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西方指南抄/下末

提供: 本願力

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真宗高田派で伝時されてきた、親鸞聖人筆(国宝)の法語集。親鸞聖人が師匠である法然聖人の法語・消息・行状記などを、収集した書物。奥書より康元元(1256)年~康元二(1257)年頃(84~85歳)書写されたものと思われる。テキストは、ネット上の「大藏經テキストデータベース」を利用し、『真宗聖教全書』に依ってページ番号を付した。これによってページ単位でもリンクも可能である。
読む利便を考えカタカナをひらがなに、旧字体を新字体に変換した。また、適宜改行を付した。各サブタイトルは『昭和新修 法然聖人全集』などを参考に適宜、私に於いて付した。
なお、いかなる場合においても、本データベースの利用、及び掲載文章等を原因とすることによって生じたトラブルについて、当サイトは一切その責を負いません。

西方指南抄 下末

四種往生の事

『安心決定鈔』にある四種往生の事。この説は明らかに臨終業成説を否定しているので鎮西浄土宗から非難を受けた。しかし『西方指南抄』で親鸞聖人が法然聖人の伝記として、この四種往生説を記されておられることから、そのような伝承があったのである。

四種往生の事[1]

一。正念念仏往生 阿弥陀経の説
二。狂乱念仏往生 観無量寿経の説
三。無記心往生 群疑論の説。懐感作
四。意念往生 法鼓経の説

『法鼓経』言。若人命終之時。不能作念。但知彼方有仏作往生意。亦得往生 云云[2]

黒田の聖人へつかはす御文

一紙小消息

『一紙小消息』(いっしこしょうそく)ともいう、法然聖人の法語。 法然が黒田の聖人に宛てた消息(手紙)である。黒田の聖人が誰であるかは未詳であり、源平の争乱で焼失した東大寺の復興の東大寺大勧進職を務めた俊乗房重源とする説や、その門弟の行賢とする説がある。「罪人なほむまる。いはむや善人おや」と『歎異抄』に示される説と逆の表現をなされて、特に一般的に受け容れやすい倫理的配慮をこめて法義をあらわしておられる。

末代の衆生を往生極楽の機にあててみるに、行すくなしとてうたかふへからす、一念十念たりぬへし。罪人なりとてうたかふへからす、罪根ふかきおもきらわすといへり。時くたれりとてうたかふへからす、法滅已後の衆生なほ往生すへし、いはむや近来おや。わか身わるしとてうたかふへからす、自身はこれ煩悩を具足せる凡夫なりといへり。
十方に浄土おほけれとも西方をねかふ、十悪五逆の衆生むまるるかゆへな り。諸仏の中に弥陀に帰したてまつるは、三念五念にいたるまて、みつからきたりてむかへたまふかゆへに、諸行の中に念仏をもちゐるは、かの仏の本願なるかゆへに。いま弥陀の本願に乗して往生しなむには、願として成せすといふ事あるへからす、本願に乗する事は、たた信心のふかきによるへし。うけかたき人身をうけて、あひかたき本願にまうあひ、おこしかたき道心をおこして、はなれかたき輪迴の里をはなれ、むまれかたき浄土に往生せむことは、よろこひの中のよろこひなり。罪は十悪五逆のものむまると信して、少罪おもおかさしとおもふへし。

罪人なほむまる、いはむや善人おや。行は一念十念むなしからすと信して、無間に修すへし、一念なほむまる、いかにいはむや多念おや。阿弥陀仏は、不取正覚の御ことば成就して、現にかのくににましませは、さためて命終には来迎したまはむずらむ。釈尊は、よきかなや、わかおしえにしたかひて、生死をはなれむと、知見したまはむ。六方の諸仏は、よろこはしきかな、われらか証誠を信して、不退の浄土に生せむと、よろこひたまふらむ。天をあふき地にふして、よろこふへし。このたひ弥陀の本願にまうあえる事を、行住坐臥にも報すへし。かの仏の恩徳を、たのみてもなほたのむへきは、乃至十念の御言、信してもなほ信すへきは、必得往生の文なり。


黒谷聖人源空

念仏大意

 末法の時代の凡夫にとっては、聖道の修行を成就することは困難で、一向専修の念仏門に入るべきことを勧めている。 阿弥陀仏の本願を薬師仏や千手観音の誓願と比較して、これらには、不取正覚の誓いがなかったり、未成仏であったりするが、弥陀の誓いにはそれがあり、すでに成仏していると強調し、この弥陀の誓いを信じて、専修念仏を信じ、称念すべきであると説く。

末代悪世の衆生の、往生のこころさしをいたさむにおきては、また他のつとめあるへからす。たた善導の釈につきて、一向専修の念仏門にいるへきなり。しかるを、一向の信をいたしてその門にいる人、きわめてありがたし。そのゆへは、或は他の行にこころをそめ、或は念仏の功能をおもくせさるなるへし。

つらつらこれをおもふに、まことしく往生浄土のねかひ、ふかきこころをもはらにする人、ありかたきゆへか、まつこの道理をよくよくこころうへきなり。すべて天台・法相の経論聖教も、そのつとめをいたさむに、ひとつとしてあだなるへきにはあらす。ただし仏道修行は、よくよく身をはかり時をはかるへきなり。仏の滅後第四の五百年にだに、智慧をみかきて煩悩を断する事かたく、こころをすまして禅定をえむ事かたきゆへに、人おほく念仏門にいりけり。すなわち道綽・善導等の浄土宗の聖人、この時の人なり。いはむやこのころは、第五の五百年、闘諍堅固の時なり、他の行法さらに成就せむ事かたし。しかのみならす、念仏におきては、末法ののちなほ利益あるへし、いはむやいまのよは、末法万年のはしめなり、一念弥陀を念せむに、なむそ往生をとけさらむや。

たとひわれら、そのうつわものにあらすといふとも、末法のすゑの衆生には、さらににるへからす。かつはまた釈尊在世の時すら、即身成仏におきては、竜女のほか、いとありかた し。たとひまた即身成仏まてにあらすとも、この聖道門をおこなひたまひけむ菩薩・声聞達、そのほかの権者ひじり達、そののち比丘・比丘尼等、いまにいたるまての経論の学者、『法華経』の持者、いくそはくそや。ここにわれら、なまじゐに聖道をまなふといふとも、かの人人には、さらにおよふへからす。かくのこときの末代の衆生を、阿弥陀仏かねてさとりたまひて、五劫があひた思惟して、四十八願をおこしたまへり。その中の第十八の願にいはく、「十方の衆生こころをいたして、信楽してわかくににむまれむとねかひて、乃至十念せむに、もしむまれすといはは、正覚をとらし」{大経}とちかひたまひて、すでに正覚なりたまへり。これをまた釈尊ときたまへる経、すなわち『観無量寿』等の三部経なり。かの経は、ただ念仏門なり。たとひ悪業の衆生等、弥陀のちかひばかりに、なほ信をいたすといふとも、釈迦これを一一にときたまへる三部経、あに一言もむなしからむや。
そのうへまた、六方十方の諸仏の証誠、この経等にみえたり。他の行におきては、かくのこときの証誠みえさるか。しかれは、ときもすき身にもこたふましからむ禅定・智慧を修せむよりは、利益現在にして、しかもそこばくの仏たちの証誠したまへる、弥陀の名号を称念すへき也。

そもそも後世者の中に、極楽はあさく、弥陀はくだれり、期するところ密厳・華蔵等の世界也と、こころをかくる人もはべるにや、それはなはたおほけなし。かの土は、断無明の菩薩のほかはいることなし。また一向専修の念仏門にいるなかにも、日別三万返、もしは五万乃至十万返といふとも、これをつとめおはりなむのち、年来受持読誦こうつもりたる、諸経おもよみたてまつらむ事、つみになるへきかと不審をなして、あざむくともがらも、まじわれり。それ罪になるへきにては、いかてかははへるへき、末代の衆生、その行成就しかたきによりて、まつ弥陀の願力にのりて、念仏の往生をとげてのち、浄土にして、阿弥陀如来・観音・勢至にあひたてまつりて、もろもろの聖教おも学し、さとりおもひらくへきなり。また末代の衆生、念仏をもはらにすへき事、其釈おほかる中に、かつは十方恒沙の諸仏証誠したまふ。

