌。無不流布之所。聖人云。我師肥後阿闍梨云。人智慧深遠也。然倩計自身分際。此度不可出離生死。若度度替生隔生。即妄妄故定妄仏法歟。<br />
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不如受長命之報欲奉値慈尊之出世。依之我将受大虵身。但住大海者可有中夭。如此思定。<br />
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遠江国笠原庄内桜池と云所を。取領家之放文。住ひむと此池誓願了。其後至于死期時。乞水入掌中死了。而彼池。風不るに吹浪俄立。池中塵悉払上。諸人見之。即注此由触I申領家。期其日時。彼阿闍梨当逝去日。所以有智慧故。知難出生死。有道心之故。値はむと仏之出世所願也。<br />
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雖然未知浄土法門之故。如此発悪願。我其時。若此法尋得。不顧信不信。此法門申さまら。而於聖道法者。有道心者期遠生之縁。無道心者併住名利。以自力輒可厭生死之者。是不得帰依之証也 云云<br />
+
  
又聖人年来開経論之時。釈迦如来。罪悪生死凡夫依弥陀称名之行可しと往生極楽弘説給之勘得教文。今修念仏三昧立浄土宗。其時南都北嶺碩学達共。誹謗嘲哢無極。然間文治二年之比。天台座主中納言法印顕真。厭娑婆忻極楽。籠居大原山入念仏門。其時弟子相模公申云。法然聖人立浄土宗義。可尋聞食顕真云。尤可然 云云<br />
+
かつはまた仏、行者<span id="P--52"></span>にちかづきたまひて、加持<ref>加持。◇加持とは、サンスクリット語のadhisthana(アディシュターナ)の訳語で、もとは寄りそって立つこと。菩薩や仏が衆生にかかわりあうことである。</ref>護念したまふがゆへなり。『称讃浄土経』に、「慈悲加祐してこころをしてみだらざらしむ、すてに命をすておはりて、すなわち往生をえ、不退転に住す」といへり。<br />
但我一人不可聴聞。処処智者請集定了。而彼大原竜禅寺に集会。以後法然聖人請之。<br />
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『阿弥陀経』に、「阿弥陀仏もろもろの聖衆とそのまへに現ぜむ、この人おわらむとき、心顛倒せずして、すなわち阿弥陀仏国土に往生をえむ」ととけり。令心不乱(心をして乱らざらしむ)と心不顛倒(心顛倒せずして)とは、すなわち正念に住せしむる義なり。<br />
無左右来臨了。顕真喜悦無極。集会之人人   
+
しかれば臨終正念なるがゆへに来迎したまふにはあらず、来迎したまふがゆへに臨終正念なりといふ義、あきらかなり。在生のあひだ往生の行成就せむひとは、臨終にかならず聖衆来迎をうべし。来迎をうるとき、たちまちに正念に住すべしといふこころなり。<ref>◇自らのなした行為の結果によって正念に住するから来迎があのではなく、仏の来迎があるから正念に住するのである、と、法然聖人は来迎の意味を反転されておられる。つまり当時流布していた正念来迎説を否定しておられた。 この正念を究極的に推し進めれば、念仏衆生摂取不捨と信知することは正念であり、親鸞聖人による「しかれば名を称するに、よく衆生の一切の無明を破し、よく衆生の一切の志願を満てたまふ。称名はすなはちこれ最勝真妙の正業なり。正業はすなはちこれ念仏なり。念仏はすなはちこれ南無阿弥陀仏なり。南無阿弥陀仏はすなはちこれ'''正念'''なりと、知るべしと」[[顕浄土真実行文類#no12|(*)]]という正念であり、如来を主体とした他力回向、つまり本願力回向論の正念になるのは当然であろう。ここで注意すべきは、御開山は弥陀の来迎そのものを完全否定しているのではないということである。もしそうであるならば、この『西方指南抄』を書き残される筈がない。往生決定は信の一念にあるという本願の思し召しに立たれて、臨終来迎を願い求めることを否定されたのである。<br />御消息(1)の、「来迎は諸行往生にあり、自力の行者なるがゆゑに。臨終といふことは、諸行往生のひとにいふべし、いまだ真実の信心をえざるがゆゑなり。」の文は、来迎(を自力で願い求めて本願力を疑う者)は諸行往生にあり、と読むべきであろう。出来上がった教学の上で論ずるより、法然・親鸞両聖人の上で、このご法義を味わうべきであろう。文責:林遊@なんまんだぶ。</ref><br />
 +
しかるにいまのときの行者、おほくこのむねをわきまえずして、ひとへに[[chu:尋常|尋常]]の行においては怯弱生して、はるかに臨終のときを期して、正念をいのる、もとも僻韻<ref>僻韻(へきいん)。◇僻案と同意か。かたよった考え。誤った言い方。◇現在ただいまの尋常の可聞可称の〈なんまんだぶ〉を肯わずに、臨終を期すことを誤った考え方であるとされる。</ref>なり。<br />
  
光明山僧都明遍 東大寺三輪宗長者也<br />
+
しかればよくよくこのむねをこころえて、尋常の行業において怯弱のこころをおこさずして、臨終正念において決定のおもひをなすべきなり、これはこれ至要の義なり、きかむ人こころをとどむへし。この臨終正念のために来迎すといふ義は、静慮院の静照法橋の釈なり。<ref>◇静照(~1003)の『四十八願釈』に「雖聞称名 皆得往生。然命終時 心多顛倒。弘誓大悲 不得晏然 故与大衆 現其人前。」(称名を聞きて皆な往生すといえども、しかるに命終の時、心おおく顛倒す。弘誓の大悲、晏然(あんぜん:安らかで落ち着いた様子)たるを得ざるが故に、大衆とともに其の人の前に現ず。)とあるそうである。「未見」</ref><br />
笠置寺解脱上人 侍従已講貞慶。法相宗人也<br />
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大原山本成坊 此人人問者也<br />
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東大寺勧進上人修乗坊 重源嵯峨往生院念仏坊 改名。今は南無阿弥陀仏と号。天台宗人也<br />
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大原来迎院明定坊 蓮慶。天台宗人<br />
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菩提山長尾蓮光坊 東大寺人<br />
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法印大僧都智海 天台山東塔西谷林泉坊<br />
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法印権大僧都証真 天台山東塔東谷宝地坊<br />
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  聴衆凡三百余人也<br />
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其時聖人。浄土宗義。念仏功徳。弥陀本願之旨。明明説之。其時云口被定。本成坊黙然而信伏了。集会人人悉流歓喜之涙偏帰伏。<br />
+
次に道の先達のために来迎したまふといへり、あるいは『往生伝』に、沙門志法か遺<span id="P--53"></span>書にいはく<br />
自其時彼聖人念仏宗興盛也。自法蔵比丘之昔至弥陀如来之今。本願之趣。往生之子細。不昧説給之時。三百余人。一人無疑。聖道浄土教文玄旨説之時。人人始向虚空無出言語之人。集会人人云。見形者源空聖人。実者弥陀如来応跡歟と定了。<br />
+
 我在生死海 幸値聖船筏<br />
仍集会之験とて。於件寺三昼夜不断念仏勤行了。結願之朝。顕真付法華経之文字員数。一人別に阿弥陀仏名を付よと彼教訓。大仏上人自其時。南無隬陀仏之名付給了。<br />
+
 我所顕真聖 来迎卑穢質<br />
高倉院御宇。安元元年 乙未 聖人齢自四十三。始入浄土門。閑観浄土給。初夜宝樹現。次夜示瑠璃地。後夜者宮殿拝之。阿弥陀三尊常来至也。<br />
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 若忻求浄土 必造画形像<br />
又霊山寺ゆたて三七日不断念仏之間。無やに灯明有光明。第五夜勢至菩薩行道。同烈立給。或人如夢奉拝之。聖人曰。猿事侍覧。余人更不能拝見。月輪禅定殿下兼実 御法名円照 帰依甚深也。<br />
+
 臨終現其前 示道路摂心<br />
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 念念罪漸尽 随業生九品<br />
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 其所顕聖衆 先讃新生輩<br />
 +
 仏道楽増進<ref>我れ生死海にありて幸いに聖船の筏にもうあえり。我が顕ずるところの真聖、卑穢の質を来迎したまう。もし浄土を欣求するに必ず形像造画せよ。臨終に其の前に現じて、摂心して道路を示すなり。念念に漸く罪を尽し、業に随いて九品に生ず。其の顕るところの聖衆は、まず新生の輩を讃じ、仏道の楽を増進せん。</ref> 云云<br />
 +
これすなわち、この界にして造画するところの形像、先達となりて浄土におくりたまふ証拠なり。<br />
 +
また『薬師経』をみるに、浄土をねがふともがら、行業いまださたまらずして、往生のみちにまどふことあり。<br />
 +
すなわち文{玄奘訳}にいはく、「よく受持すること八分斎戒をあらむ、あるいは一年をへ、あるいはまた三月受持せむ。まなぶところこの善根をもて、西方極楽世界無量寿仏のみもとにむまれむと願して、正法を聴聞すれども、いまださだまらざるもの、もし世尊薬師琉璃光如来の名号をきかむ。命終のときにのぞみて、八菩薩あて神通に乗してきたりて、その道路をしめさむ、すなわちかの界にして、種種の雑色衆宝華の中に、自然に化生す」<ref>
 +
『薬師琉璃光如来本願功徳経』に「復次に曼殊室利よ、若し四衆の苾芻(びっしゅ:比丘)・苾芻尼(びっしゅに:比丘尼)・鄔波索迦(うばそか:優婆塞)・鄔波斯迦(うばしか:優婆夷)、及び余の浄信の善男子・善女人等有りて、能く八分斎戒を受持すること、或は一年を経、或は復三月、学処を受持すること有らん。<br>
 +
此の善根を以て、西方極楽世界 無量寿仏の所に生れて、正法を聴聞せんことを願い未だ定まらざる者、若し世尊、薬師瑠璃光如来の名号を聞かば、命終の時に臨んで八大菩薩有り、其の名を文殊師利菩薩・観世音菩薩・得大勢菩薩・無尽意菩薩・宝檀華菩薩・薬王菩薩・薬上菩薩・弥勒菩薩と曰う。
 +
八大菩薩は空に乗じて来りて其の道路を示し、即ち彼の界、種種の雑色の衆の寳華の中に於て、自然に化生せん。
 +
[http://21dzk.l.u-tokyo.ac.jp/SAT/T0450_,14,0406b08:0450_,14,0406b05.html] とある。</ref>といへり。<br />
 +
もしかの八菩薩その道路をしめさずは、ひとり往生することえがたきにや。これをもておもふにも、弥陀如来もろもろの聖衆とともに、行者のまへに現じて、きたりて迎接したまふも、みちびきて道路をしめしたまはむがためなりといふ義、まことにいはれたることなり。<br />
 +
娑婆世<span id="P--54"></span>界のならひも、みちをゆくには、かならず先達といふものを具する事なり、これによて、御廟の僧正<ref>御廟の僧正。◇源信僧都の師、慈恵大師良源。良源僧正は第十九願をもって浄土往生の願とされた。参考:「良源僧正は、第十八願は五逆と誹謗を犯していない凡夫の往生を誓った願であるが、その往生業は深妙ではないから臨終の来迎が誓われていない。それに引き替え第十九願に臨終来迎が誓われているのは、菩提心を発し、諸の功徳を修した勝れた行者であるからであって、当然第十八顧より第十九願の方が深妙な往生業が誓われている。」という。(梯實圓和上『顕浄土方便化身土文類講讃』より)[[三生果遂]]</ref>は、かの来迎の願をば、現前導生の願となづけたまへり。<br />
  
或日聖人参上月輪殿。退出之時。自地上高踏蓮華而歩。頭光赫奕。凡者勢至菩薩化身也。如此善因令然。業果惟新之処。南北之碩徳。顕密之法灯。或号謗我宗。或称嫉聖道。寄事於左右。求咎於縦横。<br />
+
次に対治魔事のために来迎すとふ義あり、道さかりなれば魔さかりなりとまふして、仏道修行するには、かならず魔の障難のあひそふなり。<br />
動驚天聴諷諫門徒之間。不慮之外忽蒙勅勘。被行流刑了。雖然無程帰洛了。権中納言藤原朝臣光親。爲奉行被下勅免宣旨。<br />
+
真言宗の中には、誓心決定すれは魔宮振動すといへり、天台止観の中には、四種三昧を修行するに、十種の境界おこる中に、魔事境来といへり。また菩薩三祇百劫の行すでになりて、正覚をとなふるときも、第六天の魔王きたりて、種種に障礙せり。<br />
 +
いかにいはむや凡夫具縛の行者、たとひ往生の行業を修すといふとも、魔の障難を対治せすば、往生の素懐をとげむことかたし。しかるに阿弥陀如来、無数の化仏菩薩聖衆に囲繞せられて、光明赫奕として行者のまへに現じたまふときには、魔王もここにちかずきこれを障礙することあたはず。<br />
 +
しかればすなわち、来迎引接は魔障を対治せむがためなり、来迎の義、略を存するにかくのごとし。これらの義につきておもひ候にも、おなじく仏像をつくらむには、来迎の像をつくるべきとおぼえ候なり、仏の功徳大概かくのごとし。<br />
  
去建暦元年十一月二十日帰洛。居卜東山大谷之別業。鎮待西方浄土之迎接。<br />
+
====浄土三部経====
同三年正月三日。老病空らに期蒙昧之臻。所待所憑寔悦哉。高声念仏不退也。<br />
+
或時聖人相語弟子云。我昔有天竺。交声聞僧常行頭陀。本者是在極楽世界。今来于日本国。学天台宗。又勧念仏。身心無苦痛。蒙昧忽分明。<br />
+
  
十一日辰時。端座合掌念仏不絶。即告弟子云。高声念仏各可唱。観音勢至菩薩聖衆現在此前。如阿弥陀経所説。随喜雨涙渇仰融肝。尽虚空界之荘厳遮眼。転妙法輪之音声満耳。<br />
+
次に三部経は、いま三部経となづくることは、はじめてまふすにあらず、その証これおほし。いはく、大日の三部経は、『大日経』・『金剛頂経』・『蘇悉地経』等これなり。弥勒の<span id="P--55"></span>三部経、『上生経』・『下生経』・『成仏経』等これなり。鎮護国家の三部経は、『法華経』・『仁王経』・『金光明経』等これなり。法華の三部経、『無量義経』・『法華経』・『普賢経』等これなり。<br />
 +
これすなわち三部経となづくる証拠なり。いまこの弥陀の三部経は、ある人師{智顗十疑論}のいはく、「浄土の教に三部あり、いはく、『双巻無量寿経』・『観無量寿経』・『阿弥陀経』等これなり。」<br />
 +
これによて、いま浄土の三部経となづくるなり、あるいはまた弥陀の三部経ともなづく、またある師{窺基(きき)小経疏}のいはく、「かの三部経に『鼓音声経』をくわえて、四部となつく」といへり。<br />
 +
おほよそ諸経の中に、あるいは往生浄土の法をとくあり、あるいはとかぬ経あり、『華厳経』にはこれをとけり、すなわち『四十華厳』の中の普賢の十願これなり、『大般若経』の中にすべてこれをとかず。<br />
 +
『法華経』の中にこれをとけり、すなわち薬王品の「即往安楽世界」の文これなり、『涅槃経』にはこれをとかず、また真言宗の中には、『大日経』・『金剛頂経』に、蓮華部にこれとくいゑども、大日の分身なり、別(わき)てとけるにはあらず。<br />
 +
もろもろの小乗経には、すべて浄土をとかず。しかるに往生浄土をとくことは、この三部経にはしかず、かるかゆへに浄土の一宗には、この三部経をもてその所縁とせり。<br />
  
至于同二十日。紫雲聳上方。円円雲鮮其中。如図絵仏像。道俗貴賤遠近緇素。見者流感涙。聞者成奇異。<br />
+
====浄土宗名====
同日未時。挙目合掌。自東方見西方事五六度。弟子奇而問云。仏来迎歟。聖人答云。然也。二十三四日。紫雲不罷。弥広大聳。西山の売炭老翁。荷薪樵夫。大小老若見之。<br />
+
  
