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知の支配が生んだ格差

提供: 本願力

知の支配が生んだ格差 内山 節

 来月のアメリカ大統領選挙の結果がどうなるのかはともかくとして、トランプ大統領には、強固な岩盤支持層の人たちがいる。この四年近くの間に、トランプ大統領は選挙公約を実現したわけでもなく、場当たり的な政治をつづけてきただけだった。だが彼の岩盤支持層は揺るぎなかった。一体なぜなのだろうか。私にはそのことのなかに、今日の社会の変化が表れているように感じられる。

 一七八九年のフランス革命は、すべての人々の平等を宣言した。以降、自由、平等、友愛が近代社会の基本理念になっていった。

 だがそのことによって平等な社会が生まれたわけではなかった。社会には、つねに、支配層が形成された。ヨーロッパでは近代的な階級社会が生まれ、上層階層による政治や経済の支配がつづけられた。

 このかたちは、今日なお、どこの国でも変わっていない。支配層が固定的、身分的なものなのか、入れ替わる流動性をもっているのかという点では、国による違いがあったとしても。ヨーロッパ諸国は、どちらかというと固定的な性格が強く、アメリカや戦後の日本にはある程度の流動性があった。

 ところが二十世紀の終盤くらいから、権力をもつ者への反発とは異なる、自分たちを抑え込んできた、知の支配とでもいうべきものへいらだちが、広がってきたように感じる。それは教養人による支配といってもよいし、近代的な知の作法を身につけている人たちによる支配と思ってもよい。自由、人権、民主主義、社会的正義、さらに今日では環境問題などを、近代的な知の作法にもとづいて語れる人たち。その人たちが、もっともらしい意見を述べながら、社会の支配層を形成していく。この構造のなかでは、近代的な知の作法を身につけていない人たちは、社会のなかでは従属的立場の人間でいるしかなかった。

 ところがインターネットの時代は、この構造に変化をもたらした。ネット上では、誰もが発言でき、意見を共有する仲間をつくりだせるようになった。それまでの教養人による支配の下で黙っているしかなかった人々が発言できる時代を手に入れたのである。

 この社会変化のなかで、これまでの教養人と、その人々による支配を憎悪する人たちの対立が強まっていく。前回のアメリカ大統領選挙では、古い教養人的支配層の象徴がヒラリー・クリントン候補であり、それと対決していく新しい英雄の代表がトランプ候補だと感じた人々が、トランプ支持へと流れていった。岩盤支持層はトランプ大統領の政策を支持しているのではなく、これまでの社会を支配してきたものと対決する大統領を支持してきたのである。

 それはアメリカだけの現象ではない。ヨーロッパ諸国でも同じような動きが広がり、それが国家主義勢力を伸長させている。新しい社会理念を示す人ではなく、これまでの社会を牛耳ってきた者たちの構造を壊すことを訴える人たちが、多くの国で強い支持を獲得するようになった。

 孝養人による支配の時代は、ものを言うことを封じられた人たちを、大量につくりだしていたのである。この格差構造を、これからどう解決させていったらよいのか。そのことと真剣に向き合わないかぎり、現代社会は無責任な扇動者によって破壊されていくことになってしまう。