また『観経の疏』の第三に善導云、「自余衆行雖名是善、若比念仏者、全非比挍也、是故諸経中、処処広讃念仏功能、如無量寿経四十八願中、唯明専念弥陀名号得生、又如弥陀経中、一日七日専念弥陀名号得生、又十方恒沙諸仏証誠不虚也、又此経中定散文中、唯標専念名号得生、此例非一也。広顕念仏三昧竟」[3]とあり。また善導の『往生礼讃』、ならひに専修浄業の文等にも、雑修のものは往生をとくる事、万か中に一二なほかたし、専修のものは、百に百なからむまるといへり。これらすなわち、なに事もその門にいりなむには、、一向にもはら他のこころあるへからさるゆへなり。たとえは、今生にも主君につかへ、人をあひたのむみち、他人にこころさしをわくると、一向にあひたのむと、ひとしからさる事也。ただし家ゆたかにして、のりもの僮僕もかなひ、面面にこころさしをいたすちからも、たえたるともからは、かたかたにこころさしをわくといゑとも、その功むなしからす。

かくのこときのちからにたえざるものは、所所をかぬるあひた、身はつかるといゑとも、そのしるしをえかたし、一向に人一人をたのめは、まづしきものも、かならす其あわれみをうるなり。すなわち末代悪世の無智の衆生は、かのまづしきもののこときなり。むかしの権者は、いゑゆたかなる衆生のこときなり。しかれは無智のみをもちて、智者の行をまなはむにおきては、貧者の徳人をまなはむかこときなり。

またなほたとひをとらは、たかき山の、人かよふべくもなからむがむせきを、ちからたえざらむもの、石のかと木のねにとりすがりて、のぼらむとはげまむは、雑行を修して往生をねがわむがごとき也。かの山のみねより、つよきつなをおろしたらむに、すがりてのぼらむは、弥陀の願力をふかく信じて、一向に念仏をつとめて、往生せむがごときなるべし。

また一向専修には、ことに三心を具足すへき也。三心といふは、一には至誠心、二には深心、三には廻向発願心也。至誠心といふは、余仏を礼せす、弥陀を礼し、余行を修せす、弥陀を念して、もはらにしてもはらならしむる也。深心といふは、弥陀の本願をふかく信して、わかみは、無始よりこのかた罪悪生死の凡夫、一度として生死をまぬかるへきみちなきを、弥陀の本願不思議なるによりて、かの名号を一向に称念して、うたかひをなすこころなけれは、一念のあひたに、八十億劫の生死のつみを滅して、最後臨終の時、かならす弥陀の来迎にあつかる也。廻向発願心といふは、自他の行を、真実心の中に廻向発願する也。この三心ひとつもかけぬれは、往生をとけかたし。
しかれは、他の行をまじえむによりて、つみにはなるべからすといふとも、なほ念仏往生を不定に存じて、いささかのうたがひをのこして、他事をくわふるにて侍るべき也。ただしこの三心の中に、至誠心をやうやうにこころえて、ことにまことをいたすことを、かたく申しなすともがらも侍るにや。しからば弥陀の本願の本意にもたがひて、信心はかけぬるにてあるべきなり。いかに信力をいたすといふとも、かかる造悪の凡夫のみの、信力にてねがひを成就せむほどの信力は、いかでか侍るべき。ただ一向に往生を決定せむずれはこそ、本願の不思議にては侍べけれ。さやうに信力もふかく、よからむ人のためには、かかるあながちに不思議の本願、おこしたまふべきにあらず[4]この道理おば存しなから、まことしく専修念仏の一行にいる人、いみじくありがたきなり。

しかるを道綽禅師は決定往生の先達也、智慧ふかくして、講説を修したまひき。曇鸞法師の三世已下の弟子也。「かの鸞師は智慧高遠なりといゑとも、四論の講説をすてて、今仏門にいりたまはむや。わかしるところさわるところ、なむそおほしとするにたらむや」{迦才浄土論巻下所載}とおもひとりて、涅槃の講説をすてて、ひとへに往生の業を修して、一向にもはら弥陀を念して、相続無間にして、現に往生したまへり。かくのことき、道綽は講説をやめて念仏を修し、善導は雑修をきらいて専修をつとめたまひき。また道綽禅師のすすめによりて、并州の三県の人、七歳以後一向に念仏を修すといへり。しかれは、わか朝の末法の衆生、なむそあなかちに雑修をこのまむや。たたすみやかに、弥陀如来の願、釈迦如来の説、道綽・善導の釈をまもるに、雑行を修して極楽の果を不定に存せむよりは、専修の業を行して往生ののそみを決定すへき也。またかの道綽・善導等の釈は、念仏門の人人の事なれは、左右におよふへからす。法相宗におきては、専修念仏門ことに信向せざるかと存するところに、慈恩大師の『西方要決』に云く、「末法万年余経悉滅、弥陀一教利物偏増」[5]釈したまへり。また同書にいはく、「三空九断之文、十地五修之訓、生期分役死終非運、不如暫息多聞之広学、専念仏之単修」[6]といへり。
しかのみならす、また大聖竹林寺の『記』にいはく、「五台山竹林寺の大講堂の中にして、普賢・文殊東西に対座して、もろもろの衆生のために、妙法をときたまうとき、法照禅師ひさまつきて、文殊にとひたてまつりき。未来悪世の凡夫、いつれの法をおこないてか、なかく三界をいてて、浄土にむまるることをうへきと。文殊こたえてのたまはく、往生浄土のはかり事、弥陀の名号にすきたるはなく、頓証菩提の道、たた称念の一門にあり。これによりて、釈迦一代の聖教にほむるところ、みな弥陀にあり。いかにいはむや未来悪世の凡夫おやと、こたへたまへり。」

かくのこときの要文等、智者たちのおしへをみても、なほ信心なくして、ありかたき人界をうけて、ゆきやすき浄土にいらさらむ事、後悔なにことかこれにしかむや。かつはまた、かくのこときの専修念仏のともからを、当世にもはら難をくわへて、あざけりをなすともがら、おほくきこゆ。これまたむかしの権者達、かねてみなさとりしりたまへること也。

善導の法事讃に云く、

世尊説法時将了 慇懃付嘱弥陀名
五濁増時多疑謗 道俗相嫌不用聞
見有修行起瞋毒 方便破壊競生怨
如此生盲闡提輩 毀滅頓教永沈淪
超過大地微塵劫 未可得離三途身
大衆同心皆懺悔 所有破法罪因縁[7]

また『平等覚経』にいはく、「若善男子善女人ありて、かくのこときらの浄土の法文をとくをききて、悲喜をなして、身の毛よたつことをなして、ぬきいたすかことくするは、しるへし。この人過去にすでに、仏道をなしてきたれる也。もしまたこれをきくといふとも、すべて信楽せざらむにおきては、しるべし、この人はじめて、三悪道のなかよりきたれるなり。」{安楽集巻上所引意} しかれは、かくのこときの謗難のともからは、さうなき罪人のよしをしりて、論談にあたふへからさる事也。また十善かたくたもたすして、忉利・都率をねかはむ事、きわめてかなひかたし。

極楽は、五逆のもの念仏によりてむまる、いはむや十悪におきては、さわりとなるへからす。また慈尊の出世を期せむにも、五十六億七千万歳、いとまちどおなり。いまだしらず、他方の浄土、そのところところには、かくのこときの本願なし。
極楽はもはら、弥陀の願力はなはだふかし、なむそほかをもとむへき。またこのたひ仏法に縁をむすひて、三生・四生に得脱せむと、のそみをかくるともからあり、このねかひきわめて不定なり。大通結縁の人[8]、信楽慚愧のころものうらに、一乗無価の玉をかけて、隔生即亡して、三千の塵点があひた、六趣に輪迴せしにあらすや。たとひまた、三生・四生に縁をむすひて、必定得脱すへきにても、それをまちつけむ輪転のあひたのくるしみ、いとたえかたかるへし、いとまちどおなるへし。またかの聖道門においては、三乗・五乗の得道なり、この行は多百千劫なり。ここにわれらこのたひ、はしめて人界の生をうけたるにてもあらす、世世生生をへて、如来の教化にも、菩薩の弘経にも、いくそばくかあひたてまつりたりけむ。たた不信にして、教化にもれきたるなるへし。