二十五日午時許。行儀不違。念仏之声漸弱。見仏之眼如眠。紫雲聳空。遠近人人来集。異香薫室。見聞之諸人仰信。臨終已到。慈覚大師之九条袈裟懸之。向西方唱云。一一光明遍照十方世界。念仏衆生摂取不捨 云云<br />
+
またこの浄土の法門において宗の名をたつること、はじめてまふすにあらず、その<span id="P--56"></span>証拠これおほし。少少これをいださは、元暁の『遊心安楽道』に、「浄土宗の意ろ本爲凡夫兼爲聖人也」といへる、その証なり。かの元暁は華厳宗の祖師なり。<br />
停午之正中也。三春何節哉。釈尊唱滅聖人唱滅。彼者二月中句五日也。此者正月下旬五日也。八旬何歳哉。釈尊唱滅聖人唱滅。彼八 也。此八旬也。<br />
+
慈恩の『西方要決』に、「依此一宗」といえるなり。またその証なり。<br />
 +
かの慈恩は法相宗の祖師なり、迦才の『浄土論』には、「此一宗窃要路たり」といへる、またその証なり。善導『観経の疏』に「真宗叵遇」といへる、またその証なり。かの迦才・善導は、ともにこの浄土一宗をもはらに信ずる人なり。<br />
  
園城寺長吏法務大僧正公胤。爲法事唱導之時。其夜告夢云。源空爲教益。公胤能説法。感即不可尽。<br />
+
自宗・他宗の釈すでにかくのごとし、しかのみならず、宗の名をたつることは、天台・法相等の諸宗みな師資相承による、しかるに浄土宗に師資相承血脈次第あり。<br />
臨終先迎摂。源空本地身大勢至菩薩。衆生教化故。来此界度度。此故勢至来見名大師聖人。所以讃勢至言無辺光。以智慧光普照一切故。嘆聖人称智慧第一。以碩徳之用潤七道故也。<br />
+
いはく菩提流支三蔵・恵寵法師・道場法師・曇鸞法師・法上法師・道綽禅師・善導禅師・懐感禅師・小康法師等なり、菩提流支より法上にいたるまでは、道綽の『安楽集』にいだせり、自他宗の人師すでに浄土一宗となづけたり。浄土宗の祖師また次第に相承せり。<br />
弥陀動勢至。爲済度之使。善導遣聖人。整順縁之機。定知。十方三世無央数界有情無情。遇和尚興世初悟五乗済入之道。三界虚空四禅八定天王天衆。依聖人誕生忝抜五衰退没之苦。何況末代悪世之衆生。依弥陀。称名之一行悉遂往生素懐。源空聖人伝説興行故也。<br />
+
これによて、いま相伝して浄土宗となづくるものなり、しかるを、このむねをしらざるともがらは、むかしよりいまだ八宗のほかに浄土宗といふことをきかずと、難破することも候へば、いささかまふしひらき候なり。<br />
仍爲来之弘通勧之<br />
+
  
南無釈迦牟尼仏 南無阿弥陀如来<br />
+
おほよそ諸宗の法門、浅深あり広狭あり。すなわち真言・天台等の諸大乗宗は、ひろくしてふかし、倶舎・成実等の小乗宗は、ひろくしてあさし。この浄土宗は、せばくしてあさし。<br /><span id="P--57"></span>
南無観世音菩薩 南無大勢至菩薩<br />
+
しかれば、かの諸宗は、いまのときにおいて機と教と相応せず。教はふかし機はあさし、教はひろくして機はせばきがゆへなり。たとへ韻たかくしては和することすくなきがごとし。<br />
南無三部一乗妙典法界衆生平等利益<br />
+
またちゐさき器に大なるものをいるるかごとし。ただこの浄土の一宗のみ機と教と相応せる法門なり。かるがゆへに、これを修せばかならす成就すべきなり。しかればすなわち、かの不相応の教においては、いたはしく身心をついやすことなかれ。ただこの相応の法に帰して、すみやかに生死をいづへきなり。今日講讃せられたまへるところは、この三部の中の『双巻無量寿経』と『阿弥陀経』となり。<br />
  
===三機分別===
+
====大経====
  
和尚<ref>幸西大徳か?</ref>の御釈によるに、決定往生の行相に、三の機のすぢわかれたるべし。第一に信心決定せる、第二にともにかねたる信行、第三にただ行相ばかりなるべし。<br />
+
まづ『無量寿経』には、はじめに弥陀如来の因位の本願をとく、次にはかの仏の果位の二報荘厳をとけり。しかればこの経には、阿弥陀仏の修因感果の功徳をとくなり 乃至 一一の本誓悲願、一一の願成就の文にあきらかなり。つぶさに釈するにいとまあらす。<br />
  
第一に信心決定せる機といふは、これにつきて又二機あり。<br />
+
その中に衆生往生の因果をとくといふは、すなわち念仏往生の願成就の「諸有衆生聞其名号」の文、および三輩の文これなり。もし善導の御こころによらば、この三輩の業因について、正・雑の二行をたてたまへり。正行についてまた二あり。正定・助業なり。三輩ともに一向専念といへる、すなわち正定業な<span id="P--58"></span>り、かの仏の本願に順するかゆへに。またそのほかに助業あり雑行あり 乃至 おほよそこの三輩の中に、おのおの菩提心等の余善をとくといゑども、上の本願をのぞむには、もはら弥陀の名号を称念せしむるにあり。<br />
一にはまづ精進の機といふ者(は)、又これにつきて二機あり。<br />
+
かるがゆへに一向専念といへり。上の本願といふは、四十八願の中の第十八の念仏往生の願をさすなり。一向のことば、二三向に対する義なり、もし念仏のほかに、ならべて余善を修せば、一向の義にそむくべきなり。往生をもとめむ人は、もはらこの経によて、かならずこのむねをこころうべきなり。<br />
一には弥陀の本願を縁ずるに、一声に決定しぬと、こころのそこより、真実にうらうらと、一念も疑心なくして、決定心をえてのうへに、一声に不足なしとおもへども、仏恩を報ぜむとおもひて、精進に念仏のせらるるなり。また信心えての上には、はげまさるに念仏はまふさるべき也。<br />
+
この行者の中には、信心えたりとおもふて、その上によろこぶ念仏とおもへども、いまだ信心決定せぬ人もあるべし。それおばわがこころに勘(かむがへ)へしられぬべき事也。<br />
+
たとひ信心はとづかず<ref>届かず</ref>とも、念仏ひまなきかたより往生はすべし。<br />
+
  
二には上にいふがごとく、決定心をえての上に、本願によて往生すべき道理おばあおいでのち、わがかたより、わが信心をさしゆるがして、かく信心をえたりとおもひしらず、われ凡夫なり、仏の知見のまへには、とづかずもあるらむと、こころかしこくおもふて、なほ信心を決定せむがために、念仏をはげむなり。決定心をえふせての上に、わがこころをうたがふは、またく疑心とはなるべからざる也。<br />
+
====小経====
精進の二類の機、かくのごとし。これおば第二の信行ならべる行相の機としるべし。
+
  
次に懈怠の機といふは、決定心をえての上に、よろこびて仏恩を報ぜむがために、常に念仏せむとおもへども、あるいは世業衆務にもさえられ、また地体懈怠のものなるがゆへに、おほかた念仏のせられぬ也。この行者は一向信心をはげむべき也。
+
次に『阿弥陀経』は、はじめには極楽世界の依・正二報をとく。<br />
はげむ機につきて、また精進懈怠のものあるべし。精進といふは、常に本願の縁ぜらるべき也。縁ずれはまた自然に、いさぎよき念仏も申さるべし。この念仏は最上の念仏也。これをあしくこころえて、この念仏の最上におぼゆれば、この念仏の往生おもし、また願えも乗ずらむと、おもはむはわるし。そのゆへは、仏の御約束、一声もわが名をとなえむものを21、むかえむといふ御ちかひにてあれば、最初の一念こそ、願には乗ずることにてあるべけれ。<br />
+
次には一日・七日の念仏を修して往生することをとけり。のちには六方諸仏、念仏の一行において証誠護念したまふむねをとけり。すなわちこの経には余行をとかずして、えらびて念仏の一行をとけり 乃至 <span id="P--59"></span>おほよそ念仏往生は、これ弥陀如来の本願の行なり。教主釈尊選要の法なり、六方諸仏証誠の説なり。余行はしからず、そのむね経の文およひ諸師の釈つぶさなり。 乃至
  
また常に本願の縁ぜらるれは、たのもしきこころもいでくべき也。その時、このこころのよく相続のせらるればとて、それをもて往生すべしとおもふべからす。かくのごとくおもはば、疑惑になるべきなり。こころのゆるからむときは、往生の不定におぼゆべきがゆへに、ただおもふべきやうは、我かたより一分の功徳もなく、本願の御約束にそなえしところの念仏の功徳も、瞋恚のほむらにやけぬれども、かの願力の不取正覚の本誓のあやまりなきかたより、すくわれまいらせて往生はすべしと、返返もおもふべき也。<br />
+
===第二七日 弥陀『観経』『同疏』一部。{略}===
懈怠のものといふは、衆務にさまたげられもせよ、本願を縁ずる事のまれにあるべきなり。まれにはありといふとも、いささかも一念にとるところの信心のゆるがすして、その時の又決定心のおこるべきなり。信心決定の中の二類の機、かくのごとし。これ第一の信心決定せる機としるべし。
+
====観経====
  
今上にあぐるところの四人、真実に決定をだにもえたらば、精進にてもあれ、懈怠の機にてもあれ、本願を縁ずるこころねは、たとへば、黒雲のひまより、まれにてもつねにても、いでむところの満月の光を、みむがごとくなるべし。信心の得不得をば、おのおのわが心にてしりぬべし。事にふれて、一念にとるところの信心ゆるがすば、仮令よき信心としるべし。これもことわりばかりにて信心あり、こころゆるぐべからずと、まじなひつけむ事は、要あるべからず。散心につけても、いささかにても、ゆるぐこころあらば、信心よはしとしるべし。信心よはしとおぼえば、懈怠の機は、なほ信をはげむで、本願を縁ずべき也。それになほかなはずは、かまへて行相におもむきて、はげむべきなり。精進の機は、一向恒所造の行相におもむきて、はげむべきなり。行相は正・助二行を、一向正行にても、また助業をならべむとも、おのおの意楽にまかすべきなり。<br />
+
また経を釈するに仏の功徳もあらはれ、仏を讃ずれは経の功徳もあらわるるなり。<br />
 +
また疏は経のこころを釈したるものなれば、疏を釈せむに経のこころあらはるべし。みなこれおなじものなり、まちまちに釈するにあたはず。 乃至
  
第三に行相をはげむ機といふは、上にあぐるところの信精進懈怠の機の、我信心決定せるやうを、こころによくよくあむじほどく時、我信心決定せず、ややもすれば行業のおこるにつけ、信心の間断するにつけて、往生の不定におぼゆるまではなけれども、また決定往生すべしともおぼえぬは、信心の決定せざるなりと勘えて、一向行におもむきてはげむをいふなり。<br />
+
いまこの『観無量寿経』に二のこころあり。はじめには定・散二善を修して往生することをあかし、つぎには名号を称して往生することをあかす。 乃至 <span id="P--60"></span>
この機は、懈怠のいでき、念仏のものうからむ時は、おどろきて行をはげむべきなり。信心もよはく、念仏もおろそかならば、往生不定のものなり。この人またあしくこころえて行をはげむは、この行業をもて往生すべしとおもはば、疑惑になるべきなり。今念仏の行をはげむこころは、つねに念仏あざやかに申せば、念仏よりして信心のひかれていでくる也。信心いできぬれば、本願を縁ずる也。本願を縁ずれは、たのもしきこころのいでくる也。このこころいできぬれば、信心の守護せられて、決定往生をとくべしとこころうべし。
+
<span id="P--61"></span>
  
これにつきて、人うたがひていはく、念仏をはげみて、信心を守護して往生をとぐべきならば、はげむところの念仏は、自力往生とこそなるべけれ、いかが他力往生といふべきや。今自力といふは、聖道自力にすべからず、いささかあたえていえるなるべし。<br />
+
『清浄覚経』の信不信の因縁の文をひけり。この文のこころは、「浄土の法門をとくをききて、信向してみのけいよだつものは、過去にもこの法門をききて、いまかさねてきく人なり、いま信するかゆへに、決定して浄土に往生すべし。<br />
答いはく、念仏を相続して、相続より往生をするは、またく自力往生にはあらず。そのゆへは、もとより三心は本願にあらず、これ自力なり。三心は自力なりといふは、本願のつなにおびかれて、信心の手をのべて、とりつく分をさすなりとこころうべし。今念仏を相続して、信心を守護せむとするに、三心の中の深心をはげむ行者也。相続の念仏の功徳をもちて、迴向して往生を期せば、まことに自力往生をのぞむものといはるべきなり。また念仏はすれども、常に信心もおこらず、願を縁ずる事の、つねにもなければとて、往生を不定におもふべからず。そのこころなけれども、たた自力を存せず、すべて疑惑のこころなくして、常に念仏すれば、我こころにはおぼえねども、信心のいろのしたひかりて、相続するあひだ、決定往生をうるなりとしるべし。そのこころは、たとへば、月のひかりのうすくもにおほはれて、満月の体はまさしくみえずといゑども、月のひかりによるがゆへに、世間くらからざるがごとし。
+
またきけどもきかざるがことくにて、すべて信ぜぬものは、はじめて三悪道よりきたりて、罪障いまだつきずして、こころに信向なきなり。いま信ぜぬがゆへに、また生死をいづることあるべからず」{安楽集巻上所引平等覚経意}といへるなり、詮ずるところは、往生人のこの法おば信じ候なり。 乃至<br />
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天台等のこころは、十三観の上に九品の三輩観をくわへて、十六想観となづく。この定・散二善をわかちて、十三観を定善となづけ、三福九品を散善となづくること、善導一師の御こころなり。 乃至<span id="P--63"></span><br />
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<span id="P--65"></span>
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<span id="P--66"></span>
 +
抑、近来の僧尼を、破戒の僧・破戒尼といふべからず。持戒の人破戒を制することは、正法・像法のときなり、末法には無戒名字の比丘なり。伝教大師『末法灯明記』に云。<br />
 +
「末法の中に持戒の者ありといはば、これ怪異なり、市に虎あらむがごとし、だれかこれを信ずべき」といへり。また{末法灯明記}いはく、「末法の中には、ただ言教のみあて行証なし、もし戒法あらば、破戒あるべし。すてに戒法なし、いつれの戒おか破せむによて破戒あらむ。破戒なほなし、いかにいはむや持戒おや」といへり。<br />
 +
まことに受戒の作法は、中国には持戒の僧十人を請して戒師とす。<br />
 +
辺地には五人を請して戒師として戒おばう<span id="P--67"></span>くるなり、しかるにこのこころは、持戒の僧一人もとめいださむに、えがたきなり。しかればうけての上にこそ破戒とことばもあれば、末代の近来は破戒なほなし、たた無戒の比丘なりとまふすなり。この経に破戒をとくことは、正・像に約してときたまへるなり。<br />
 +
乃至<br />
  
行相の三機のやう、かくのごとし。詮ずるところ、信心よはしとおもはば、念仏をはげむべし。決定心えたりとおもふての上に、なほこころかしこからむ人は、よくよく念仏すべし。また信心いさぎよくえたりとおもひて、のちの念仏おば別進奉公とおもはむにつけても、別進奉公はよくすべき道理あれば、念仏をはげむへし。地体は我こころをよくよく按じほどいて、行にても信にても、機にしたがひて、たえむにまかせてはげむべき也。かくのごとくこころをえてはげまば、往生は決定はづるべからざる也<br />
+
====念仏往生====
  