三世の諸仏・十方の菩薩、おもへはみなこれむかしのともなり。釈迦も五百塵点のさき、弥陀も十劫のさきは、かたしけなく父母師弟とも、たかひになりたまひけむ。仏は前仏の教をうけ、善知識のおしえを信して、はやく発心修行したまひて、成仏してひさしくなりたまひにけり。われらは信心おろかなるかゆへに、いまに生死にとまれるなるへし。過去の輪転をおもへば、未来もまたかくのことし。たとひ二乗の心おばおこすといふとも、菩提心おばおこしがたし。如来は勝方便にしておこないたまへり。濁世の衆生、自力をはげまむには、百千億劫難行苦行をいたすといふとも、そのつとめおよふところにあらす。またかの聖道門は、よく清浄にして、そのうつわものにたれらむ人の、つとむへき行なり。懈怠不信にしては、中中行せしめむよりも、罪業の因となるかたもありぬへし。念仏門におきては、行住座臥ねてもさめても持念するに、そのたよりとがなくして、そのうつわものをきらはす、ことことく往生の因となる事、うたがひなし。

彼仏因中立弘誓 聞名念我総迎来
不簡貧窮将富貴 不簡下智与高才
不簡多聞持浄戒 不簡破戒罪根深
但使迴心多念仏 能令瓦礫変成金[9]{五会法事讃巻本}

といへり。またいみしき経論聖教の智者といゑとも、最後臨終の時、其文を暗誦するにあたはす。念仏におきては、いのちをきわむるにいたるまて称念するに、そのわづらひなし。また仏の誓願のためし[10]をひらかむにも、薬師の十二の誓願には、不取正覚の願なく、千手の願また、不取正覚とちかひたまへるも、いまだ正覚なりたまはず。弥陀は不取正覚の願をおこして、しかも正覚なりて、すでに十劫をへたまへり。かくのこときの弥陀のちかひに、信をいたさざらむ人は、また他の法文おも信仰するにおよばず。しかれば返返も、一向専修の念仏に信をいたして、他のこころなく、日夜朝暮、行住座臥に、おこたる事なく称念すへき也。専修念仏をいたすともから、当世にも往生をとぐるきこえ、其かずおほし。雑修の人におきて、そのきこえきわめてありかたき也。

そもそもこれをみても、なほよこさまのひがゐむ[11]にいりて、もの難ぜむとおもはむともがらは、さだめていよいよ、いきどほりをなして、しからば、むかしより仏のときおきたまへる経論聖教、みなもて無益のいたづらものにて、うせなむとするにこそなど、あざけり申さむずらむ。それは天台・法相の本寺本山に修学をいとなみて、名利おも存し、おほやけにもつかへ、官位おものぞまむとおもはむ人におきては、左右におよぶべからす。また上根利智の人は、其かぎりにあらず。このこころをえて、よく了見する人は、あやまりて聖道門を、ことにおもくするゆへと存すへき也。しかるをなほ念仏にあひかねて、つとめをいたさむ事は、聖道門をすでに念仏の助行にもちゐるへきか、その条こそ、かへりて聖道門をうしなふにては侍けれ。たたこの念仏門は、返返もまた他心なく後世をおもはむともからの、よしなきひがゐむにおもむきて、時おも身おもはからず、雑行を修して、このたびたまたまありがたき人界にむまれて、さばかりまうあひがたかるべき弥陀のちかひをすてて、また三途の旧里にかへりて、生死に輪転して、多百千劫をへむかなしさを、おもひしらむ人の身のためを申すなり。さらは諸宗のいきどほりには、およぶべからざる事也。

九条殿下の北政所へ進ずる御返事

九条殿北政所[12]御返事

かしこまりて申上候。さては御念仏申させおはしまし候なるこそ、よにうれしく候へ。まことに往生の行は、念仏がめでたきことにて候也。そのゆへは、念仏は弥陀の本願の行なればなり。余の行は、それ真言・止観のたかき行法なりといゑども、弥陀の本願にあらず。

また念仏は釈迦の付属の行なり、余行はまことに定散両門のめてたき行なりといゑとも、釈尊これを付嘱したまはず。また念仏は六方の諸仏の証誠の行也、余の行はたとひ顕密事理のやむごとなき行也と申せども、諸仏これを証誠したまはず。このゆへに、やうやうの行おほく候へども、往生のみちには、ひとえに念仏すぐれたることにて候也。

しかるに、往生のみちにうとき人の申やうは、余の真言・止観の行にたへざる人の、やすきままのつとめにてこそ念仏はあれと申は、きわめたるひがごとに候。そのゆへは、弥陀の本願にあらざる余行をきらひすてて、また釈尊の付属にあらざる行おばえらびとどめ、また諸仏の証誠にあらざる行おばやめおさめて、いまはただ弥陀の本願にまかせ、釈尊の付属により、諸仏の証誠にしたがひて、おろかなるわたくしのはからひをやめて、これらのゆへ、つよき念仏[13]の行をつとめて、往生おばいのるべしと申にて候也。これは恵心僧都の『往生要集』に、「往生の業念仏を本とす」と申たる、このこころ也。いまはただ余行をとどめて、一向に念仏にならせたまふべし。念仏にとりても、一向専修の念仏也。そのむね、三昧発得の善導の『観経の疏』にみえたり。
また『双巻経』に、「一向専念無量寿仏」といへり。一向の言は、二向・三向に対して、ひとへに余の行をゑらびて、きらひのぞくこころなり。御いのりのれうにも、念仏がめでたく候。『往生要集』にも、余行の中に念仏すぐれたるよしみえたり。また伝教大師の七難消滅の法[14]にも、念仏をつとむべしとみえて候。おほよそ十方の諸仏、三界の天衆、妄語したまはぬ行にて候へば、現世・後生の御つとめ、なに事かこれにすぎ候べきや。いまただ一向専修の但念仏者に、ならせおはしますべく候

熊谷へ遣はす書(九月十六日付)

御ふみくはしくうけたまはり候ぬ。
かやうにまめやかに、大事におほしめし候。返返ありかたく候。まことにこのたひ、かまへて往生しなむと、おほしめしきるへく候。うけかたき人身、すてにうけたり、あひかたき念仏往生の法門にあひたり。娑婆をいとふこころあり、極楽をねかふこころおこりたり。弥陀の本願ふかし。往生はたた御こころにあるたひなり。ゆめゆめ御念仏おこたらす、決定往生のよしを存せさせたまふへく候。なに事もととめ候ぬ。

  九月十六日 源空

要義問答

この法語は、浄土門の修行者が、ご法義をどのように心得たらよいかを問答体で述べる。本願の第十八願の、至心と信楽は『観経』の至誠心と深信に相当するとする。また『往生要集』の序分を引き「教をえらぶにはあらす、機をはからふなり」と、時機純熟の教えに依るべきである事を示し、三心・四修について詳細に説く。

まことにこの身には、道心のなき事と、やまひとはかりや。なけきにて候らむ、世をいとなむ事なけれは、四方に馳騁せす。衣食ともにかけたりといゑとも、身命をおしむこころ切ならぬは、あなかちにうれへとするにおよはぬ。こころをやすくせむためにも、すて候へきよにこそ候めれ。いはむや無常のかなしみは、めのまへにみてり。いつれの月日おか、おはりのときと期せむ。さかへあるものも、ひさしからす。

いのちあるものも、またうれえあり、すへていとふへきは六道生死のさかひ、ねかふへきは浄土菩提なり。天上にむまれて、たのしみにほこるといゑとも、五衰退没[15]のくるしみあり。人間にむまれて、国王の身をうけて、一四天下おはしたかふといゑとも、生老病死・愛別離苦・怨憎会苦の、一事もまぬかるる事なし。これらの苦なからむすら、三悪道にかへるおそれあり。こころあらむ人は、いかかいとはさるへき。うけかたき人界の生をうけて、あひかたき仏教にあひ、このたひ出離をもとめさせたまへ。

問。おほかたは、さこそはおもふことにて候へとも、かやうにおほせらるることはにつきて、さうなく出家をしたりとも、こころに名利をはなれたる事もなし。持戒清浄なる事なく、無道心にて人に謗をなされむ事、いかかとおほえ候。それも在家にありて、おほくの輪迴の業をまさむよりは、よき事にてや候へき。