===鎌倉の二位の禅尼へ進ずる御返事===
+
次に名号を称して往生することをあかすといふは、「仏阿難につげたまはく、なんぢよくこの語をたもて、この語をたもてといふは、すなわちこれ無量寿仏のみなをたもてとなり」{観経}とのたまへり。善導これを釈していはく。<br />
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「仏告阿難汝好持是語といふより已下は、まさしく弥陀の名号を付属して、遐代に流通することをあかす。かみよりこのかた、定散・両門の益をとくといゑども、仏の本願をのぞむには、こころ衆生をして一向にもはら弥陀仏のみなを称するにあり」{散善義}とのたまへり。<br />
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<span id="P--68"></span>
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おほよそこの経の中には、定散の諸行をとくといゑども、その定散をもては付属したまはず、たた念仏の一行をもて阿難に付属して、未来に流通するなり。遐代に流通すといふは、はるかに法滅の百歳まてをさす。すなわち末法万年ののち、仏法みなて滅して、三宝の名字もきかざらむとき、ただこの念仏の一行のみとどまりて、百歳ましますへしとなり。<br />
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しかれは聖道門の法文もみな滅し、十方浄土の往生もまた滅し、上生都(兜)率もまたうせ、諸行往生もみなうせたらむとき、ただこの念仏往生の一門のみとどまりて、そのときも一念にかならず往生すべしといへり。<br />
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かるかゆへに、これをさして、とおき世とはいふなり。これすなわち、遠をあげて近を摂するなり。仏の本願をのぞむといふは、弥陀如来の四十八願の中の第十八の願をおしふるなり。<br />
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いま教主釈尊、定散二善の諸行をすてて、念仏の一行を付属したまふことも、弥陀の本願の行なるがゆへなり。<br />
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一向専念といふは、『双巻経』にとくところの三輩のもんの中の、一向専念をおしふるなり、一向のことば、余をすつることばなり。この経には、はじめにひろく定散をとくといゑども、のちには一向に念仏をゑらびて、付属し流通したまへるなり。<br />
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しかれは、とおくは弥陀の本願にしたがひ、ちかくは釈尊の付属をうけむとおもはば、一向に念仏の一行を修して往生をもとむへきなり。<br />
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<span id="P--69"></span>
  
かまくらの二品比丘尼<ref>源頼朝の妻である従二位の政子。</ref>。聖人の御もとへ。<br />
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おほよそ念仏往生は諸行往生にすぐれたることおほくの義あり。<br />
念仏の功徳をたつね申されたりけるに。<br />
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御返事<br />
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一には因位の本願なり、いはく、{{DotUL|弥陀如来の因位法蔵菩薩のとき、四十八の誓願をおこして、浄土をまふけて、仏にならむと願したまひしとき、衆生往生の行をたてて、えらびさためたまひしに、余行をはえらびすてて、ただ念仏の一行を選定して、往生の行にたてたまへり。これを'''選択の願'''といふことは、『大阿弥陀経』の説なり}}。<br />
  
御ふみくはしくうけたまはり候ぬ。念仏の功徳は。仏もときつくしかたしとのたまへり。また智慧第一の舎利弗。多聞第一の阿難も。念仏の功徳はしりかたしとのたまひし。広大の善根にて候へは。まして源空なとは。申つくすへくも候はす。<br />
+
二には光明摂取なり。これは阿弥陀仏、因位の本願を称念して、相好の光明をもて、念仏の衆生を摂取してすてたまはずして、往生せさせたまふなり、余の行者おば摂取したまはす。<br />
  
源空この朝にわたり候仏教を。随分にひらきみ候へとも。浄土の教文。震旦よりとりわたして候。聖教のこころをたにも。一年二年なとにては。申つくすへくもおほえ候はす。さりなから。おほせたまはりたることなれは。申のへ候へし。<br />
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三には弥陀みづからのたまはく、「これはこれ跋陀和菩薩、極楽世界にまうでて、いづれの行を修してかこのくにに往生し候べきと、阿弥陀仏にとひたてまつりしかば、仏こたへてのたまはく、わがくにに生ぜむとおもはば、わが名を念して休息することなかれ、すなわち往生することをえてむ」{一巻本般舟三昧経意}とのたまへり。余行おばすすめたまはず。<br />
  
まつ念仏を信せさる人人の申候なる事。くまかへの入道。つのとの三郎の。無智のものなれはこそ。余行をせさせす。念仏はかりおは。法然房はすすめたれと申候なる事。きわめたるひかことにて候也。そのゆへは。念仏の行は。もとより有智無智をえらはす。弥陀のむかしとちかひたまひし大願は。あまねく一切衆生のため也。無智のためには念仏を願とし。有智のためには余行を願としたまふ事なし。十方世界の衆生のためなり。有智無智・善人悪人・持戒破戒・貴賤男女もへたてす。<br />
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四には釈迦の付属にいはく、いまこの経に、念仏を付属流通したまへり。<br />
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余行おば付属せす。<br />
  
もとは仏の在世の衆生。もしは仏の滅後の衆生。もしは釈迦末法万年ののちに。三宝みなうせての後の衆生まて。たた念仏はかりこそ。現当の祈祷とはなり候へ。善導和尚は弥陀の化身にて。ことに一切の聖教をかかみて。専修の念仏をすすめたまへるも。ひろく一切衆生のため也。方便時節末法にあたりたるいまの教これなり。されは無智の人の身にかきらさ。ひろく弥陀の本願をたのみて。あまねく善導の御こころにしたかひて。念仏の一門をすすめ候はむに。いかに無智の人のみにかきりて。有智の人おはへたてて。往生せさせしとはし候はむや。<br />
+
五には諸仏証誠、これは『阿弥陀経』にときたまへるところなり、釈迦仏えらびて念仏往生のむねをときたまへば、六方の諸仏おのおのおなじくほめ、おなじくすすめて、広長のみしたをのべて、あまねく三千大千世界におほふて証誠したま<span id="P--70"></span>へり。<br />
しからすは。大願にもそむき。善導の御こころにもかなふへからす。しかれはすなわち。この辺にまうてきて。往生の道をとひたつね候にも。有智無智を論せす。ひとへに専修念仏をすすめ候也。かまえてさやうに専修の念仏を。申ととめむとつかまつる人は。さきの世に。念仏三昧の得道の法門をきかすして。後世にまた。さためて三悪にのつへきものの。しかるへくしてさやうに申候也。そのゆへは。聖教にひろくみへて。候しかれはすなわち。修行することあるをみては。毒心をおこし。方便してきおふて怨をなす。かくのことくの生盲闡提のともから。頓教を毀滅して。なかく沈淪す。大地微塵劫を超過すとも。いまた三途の身をはなるることをえすと。ときたまへり<br />
+
これすなわち一切衆生をして、念仏して往生することは決定してうたがふへからずと、信ぜしめむ料なり。余行おばかくのことく証誠したまはず。<br />
  
    見有修行起瞋毒 方便破壊競生怨<br />
+
六には法滅の往生、いはく、「万年三宝滅、斯経住百年、爾時聞一念、皆当得生彼」<ref>万年にして三宝滅せんに、この経(大経)住すること百年せん。その時聞きて一念せんに、みなまさにかしこに生ずることを得べし。</ref>{礼讃}といふて、末法万年ののち、ただ念仏の一行のみとどまりて、往生すべしといへることなり。余行はしからず。<br />
    如此生盲闡提輩 毀滅頓教永沈淪<br />
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しかのみならず、下品下生の十悪の罪人、臨終のとき、聞経と称仏と二善をならべたりといゑども、化仏来迎してほめたまふに、「汝称仏名故 諸罪消滅、我来迎汝」<ref>なんぢ仏名を称するがゆゑにもろもろの罪消滅す。われ来りてなんぢを迎ふ。</ref>
    超過大地微塵劫 未可得離三途身<br />
+
{観経}とほめて、いまだ聞経の事おばほめたまはず。<br />
    大衆同心皆懺悔 所有破法罪因縁<br />
+
また『双巻経』に三輩往生に業をとく中に、菩提および起立塔像等の余の行おもとくといゑども、流通のところにいたりて、「其有得聞 彼仏名号 歓喜踊躍 乃至一念、当知此人 爲得大利、則是具足 無上功徳」<ref>それかの仏の名号を聞くことを得て、歓喜踊躍して乃至一念せんことあらん。まさに知るべし、この人は大利を得とす。すなはちこれ無上の功徳を具足するなりと。</ref>とほめて、余行をさして無上功徳とはほめたまはず。念仏往生の旨要をとるに、これにありと。
  
この文の心は。浄土をねかひ。念仏を行する人をみては。毒心をおこし。ひかことをたくみめくらして。やうやうの方便をなして。専修の念仏の行をやふりあたをなして。申ととむるに候也。かくのことくの人は。むまれてより仏性のまなこしひて。善のたねをうしなへる。闡提人のともからなり。<br />
+
===第三日 阿弥陀仏『双巻経』・『阿弥陀経』===
この弥陀の名号をとなえて。なかき生死をはなれて。常住の極楽に往生すへけれとも。この教法をそしりほろほして。この罪によりて。なかく三悪道にしつむとき。かくのこときの人は。大地微塵劫をすくれとも。なかく三途の身をはなれむこと。あるへからすといふ也。<br />
+
====光明功徳====
  
しかれはすなわち。さやうにひかこと申候らむ人おは。かへりてあはれみたまふへきもの也。さほとの罪人の申によりて。専修念仏に懈怠をなし。念仏往生にうたかひをなし。不審をおこさむ人は。いふかひなきことにてこそ候はめ。凡そ縁あさく。往生の時いたらぬものは。きけとも信せす。念仏のものをみれは。はらたち。声を聞て。いかりをなし。悪事なるとも。経論にもみえぬことを申也。御こころえさせたまひて。いかに申とも。御こころかはりは候へからす。あなかちに信せさらむ人おは。御すすすめ候へからす。かかる不信の衆生をおもへは。過去の父母兄弟親類也とおもひ候にも。慈悲をおこして。念仏かかて申て。極楽の上品上生にまいりて。さとりをひらき。生死にかぷりて。誹謗不信の人おもむかへむと。善根を修しては。おほしめすへき事にて候也。このよしを御こころえあるへきなり<br />
 
  
一。異解の人人の余の功徳を修するには。財宝あひ助成しておほしめすへきやうは。我はこの一向専修にて。決定して往生すへき身なり。他人のとおき道を。わかちかき道に結縁せさせむと。おほしめすへき也。その上に専修をさまたけ候はねは。結番せむにも。とかなし<br />
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又云、仏の功徳は、百千万劫のあひだ、昼夜にとくとも、きわめつくすべからず。これによて教主釈尊、かの阿弥陀仏の功徳を称揚したまふにも、要の中の要をとりて、略してこの三部妙典をときたまへり。仏すでに略したまへり、当座の愚僧いかがくはし<span id="P--71"></span>くするにたえむ。ただ善根成就のために、かくのごとく讃嘆したてまつるべし。<br />
  
一。人人の堂をつくり。仏をつくり。経をかき。僧を供養せむ事は。こころみたれすして。慈悲をおこして。かくのこときの雑善根おは。修せさせたまへと。御すすめ候へし<br />
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阿弥陀如来の内証・外用の功徳、無量なりといゑども、要をとるに、名号の功徳にはしかず。このゆへにかの阿弥陀仏も、ことにわが名号をして衆生を済度し、また釈迦大師も、おほくかのほとけの名号をほめて、未来に流通したまへり。<br />
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しかれば、いまその名号について讃嘆したてまつらば、阿弥陀といふは、これ天竺の梵語なり、ここには翻訳して無量寿仏といふ。また無量光といへり。または無辺光仏・無礙光仏・無対光仏・炎王光仏・清浄光仏・歓喜光仏・智慧光仏・不断光仏・難思光仏・無称光仏・超日月光仏といへり。<br />
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ここにしりぬ、名号の中に光明と寿命との二の義をそなえたりといふことを。かの仏の功徳の中には、寿命を本とし、光明をすぐれたりとするゆへなり、しかればまた光明・寿命の二の功徳をほめたてまつるべし。
  
一。このよのいのりに。念仏のこころをしらすして。仏神にも申。経おもかき。堂おもつくらむと。これもさきのことく。せめてはまた後世のために。つかまつらはこそ候はめ。その用事なしとおほせ候へからす。専修をさえぬ行にてもあらさりけりとも。おほしめし候へし<br />
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まづ光明の功徳をあかさば、はじめに無量光は、『経』{観経}にのたまはく、「無量寿仏に八万四千の相あり、一一の相のおのおの八万四千の随形好あり。一一の好にまた八万四千の光明あり。一一の光明あまねく十方世界をてらす、念仏の衆生を摂取してすてたまはず」といへり。<br />
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恵心これをかむがへていはく、「一一の相の中に、おのおの七百五倶胝六百万の光明を具せり、熾然赫奕たり」{往生要集巻中本}といへり。<br />
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一相よりいづるところ<span id="P--72"></span>の光明かくのごとし、いはむや八万四千の相おや。<br />
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まことに算数のおよぶところにあらづ、かるがゆへに無量光といふ。<br />
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つぎに無辺光といふは、かの仏の光明そのかずかくのごとし、無量のみにあらず、てらすところもまた辺際あることなきがゆへに、無辺光といふ。<br />
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つぎに無礙光は、この界の日月灯燭等のごときは、ひとへなりといゑとも、ものをへだつれば、そのひかりとほることなし。もしかの仏の光明ものにさえらるれば、この界の衆生たとひ念仏すといふとも、その光摂をかぶることをうべからす。そのゆへは、かの極楽世界とこの娑婆世界とのあひだ、十万億の三千大千世界をへだてたり。その一一の三千大千世界に、おのおの四重の鉄囲山あり。いはゆる、まず一四天下をめぐれる鉄囲山あり、たかさ須弥山とひとし。つぎに少千界をめぐれる鉄囲山あり、たかさ第六天にいたる。つぎに中千界をめぐれる鉄囲山あり、たかさ色界の初禅にいたる。次に大千界をめぐれる鉄囲山あり、たかさ第二禅にいたれり。しかればすなわち、もし無礙光にあたらずば、一世界をすらなほとほるべからす、いかにいはむや十万億の世界おや。しかるにかの仏の光明、かれこれそこばくの大小諸山をとほりてらして、この界の念仏衆生を摂取したまふに、障礙あることなし。<br />
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余の十方世界を照摂したまふことも、またかくのごとし、かるかゆ<span id="P--73"></span>へに無礙光といふ。<br />
 +
次に清浄光は、人師{述文讃巻中意}釈していはく、「無貪の善根より生ずるところのひかりなり」。貪に二あり、婬貪・財貪なり。清浄といふは、ただ汚穢不浄を除却するにはあらず、その二の貪を断除するなり。貪を不浄となづくるゆへなり。もし戒に約せは、不婬戒と不慳貪戒とにあたれり。しかれは法蔵比丘、むかし不婬・不慳貪所生の光といふ、この光にふるるものは、かならず貪欲のつみを滅す、もし人あて、貪欲さかりにして、不婬・不慳貪の戒をたたもつことえざれとも、こころをいたしてもはらこの阿弥陀仏の名号を称念すれば、すなわちかの仏無貪清浄の光をはなちて、照触摂取したまふゆへに、婬貪・財貪の不浄のぞこる。無戒・破戒の罪愆滅して、無貪善根の身となりて、持戒清浄の人とひとしきなり。<br />
  
一。念仏申事。やうやの義は候へとも。六字をとなふるに。一切をおさめて候也。心には願をたのみ。口には名号をとなえて。かすをとるはかりなり。常に心にかくるか。きわめたる決定の業にて候也。念仏の行は。もとより行住座臥時処諸縁をえらはす。身口の不浄おもきらはぬ行にて候へは。楽行往生とは申つたへて候也。たたしこころをきよくして申おは。第一の行と申候なり。浄土をこころにかくれは。心浄の行法にて後也。さやうに御すすめ候へし。つねに申たまひ候はむをは。とかく申へきやうも候はす。我身なからも。しかるへくて。このたひ往生すへしと。おほしめして。ゆめゆめこのこころつよくならせたまふへし。<br />
+
次に歓喜光は、これはこれ無瞋善根所生の光、ひさしく不瞋恚戒をたもちて、この光をえたまへり。かるがゆへに無瞋所生の光といふ、この光にふるるものは、瞋恚のつみを滅す。<br />
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しかれば憎盛の人なりといふとも、もはら念仏を修すれば、かの歓喜光をもて摂取したまふゆへに、瞋恚のつみ滅して、忍辱のひととおなじ。これまたさきの清浄光の、貪欲のつみ滅するかごとし。<br />
  