答。たわふれに尼のころもをき、さけにゑいて出家をしたる人、みな仏道の因となりにきと、ふるきものにもかきつたえられて候。『往生の十因』と申ふみには、勝如聖人の父母ともに出家せし時、男はとし四十一、妻は三十三なり。修行の僧をもちて師としき、師ほめていはく、衰老にもいたらす、病患にものそます、いま出家をもとむ、これ最上の善根なりとこそはいひけれ。
釈迦如来。当来道師弥勒慈尊に付属したまふにも、破戒・重悪のともからなりといふとも、頭をそり、衣をそめ、袈裟をかけたらむものは、みな汝につくとこそは、おほせられて候へ。されは破戒なりといゑとも、三会得脱なほたのみあり[16]。ある経の文には、在家の持戒には、出家の破戒はすくれたりとこそは申候へ。まことに仏法流布の世にむまれて、出離の道をえて、解脱幢相のころもを肩にかけ、釈子につらなりて、仏法修行せさらむ。まことに宝の山にいりて、手をむなしくしてかへるためしなり。

問。まことに出家なとしては、さすかに生死をはなれ、菩提にいたらむ事をこそは、いとなみにて候へけれ。いかやうにかつとめ、いかやうにかねかひ候へき。

『安楽集』に云。「大乗の聖教によるに、二種の勝法あり。一には聖道、二には往生浄土也」。穢土の中にして、やかて仏果をもとむるは、みな聖道門なり。諸法の実相を観して証をえむと、法華三昧を行して、六根清浄をもとめ、三密の行法をこらして、即身に成仏せむとおもふ、あるいは四道の果をもとめ、また三明六通をねかふ、これみな難行道なり。往生浄土門といふは、まつ浄土にむまれて、かしこにてさとりをもひらき、仏にもならむとおもふなり。これは易行道といふ。生死をはなるるみちみちおほし、いつれよりもいらせたまへ。

問。されはわれらかこときのおろかなるものは、浄土をねかひ候へきか、いかに。

答。『安楽集』に云く、「聖道の一種は、いまの時には証しかたし、一には大聖をされる事はるかにとおきによる。二には理はふかくして、さとりはすくなきによる。このゆへに『大集月蔵経』にいはく、わか末法のときの中の億億の衆生、行をおこし道を修するに、一人もうるものはあらす。まことにいま末法五濁悪世なり。たた浄土の一門のみありて通入すへきなり。ここをもて諸仏の大悲、浄土に帰せよとすすめたまふ。一形悪をつくれとも、たたよくこころをかけて、まことをもはらにして、つねによく念仏せよ。一切のもろもろのさはり、自然にのそこりて、さためて往生をう。なむそおもひはからすして、さるこころなきや」といふ。
永観ののたまはく、「真言・止観は、理ふかくして、さとりかたく、三論・法相は、みちかすかにして、まとひやすし」{往生十因}なむと候。まことに観念もたえす、行法にもいたらさらむ人は、浄土の往生をとけて、一切の法門おも、やすくさとらせたまはむは、よく候なむとおほえ候。

問。十方に浄土おほし、いつれおかねかひ候へき。兜率の上生をねかふ人もおほく候。いかかおもひさため候へき。

答。天台大師ののたまはく、「諸教所讃多在弥陀、故以西方而爲一順」[17]{止観輔行巻二之一}と。また顕密の教法の中に、もはら極楽をすすむる事は、称計すへからす。恵心の『往生要集』に、十方に対して西方をすすめ、兜率に対しておほくの勝劣をたて、難易相違の証拠をひけり、たつね御覧せさせたまへ。極楽この土に縁ふかし、弥陀は有縁の教主なり、宿因のゆへ本願のゆへ、たた西方をねかはせたまふへきとこそ、おほえ候へ。

問。まことにさては、ひとすちに極楽をねかふへきにこそ候なれ。極楽をねかはむには、いつれの行かすくれて候へき。

答。善導釈してのたまはく、「行に二種あり。一には正行、二には雑行なり。正の中に五種の正行あり、一には礼拝の正行、二には讃嘆供養の正行。三には読誦正行、四には観察正行、五には称名の正行なり。一に礼拝の正行といふは、礼せむには、すなわちかの仏を礼して、余体をましえされ。二に讃嘆供養の正行といふは弥陀を讃嘆供養して、余の讃嘆供養をましえされ。三に読誦の正行といふは、読誦せむには、『弥陀経』等の三部経を読誦して、余の読誦をましえされ。四に観察の正行といふは、憶念観察せむには、かの土の二報荘厳等を観察して、余の観察をましえされ。五に称名の正行といふは、称せむには、すなわちかの仏を称して、余の称名をましえされ。この五種を往生の正行とす。この正行の中にまた二あり、一には正、二には助、称名をもては正とし、礼誦等をもちては助業となつく。この正助二行をのそきて、自余の衆善はみな雑行となつく」。また釈していはく、「自余の衆善は、善となつくといゑとも、念仏にくらふれは、またく比挍にあらす」{散善義意}とのたまへり。浄土をねかはせたまはは、一向に念仏をこそは、まふさせたまはめ。

問。余行を修して、往生せむことは、かなひ候ましや。されとも『法華経』{巻六}には、「即往安楽世界阿弥陀仏」といひ、密教の中にも、決定往生の真言、滅罪の真言あり。諸教の中に、浄土に往生すへき功力をとけり。また穢土の中にして仏果にいたるといふ。かたき徳をたに具せらむ教を修行して、やすき往生極楽に迴向せは、仏果にかなうまでこそかたくとも、往生はやすくや候べきとこそ、おぼえ候へ。またおのづから聴聞などにうけたまはるにも、法華と念仏ひとつものと釈せられ候。ならべて修せむに、なにかくるしく候へき。

答。『双巻経』に三輩往生の業をときて、ともに「一向専念無量寿仏」とのたまへり。『観無量寿経』に、もろもろの往生の行をあつめてときたまふおはりに、阿難に付嘱したまふところには、「なむぢこのことばをたもて、このことばをたもてといふは、無量寿仏のみなをたもてとなり」と、ときたまふ。善導観経を釈してのたまふに、「定散両門の益をとくといえども、仏の本願をのぞむには、一向にもはら弥陀の名号を称せしむるにあり」{散善義}といふ。同き経の文に、「一一の光明、十方世界の念仏の衆生をてらして、摂取してすてたまはす」{観経}ととけり。善導釈してのたまふには、「論ぜず余の雑業のものをてらし摂取すといふことおば」{観念法門}とかず候。余行のものふつと[18]むまれずとはいふにはあらず。善導も「迴向してむまるへしといゑとも、もろもろの疎雑の行となつく」{散善義}とこそは、おほせられたれ。

『往生要集』の序にも、「顕密の教法、その文ひとつにあらす。事理の業因、その行これおほし。利智精進の人は、いまだかたしとせす、予がこときの頑嚕のもの、たやすからむや。このゆへに、念仏の一門によりて、経論の要文をあつむ、これをひらき、これを修するに、さとりやすく、行しやすし」といふ。これらの証拠あきらめつべし、教をえらふにはあらす、機をはからふなり。わかちからにて生死をはなれむ事、はげみがたくして、ひとへに他力の弥陀の本願をたのむ也。先徳たちおもひはからひてこそは、道綽は聖道をすてて浄土の門にいり、善導は雑行をとどめて、一向に念仏して三昧をえたまひき。浄土宗の祖師、次第にあひつけり、わつかに一両をあく。この朝にも恵心・永観なといふ自宗・他宗、ひとへに念仏の一門をすすめたまへり。
専雑二修の義、はしめて申におよはす、浄土宗のふみおほく候。こまかに御覧候へし。また即身得道の行、往生極楽におよはさらむやと候は、まことにいわれたるやうに候へとも、なかにも宗と申ことの候そかし。善導の『観経の疏』にいはく、「般若経のこときは、空慧をもて宗とす、維摩経のこときは、不思議解脱をもちて宗とす、いまこの観経は、観仏三昧をもちて宗とし、念仏三昧をもちて宗とす」といふかことき。法華は真如実相平等の妙理を観して証をとり、現身に五品六根の位にもかなふ、これをもちて宗とす。また真言には、即身成仏をもちて宗とす。法華にも、おほく功力をあけて、経をほむるついでに、「即往安楽」ともいひ、また「即往兜率天上」ともいふ。これは便宜の説なり、往生を宗とするにはあらす。真言もまたかくのことし。法華・念仏ひとつなりといひて、ならへて修せよといはは、善導和尚は、『法華』・『維摩』等を読誦しき。浄土の一門にいりにしよりこのかた、一向に念仏して、あえて余の行をましふる事なかりき。しかのみならす、浄土宗の禅師あひつきて、みな一向に名号を称して、余業をまじへざれとすすむ。これらを按して、専修の一行にいらせたまへとは申すなり。

問。浄土の法門に、まつなになにをみてこころつき候なむ。

答。経には、『双巻』・『観無量寿』・『小阿弥陀経等』、これを浄土の三部経となつく。文には、善導の『観経の疏』・『六時礼讃』・『観念法門』、道綽の『安楽集』、慈恩の『西方要決』、懐感の『群疑論』、天台の『十疑論』、わか朝の人師恵心の『往生要集』なむとこそは、つねに人のみるものにて候へ、たたなにを御覧すとも、よく御こころえて念仏申させたまはむに、往生なにかうたかひ候へき。

問。こころおは、いかやうにかつかひ候へき。

答。三心を具足せさせたまへ。其三心と申は、一には至誠心、二には深心、三には迴向発願心なり。

一に至誠心といふは、真実の心なり。善導釈してのたまはく、「至といふは真の義、誠といふは実の義、真実のこころの中に、この自他の依正二報をいとひすてて、三業に修するところの行業に、かならす真実をもちゐよ。ほかに賢善精進の相を現して、うちに虚仮をいたくものは、日夜十二時につとめおこなふこと、かうべの火をはらふかことくにすれとも、往生をえすといふ。たた内外明闇おはえらはす、真実をもちゐるゆへに、至誠心となつく。

二に深心といふは、ふかき信なり。決定してふかく信せよ、自身は現にこれ罪悪生死の凡夫なり、曠劫よりこのかた、つねにしつみつねに流転して、出離の縁あることなし。また決定してふかく信せよ、かの阿弥陀仏の四十八願をもて、衆生をうけおさめて、うたかひなく、うらおもひなく、かの願力にのりて、さためて往生すと。あふきてねかはくは仏のみことおは信せよ。もし一切の智者百千万人きたりて、経論の証をひきて、一切の凡夫念仏して往生する事をえずといはむに、一念の疑退のこころをおこすへからす。ただこたえていふべし、なむぢがひくところの経論を、信ぜざるにはあらず、なむちか信するところの経論は、なむぢが有縁の教、わが信するところは、わが有縁の教、いまひくところの経論は、菩薩・人・天等に通じてとけり、この『観経』等の三部は、濁悪不善の凡夫のためにときたまふ。しかればかの経をときたまふ時には、対機も別に、所も別に、利益も別なりき、いまきみがうたかひをきくに、いよいよ信心を増長す。もしは羅漢・辟支仏・初地・十地の菩薩、十方にみちみち、化仏・報仏ひかりをかかやかし、虚空にみしたをはきて、むまれすとのたまはば、またこたえていふべし。 仏の説は一切の仏説におなじ、釈迦如来のときたまふ教をあらためば、制止したまふところの殺生・十悪等の罪をあらためて、またおかすべからむや。さきの仏そらごとしたまはば、のちの仏もまたそら事したまふべし。おなじことならば、ただ信じそめたる法おば、あらためしといひて、ながく退する事なかれ、かるがゆへに深心なり。

三に迴向発願心といふは、一切の善根を、ことことくみな迴向して、往生極楽のためとす。決定真実のこころの中に迴向して、むまるるおもひをなすなり。このこころ深信なる事、金剛のことくにして、一切の異見・異学・別解・別行の人等に動乱し破壊せられされ。いまさらに行者のために、ひとつのたとひをときて、外邪・異見の難をふせがむ。
人ありて西にむかひて百里千里をゆくに、忽然として中路にふたつの河あり。一にはこれ火の河、南にあり。二にはこれ水の河、北にあり、各ひろさ百歩、ふかくしてそこなし、南北にほとりなし。まさに水火の中間に、一の白道あり、ひろさ四五寸はかりなるへし。この道、東の岸より西の岸にいたるに、なかさ百歩、その水の波浪ましわりすきて、道をうるおす。火炎またきたりて道をやく、水火あひましわりて、つねにやむ事なし。
この人すてに空曠のはるかなるところにいたるに、人なくして群賊悪獣あり。このひとひとりありくをみて、きおいきたりてころさむとす。この人死をおそれて、たたちにはしりて西にむかふ。忽然としてこの大河をみるに、すなわち念言すらく、南北にほとりなし、中間に一の白道をみる、きわめて狭少なり、ふたつの岸あいさる事ちかしといゑとも、いかかゆくへき、今日さためて死せむ事うたかひなし。まさしくかへらむとおもへは、群賊・悪獣やうやくにきたりせむ、南北にさりはしらむとおもへは、悪獣・毒虫きおひきたりてわれにむかふ。まさに西にむかひてみちをたつねて、しかもさらむとおもへは、おそらくはこのふたつの河におちぬへし。この時おそるる事いふへからす、すなわち思念すらく、かへるとも死し、またさるとも死しなむ、一種としても死をまぬかれさるものなり。われむしろこのみちをたつねて、さきにむかひてしかもさらむ、すてにこのみちあり、かならすわたるへしと。
このおもひをなす時に、東の岸にたちまちに人のすすむるこゑをきく。きみ決定してこのみちをたつねてゆけ、かならす死の難なけむ、住せはすなわち死しなむ。西の岸の上に人ありてよはひていはく、なむち一心にまさしく念して、身心いたりてみちをたつねて直にすすみて疑怯退心をなさす。あるいは一分二分ゆくに、群賊等よはいていはく、きみかへりきたれ、このみちはけあしくあしきみちなり、すくる事をうへからす、死しなむことうたかひなし、われらか衆あしきこころなし、このたひあひむかふに、よはふこゑをきくといゑとも、かへりみす。直にすすみて、道を念してしかもゆくに、須臾にすなわち西の岸にいたりて、なかくもろもろの難をはなる。善友あひむかひて、よろこひやむ事なし。これはこれたとひなり。

次に喩を合すといふは、東の岸といふは、すなわちこの娑婆の火宅にたとふるなり。群賊悪獣いつわりちかつくといふは、すなわち衆生の六根・六識・六塵・五陰・四大なり。人なき空曠の沢といふは、すなわち悪友にしたかひて、まことの善知識にあはさるなり。水火の二河といふは、すなわち衆生の貪愛は水のことく、瞋憎は火のことくなるにたとふるなり。中間の白道四五寸といふは、衆生の貪瞋煩悩の中に、よく清浄の願往生の心をなすなり。貪瞋こはきによるかゆへに、すなわち水火のことしとたとふるなり。水波つねにみちをうるおすといふは、愛心つねにおこりて、善心を染汚するなり。また火炎つねにみちをやくといふは、すなわち瞋嫌のこころ、よく功徳の法財をやくなり。
人みちをのほるに直に西にむかふといふは、すなわちもろもろの行業をめくらして、直に西にむかふにたとふるなり。東の岸に人のこゑのすすめやるをききて、みちをたつねて直に西にすすむといふは、すなわち釈迦はすてに滅したまひてのち、人みたてまつらされとも、なほ教法ありて、すなわちたつぬへし、これをこゑのことしとたとふるなり。
あるいは一分二分するに群賊等よはひかへすといふは、別解・別行・悪見人等、みたりに見解をときてあひ惑乱し、およびみづから罪をつくりて退失するなり。西の岸の上に人ありてよばふといふは、すなわち弥陀の願のこころにたとふるなり。須臾にすなわち西の岸にいたりて善友あひみてよろこふといふは、すなわち衆生のひさしく生死にしづみて、曠劫より輪迴し迷倒し、身づから迷て解脱するによしなし。あふきて発遣して西方にむかへしめたまふ。弥陀の悲心まねきよはひたまふに、二尊の心に信順して、水火の二河をかへりみす、念念にわするる事なく、かの願力に乗して、このみちにいのちをすておはりてのち、かのくににむまるる事をえて、仏とあひみて、慶楽する事きわまりなからむ。行者行住座臥の三業に修するところ、昼夜時節をとふことなく、つねにこのさとりをなし、このおもひをなすかゆへに、迴向発願心といふ。
また迴向といふは、かのくににむまれおはりて、大悲をおこして、生死にかへりいりて、衆生を教化するを、迴向となつく。三心すてに具すれは、行の成せさることなし、願行すてに成して、もしむまれすといはは、このことわりある事なけむと。」{散善義意}已上善導の釈の文なり。