一。念仏の行を信せぬ人にあひて論し。あらぬ行の異計の人人にむかひて執論候へからす。あなかちに異解異学の人をみては。あなつりそしること候まし。いよいよ重罪の人になし候はむこと。不便に候。同心に極楽をねかひ。念仏を申人おは。卑賤の人なりとも。父母の慈悲におとらすおほしめし候へし。今生の財宝のともしからむにも。力をくわへたまふへし。<br />
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次に智慧光は、これはこれ無痴の善根所生の光なり。ひさしく一切智慧をまなうて(まなんで、修して)、愚痴の煩悩をたちつくして、この光をえたまへるがゆへに、無痴所生<span id="P--74"></span>の光といふ。{{DotUL|この光はまた愚痴のつみを滅す。しかれば無智の念仏者なりといふとも、かの智慧の光をしててらし摂(おさめ)たまふがゆへに、すなわち愚痴の愆を滅して、智慧は勝劣あることなし。}}またこの光のごとくしりぬべし。<br />
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かくのごとくして、十二光の名ましますといふとも、要をとるにこれにあり。<br />
  
さりなからも。すこしも念仏にこころをかけ候はむおは。すすめたまふへし。これ弥陀如来の御みやつかへと。おほしめすへく候也。如来滅後よりこのかた。小智小行にまかりなりら候也。われもわれもと。智慧ありかほに申人は。さとり候へし。せめては録の経教おもききみす。いかにいはむや録のほかのみさる人の。智慧ありかほに申は。井のそこの蛙ににたり。随分に震旦・日本の聖教をとりあつめて。このあひた勘へて候也。念仏信せぬ人は。前世に重罪をつくりて。地獄にひさしくありて。また地獄にはやくかへるへき人なり。たとひ千仏世にいてて。念仏よりほかに。また往生の業ありと。おしへたまふとも。信すへからす。これは釈迦弥陀よりはしめて。恒沙の仏の証誠せしめたまへることなれはと。おほしめして。御こころさし金剛よりもかたくして。一向専修の御変改あるへからす。もし論し申さむ人おは。これへつかはして。たて申さむやうをきけと候へし。やうやうの証文かきしるして。まいらすへく候へとも。たたこころこれにすき候へからす。また娑婆世界の人は。よの浄土をねかはむことは。弓なくして空の鳥をとり。足なくしてたかきこすゑの華をとらむかことし。かならす専修の念仏は。現当のいのりとなり候也。これ略してかくのことし。これも経の説にて候。御中の人人には。九品の業を。人のねかひにしたかひて。はしめおはりたえぬへきほとに。御すすめ候へきなり。あなかしこあなかしこ<br />
+
凡(おほよそ)そかの仏の光明功徳の中には、かくのごときの義をそなえたり、くはしくあかさば多種あるべし。おほきにわかちて二あり。<br />
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一には常光、二には神通光なり、はじめに常光といふは、諸仏の常光おのおの意楽にしたがふて遠近・長短あり。あるいは常光おもておのおの一尋相といへり、釈迦仏の常光のごときこれなり。あるいは七尺をてらし、あるいは一里をてらし、あるいは一由旬をてらし、あるいは二・三・四・五乃至百千由旬をてらし、あるいは一四天下をてらし、あるいは一仏世界をてらし、あるいは二仏・三仏乃至百千仏の世界をてらせり。<br />
  
===四箇條問答===
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この阿弥陀仏の常光は、八方上下無央数の諸仏の国土におひて、てらさずといふところなし。八方上下は極楽について方角をおしふるなり。この常光について異説あり。すなわち『平等覚経』には、別して頭光をおしえたり。『観経』には、すへて身光といへり。かくのごとき異説あり。『往生要集』に堪(かむがへ)たり、みるべし。<br />
  
或人云。阿弥陀仏の慈悲名号。余仏に勝れ。并に本願の体用の事<br />
+
常光といふは、長時不断にてらす光なり。次に神通光とい<span id="P--75"></span>ふは、ことに別時にてらす光なり。釈迦如来の『法華経』をとかむとしたまひしとき、東方万八千の土をてらしたまひしがこときは、すなわち神通光なり。阿弥陀仏の神通光は、摂取不捨の光明なり。念仏衆生あるときはてらし、念仏の衆生なきときはてらすことなきがゆへなり。善導和尚『観経の疏』に、この摂取の光明を釈したまへるしたに、「光照の遠近をあかす」{定善義}といへり。この念仏衆生の居所の遠近について、摂取の光明も遠近あるべしといふ義なり。たとひ一ついゑのうちに住したりとも、東によりてゐたらむ人の念仏まふさむには、摂取の光明とおくてらし、西によりてゐたらむ人の念仏まふさむには、光明ちかくてらすべし。<br />
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これをもてこころうれば、一つ城のうち、一国のうち、一閻浮提のうち、三千世界の内、乃至他方各別の世界まで、かくのごとしとしるべし。しかれは念仏衆生について光照の遠近ありと釈したまへる、まことにいわれたることとこそおぼえ候へ。これすなわち阿弥陀仏の神通光なり、諸仏の功徳は、いづれの功徳もみな法界に遍すといえども、余の功徳は、その相あらわるることなし。<br />
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ただ光明のみまさしく法界に遍する相をあらわせる功徳なり、かるがゆへに、もろもろの功徳の中には、光明をもて最勝なりと釈したるなり。また諸仏の光明の中には、弥陀如来の光明なほまたすぐれたまへり、このゆへに教主<span id="P--76"></span>釈尊ほめてのたまはく、「無量寿仏 威神光明 最尊第一、諸仏光明 所不能及」{大経}とのたまへり。<br />
  
設我得仏十方衆生至心信楽欲生我国乃至十念若不生者不取正覚 云云 十方衆生と云は。諸仏教化にもれたる常没の衆生也。この衆生をあわれみおほしめすかたに。諸仏の御慈悲も。阿弥陀仏の御慈悲におなしかるへし。これは総願に約す。別願に約する時は。阿弥陀仏の御慈悲は。余仏の慈悲にすくれたまへり。そのゆへは。この常没の衆生を。十声一声の称名の功力を以て。無漏の報土へ生せしめむと云御願によて也。阿弥陀仏の名号の。余仏の名号にすくれたまへると云も。因位の本願にたてたまへる名号なるかゆへに。勝れたまへり。しからすは。報土の生因となるへからす。余仏の名号に同すへし。<br />
+
またいはく、「我説無量寿仏光明 威神巍巍殊妙、昼夜一劫尚未能尽」<ref>われ、無量寿仏の光明の威神、巍々殊妙なるを説かんに、昼夜一劫すとも、なほいまだ尽すことあたはじ」</ref>{大経}とのたまへり。<br />
 +
これはこれ、かの仏の光明と余の仏の光明とを相対して、その勝劣を校量せむに、弥陀仏におよばさる仏をかずえむに、よるひる一劫すとも、そのかづをしりつくすべからすとのたまへるなり。<br />
 +
かくのごとく殊勝の光をえたまふことは、すなわち願行にこたへたり、いはく、かの仏法蔵比丘のむかし、世自在王仏のみもとにして、二百一十億の諸仏の光明をみたてまつりて、選択思惟して、願じていはく、「設我得仏、光明有能限量、下至不照 百千億那由他 諸仏国者 不取正覚」<ref>たとひわれ仏を得たらんに、光明よく限量ありて、下、百千億那由他の諸仏の国を照らさざるに至らば、正覚を取らじ。</ref>{大経第十二願}とのたまへり。<br />
 +
この願をおこして、のち兆載永劫のあひだ、積功累徳して、願行ともにあらわして、この光をえたまへり。
  
抑阿弥陀仏の本願と云は。いかなる事そと云に。本願と云は。総別の願に通すといゑとも。言総意別にて。別願をもて本願にはなつくる也。本願と云ことは。もとのねかひと訓する也。もとのねさひと云は。法蔵菩薩の昔。常没の衆生を。一声の称名のちからをもて。称してむ衆生を。我国に生せ耴めむと云こと也。かるかゆへに本願のいふなり<br />
+
仏在世に、灯指比丘といふ人ありき。生れしとき、指より光をはなちて、十里をてらすことありき。のちに仏の御弟子となりて、出家して、羅漢果をえたり。指より光をはなつ因縁によりて、なづけて灯指比丘といへり。過去九十一劫のむかし、毘婆尸仏のときに、ふるき仏像の指の損したまひたるを、修理したてまつりたりし功徳によりて、すなわち指より光をはなつ報をうけたるなり。<br />
  
問。本願について。体用あるへし。その差別いかんそ<br />
+
また梵摩比丘といふ人ありき、身より光をはなちて、一由旬をてらせり、これ過去に、仏に灯明をたて<span id="P--77"></span>まつりたりしがゆへなり。<br />
 +
また仏の御弟子阿那律は、仏の説法の座に睡眠したることありき。仏これを種種に弾呵したまふ。阿那律すなわち懺悔のこころをおこして睡眠断づ。七日をへてのち、その目開ながらそのまなこみずなりぬ。これを医師にとふに、医師こたえていはく、人は食をもて命とす、眼はねぶりをもて食とす、もし人七日食せすらむに、命あにつきざらむや、しかれはすなわち、医療のおよぶところにあらず、命つきぬる人に、医療よしなきかごとしといへり。<br />
 +
そのとき仏これをあわれみて、天眼の法をおしえたまふ、すなわちこれを修して、かへりて天眼通をえたり。すなわち天眼第一阿那律といへるこれなり、過去に仏のものをぬすまむとおもふて、塔の中にいたるに、灯明すてにきえなむとするをみて、弓のはすをもてこれをかきあく。<br />
 +
そのときに忽然として改悟のこころをおこして、あまさへ無上道心をおこしたりき。それよりこのかた、生生世世に無量の福をえたり、いま釈迦出世のとき、ついに得脱して、またかくのことく天眼通をえたり、これすなわち、かの灯明をかかけたりし功徳によてなり。 乃至<br />
 +
<span id="P--78"></span>
  
 答。本願と云は。因位に。われ仏になりたらむときの名を。となへむ衆生を。極楽に生せしめむと。ねかひたまへるゆへに。法蔵菩薩の御こころをもて。本願の体とし。名号をもては。本願の用とす。これは十劫正覚のさき。兆載永劫の修行をはしめ。願をおこしたまへる時の。法蔵菩薩あ約して。体用を論する也。今は法蔵菩薩は。因位の願成就して。果位の阿弥陀仏となりたまへるかゆへに。法蔵菩薩おはしまさされは。法蔵菩薩に約して。本願の体用を論すへきえあらす。たたし。あたえて云へは。本願の体用あるへし。体と云について。二のこころあるへし。<br />
+
====寿命功徳====
  
一には行者をもて本願の体とし。二には名号をもて本願の体とす。まつ行者をもて本願の体とすと云は。法蔵菩薩の本願に。成仏したらむ時の名。一声も称してむ衆生を。極楽に生せしめむと。願したまへるかゆへに。今信して一声も称してむ衆生は。かならす往生すへし。この能称の行者の往生するところをさして。行者をもて本願の体とすとは。こころうへきなり<br />
+
次に寿命の功徳といふは、諸仏寿命、意楽にしたかふて長短あり、これによて、恵心僧都四句{小経略記意}をつくれり、
  
問。我仏に成たらむ時の名を。称せむものを生せしめむと。本願には立たまへるかゆへに。名号を称する者を。やかて本願の体ともこころうへしや<br />
+
「あるいは能化の仏は命なかく、所化の衆生は命みしかきあり、華光如来のごとし、仏の命は十二小劫、衆生の命は八小劫なり。<br />
 +
あるいは能化の仏は命みしかく、所化の衆生は命なかきあり、月面如来のごとし。仏の命一日一夜、衆生の命は五十歳なり。<br />
 +
あるいは能化・所化ともに命みしかきあり、釈迦如来のことし、仏も衆生もともに八十歳なり。<br />
 +
あるいは能化・所化ともに命なかきあり阿弥陀如来のごとし、仏も衆生もともに無量歳なり、かるかゆへに経にのたまはく、<br />
 +
仏告阿難、無量寿仏寿命長久、不可勝計、汝寧知乎、仮使十方世界無量衆、皆得人身 悉令成就声聞縁覚、都共推算計、禅思一心、竭其智力。於百千万劫、悉共推算計 其寿命長遠之数。不能窮尽 知其限極、声聞菩薩天人之衆寿命長短、亦復如是、非算数譬喩 所能知也<ref>仏、阿難に語りたまはく、「無量寿仏は寿命長久にして称計すべからず。なんぢむしろ知れりや。たとひ十方世界の無量の衆生、みな人身を得て、ことごとく声聞・縁覚を成就せしめて、すべてともに集会し、禅思一心にその智力を竭して、百千万劫においてことごとくともに推算してその寿命の長遠の数を計らんに、窮尽してその限極を知ることあたはじ。声聞・菩薩・天・人の衆の寿命の長短も、またまたかくのごとし。算数譬喩のよく知るところにあらざるなり。</ref><br />
 +
とのたまへり、たたもし神通の大菩薩等のかすへたまはむには、一大恒沙劫なり」と、
  
 答。これについて。与奪の義あるへし。与て云へは。行者の正蓮台にうつりて往生するところをもて。本願の体とし。奪て云へは。往生すへき行者なるかゆへに。当体能称の者をさして。本願の体とすへし。行者について本願の体と云時は。別に用の義なし。蓮台に詫して。往生已後の増進仏道をもて用とす。これは極楽にての事也。次に名号をもて本願の体とすと云は。これも成仏の時の名を称せむ衆生を。生せしめむと願したまへるかゆへに。信して名を唱てむ衆生は。かならす生すへけれは。名号をもて本願の体と云也。名号を唱つる衆生の往生するは。名号の用也。今名号をもて本願の体とすと云は。法蔵菩薩の御こころのそこをもて。本願の体とすといひつる時は。用といはれつる名号也。しかるを。今はまさしく名号をもては本願そ体云也。体用の義は。事によりてかはるなり。喩は。ともしひのひかりをもてこころうへし。ともしひのあかくもえあかりたるは。火の体なり。灯によりて闇はれて。明なるところの光は。火の用なり。この光の明なるをもて体とする時は。その明の中に。黒白等の一切の色形のみゆるは。明の用なり。かくのことく用をもて体とも云事。常の事なり。しるへし。行者の往生するをもて。本願の体と云ことは。実には名号を称せすして往生すへき道理なし。名号によて往生すへし。しかりといゑとも。かくのこときの事は。約束によりて云時は。行者の往生をもて本願の体ともいはるへし。名号を本願の体と云時は。称する行者の往生するは。名号の用なり。しかれは行者は。あるいは本願の体。あるいは名号の用にも決定すへきなり。この道理によて。本願の体に約してこころうれは。本願や行者。行者や本願。本願や名号。名号や本願と。たた一に混乱するなり。用に約してこころへつれは。名号や行者。行者や名号といはるへし。詮するところは。体なくは用あるへからす。用は体によるかゆへに。本願と行者。たた一ものにて。一としてはなれさるなり」<br />
+
『大論』のこころをもて、恵心勘(かむがへ)たり、この数二乗凡夫のかずへてしるべき<span id="P--79"></span>かずにあらず、かるがゆへに無量とはいへるなり。<br />
 +
すへて仏の功徳を論するに、能持・所持の二義あり、寿命をもて能持といひ、自余のもろもろの功徳をは、ことことく所持といふなり、寿命はよくもろもろの功徳をたもつ、一切の万徳みなことことく寿命にたもたるるかゆへなり。<br />
 +
これは当座の道師が、わたくしの義なり。すなわちかの仏の相好・光明・説法・利生等の一切功徳、およひ国土の一切荘厳等の、もろもろの快楽のことら、たたかの仏の命のながくましますがゆへの事なり。<br />
 +
もし命なくは、かれらの功徳荘厳等、なにによりてかととまるへき。しかれは四十八願の中にも、寿命無量の願に、自余の諸願をはおさめたるなり、たとひ第十八の念仏往生の願、ひろく諸機を摂して済度するににたりといゑとも、仏の御命もしみじかくば、その願なほひろまらじ。そのゆへは、もし百歳・千歳、もしは一劫・二劫にてもましまさましかは、いまのときの衆生は、ことことくその願にもれなまし。かの仏成仏してのち、十劫をすきたるかゆへなり。<br />
  