問。『阿弥陀経』の中に、一心不乱と候そかしな、これ阿弥陀仏を申さむ時、余事をすこしもおもひまぜ候ましきにや。一声念仏を申さむほと、ものをおもひませざらむ事は、やすく候へは、一念往生にはもるる人候はじとおほえ候。またいのちのおはるを期として、余念なからむ事は、凡夫の往生すべき事にても候はず、この義いかかこころえ候へき。

答。善導この事を釈してのたまはく、ひとたひ三心を具足してのち、みたれやふれさる事、金剛のこときにて、いのちのおはるを期とするを、なつけて一心といふと候。阿弥陀仏の本願の文に、「設我得仏、「十方衆生 至心信楽 欲生我国 乃至十念、若不生者 不取正覚」といふ、
この文に至心といふは、『観経』にあかすところの、三心の中の至誠心にあたれり。信楽といふは、深心にあたれり。これをふさねて、いのちのおはるを期として、みたれぬものを、一心とは申なり。
このこころを具せさらむもの、もしは一日もしは二日、乃至一声十声に、かならす往生する事をうといふ、いかてか凡夫のこころに、散乱なき事候へき。されはこそ、易行道とは申ことにて候へ。『双巻経』の文には「横截五悪趣、悪趣自然閉、昇道無窮極、易往而無人」[19]{大経巻下}ととけり。まことにゆきやすき事、これにすきたるや候へき。劫をつみてむまるといはは、いのちもみしかく、みもたえさらむ人、いかかとおもふへきに、本願に乃至十念といふ、願成就の文に、「乃至一念もかの仏を念して、こころをいたして迴向すれは、すなわちかのくににむまるる事をう」{大経巻下}といふ。造悪のものむまれすといはは、『観経』の文に、五逆の罪人むまるととく。もしよもくたり、人のこころもおろかなる時は、信心うすくして、むまれかたしといはは、『双巻経』の文に、「当来之世、経道滅尽、我以慈悲哀愍、特留此経、止住百歳、其有衆生値此経者、随意所願皆可得度」[20]{大経巻下} 云云

その時の衆生は三宝の名をきく事なし。もろもろの聖教は竜宮にかくてれ、一巻もととまることなし。たた悪邪無信のさかりなる衆生のみあり、みな悪道におちぬへし。弥陀の本願をもちて、釈迦の大悲ふかきゆへに、この教をととめたまひつる事百年なり。いはむやこのころは、これ末法のはしめなり、万年ののちの衆生におとらむや。かるかゆへに易往といふ。しかりといゑとも、この教にあふものはかたく、またおのつからきくといゑとも、信する事かたきかゆへに、しかれは無人といふ、まことにことわりなるへし。
『阿弥陀経』に、「もしは一日もしは二日乃至七日、名号を執持して一心不乱なれは、その人命終の時に、阿弥陀仏もろもろの聖衆と、現にその人のまへにまします。おはる時心不顛倒して、阿弥陀仏の極楽国土に往生する事をう」といふ。この事をときたまふ時に、釈迦一仏の所説を信せさらむ事をおそれて、「六方の如来同心同時に、おのおの広長の舌相をいたして、あまねく三千大千世界におほいて、もしこの事そらことならは、わかいたすところの広長の舌やふれたたれて、くちにかへりいる事あらし」{観念法門}と、ちかひたまひき。経の文、釈の文あらはに候。たたよく御こころえ候へ。また大事を成したまひしときは、みな証明ありき、『法華経』をときたまひしときは、多宝一仏証明し、『般若』をときたまひし時は、四方四仏証明したまふ。しかりといゑとも、一日七日の念仏のこときに、証誠のさかりなる事はなし。仏もこのことをことに大事におほしめしたるにこそ候め。

問。信心のやうはうけたまはりぬ、行の次第いかか候へき。

答。四修をこそは本とする事にて候へ。一には長時修、二には慇重修、また恭敬修となつく。三には無間修。四には無余修なり。
一に長時修といふは、慈恩の『西方要決』にいはく、「初発心よりこのかた、つねに退転なきなり。」善導は、「いのちのおはるを期として、誓て中にととまらされ」{礼讃}といふ。

二に恭敬修といふは、極楽の仏・法・僧宝において、つねに憶念して尊重をなすなり。『往生要集』にあり。また『要決』にいはく、「恭敬修、これにつきて五あり。一には有縁の聖人をうやまふ、二には有縁の像と教とをうやまふ、三には有縁の善知識をうやまふ、四には同縁の伴をうやまふ、五には三宝をうやまふ。一に有縁の聖人をうやまふといふは、行住座臥西方をそむかす、涕唾便利西方にむかはされといふ。二に有縁の像と教とをうやまふといふは、弥陀の像を、あまねくつくりもかきもせよ、ひろくする事あたはすは、一仏二菩薩をつくれ。また教をうやまふといふは、弥陀経等を五色の袋にいれて、みつからもよみ、他をおしへてもよませよ。像と経とを室のうちに安置して、六時に礼讃し、香華供養すへし。三に有縁の善知識をうやまふといふは、浄土の教をのへむものおは、もしは千由旬よりこのかた、ならひに敬重し親近し供養すへし。別学のものおも、総してうやまふこころをおこすへし。もし軽慢をなさは、つみをうる事きわまりなし。すすめても衆生のために善知識となりて、かならす西方に帰する事をもちゐよ。この火宅に住せは、退没ありていてかたきかゆへなり。火界の修道はなはたかたきかゆへに、すすめて西方に帰せしむ。ひとたひ往生をえつれは、三学自然に勝進しぬ、万行ならひにそなわるかゆへに。弥陀の浄国は造悪の地なし。四に同縁の伴をうやまふといふは、おなしく業を修するものなり。みつからはさとりおもくして、独(ひとり)業は成せりといゑとも、かならすよきともによりて、まさに行をなす、あやうきをたすけ、あやうきをすくふ事、同伴の善縁なり。ふかくあひたのみておもくすへし。五に木のかたふきたるか、たうるるには、まかれるによるかことし、ことのさわりありて、西にむかふにおよはすは、たた西にむかふおもひをなすにはしかす。」

三に無間修といふは、『要決』に云、「つねに念仏して往生のこころをなせ、一切の時において、こころにつねにおもひたくむへし。たとへは、もし人他に抄掠せられて、身下賤となりて、艱辛をうく、たちまちに父母をおもひて、本国にはしりかへらむとおもふて、ゆくへきはかりこと、いまたわきまへすして、他郷にあり、日夜に思惟す。苦たえしのふへからす。時としても、本国をおもはすといふことなし。計をなすことえて、すてにかへりて、達することをえて、父母に親近して、ほしきままに歓娯するかことし、行者またしかなり。往因の煩悩に善心を壊乱せられて、福智の珍財ならひに散失して、ひさしく生死にしつみて、六道に駈馳して、苦み身心をせむ。いま善縁にあひて、弥陀の慈父をききて、まさに仏恩を念して、報尽を期として、こころにつねにおもふへし。こころにあひつきて余業をましへされ。」

四に無余修といふは、『要決』にいはく、「もはら極楽をもとめて礼念するなり。諸余の行業を雑起せされ、所作の業は日別に念仏すへし。」
善導ののたまはく、「専らかの仏の名号を念し専ら礼し、もはらかの仏およひ、かの土の一切の聖衆等をほめて、余業をましえされ。専修のものは、百はすなわち百なからむまれ、雑修のものは、百か中にわつかに一二なり。雑縁にねかひつきぬれは、みつからもさえ、他の往生の正行おもさうるなり。なにをもてのゆへに、われみつから、諸方をみきくに、道俗解行不同にして、専雑ことなり。たたこころをもはらになさは、十はすなわち十なからむまる、雑修のものは、一もえす」{礼讃意}といふ。
また善導釈してのたまはく、「西方浄土の業を修せむとおもはむものは、四修おつる事なく、三業ましわる事なくして、一切の諸願を廃して、たた西方の一行と一願とを修せよ」{群疑論巻四意}とこそ候へ。