問。法蔵菩薩の本願の約束は。十声一声なり。一称ののちは。法蔵菩薩の因位の本誓に心をかけて。名号おは称すへからさるにや<br />
+
これをもてこれをおもはは、済度利生の方便は、寿命の長遠なるにすぎたるはなく、大慈大悲の誓願も、寿命の無量なるにあらはるるものなり。これ娑婆世界の人も、命をもて第一のたからとす、七珍万宝をくらの内にみてたれとも、綾羅綿繍をはこのそこにたくわへたるも、命のいきたるほとこそ、わか宝にてもある、<span id="P--80"></span>
 +
まなこ閉ぬるのちは、みな人のものなり。しかれは 乃至 弥陀如来の寿命無量の願をおこしたまひけむも、御身のため長寿の果報をもとめたまふにはあらず、済度利生のひさしかるへきために、また衆生をして忻求のこころをおこさしめんためなり。一切衆生はみな命ながからむことをねがふかゆへなり。<br />
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凡そかの仏の功徳の中には、寿命無量の徳をそなへたまふに、すぎたることは候はぬなり。このゆへに、『双巻経』の題にも、「無量寿経」といへとも、「無量光経」とはいはず、隋朝よりさきの旧訳には、みな経の中に宗とあることをえらひて、詮をぬき略を存して、その題目とするなり。<br />
 +
すなはちこの経の詮には、阿弥陀如来の功徳をとくるなり、その功徳の中<span id="P--81"></span>には、光明無量・寿命無量の二の義をそなへたり。その中には、また寿命なを最勝なるゆへに、「無量寿経」となづくるなり。また釈迦如来の功徳の中にも、久遠実成の宗をあらわせるをもて、殊勝甚深のこととせり。<br />
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すなはち『法華経』に、寿量品とてとかれたり、二十八品の中には、この品をもてすくれたりとす。まさにしるへし、諸仏の功徳にも、寿命をもて第一の功徳とし、衆生のたからにも、命をもて第一のたからとすといふことを。<br />
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その命なかき果報をうることは、衆生に飲食をあたへ、またものの命をころささるを業因とするなり、因と果と相応することなれは、食はすなはち命をつぐがゆへに、食をあたふるはすなはち命をあたふるなり。不殺生戒をたもつも、また衆生の命をたすくるなり。かるかゆへに、飲食をもて衆生に施与し、慈悲に住して不殺生戒をたもてば、かならす長命の果報をえたり。<br />
 +
しかるにかの阿弥陀如来は、すなはち願行あひたすけて、この寿命無量の徳おば成就したまへるなり。願といふは、四十八願の中の第十三の願にいはく、「設我得仏、寿命有能限量、下至百億那由他劫者 不取正覚」<ref>たとひわれ仏を得たらんに、寿命よく限量ありて、下、百千億那由他劫に至らば、正覚を取らじ。</ref>とのたまへり。<br />
  
 答。無沙汰なる人は。かくのことくおもひて。因位の願を縁して念仏おも申せは。これをしえたるここちして。願を縁せさる時の念仏おは。ものならすおもふて。念仏に善悪をあらするなり。これは無按内のことなり。法蔵菩薩の五劫の思惟は。衆生の意念を本とせは。識揚神飛のゆへ。かなふへからすとおほしめして。名号を本願と立たまへり。この名号はいかなる乱想の中にも称すへし。称すれは。法蔵菩薩の昔の願に。心をかけむとせされとも。自然にこれこそ本願よにおほゆへきは。この名号なり。しかれは。別に因位の本願を縁せむと。おもふへきにあらす<br />
+
行といふは、かの願をたてたまふてのち、無央数劫のあひた、また不殺生戒をたもてり。また一切の凡聖におひて、飲食・医薬を供養し施与したまへるなり。これは阿弥陀如来の寿命の功徳なり。 乃至<span id="P--82"></span>
  
問。本願と本誓と。その差別いかんそ。<br />
+
====弥陀入滅====
  
 答。我成仏の時の名を称せむ衆生を。生せしめむと云は。本願也。もしむまるましまくは。仏にならしと云は。本誓也。総して四十八願は。法蔵菩薩のむかしの本願也。この願にこたへたまへる仏果円満の今は。第十九の来迎の願にかきりて。化度衆生の御方便はおはしますへきなりと云なり。阿弥陀仏の名号は。余仏の名号に勝れたまへり。本願なるかゆへなり。本願に立たまはすは。名号を称すとも。無明を破せされは。報土の生因となるへからす。諸仏の名号におなしかるへし。<br />
+
かの仏かくのことく寿命無量なりといえとも、また涅槃隠没の期まします。これについて、あわれなることこそ候へ、道綽禅師、念仏の衆生におひて、始終両益ありと釈したまへる。その終益をあかすに、すなはち『観音授記経』をひきていはく、「阿弥陀仏、住世の命兆載永劫ののち滅度したまひて、ただ観音・勢至、衆生を接引したまふことあるへし。そのときに、一向にもはら念仏して往生したる衆生のみ、つねに仏をみたてまつる、滅したまはぬかごとし、余行往生の衆生は、みたてまつることあらす」{安楽集巻下引所}といへり。往生をえてむ上に、そのときまてのことはあまりごとぞ。<br />
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とてもかくても、ありなむとおぼえぬべく候へとも、そのときにのぞみては、かなしかるべきことにてこそ候へ。かの釈迦入滅のありさまにても、おしはかられ候なり。<br />
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証果の羅漢・深位の大士も、非滅・現滅<ref>非滅・現滅。滅にして現に滅に非ず。</ref>のことはりをしりなから、当時別離のかなしみにたえす、天にあおき地にふし、哀哭し悲泣しき。いはんや未証の衆生をや、浅識の凡愚をや、乃至竜神八部も五十二類も、凡そ涅槃の一会、悲歎のなみたをなかさすといふことな<span id="P--83"></span>し。<br />
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しかのみならす、娑羅林のこすえ、抜提河の水、すへて山川・渓谷・草木・樹林も、みな哀傷のいろをあらはしき。しかれは過去をききて未来をおもひ、穢土になすらへて浄土をしるに、かの阿弥陀仏の、衆宝荘厳の国土をかくれ、涅槃寂滅の道場にいりたまひてのち、八万四千の相好ふたたひ現することなく、無量無辺の光明はなかくてらすことなくば、かの会の聖衆人天等、悲哀のおもひ、恋慕のこころざし、いかばかりかは候べき。<br />
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七宝自然のはやしなりとも、八功如意の水なりとも、名華軟草のいろも、鳬鴈・鴛鴦のこえも、いかかそのときをしらさらむや、浄穢は土ことなりといへとも、世尊の滅度すてにことなることなし。<br />
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迷悟はこころかわるといえとも、所化の悲恋なんそかはることあらむや。この娑婆世界の凡夫、具縛の人の心事相応せす。<br />
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意楽各別にてつねに違背し、たかひに厭悪をするだにも、あるいは夫妻のちきりをもむすひ、あるいは朋友のことばをもなして、しはらくもなづさひ(昵)、また馴ぬれば、遠近のさかひをへだて、前後の生をあらため、かくのことく生をも死をも、わかれをつくるときには、なごりをおしむこころたちまちにもよおし、かなしみにたえす、なみたをさへかたきことにてこそは候へ。<br />
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いかにいはむやかの仏、内には慈悲哀愍のこころをのみたくはへてましませば、なれたてまつるにしたか<span id="P--84"></span>ふて、いよいよむつまじく、外には見者無厭<ref>左訓:ミタテマツルモノイトフコトナシ。</ref>の徳をそなへてましませは、みまいらすることに、いやめづら<ref>いや目づら。◇悲しそうな顔のこと。</ref>なるをや。まことに無量永劫かあひた、あさゆふに万徳円満のみかほをおがみたてまつり、昼夜に四弁無窮<ref>四弁無窮。◇仏・菩薩のもつ4種の自由自在な理解能力と表現能力を智慧の面から示した言葉。教えに精通している法無礙智、教えの表す意味内容に精通している義無礙智、いろいろの言語に精通している辞無礙智、以上の3種をもって自在に説く楽説無礙智。理解力の面から四無礙解、表現力の面から四無礙弁ともいう。ここではこのような四弁無窮なる名号を称えながら、その徳に慣れてしまっている事を指すか。</ref>の御音になれたてまつりて、恭敬瞻仰し随遂給仕して、すてたらむここちに、ながくみたてまつらざらむことになりたらむばかり、かなしかるべきことや候へき。<br />
  
しかるを阿弥陀仏は。乃至十念若不生者不取不覚とちかひて。この願成就せしめむかために。兆載永劫の修行をおくりて。今已に成仏したまへり。この大願業力のそひたるかゆへに。諸仏の名号にもすくれ。となふれはかの願力によりて。決定往生おもするなり。かるかゆへに。如来の本誓をきくに。うたかひなく往生すへき道理に住して。南無阿弥陀仏と唱てむ上には。決定往生とおもひをなすへきなり。<br />
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無有衆苦のさかひ、離諸妄想のところなりといふとも、このこと一事は、さこそおぼへ候らめとそおぼえ候。それに、もとのごとくみたてまつりて、あらたまることなからむことは、まことにあはれに、ありがたきこととこそおぼへ候へ。これすなはち念仏一行、かの仏の本願なるがゆへなり。おなじく往生をねがはむ人は、専修念仏の一門よりいるべきなり。
たとへは。たきもののにほひの薫せる衣を身にきつれは。みなもとはたきもののにほひあてこそありと云とも。衣のにほひ身に薫するかゆへに。その人のかうはしかりつると云かことく。本願薫力のたきものの匂は。名号の衣に薫し。またこの名号の衣を。一度南無阿弥陀仏とひききてむものは。名号の衣の匂。身に薫するかゆへに。決定往生すへき人なり。<br />
+
大願業力の匂と云は。往生の匂なり。大願業力の往生の匂。名号の衣よりつたわりで。行者の身に薫すと云道理によりて。観経には。若念仏者当知此人是人中分陀利華と説なり。念仏の行者を蓮華に喩ふことは。蓮華は不染の義。本願の清浄の名号を称すれは。十悪五逆の濁にもそまらさるかたを。喩たるなり。<br />
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また観世音菩薩大勢至菩薩爲其勝友と云へり。文のこころは。これも往生の匂身に薫せる行者は。お(か)ならす往生すへし。これによて善導和尚も。三心具足の者おは。極楽の聖衆に接したまへり。極楽の聖衆と云は。因中説果の義なり。聖衆となよ(る)道理あれは。当時よりして。二菩薩も肩をならへ膝をましえて。勝友となりたまふと。いふこころなり。命終の已後は。往生して仏果菩提を証得すへきによて。当座道場生諸仏家と。ときたまへり。かるかゆへに。一念に無上の信心をえてむ人は。往生の匂の薫せる名号の衣を。いくえともなくかさねきむとおもふて。歓喜のこころに住して。いよいよ念仏すへしと云へり。<br />
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  康元元年 丙辰 十月十四日<br />
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  康元二丁巳正月二日書之<br />
  愚禿親鸞 八十四歳 書写之<br />
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愚禿親鸞 八十五歳<br />
  
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末註
 
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2019年11月27日 (水) 13:37時点における版

編集中!!
真宗高田派で伝時されてきた、親鸞聖人筆(国宝)の法語集。親鸞聖人が師匠である法然聖人の法語・消息・行状記などを、収集した書物。奥書より康元元(1256)年~康元二(1257)年頃(84~85歳)書写されたものと思われる。テキストは、ネット上の「大藏經テキストデータベース」を利用し、『真宗聖教全書』に依ってページ番号を付した。これによってページ単位でもリンクも可能である。
読む利便を考えカタカナをひらがなに、旧字体を新字体に変換した。また、適宜改行を付した。各サブタイトルは『昭和新修 法然聖人全集』などを参考に適宜、私に於いて付した。
なお、いかなる場合においても、本データベースの利用、及び掲載文章等を原因とすることによって生じたトラブルについて、当サイトは一切その責を負いません。

西方指南抄本 上本

法然聖人御説法事


承元の法難(1207)によって斬首された安楽房遵西の父である中原師秀 外記禅門の請により行われた説法。師秀が仏像を安置(1194?)し逆修説法を行ったときに法然聖人が説法されたものといわれる。『漢語灯録』所収の『逆修説法』はその異本。『師秀説草」という異本もある。この書は、浄土三部経を中心に相承論や選択本願念仏論がのべられている。文治六年(1190年)に東大寺で講説したときの『三部経釈』から『逆修説法』を経て、『選択集』(1198)へと法然聖人の思想が展開した経緯を示す法語ともされる。なお、「法然聖人御説法事」とあるように、法然聖人を「聖人」と表現されているのは親鸞聖人の特徴である。江戸時代以降、浄土真宗では、浄土宗(鎮西義)と対抗するために上人号で法然聖人を呼んでいるが、如何なものかと愚昧な一門徒は思う。

第十七日 三尺立像阿弥陀『双巻経』・『阿弥陀経』

仏身

経証の中に、仏の功徳をとけるに、無量の身あり、あるいは総じて一身をとき、あるいは二身をとき、あるいは半三身[1]をとき、乃至『華厳経』には、十身[2]の功徳をとけり。

いま且(しばらく)真身・化身の二身をもて、弥陀如来の功徳を讃嘆したてまつらむ。
この真化二身をわかつこと、『双巻経』の三輩の文の中にみえたり。[3]
まづ真身といふは、真実の身なり、弥陀如来の因位のとき、世自在王仏のみもとにして、四十八願をおこして、のち兆載永劫のあひだ、布施・持戒・忍辱・精進等の六度万行を修して、あらはしたまえるところは、修因感果[4]の身なり。

『観経』にときていはく、「その身量六十万億那由他恒河沙由旬なり。 眉間の白毫右にめぐりて、五須弥山のごとしと。一須弥山のたかさ、出海・入海おのおの八万四千那由多なり。また青蓮慈悲の御まなこは、四大海水のごとくして清白分明なり、身のもろもろの毛孔より、光明をはなちたまふこと、須弥山のごとし。うなじにめぐれる円光は、百億の三千大千世界のごとし。 かくのごとくして、八万四千の相まします、一一の相に、おのおの八万四千の好あり、一一の好に、また八万四千の光明まします。その一一の光明、あまねく十方世界の念仏の衆生を摂取してすてたまはず。 御身のいろは、夜摩天の閻浮檀金のいろのごとし」(*)といへり。

これ弥陀一仏にかぎらす、一切諸仏は、みな黄金のいろなり、もろもろのいろの中には、白色をもて本とすとまふせば、仏の御いろも、白色なるべしといゑども、そのいろなほ損するいろなり。[5]
ただ黄金のみあて不変のいろなり、このゆへに、十方三世の一切の諸仏、みな常住不変の相をあらわさむがために、黄金のいろを現したまへるなり、これ『観仏三昧経』のこころなり。
ただし、真言宗の中に五種の法あり[6]、その本尊の身色、法にしたがふて各別なり、しかれども、暫時方便の化身なり、仏の本色にはあらず。このゆへに、仏像をつくるにも、白檀綵色(さい:彩色)なんども、功徳をえざるにあらずといへども、金色につくりつれば、すなわち決定往生の業因なり。
即生の功徳、略を存するにかくのごとし、「即生乃至三生に必得往生」[7]といへり。これ弥陀如来真身の功徳、略を存ずるにかくのごとし。

次に化身といふは、無而欻有(むにこつう:無而忽有)を化といふ、すなわち機にしたがふときに応じて身量を現ずること、大小不同なり、『経』{観経}に、「あるいは大身を現して虚空にみつ、あるいは小身を現して丈六八尺」といへり。 化身につきて多種あり。
まづ円光の化仏(者)、『経』{観経}にいはく、「円光のなかにおいて、百万億那由他恒河沙の化仏まします、一一の化仏に、衆多無数の化菩薩をもて侍者とせり」といへり。
つぎに摂取不捨の化仏、「光明遍照十方世界 念仏衆生摂取不捨」[8]{観経}といふは、この真仏の摂取なり、このほかに化仏の摂取あり。三十六万億の化仏おのおの、真仏とともに、十方世界の念仏衆生を摂取したまふといへり。
次に来迎引接の化仏、九品の来迎に、おのおの化仏まします、品にしたがふて多少あり。上品上生の来迎には、真仏のほかに、無数の化仏まします。上品中生には、千の化仏まします、上品下生には、五百の化仏まします。乃至かくのごとく次第におとりて、下品上生には、真仏は来迎したまはず、ただ化仏と化観音勢至とをつかはす。その化仏の身量、あるいは丈六、あるいは八尺なり。化菩薩の身量も、それにしたがふて、下品中生は、「天華の上に化仏菩薩ましまして、来迎したまふと」{観経}いへり。下品下生は、「命終してのち、金蓮華をみる、猶如日輪住其人前」{観経}といへり。文のごとくは、化仏の来迎もなきやうにみえたれども、善導の御心は、『観経の疏』{散善義}の十一門の義によらば、第九門に、「命終のとき、聖衆の迎接したまふ不同、去時の遅疾をあかす」といへり。
また、「いまこの十一門の義は、九品の文に約対せり。一一の品のなかに、みなこの十一あり」といへり。しかれば、下品下生にも来迎あるべきなり、しかるを、五逆の罪人そのつみおもきによりて、まさしく化仏菩薩をみることあたはず、ただわが座すへきところの金蓮華ばかりをみるなり、あるいはまた、文に隠顕[9]あるなり。

次にまた十方の行者の本尊のために、小身を現したまへる化仏あり、天竺の鶏頭摩寺(けいずまじ)の五通[10]の菩薩、神足通をして極楽世界にまうでて、仏にまふしてまうさく、娑婆世界の衆生、往生の行を修せむとするに、その本尊なし、仏ねがわくは、ために身相を現じたまへと、仏すなわち菩薩の請におもむきて、樹の上に化仏五十体を現じたまへり。
菩薩すなわちこれをうつして、よにひろめたり、鶏題摩寺の五通の菩薩の曼陀羅といへる、すなわちこれなり。
また智光の曼陀羅[11]とて、世問に流布したる本尊あり、その因縁は、人つねにしりたる事なり、つぶさにまふすべからす、『日本往生伝』をみるべし。また新生の菩薩を教化し説法せむがために、化して小身を現じたまへることまします。これはこれ弥陀如来の化身の功徳、また略してかくのごとし。

いまこの造立せられたまへる仏は[12]、祇薗精舎の()[13]をつたへて、三尺の立像をうつし、最後終焉のゆふべを期して、来迎引接につくれり。おほよそ仏像を造画するに、種種の相あり。あるいは説法講堂の像あり、あるいは池水沐浴の像あり、あるいは菩提樹下成等正覚の像あり、あるいは光明遍照摂取不捨の像あり。かくのごときの形像を、もしはつくりもしは画したてまつる、みな往生の業なれども、来迎引接の形像は、なほその便宜をえたるなり。
かの尽虚空界の荘厳をみ、転妙法輪の音声をきき、七宝講堂のみぎりにのぞみ、八功徳池のはまにあそび、おほよそかくのごとく、種種微妙の依正二報[14]をまのあたり視聴せむことは、まづ終焉のゆふべに、聖衆の来迎にあづかりて、決定してかのくにに往生してのうえのことに候也。しかれはふかく往生極楽のこころざしあらむ人は、来迎引接の形像をつくりたてまつりて、すなわち来迎引接の誓願をあおぐべきものなり。

来迎

その来迎引接の願といふは、すなわちこの四十八願の中の第十九の願なり。
人師これを釈するに、おほくの義あり、まづ臨終正念のために来迎したまへり、おもはく[15]、病苦みをせめてまさしく死せむとするときには、かならず境界・自体・当生の三種の愛心[16]をおこすなり。しかるに阿弥陀如来、大光明をはなちて行者のまへに現じたまふとき、未曾有の事なるがゆへに、帰敬の心のほかに他念なくして、三種の愛心をほろぼして、さらにおこることなし。

かつはまた仏、行者にちかづきたまひて、加持[17]護念したまふがゆへなり。『称讃浄土経』に、「慈悲加祐してこころをしてみだらざらしむ、すてに命をすておはりて、すなわち往生をえ、不退転に住す」といへり。
『阿弥陀経』に、「阿弥陀仏もろもろの聖衆とそのまへに現ぜむ、この人おわらむとき、心顛倒せずして、すなわち阿弥陀仏国土に往生をえむ」ととけり。令心不乱(心をして乱らざらしむ)と心不顛倒(心顛倒せずして)とは、すなわち正念に住せしむる義なり。
しかれば臨終正念なるがゆへに来迎したまふにはあらず、来迎したまふがゆへに臨終正念なりといふ義、あきらかなり。在生のあひだ往生の行成就せむひとは、臨終にかならず聖衆来迎をうべし。来迎をうるとき、たちまちに正念に住すべしといふこころなり。[18]
しかるにいまのときの行者、おほくこのむねをわきまえずして、ひとへに尋常の行においては怯弱生して、はるかに臨終のときを期して、正念をいのる、もとも僻韻[19]なり。

しかればよくよくこのむねをこころえて、尋常の行業において怯弱のこころをおこさずして、臨終正念において決定のおもひをなすべきなり、これはこれ至要の義なり、きかむ人こころをとどむへし。この臨終正念のために来迎すといふ義は、静慮院の静照法橋の釈なり。[20]

次に道の先達のために来迎したまふといへり、あるいは『往生伝』に、沙門志法か遺書にいはく
 我在生死海 幸値聖船筏
 我所顕真聖 来迎卑穢質
 若忻求浄土 必造画形像
 臨終現其前 示道路摂心
 念念罪漸尽 随業生九品
 其所顕聖衆 先讃新生輩
 仏道楽増進[21] 云云
これすなわち、この界にして造画するところの形像、先達となりて浄土におくりたまふ証拠なり。
また『薬師経』をみるに、浄土をねがふともがら、行業いまださたまらずして、往生のみちにまどふことあり。
すなわち文{玄奘訳}にいはく、「よく受持すること八分斎戒をあらむ、あるいは一年をへ、あるいはまた三月受持せむ。まなぶところこの善根をもて、西方極楽世界無量寿仏のみもとにむまれむと願して、正法を聴聞すれども、いまださだまらざるもの、もし世尊薬師琉璃光如来の名号をきかむ。命終のときにのぞみて、八菩薩あて神通に乗してきたりて、その道路をしめさむ、すなわちかの界にして、種種の雑色衆宝華の中に、自然に化生す」[22]といへり。
もしかの八菩薩その道路をしめさずは、ひとり往生することえがたきにや。これをもておもふにも、弥陀如来もろもろの聖衆とともに、行者のまへに現じて、きたりて迎接したまふも、みちびきて道路をしめしたまはむがためなりといふ義、まことにいはれたることなり。
娑婆世界のならひも、みちをゆくには、かならず先達といふものを具する事なり、これによて、御廟の僧正[23]は、かの来迎の願をば、現前導生の願となづけたまへり。

次に対治魔事のために来迎すとふ義あり、道さかりなれば魔さかりなりとまふして、仏道修行するには、かならず魔の障難のあひそふなり。
真言宗の中には、誓心決定すれは魔宮振動すといへり、天台止観の中には、四種三昧を修行するに、十種の境界おこる中に、魔事境来といへり。また菩薩三祇百劫の行すでになりて、正覚をとなふるときも、第六天の魔王きたりて、種種に障礙せり。
いかにいはむや凡夫具縛の行者、たとひ往生の行業を修すといふとも、魔の障難を対治せすば、往生の素懐をとげむことかたし。しかるに阿弥陀如来、無数の化仏菩薩聖衆に囲繞せられて、光明赫奕として行者のまへに現じたまふときには、魔王もここにちかずきこれを障礙することあたはず。
しかればすなわち、来迎引接は魔障を対治せむがためなり、来迎の義、略を存するにかくのごとし。これらの義につきておもひ候にも、おなじく仏像をつくらむには、来迎の像をつくるべきとおぼえ候なり、仏の功徳大概かくのごとし。

浄土三部経

次に三部経は、いま三部経となづくることは、はじめてまふすにあらず、その証これおほし。いはく、大日の三部経は、『大日経』・『金剛頂経』・『蘇悉地経』等これなり。弥勒の三部経、『上生経』・『下生経』・『成仏経』等これなり。鎮護国家の三部経は、『法華経』・『仁王経』・『金光明経』等これなり。法華の三部経、『無量義経』・『法華経』・『普賢経』等これなり。
これすなわち三部経となづくる証拠なり。いまこの弥陀の三部経は、ある人師{智顗十疑論}のいはく、「浄土の教に三部あり、いはく、『双巻無量寿経』・『観無量寿経』・『阿弥陀経』等これなり。」
これによて、いま浄土の三部経となづくるなり、あるいはまた弥陀の三部経ともなづく、またある師{窺基(きき)小経疏}のいはく、「かの三部経に『鼓音声経』をくわえて、四部となつく」といへり。
おほよそ諸経の中に、あるいは往生浄土の法をとくあり、あるいはとかぬ経あり、『華厳経』にはこれをとけり、すなわち『四十華厳』の中の普賢の十願これなり、『大般若経』の中にすべてこれをとかず。
『法華経』の中にこれをとけり、すなわち薬王品の「即往安楽世界」の文これなり、『涅槃経』にはこれをとかず、また真言宗の中には、『大日経』・『金剛頂経』に、蓮華部にこれとくいゑども、大日の分身なり、別(わき)てとけるにはあらず。
もろもろの小乗経には、すべて浄土をとかず。しかるに往生浄土をとくことは、この三部経にはしかず、かるかゆへに浄土の一宗には、この三部経をもてその所縁とせり。

浄土宗名

またこの浄土の法門において宗の名をたつること、はじめてまふすにあらず、その証拠これおほし。少少これをいださは、元暁の『遊心安楽道』に、「浄土宗の意ろ本爲凡夫兼爲聖人也」といへる、その証なり。かの元暁は華厳宗の祖師なり。
慈恩の『西方要決』に、「依此一宗」といえるなり。またその証なり。
かの慈恩は法相宗の祖師なり、迦才の『浄土論』には、「此一宗窃要路たり」といへる、またその証なり。善導『観経の疏』に「真宗叵遇」といへる、またその証なり。かの迦才・善導は、ともにこの浄土一宗をもはらに信ずる人なり。

自宗・他宗の釈すでにかくのごとし、しかのみならず、宗の名をたつることは、天台・法相等の諸宗みな師資相承による、しかるに浄土宗に師資相承血脈次第あり。
いはく菩提流支三蔵・恵寵法師・道場法師・曇鸞法師・法上法師・道綽禅師・善導禅師・懐感禅師・小康法師等なり、菩提流支より法上にいたるまでは、道綽の『安楽集』にいだせり、自他宗の人師すでに浄土一宗となづけたり。浄土宗の祖師また次第に相承せり。
これによて、いま相伝して浄土宗となづくるものなり、しかるを、このむねをしらざるともがらは、むかしよりいまだ八宗のほかに浄土宗といふことをきかずと、難破することも候へば、いささかまふしひらき候なり。

おほよそ諸宗の法門、浅深あり広狭あり。すなわち真言・天台等の諸大乗宗は、ひろくしてふかし、倶舎・成実等の小乗宗は、ひろくしてあさし。この浄土宗は、せばくしてあさし。
しかれば、かの諸宗は、いまのときにおいて機と教と相応せず。教はふかし機はあさし、教はひろくして機はせばきがゆへなり。たとへ韻たかくしては和することすくなきがごとし。
またちゐさき器に大なるものをいるるかごとし。ただこの浄土の一宗のみ機と教と相応せる法門なり。かるがゆへに、これを修せばかならす成就すべきなり。しかればすなわち、かの不相応の教においては、いたはしく身心をついやすことなかれ。ただこの相応の法に帰して、すみやかに生死をいづへきなり。今日講讃せられたまへるところは、この三部の中の『双巻無量寿経』と『阿弥陀経』となり。

大経

まづ『無量寿経』には、はじめに弥陀如来の因位の本願をとく、次にはかの仏の果位の二報荘厳をとけり。しかればこの経には、阿弥陀仏の修因感果の功徳をとくなり 乃至 一一の本誓悲願、一一の願成就の文にあきらかなり。つぶさに釈するにいとまあらす。

その中に衆生往生の因果をとくといふは、すなわち念仏往生の願成就の「諸有衆生聞其名号」の文、および三輩の文これなり。もし善導の御こころによらば、この三輩の業因について、正・雑の二行をたてたまへり。正行についてまた二あり。正定・助業なり。三輩ともに一向専念といへる、すなわち正定業なり、かの仏の本願に順するかゆへに。またそのほかに助業あり雑行あり 乃至 おほよそこの三輩の中に、おのおの菩提心等の余善をとくといゑども、上の本願をのぞむには、もはら弥陀の名号を称念せしむるにあり。
かるがゆへに一向専念といへり。上の本願といふは、四十八願の中の第十八の念仏往生の願をさすなり。一向のことば、二三向に対する義なり、もし念仏のほかに、ならべて余善を修せば、一向の義にそむくべきなり。往生をもとめむ人は、もはらこの経によて、かならずこのむねをこころうべきなり。

小経

次に『阿弥陀経』は、はじめには極楽世界の依・正二報をとく。
次には一日・七日の念仏を修して往生することをとけり。のちには六方諸仏、念仏の一行において証誠護念したまふむねをとけり。すなわちこの経には余行をとかずして、えらびて念仏の一行をとけり 乃至 おほよそ念仏往生は、これ弥陀如来の本願の行なり。教主釈尊選要の法なり、六方諸仏証誠の説なり。余行はしからず、そのむね経の文およひ諸師の釈つぶさなり。 乃至

第二七日 弥陀『観経』『同疏』一部。{略}

観経

また経を釈するに仏の功徳もあらはれ、仏を讃ずれは経の功徳もあらわるるなり。
また疏は経のこころを釈したるものなれば、疏を釈せむに経のこころあらはるべし。みなこれおなじものなり、まちまちに釈するにあたはず。 乃至

いまこの『観無量寿経』に二のこころあり。はじめには定・散二善を修して往生することをあかし、つぎには名号を称して往生することをあかす。 乃至

『清浄覚経』の信不信の因縁の文をひけり。この文のこころは、「浄土の法門をとくをききて、信向してみのけいよだつものは、過去にもこの法門をききて、いまかさねてきく人なり、いま信するかゆへに、決定して浄土に往生すべし。
またきけどもきかざるがことくにて、すべて信ぜぬものは、はじめて三悪道よりきたりて、罪障いまだつきずして、こころに信向なきなり。いま信ぜぬがゆへに、また生死をいづることあるべからず」{安楽集巻上所引平等覚経意}といへるなり、詮ずるところは、往生人のこの法おば信じ候なり。 乃至
天台等のこころは、十三観の上に九品の三輩観をくわへて、十六想観となづく。この定・散二善をわかちて、十三観を定善となづけ、三福九品を散善となづくること、善導一師の御こころなり。 乃至
抑、近来の僧尼を、破戒の僧・破戒尼といふべからず。持戒の人破戒を制することは、正法・像法のときなり、末法には無戒名字の比丘なり。伝教大師『末法灯明記』に云。
「末法の中に持戒の者ありといはば、これ怪異なり、市に虎あらむがごとし、だれかこれを信ずべき」といへり。また{末法灯明記}いはく、「末法の中には、ただ言教のみあて行証なし、もし戒法あらば、破戒あるべし。すてに戒法なし、いつれの戒おか破せむによて破戒あらむ。破戒なほなし、いかにいはむや持戒おや」といへり。
まことに受戒の作法は、中国には持戒の僧十人を請して戒師とす。
辺地には五人を請して戒師として戒おばうくるなり、しかるにこのこころは、持戒の僧一人もとめいださむに、えがたきなり。しかればうけての上にこそ破戒とことばもあれば、末代の近来は破戒なほなし、たた無戒の比丘なりとまふすなり。この経に破戒をとくことは、正・像に約してときたまへるなり。
乃至