問。一切の善根は魔王のためにさまたけらる、これはいかかして対治し候へき。

答。魔界といふものは、衆生をたふろかすものなり。一切の行業は、自力をたのむかゆへ也。念仏の行者は、みをは罪悪生死の凡夫とおもへは、自力をたのむ事なくして、たた弥陀の願力にのりて往生せむとねかふに、魔縁たよりをうる事なし。観慧をこらす人にも、なほ空界の魔事ありといふ、弥陀の一事には、もとより魔事なし、観人清浄なるかゆへにといへり。仏をたふろかす魔縁なけれは、念仏のものおはさまたくへからす、他力をたのむによるかゆへに。百丈の石をふねにおきつれは、万里の大海をすぐといふかことし。または念仏の行者のまへには、弥陀・観音つねにきたりたまふ、二十五の菩薩、百重千重護念したまふに、たよりをうべからす。

問。阿弥陀仏を念するに、いかはかりの罪おか滅し候。

答。「一念によく八十億劫の生死の罪を滅すと」{観経意}いひ、また「但聞仏名二菩薩名 除無量劫 生死之罪」[21]{観経}なと申候そかし。

問。念仏と申候は、仏の色相光明を念するは、観仏三昧なり。報身を念し、同体の仏性を観するは、智あさくこころすくなき、われらか境界にあらす。

答。善導のたまはく、「相を観せすして、たた名字を称せよ。衆生障重して、観成する事かたし、このゆへに大聖あはれみて、称名をもはらにすすめたまへり。こころはかすかにして、たましひ十方にとひちるかゆへなり」{礼讃意}といふ。本願の文を、善導釈してのたまはく、「若我成仏、十方衆生 願生我国 称我名号 下至十声、乗我願力 若不生者 不取正覚、彼仏今現在成仏、当知本誓重願不虚、衆生称念必得往生」[22]{礼讃}と、おほせられて候。
とくとく安楽の浄土に往生せさせおはしまして、弥陀・観音を師として、法華の真如実相平等の妙理、般若の第一義空、真言の即身成仏、一切の聖教、こころのままにさとらせおはしますへし。

津戸三郎に答ふる書

御ふみくはしくうけたまはり候ぬ。たづねおほせたびて候事とも、おほやうしるし申候。
くまがやの入道、つのとの三郎は、無智のものなればこそ、念仏おばすすめたれ、有智の人には、かならずしも、念仏にかぎるべからずと申よし、きこえて候覧、きわめたるひが事に候。そのゆへは、念仏の行は、もとより有智無智にかぎらず、弥陀のむかしちかひたまひし本願も、あまねく一切衆生のため也。無智のためには念仏を願し、有智のためには余のふかき行を願じたまへる事なし、十方衆生のために、ひろく有智・無智、有罪・無罪、善人・悪人、持戒・破戒、たふときもいやしきも、男も女も、もしは仏在世、もしは仏滅後の近来の衆生、もしは釈迦の末法万年ののち、三宝みなうせての時の衆生まで、みなこもりたる也。
また善導和尚の、弥陀の化身として、専修念仏をすすめたまへるも、ひろく一切衆生のためにすすめて、無智のものにかぎる事は候はず。ひろき弥陀の願をたのみ、あまねき善導のすすめをひろめむもの、いかでか無智の人にかぎりて、有智の人をへだてむや。もししからば、弥陀の本願にもそむき、善導の御こころにもかなふべからず。されば、この辺にまうできて、往生のみちをとひたづね候人には、有智無智を論ぜす、みな念仏の行ばかりを申候也。しかるに、そらごとをかまへて、さやうに念仏を申とどめむとするものは、このさきのよに念仏三昧浄土の法門をきかず、後世にまた三悪道にかへるへきもの、しかるべくして、さやうの事おば、たくみ申候事にて候なり。そのよし聖教にみえて候也。

見有修行起瞋毒、方便破壊競生怨
如此生盲闡提輩、毀滅頓教永沈淪
超過大地微塵劫、未可得離三途身」[23]{法事讃巻下}と申たる也。

この文のこころは、浄土をねがひ念仏を行するものをみては、瞋をおこし毒心をふうみて、はかり事をめぐらし、やうやうの方便をなして、念仏の行を破て、あらそひて怨をなし、これをとどめむとするなり。かくのごときの人は、むまれてよりこのかた、仏法のまなこしひて、仏の種をうしなへる闡提の輩なり。この弥陀の名号をとなえて、ながき生死をたちまちにきりて、常住の極楽に往生すといふ、頓教の法をそしりほろぼして、この罪によりて、ながく三悪にしづむといえるなり。かくのごときの人は、大地微塵劫をすぐとも、むなしく三悪道のみをはなるる事をうべからずといえるなり。
されば、さやうに妄語をたくみて申候覧人は、かへりてあはれむべきものなり。さほどのものの申さむによりて、念仏にうたがひをなし、不審をおこさむものは、いふにたらざるほどの事にてこそ候はめ。おほかた弥陀に縁あさく、往生に時いたらぬものは、きけども信ぜす、行するをみては、腹をたていかりを含て、さまたげむとすることにて候也。そのこころをえて、いかに人申候とも、御こころばかりはゆるがせたまふべからす。あながちに信ぜざらむは、仏なほちからおよひたまふまじ、いかにいはむや、凡夫ちからおよぶまじき事也。
かかる不信の衆生のために、慈悲をおこして、利益せむとおもふにつけても、とく極楽へまいりて、さとりひらきて、生死にかへりて、誹謗不信のものをわたして、一切衆生あまねく利益せむとおもふべき事にて候也。このよしを御こころえておはしますべし。

一。一家の人人の善願に結縁助成せむこと、この条左右におよび候はず。尤しかるべく候。念仏の行をさまたぐる事をこそ、専修の行に制したる事にて候へ。人人のあるいは堂おもつくり、仏おもつくり、経おもかき、僧おも供養せむには、ちからをくわへ縁をむすばむが、念仏をさまたげ、専修をさふるほどの事は候まじ。

一。この世のいのりに、仏にも神にも申さむ事は、そもくるしみ候まじ。後世の往生、念仏のほかにあらず行をするこそ、念仏をさまたぐれは、あしき事にて候へ。この世のためにする事は、往生のためにては候はねば、仏神のいのり、さらにくるしかるまじく候也。

一。念仏を申させたまはむには、こころをつねにかけて、口にわすれずとなふるが、めでたきことにては候なり。念仏の行は、もとより行住座臥時処諸縁をきらわざる行にて候へば、たとひみもきたなく、口もきたなくとも、こころをきよくして、わすれず申させたまはむ事、返返神妙に候。ひまなくさやうに申させたまはむこそ、返返ありがたくめでたく候へ。
いかならむところ、いかならむ時なりとも、わすれず申させたまはば、往生の業にはかならずなり候はむずる也。そのよしを御こころえて、おなじこころならむ人には、おしえさせたまふべし。いかなる時にも申さざらむをこそ、ねうじて[24]まふさばやとおもひ候べきに、申されむをねうじて申させたまはぬ事は、いかでか候べき。ゆめゆめ候まじ、ただいかなるおりもきらはず、申させたまふべし。あなかしこあなかしこ。

一。御仏おほせにしたかひて、開眼してくだしまいらせ候。阿弥陀の三尊つくりまいらせさせたまひて候なる、返返神妙に候。いかさまにも、仏像をつくりまいらせたるは、めでたき功徳にて候也。