念仏往生

次に名号を称して往生することをあかすといふは、「仏阿難につげたまはく、なんぢよくこの語をたもて、この語をたもてといふは、すなわちこれ無量寿仏のみなをたもてとなり」{観経}とのたまへり。善導これを釈していはく。
「仏告阿難汝好持是語といふより已下は、まさしく弥陀の名号を付属して、遐代に流通することをあかす。かみよりこのかた、定散・両門の益をとくといゑども、仏の本願をのぞむには、こころ衆生をして一向にもはら弥陀仏のみなを称するにあり」{散善義}とのたまへり。
おほよそこの経の中には、定散の諸行をとくといゑども、その定散をもては付属したまはず、たた念仏の一行をもて阿難に付属して、未来に流通するなり。遐代に流通すといふは、はるかに法滅の百歳まてをさす。すなわち末法万年ののち、仏法みなて滅して、三宝の名字もきかざらむとき、ただこの念仏の一行のみとどまりて、百歳ましますへしとなり。
しかれは聖道門の法文もみな滅し、十方浄土の往生もまた滅し、上生都(兜)率もまたうせ、諸行往生もみなうせたらむとき、ただこの念仏往生の一門のみとどまりて、そのときも一念にかならず往生すべしといへり。
かるかゆへに、これをさして、とおき世とはいふなり。これすなわち、遠をあげて近を摂するなり。仏の本願をのぞむといふは、弥陀如来の四十八願の中の第十八の願をおしふるなり。
いま教主釈尊、定散二善の諸行をすてて、念仏の一行を付属したまふことも、弥陀の本願の行なるがゆへなり。
一向専念といふは、『双巻経』にとくところの三輩のもんの中の、一向専念をおしふるなり、一向のことば、余をすつることばなり。この経には、はじめにひろく定散をとくといゑども、のちには一向に念仏をゑらびて、付属し流通したまへるなり。
しかれは、とおくは弥陀の本願にしたがひ、ちかくは釈尊の付属をうけむとおもはば、一向に念仏の一行を修して往生をもとむへきなり。

おほよそ念仏往生は諸行往生にすぐれたることおほくの義あり。

一には因位の本願なり、いはく、弥陀如来の因位法蔵菩薩のとき、四十八の誓願をおこして、浄土をまふけて、仏にならむと願したまひしとき、衆生往生の行をたてて、えらびさためたまひしに、余行をはえらびすてて、ただ念仏の一行を選定して、往生の行にたてたまへり。これを選択の願といふことは、『大阿弥陀経』の説なり

二には光明摂取なり。これは阿弥陀仏、因位の本願を称念して、相好の光明をもて、念仏の衆生を摂取してすてたまはずして、往生せさせたまふなり、余の行者おば摂取したまはす。

三には弥陀みづからのたまはく、「これはこれ跋陀和菩薩、極楽世界にまうでて、いづれの行を修してかこのくにに往生し候べきと、阿弥陀仏にとひたてまつりしかば、仏こたへてのたまはく、わがくにに生ぜむとおもはば、わが名を念して休息することなかれ、すなわち往生することをえてむ」{一巻本般舟三昧経意}とのたまへり。余行おばすすめたまはず。

四には釈迦の付属にいはく、いまこの経に、念仏を付属流通したまへり。
余行おば付属せす。

五には諸仏証誠、これは『阿弥陀経』にときたまへるところなり、釈迦仏えらびて念仏往生のむねをときたまへば、六方の諸仏おのおのおなじくほめ、おなじくすすめて、広長のみしたをのべて、あまねく三千大千世界におほふて証誠したまへり。
これすなわち一切衆生をして、念仏して往生することは決定してうたがふへからずと、信ぜしめむ料なり。余行おばかくのことく証誠したまはず。

六には法滅の往生、いはく、「万年三宝滅、斯経住百年、爾時聞一念、皆当得生彼」[24]{礼讃}といふて、末法万年ののち、ただ念仏の一行のみとどまりて、往生すべしといへることなり。余行はしからず。
しかのみならず、下品下生の十悪の罪人、臨終のとき、聞経と称仏と二善をならべたりといゑども、化仏来迎してほめたまふに、「汝称仏名故 諸罪消滅、我来迎汝」[25] {観経}とほめて、いまだ聞経の事おばほめたまはず。
また『双巻経』に三輩往生に業をとく中に、菩提および起立塔像等の余の行おもとくといゑども、流通のところにいたりて、「其有得聞 彼仏名号 歓喜踊躍 乃至一念、当知此人 爲得大利、則是具足 無上功徳」[26]とほめて、余行をさして無上功徳とはほめたまはず。念仏往生の旨要をとるに、これにありと。

第三日 阿弥陀仏『双巻経』・『阿弥陀経』

光明功徳

又云、仏の功徳は、百千万劫のあひだ、昼夜にとくとも、きわめつくすべからず。これによて教主釈尊、かの阿弥陀仏の功徳を称揚したまふにも、要の中の要をとりて、略してこの三部妙典をときたまへり。仏すでに略したまへり、当座の愚僧いかがくはしくするにたえむ。ただ善根成就のために、かくのごとく讃嘆したてまつるべし。

阿弥陀如来の内証・外用の功徳、無量なりといゑども、要をとるに、名号の功徳にはしかず。このゆへにかの阿弥陀仏も、ことにわが名号をして衆生を済度し、また釈迦大師も、おほくかのほとけの名号をほめて、未来に流通したまへり。
しかれば、いまその名号について讃嘆したてまつらば、阿弥陀といふは、これ天竺の梵語なり、ここには翻訳して無量寿仏といふ。また無量光といへり。または無辺光仏・無礙光仏・無対光仏・炎王光仏・清浄光仏・歓喜光仏・智慧光仏・不断光仏・難思光仏・無称光仏・超日月光仏といへり。
ここにしりぬ、名号の中に光明と寿命との二の義をそなえたりといふことを。かの仏の功徳の中には、寿命を本とし、光明をすぐれたりとするゆへなり、しかればまた光明・寿命の二の功徳をほめたてまつるべし。

まづ光明の功徳をあかさば、はじめに無量光は、『経』{観経}にのたまはく、「無量寿仏に八万四千の相あり、一一の相のおのおの八万四千の随形好あり。一一の好にまた八万四千の光明あり。一一の光明あまねく十方世界をてらす、念仏の衆生を摂取してすてたまはず」といへり。
恵心これをかむがへていはく、「一一の相の中に、おのおの七百五倶胝六百万の光明を具せり、熾然赫奕たり」{往生要集巻中本}といへり。
一相よりいづるところの光明かくのごとし、いはむや八万四千の相おや。
まことに算数のおよぶところにあらづ、かるがゆへに無量光といふ。
つぎに無辺光といふは、かの仏の光明そのかずかくのごとし、無量のみにあらず、てらすところもまた辺際あることなきがゆへに、無辺光といふ。
つぎに無礙光は、この界の日月灯燭等のごときは、ひとへなりといゑとも、ものをへだつれば、そのひかりとほることなし。もしかの仏の光明ものにさえらるれば、この界の衆生たとひ念仏すといふとも、その光摂をかぶることをうべからす。そのゆへは、かの極楽世界とこの娑婆世界とのあひだ、十万億の三千大千世界をへだてたり。その一一の三千大千世界に、おのおの四重の鉄囲山あり。いはゆる、まず一四天下をめぐれる鉄囲山あり、たかさ須弥山とひとし。つぎに少千界をめぐれる鉄囲山あり、たかさ第六天にいたる。つぎに中千界をめぐれる鉄囲山あり、たかさ色界の初禅にいたる。次に大千界をめぐれる鉄囲山あり、たかさ第二禅にいたれり。しかればすなわち、もし無礙光にあたらずば、一世界をすらなほとほるべからす、いかにいはむや十万億の世界おや。しかるにかの仏の光明、かれこれそこばくの大小諸山をとほりてらして、この界の念仏衆生を摂取したまふに、障礙あることなし。
余の十方世界を照摂したまふことも、またかくのごとし、かるかゆへに無礙光といふ。
次に清浄光は、人師{述文讃巻中意}釈していはく、「無貪の善根より生ずるところのひかりなり」。貪に二あり、婬貪・財貪なり。清浄といふは、ただ汚穢不浄を除却するにはあらず、その二の貪を断除するなり。貪を不浄となづくるゆへなり。もし戒に約せは、不婬戒と不慳貪戒とにあたれり。しかれは法蔵比丘、むかし不婬・不慳貪所生の光といふ、この光にふるるものは、かならず貪欲のつみを滅す、もし人あて、貪欲さかりにして、不婬・不慳貪の戒をたたもつことえざれとも、こころをいたしてもはらこの阿弥陀仏の名号を称念すれば、すなわちかの仏無貪清浄の光をはなちて、照触摂取したまふゆへに、婬貪・財貪の不浄のぞこる。無戒・破戒の罪愆滅して、無貪善根の身となりて、持戒清浄の人とひとしきなり。

次に歓喜光は、これはこれ無瞋善根所生の光、ひさしく不瞋恚戒をたもちて、この光をえたまへり。かるがゆへに無瞋所生の光といふ、この光にふるるものは、瞋恚のつみを滅す。
しかれば憎盛の人なりといふとも、もはら念仏を修すれば、かの歓喜光をもて摂取したまふゆへに、瞋恚のつみ滅して、忍辱のひととおなじ。これまたさきの清浄光の、貪欲のつみ滅するかごとし。

次に智慧光は、これはこれ無痴の善根所生の光なり。ひさしく一切智慧をまなうて(まなんで、修して)、愚痴の煩悩をたちつくして、この光をえたまへるがゆへに、無痴所生の光といふ。この光はまた愚痴のつみを滅す。しかれば無智の念仏者なりといふとも、かの智慧の光をしててらし摂(おさめ)たまふがゆへに、すなわち愚痴の愆を滅して、智慧は勝劣あることなし。またこの光のごとくしりぬべし。
かくのごとくして、十二光の名ましますといふとも、要をとるにこれにあり。

凡(おほよそ)そかの仏の光明功徳の中には、かくのごときの義をそなえたり、くはしくあかさば多種あるべし。おほきにわかちて二あり。
一には常光、二には神通光なり、はじめに常光といふは、諸仏の常光おのおの意楽にしたがふて遠近・長短あり。あるいは常光おもておのおの一尋相といへり、釈迦仏の常光のごときこれなり。あるいは七尺をてらし、あるいは一里をてらし、あるいは一由旬をてらし、あるいは二・三・四・五乃至百千由旬をてらし、あるいは一四天下をてらし、あるいは一仏世界をてらし、あるいは二仏・三仏乃至百千仏の世界をてらせり。

この阿弥陀仏の常光は、八方上下無央数の諸仏の国土におひて、てらさずといふところなし。八方上下は極楽について方角をおしふるなり。この常光について異説あり。すなわち『平等覚経』には、別して頭光をおしえたり。『観経』には、すへて身光といへり。かくのごとき異説あり。『往生要集』に堪(かむがへ)たり、みるべし。

常光といふは、長時不断にてらす光なり。次に神通光といふは、ことに別時にてらす光なり。釈迦如来の『法華経』をとかむとしたまひしとき、東方万八千の土をてらしたまひしがこときは、すなわち神通光なり。阿弥陀仏の神通光は、摂取不捨の光明なり。念仏衆生あるときはてらし、念仏の衆生なきときはてらすことなきがゆへなり。善導和尚『観経の疏』に、この摂取の光明を釈したまへるしたに、「光照の遠近をあかす」{定善義}といへり。この念仏衆生の居所の遠近について、摂取の光明も遠近あるべしといふ義なり。たとひ一ついゑのうちに住したりとも、東によりてゐたらむ人の念仏まふさむには、摂取の光明とおくてらし、西によりてゐたらむ人の念仏まふさむには、光明ちかくてらすべし。
これをもてこころうれば、一つ城のうち、一国のうち、一閻浮提のうち、三千世界の内、乃至他方各別の世界まで、かくのごとしとしるべし。しかれは念仏衆生について光照の遠近ありと釈したまへる、まことにいわれたることとこそおぼえ候へ。これすなわち阿弥陀仏の神通光なり、諸仏の功徳は、いづれの功徳もみな法界に遍すといえども、余の功徳は、その相あらわるることなし。
ただ光明のみまさしく法界に遍する相をあらわせる功徳なり、かるがゆへに、もろもろの功徳の中には、光明をもて最勝なりと釈したるなり。また諸仏の光明の中には、弥陀如来の光明なほまたすぐれたまへり、このゆへに教主釈尊ほめてのたまはく、「無量寿仏 威神光明 最尊第一、諸仏光明 所不能及」{大経}とのたまへり。

またいはく、「我説無量寿仏光明 威神巍巍殊妙、昼夜一劫尚未能尽」[27]{大経}とのたまへり。
これはこれ、かの仏の光明と余の仏の光明とを相対して、その勝劣を校量せむに、弥陀仏におよばさる仏をかずえむに、よるひる一劫すとも、そのかづをしりつくすべからすとのたまへるなり。
かくのごとく殊勝の光をえたまふことは、すなわち願行にこたへたり、いはく、かの仏法蔵比丘のむかし、世自在王仏のみもとにして、二百一十億の諸仏の光明をみたてまつりて、選択思惟して、願じていはく、「設我得仏、光明有能限量、下至不照 百千億那由他 諸仏国者 不取正覚」[28]{大経第十二願}とのたまへり。
この願をおこして、のち兆載永劫のあひだ、積功累徳して、願行ともにあらわして、この光をえたまへり。

仏在世に、灯指比丘といふ人ありき。生れしとき、指より光をはなちて、十里をてらすことありき。のちに仏の御弟子となりて、出家して、羅漢果をえたり。指より光をはなつ因縁によりて、なづけて灯指比丘といへり。過去九十一劫のむかし、毘婆尸仏のときに、ふるき仏像の指の損したまひたるを、修理したてまつりたりし功徳によりて、すなわち指より光をはなつ報をうけたるなり。

また梵摩比丘といふ人ありき、身より光をはなちて、一由旬をてらせり、これ過去に、仏に灯明をたてまつりたりしがゆへなり。
また仏の御弟子阿那律は、仏の説法の座に睡眠したることありき。仏これを種種に弾呵したまふ。阿那律すなわち懺悔のこころをおこして睡眠断づ。七日をへてのち、その目開ながらそのまなこみずなりぬ。これを医師にとふに、医師こたえていはく、人は食をもて命とす、眼はねぶりをもて食とす、もし人七日食せすらむに、命あにつきざらむや、しかれはすなわち、医療のおよぶところにあらず、命つきぬる人に、医療よしなきかごとしといへり。
そのとき仏これをあわれみて、天眼の法をおしえたまふ、すなわちこれを修して、かへりて天眼通をえたり。すなわち天眼第一阿那律といへるこれなり、過去に仏のものをぬすまむとおもふて、塔の中にいたるに、灯明すてにきえなむとするをみて、弓のはすをもてこれをかきあく。
そのときに忽然として改悟のこころをおこして、あまさへ無上道心をおこしたりき。それよりこのかた、生生世世に無量の福をえたり、いま釈迦出世のとき、ついに得脱して、またかくのことく天眼通をえたり、これすなわち、かの灯明をかかけたりし功徳によてなり。 乃至

寿命功徳

次に寿命の功徳といふは、諸仏寿命、意楽にしたかふて長短あり、これによて、恵心僧都四句{小経略記意}をつくれり、

「あるいは能化の仏は命なかく、所化の衆生は命みしかきあり、華光如来のごとし、仏の命は十二小劫、衆生の命は八小劫なり。
あるいは能化の仏は命みしかく、所化の衆生は命なかきあり、月面如来のごとし。仏の命一日一夜、衆生の命は五十歳なり。
あるいは能化・所化ともに命みしかきあり、釈迦如来のことし、仏も衆生もともに八十歳なり。
あるいは能化・所化ともに命なかきあり阿弥陀如来のごとし、仏も衆生もともに無量歳なり、かるかゆへに経にのたまはく、
仏告阿難、無量寿仏寿命長久、不可勝計、汝寧知乎、仮使十方世界無量衆、皆得人身 悉令成就声聞縁覚、都共推算計、禅思一心、竭其智力。於百千万劫、悉共推算計 其寿命長遠之数。不能窮尽 知其限極、声聞菩薩天人之衆寿命長短、亦復如是、非算数譬喩 所能知也[29]
とのたまへり、たたもし神通の大菩薩等のかすへたまはむには、一大恒沙劫なり」と、

『大論』のこころをもて、恵心勘(かむがへ)たり、この数二乗凡夫のかずへてしるべきかずにあらず、かるがゆへに無量とはいへるなり。
すへて仏の功徳を論するに、能持・所持の二義あり、寿命をもて能持といひ、自余のもろもろの功徳をは、ことことく所持といふなり、寿命はよくもろもろの功徳をたもつ、一切の万徳みなことことく寿命にたもたるるかゆへなり。
これは当座の道師が、わたくしの義なり。すなわちかの仏の相好・光明・説法・利生等の一切功徳、およひ国土の一切荘厳等の、もろもろの快楽のことら、たたかの仏の命のながくましますがゆへの事なり。
もし命なくは、かれらの功徳荘厳等、なにによりてかととまるへき。しかれは四十八願の中にも、寿命無量の願に、自余の諸願をはおさめたるなり、たとひ第十八の念仏往生の願、ひろく諸機を摂して済度するににたりといゑとも、仏の御命もしみじかくば、その願なほひろまらじ。そのゆへは、もし百歳・千歳、もしは一劫・二劫にてもましまさましかは、いまのときの衆生は、ことことくその願にもれなまし。かの仏成仏してのち、十劫をすきたるかゆへなり。

これをもてこれをおもはは、済度利生の方便は、寿命の長遠なるにすぎたるはなく、大慈大悲の誓願も、寿命の無量なるにあらはるるものなり。これ娑婆世界の人も、命をもて第一のたからとす、七珍万宝をくらの内にみてたれとも、綾羅綿繍をはこのそこにたくわへたるも、命のいきたるほとこそ、わか宝にてもある、 まなこ閉ぬるのちは、みな人のものなり。しかれは 乃至 弥陀如来の寿命無量の願をおこしたまひけむも、御身のため長寿の果報をもとめたまふにはあらず、済度利生のひさしかるへきために、また衆生をして忻求のこころをおこさしめんためなり。一切衆生はみな命ながからむことをねがふかゆへなり。
凡そかの仏の功徳の中には、寿命無量の徳をそなへたまふに、すぎたることは候はぬなり。このゆへに、『双巻経』の題にも、「無量寿経」といへとも、「無量光経」とはいはず、隋朝よりさきの旧訳には、みな経の中に宗とあることをえらひて、詮をぬき略を存して、その題目とするなり。
すなはちこの経の詮には、阿弥陀如来の功徳をとくるなり、その功徳の中には、光明無量・寿命無量の二の義をそなへたり。その中には、また寿命なを最勝なるゆへに、「無量寿経」となづくるなり。また釈迦如来の功徳の中にも、久遠実成の宗をあらわせるをもて、殊勝甚深のこととせり。
すなはち『法華経』に、寿量品とてとかれたり、二十八品の中には、この品をもてすくれたりとす。まさにしるへし、諸仏の功徳にも、寿命をもて第一の功徳とし、衆生のたからにも、命をもて第一のたからとすといふことを。
その命なかき果報をうることは、衆生に飲食をあたへ、またものの命をころささるを業因とするなり、因と果と相応することなれは、食はすなはち命をつぐがゆへに、食をあたふるはすなはち命をあたふるなり。不殺生戒をたもつも、また衆生の命をたすくるなり。かるかゆへに、飲食をもて衆生に施与し、慈悲に住して不殺生戒をたもてば、かならす長命の果報をえたり。
しかるにかの阿弥陀如来は、すなはち願行あひたすけて、この寿命無量の徳おば成就したまへるなり。願といふは、四十八願の中の第十三の願にいはく、「設我得仏、寿命有能限量、下至百億那由他劫者 不取正覚」[30]とのたまへり。

行といふは、かの願をたてたまふてのち、無央数劫のあひた、また不殺生戒をたもてり。また一切の凡聖におひて、飲食・医薬を供養し施与したまへるなり。これは阿弥陀如来の寿命の功徳なり。 乃至

弥陀入滅

かの仏かくのことく寿命無量なりといえとも、また涅槃隠没の期まします。これについて、あわれなることこそ候へ、道綽禅師、念仏の衆生におひて、始終両益ありと釈したまへる。その終益をあかすに、すなはち『観音授記経』をひきていはく、「阿弥陀仏、住世の命兆載永劫ののち滅度したまひて、ただ観音・勢至、衆生を接引したまふことあるへし。そのときに、一向にもはら念仏して往生したる衆生のみ、つねに仏をみたてまつる、滅したまはぬかごとし、余行往生の衆生は、みたてまつることあらす」{安楽集巻下引所}といへり。往生をえてむ上に、そのときまてのことはあまりごとぞ。
とてもかくても、ありなむとおぼえぬべく候へとも、そのときにのぞみては、かなしかるべきことにてこそ候へ。かの釈迦入滅のありさまにても、おしはかられ候なり。
証果の羅漢・深位の大士も、非滅・現滅[31]のことはりをしりなから、当時別離のかなしみにたえす、天にあおき地にふし、哀哭し悲泣しき。いはんや未証の衆生をや、浅識の凡愚をや、乃至竜神八部も五十二類も、凡そ涅槃の一会、悲歎のなみたをなかさすといふことなし。
しかのみならす、娑羅林のこすえ、抜提河の水、すへて山川・渓谷・草木・樹林も、みな哀傷のいろをあらはしき。しかれは過去をききて未来をおもひ、穢土になすらへて浄土をしるに、かの阿弥陀仏の、衆宝荘厳の国土をかくれ、涅槃寂滅の道場にいりたまひてのち、八万四千の相好ふたたひ現することなく、無量無辺の光明はなかくてらすことなくば、かの会の聖衆人天等、悲哀のおもひ、恋慕のこころざし、いかばかりかは候べき。
七宝自然のはやしなりとも、八功如意の水なりとも、名華軟草のいろも、鳬鴈・鴛鴦のこえも、いかかそのときをしらさらむや、浄穢は土ことなりといへとも、世尊の滅度すてにことなることなし。
迷悟はこころかわるといえとも、所化の悲恋なんそかはることあらむや。この娑婆世界の凡夫、具縛の人の心事相応せす。
意楽各別にてつねに違背し、たかひに厭悪をするだにも、あるいは夫妻のちきりをもむすひ、あるいは朋友のことばをもなして、しはらくもなづさひ(昵)、また馴ぬれば、遠近のさかひをへだて、前後の生をあらため、かくのことく生をも死をも、わかれをつくるときには、なごりをおしむこころたちまちにもよおし、かなしみにたえす、なみたをさへかたきことにてこそは候へ。
いかにいはむやかの仏、内には慈悲哀愍のこころをのみたくはへてましませば、なれたてまつるにしたかふて、いよいよむつまじく、外には見者無厭[32]の徳をそなへてましませは、みまいらすることに、いやめづら[33]なるをや。まことに無量永劫かあひた、あさゆふに万徳円満のみかほをおがみたてまつり、昼夜に四弁無窮[34]の御音になれたてまつりて、恭敬瞻仰し随遂給仕して、すてたらむここちに、ながくみたてまつらざらむことになりたらむばかり、かなしかるべきことや候へき。

無有衆苦のさかひ、離諸妄想のところなりといふとも、このこと一事は、さこそおぼへ候らめとそおぼえ候。それに、もとのごとくみたてまつりて、あらたまることなからむことは、まことにあはれに、ありがたきこととこそおぼへ候へ。これすなはち念仏一行、かの仏の本願なるがゆへなり。おなじく往生をねがはむ人は、専修念仏の一門よりいるべきなり。

  康元二丁巳正月二日書之

愚禿親鸞 八十五歳


末註

  1. 半三身。◇半は分けるの意で、法身・報身と応身(化身)に分けるので半三身という。
  2. 華厳経に説く、仏・菩薩(ぼさつ)の得る十種の仏身。衆生身・国土身・業報身・声聞身・縁覚身・菩薩身・如来身・智身・法身・虚空身を解境の十仏、正覚仏・願仏・業報仏・住持仏・化仏・法界仏・心仏・三昧仏・性仏・如意仏を行境の十仏という。
  3. 中輩の「其人臨終無量寿仏化現其身 光明・相好、具如真仏(その人、終りに臨みて、無量寿仏はその身を化現したまふ。光明・相好はつぶさに真仏のごとし)」p.42の文から、化現する化仏と真仏ということがわかる
  4. 修因感果(しゅいんかんか) ◇因を修して果を感ず。善の因を修し、その各々の業力の作用により応ずべき果を感得すること。ここでは法蔵菩薩の修因感果を指す
  5. 白は色の基本だが、汚れやすい色であるということ。
  6. 五種の法。◇五停心観によって感得される仏か。
  7. 即ち生じ乃至三生に必ず生ず。◇『漢語灯録』には「造佛功德即決定往生業因次生及三生必得往生也(造仏の功徳は即ち決定往生の業因なり、次生及び三生には必ず往生を得る也)」とある。
  8. 光明は、あまねく十方世界を照らし、念仏の衆生を摂取して捨てたまはず。
  9. 隠顕。◇文章の表面に顕れたものと裏に隠れたものということ。「散善義」文前料簡で「 隠顕ありといへども、もしその道理によらばことごとくみなあるべし。」の語に依られた。 ここでの隠顕は、親鸞聖人が 「化身土文類」 でいわれるような真・仮 (真実・方便) を分別する意味ではない。
  10. 五通。◇五神通のこと。
  11. 智光の曼陀羅。◇奈良の元興寺に伝わる智光が感得したという曼荼羅の図像に基づいて作られた浄土曼荼羅の総称。
  12. 師秀が自らの逆修の為に造った仏像を前にしての御説法であるからこのようにいう。
  13. 風(ふ)。◇おもむき、様子。
  14. 依正二報。◇依報と正報の二種の果報のこと。正報とは過去の業(行為)の報いとして得た心身をいい、依報とはその心身のよりどころとなる国土・環境をいう。
  15. おもはく。◇思うことには。思ふのク用法。
  16. 三種の愛心。◇人の臨終の際に起こす三つの執着の心のこと。家族や財産などへの愛着である境界愛、自分自身の存在そのものに対する執着である自体愛、自身は死後どのようになるのかと憂える当生愛をいう。
  17. 加持。◇加持とは、サンスクリット語のadhisthana(アディシュターナ)の訳語で、もとは寄りそって立つこと。菩薩や仏が衆生にかかわりあうことである。
  18. ◇自らのなした行為の結果によって正念に住するから来迎があのではなく、仏の来迎があるから正念に住するのである、と、法然聖人は来迎の意味を反転されておられる。つまり当時流布していた正念来迎説を否定しておられた。 この正念を究極的に推し進めれば、念仏衆生摂取不捨と信知することは正念であり、親鸞聖人による「しかれば名を称するに、よく衆生の一切の無明を破し、よく衆生の一切の志願を満てたまふ。称名はすなはちこれ最勝真妙の正業なり。正業はすなはちこれ念仏なり。念仏はすなはちこれ南無阿弥陀仏なり。南無阿弥陀仏はすなはちこれ正念なりと、知るべしと」(*)という正念であり、如来を主体とした他力回向、つまり本願力回向論の正念になるのは当然であろう。ここで注意すべきは、御開山は弥陀の来迎そのものを完全否定しているのではないということである。もしそうであるならば、この『西方指南抄』を書き残される筈がない。往生決定は信の一念にあるという本願の思し召しに立たれて、臨終来迎を願い求めることを否定されたのである。
    御消息(1)の、「来迎は諸行往生にあり、自力の行者なるがゆゑに。臨終といふことは、諸行往生のひとにいふべし、いまだ真実の信心をえざるがゆゑなり。」の文は、来迎(を自力で願い求めて本願力を疑う者)は諸行往生にあり、と読むべきであろう。出来上がった教学の上で論ずるより、法然・親鸞両聖人の上で、このご法義を味わうべきであろう。文責:林遊@なんまんだぶ。
  19. 僻韻(へきいん)。◇僻案と同意か。かたよった考え。誤った言い方。◇現在ただいまの尋常の可聞可称の〈なんまんだぶ〉を肯わずに、臨終を期すことを誤った考え方であるとされる。
  20. ◇静照(~1003)の『四十八願釈』に「雖聞称名 皆得往生。然命終時 心多顛倒。弘誓大悲 不得晏然 故与大衆 現其人前。」(称名を聞きて皆な往生すといえども、しかるに命終の時、心おおく顛倒す。弘誓の大悲、晏然(あんぜん:安らかで落ち着いた様子)たるを得ざるが故に、大衆とともに其の人の前に現ず。)とあるそうである。「未見」
  21. 我れ生死海にありて幸いに聖船の筏にもうあえり。我が顕ずるところの真聖、卑穢の質を来迎したまう。もし浄土を欣求するに必ず形像造画せよ。臨終に其の前に現じて、摂心して道路を示すなり。念念に漸く罪を尽し、業に随いて九品に生ず。其の顕るところの聖衆は、まず新生の輩を讃じ、仏道の楽を増進せん。
  22. 『薬師琉璃光如来本願功徳経』に「復次に曼殊室利よ、若し四衆の苾芻(びっしゅ:比丘)・苾芻尼(びっしゅに:比丘尼)・鄔波索迦(うばそか:優婆塞)・鄔波斯迦(うばしか:優婆夷)、及び余の浄信の善男子・善女人等有りて、能く八分斎戒を受持すること、或は一年を経、或は復三月、学処を受持すること有らん。
    此の善根を以て、西方極楽世界 無量寿仏の所に生れて、正法を聴聞せんことを願い未だ定まらざる者、若し世尊、薬師瑠璃光如来の名号を聞かば、命終の時に臨んで八大菩薩有り、其の名を文殊師利菩薩・観世音菩薩・得大勢菩薩・無尽意菩薩・宝檀華菩薩・薬王菩薩・薬上菩薩・弥勒菩薩と曰う。 八大菩薩は空に乗じて来りて其の道路を示し、即ち彼の界、種種の雑色の衆の寳華の中に於て、自然に化生せん。 [1] とある。
  23. 御廟の僧正。◇源信僧都の師、慈恵大師良源。良源僧正は第十九願をもって浄土往生の願とされた。参考:「良源僧正は、第十八願は五逆と誹謗を犯していない凡夫の往生を誓った願であるが、その往生業は深妙ではないから臨終の来迎が誓われていない。それに引き替え第十九願に臨終来迎が誓われているのは、菩提心を発し、諸の功徳を修した勝れた行者であるからであって、当然第十八顧より第十九願の方が深妙な往生業が誓われている。」という。(梯實圓和上『顕浄土方便化身土文類講讃』より)三生果遂
  24. 万年にして三宝滅せんに、この経(大経)住すること百年せん。その時聞きて一念せんに、みなまさにかしこに生ずることを得べし。
  25. なんぢ仏名を称するがゆゑにもろもろの罪消滅す。われ来りてなんぢを迎ふ。
  26. それかの仏の名号を聞くことを得て、歓喜踊躍して乃至一念せんことあらん。まさに知るべし、この人は大利を得とす。すなはちこれ無上の功徳を具足するなりと。
  27. われ、無量寿仏の光明の威神、巍々殊妙なるを説かんに、昼夜一劫すとも、なほいまだ尽すことあたはじ」
  28. たとひわれ仏を得たらんに、光明よく限量ありて、下、百千億那由他の諸仏の国を照らさざるに至らば、正覚を取らじ。
  29. 仏、阿難に語りたまはく、「無量寿仏は寿命長久にして称計すべからず。なんぢむしろ知れりや。たとひ十方世界の無量の衆生、みな人身を得て、ことごとく声聞・縁覚を成就せしめて、すべてともに集会し、禅思一心にその智力を竭して、百千万劫においてことごとくともに推算してその寿命の長遠の数を計らんに、窮尽してその限極を知ることあたはじ。声聞・菩薩・天・人の衆の寿命の長短も、またまたかくのごとし。算数譬喩のよく知るところにあらざるなり。
  30. たとひわれ仏を得たらんに、寿命よく限量ありて、下、百千億那由他劫に至らば、正覚を取らじ。
  31. 非滅・現滅。滅にして現に滅に非ず。
  32. 左訓:ミタテマツルモノイトフコトナシ。
  33. いや目づら。◇悲しそうな顔のこと。
  34. 四弁無窮。◇仏・菩薩のもつ4種の自由自在な理解能力と表現能力を智慧の面から示した言葉。教えに精通している法無礙智、教えの表す意味内容に精通している義無礙智、いろいろの言語に精通している辞無礙智、以上の3種をもって自在に説く楽説無礙智。理解力の面から四無礙解、表現力の面から四無礙弁ともいう。ここではこのような四弁無窮なる名号を称えながら、その徳に慣れてしまっている事を指すか。