一。いま一いふべき事のあるとおほせられて候はなに事にか候覧、なむ条はばかりか候べき。おほせ候べし。

一。念仏の行あながちに信ぜさる人に、論じあひ、またあらぬ行、ことさとりの人にむかひて、いたくしゐておほせらるる事候まじ。異学異解の人をえては、これを恭敬してかなしめ、あなづる事なかれと、申たることにて候也。されば同心に極楽をねがひ、念仏を申さむ人に、たとひ塵刹のほかの人なりとも、同行のおもひをなして、一仏浄土にむまれむとおもふべきにて候なり。阿弥陀仏に縁なくて、浄土にちぎりなく候はむ人の、信もおこらず、ねがはしくもなく候はむには、ちからおよはず。ただこころにまかせて、いかなる行おもして、後生たすかりて、三悪道をはなるる事を、人のこころにしたがひてすすめ候べきなり。またさわ候へども、ちりばかりもかなひ候ぬべからむ人には、弥陀仏をすすめ、極楽をねがふべきにて候ぞ、いかに申候とも、このよの人の極楽にむまれぬ事は、候まじき事にて候也。このあひだの事おば、人のこころにしたがひて、はからふべく候なり。いかさまにも、人とあらそふことは、ゆめゆめ候まじ、もしはそしり、もしは信ぜさらむものをば、ひさしく地獄にありて、また地獄へかへるべきものなりと、よくよくこころえて、こわからで、こしらふべきにて候か。またよもとは、おもひまいらせ候へども、いかなる人申候とも、念仏の御こころなむど、たぢろきおぼしめす事、あるまじく候。たとひ千の仏世にいでて、まのあたりおしえさせたまふとも、これは釈迦・弥陀よりはじめて、恒沙の仏の証誠せさせたまふ事なればと、おぼしめして、こころざしを金剛よりもかたくして、このたびかならず、阿弥陀仏の御まへにまいりてむと、おぼしめすべく候也。かくのごときの事、かたはし申さむに、御こころえて、わがため人のために、おこなはせたまふべし。

あなかしこあなかしこ。

  九月十八日 源空。

つのとの三郎殿 御返事

つのとの三郎といふは、武蔵国の住人也。おほこ[25]・しのや[26]・つのと[27]、この三人は、聖人根本の弟子なり。つのとは生年八十一にて、自害して、めでたく往生をとげたりけり。故聖人往生のとしとて、ししたりける。もし正月二十五日などにてやありけむ。こまかにたづね記すべし。

康元元 丙辰 十一月八日
愚禿親鸞 八十四歳 書之


末註

  1. 『安心決定鈔』に四種往生の事として詳述あり。[1]
  2. 読下:「もし人命終の時に念をなすことあたはざれども、ただかの方に仏ましますと知りて往生の意をなせば、また往生を得」。『安楽集』第五大門p263に『法鼓経』を取意して「依法鼓経云 若人臨終之時 不能作念 但知彼方有仏作往生意 亦得往生」とあるがこの文に依るか。
  3. 自余の衆行はこれ善と名づくといへども、もし念仏に比ぶれば、まつたく比校にあらず。このゆゑに諸経のなかに処々に広く念仏の功能を讃めたり。 『無量寿経』の四十八願のなかのごときは、ただもつぱら弥陀の名号を念じて生ずることを得と明かす。 また『弥陀経』のなかのごときは、一日七日もつぱら弥陀の名号を念じて生ずることを得と。 また十方恒沙の諸仏の証誠虚しからずと。 またこの『経』(観経)の定散の文のなかに、ただもつぱら名号を念じて生ずることを得と標せり。 この例一にあらず。 広く念仏三昧を顕しをはりぬ。
  4. 至誠心を賢善精進であると取り違えることへの誡め。「不得外現賢善精進之相内懐虚仮」を、外に賢善精進の相を現ずることを得ざれ、内に虚仮を懐いて、と訓ぜられた親鸞聖人に近い発想である。
  5. 「末法万年に、余経はことごとく滅して、弥陀の一教は物を利することひとへに増せらん。」
  6. 「三空九断の文、十地五修のおしえ、生期分役し死してついに運にあらず。暫く多聞の広学をやめるにしかず、念仏の単修をもっぱらにすべし。」?
    なお、現在の『西方要決』原文には、「三空九断之文。理幽言博。十地五修之教。義奥詞繁。功非一簣之能。業成数載之慮。豈刹那之分。念積塵沙。方宣九有之奇。心恒造境。境述二無之妙。識恋邪魔。将崇達妄之由。生期分促。待植会真之智。死路非運。未若屏慮持斎。息多聞広業。安神慧浦。興少学之軍修。運竭穢方。渉遥邦之上苑。霊居浄国。託妙質於金台。同至道於慈顔。折疑何停。」とあるので取意の文か。
  7. 「世尊法を説きたまふこと、時まさに 了りなんとして、慇懃に弥陀の名を付属したまふ。五濁増の時は多く疑謗し、道俗あひ嫌ひて聞くことを用ゐず。修行することあるを見ては瞋毒を起し、方便破壊して競ひて怨を生ず。かくのごとき生盲闡提の輩は、頓教を毀滅して永く沈淪す。大地微塵劫を超過すとも、いまだ三塗の身を離るることを得べからず。大衆同心にみな、あらゆる破法罪の因縁を懺悔せよ。」*多くこの『法事讃』の文を引かれるが、当時専修念仏の教えがいかに誤解され弾圧されたかが窺える。なんまんだぶ 
  8. 『法華経』化城喩品に出てくる大通智勝仏に縁を結ぶこと。大通智勝仏が三千塵点劫の昔に出現して『法華経』を説いたときに、十六人の王子がいた。釈尊もその一人とされる。この王子たちがそれぞれの場所で『法華経』を説き、六百万億恒河沙等の衆生を導いたという。これを大通覆講と言う。この時に、法を聞いた衆生を大通結縁の衆という。
  9. 「かの仏の因中に弘誓を立てたまへり。名を聞きてわれを念ぜばすべて迎へ来らしめん。貧窮と富貴とを簡ばず、下智と高才とを簡ばず、多聞と浄戒を持てるとを簡ばず、破戒と罪根の深きとを簡ばず。ただ回心して多く念仏せしむれば、よく瓦礫をして変じて金(こがね)と成さんがごとくせしむ」『教行証文類』行巻の訓。
  10. ためし。前にあったこと。先例、前例のこと。
  11. ひがゐむ。僻因(ひがいん)か。僻んだ考え方。
  12. 北政所とは摂政・関白の正妻に宣下する名称で、ここでは九条兼実の妻、藤原兼子(藤原季行の娘)のこと。北政所は正治二年(1200)、法然聖人から受戒した。
  13. 念仏に易と勝の義があるので、ここでは強き念仏とされたのであろう。
  14. 伝教大師に、直接念誦の功徳を示す文はないそうだが、親鸞聖人にも「山家の伝教大師は 国土人民をあはれみて 七難消滅の誦文には 南無阿弥陀仏をとなふべし」(現世利益和讃)の和讃があるので何らかの伝承があったのであろう。
  15. 天人五衰として知られる。天界にいる天人が、長寿の末に迎える死の直前に現れる五つの兆しのこと。この天人の五衰の時の苦悩に比べると、地獄で受ける苦もその16分の1に満たないという。『正法念経』
  16. 出家していれば、釈尊が入滅してから五十六億七千万年を経た時、弥勒菩薩が兜率天からこの世に下生して、竜華樹の下で成道し、大衆のために開くというで三回の説法の会座に会えるということ。
  17. 「諸教の讃ずるところ多く弥陀にあり。ゆえに西方を以って一順となす」
  18. (下に打ち消しの語を伴って) さっぱり。完全に。まったく。
  19. 悪趣自然に閉ぢ、道に昇るに窮極なからん。往き易くして人なし。
  20. 当来の世に経道滅尽せんに、われ慈悲をもつて哀愍して、特にこの経を留めて止住すること百歳せん。それ衆生ありてこの経に値ふものは、意の所願に随ひてみな得度すべし。
  21. ただ仏名・二菩薩名を聞くだに、無量劫の生死の罪を除く。
  22. もしわれ成仏せんに、十方の衆生、わが名号を称すること下十声に至るまで、もし生ぜずは、正覚を取らじ」(第十八願)と。かの仏いま現に世にましまして成仏したまへり。まさに知るべし、本誓重願虚しからず、衆生称念すればかならず往生を得。
  23. 修行することあるを見ては瞋毒を起し、方便破壊して競ひて怨を生ず。かくのごとき生盲闡提の輩は、頓教を毀滅して永 く沈淪す。大地微塵劫を超過すとも、いまだ三塗の身を離るることを得べからず。
  24. 念じて。念(ネウ)ず。
  25. 上野国の武士、大胡太郎実秀
  26. 相模国の武士、渋谷道遍
  27. 源頼朝の武士、津戸三郎為守