「西方指南抄/中本」の版間の差分
提供: 本願力
(ページの作成: 西方指南抄中本<br /> 聖人御在生之時記註之 外見におよはされ祕藏すへし<br /> 御生年六十有丑年也<br /> 建久九年正月一日記<br...) |
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西方指南抄中本<br /> | 西方指南抄中本<br /> | ||
− | + | 聖人御在生之時記註之 外見におよはされ秘蔵すへし<br /> | |
御生年六十有丑年也<br /> | 御生年六十有丑年也<br /> | ||
建久九年正月一日記<br /> | 建久九年正月一日記<br /> | ||
− | + | 一日桜梅の法橋教慶のもとより。かへりたまひてのち。未申の時はかり。恒例正月七日念仏始行せしめたまふ。一日明相少しこれを現したまふ。自然にあきらかなりと 云云<br /> | |
− | + | 二日水想観自然にこれを成就したまふ 云云<br /> | |
− | + | 総して念仏七箇日の内に。地想観の中に。疏璃の相少分これをみたまふと。二月四日の朝。瑠璃地分明に現したまふと云。<br /> | |
− | + | 六日後夜に。瑠璃宮殿の相。これを現すと云。七日朝に。またかさねてこれを現す。すなはちこれ宮殿をもて。その相影現したまふ。総して水想・地想・宝樹・宝池・宝殿の五の観。始正月一日より。二月七日にいたるまて。三十七箇日のあひた。毎日七万念仏。不退にこれをつとめたまふ。<br /> | |
これによりて。これらの相を現すとのたまへり。<br /> | これによりて。これらの相を現すとのたまへり。<br /> | ||
始二月二十五日より。あかきところにして目をひらく。眼根より赤袋瑠璃の壺出生す。これをみる。そのまへにして。目を閉てこれをみる。目を開けへすなはち失すと云り<br /> | 始二月二十五日より。あかきところにして目をひらく。眼根より赤袋瑠璃の壺出生す。これをみる。そのまへにして。目を閉てこれをみる。目を開けへすなはち失すと云り<br /> | ||
− | + | 二月二十八日。病によて念仏これを退す。一万返あるいは二万。右眼にそののち光明あり。はなたなり。また光あり。はしあかし。また眼に琉璃あり。その形瑠璃の壺のことし。琉璃に赤花あり。宝形のことし。また日入てのち。いててみれは。四方みな方ことに。赤く青き宝樹あり。その高さたまりなし。高下こころにしたかふて。あるいは四五丈。あるいは二三十丈と云<br /> | |
− | + | 八月一日。本のことく六万返これをはしむ。九月二十二日朝。地想分明に現す。周囲七八段はかり。そののち。二十三日の後夜。ならひに朝に。また分明にこれを現すと 云云<br /> | |
− | + | 正治二年二月のころ。地想等の五の観行。住座臥こころにしたかふて。任運にこれを現すと 云云<br /> | |
− | + | 建仁元年二月八日の後夜に。鳥のこゑをきく。またことのおとをきく。ふゑのおとをきく。そののち。日にしたかふて。自在にこれをきく。しやうのおとら。これをきく。さまさまのおと。正月五日三度。勢至菩薩の御うしろに。丈六はかりの勢至の御面像現せり。これをもてこれを推する。西の持仏堂にて。勢至菩薩の形像より。丈六の面を出現せり。これすなわちこれを推するに。この菩薩すてにもて念仏法門の所証のためのゆへに。いま念仏者のために。そのかたちを示現したまへり。<br /> | |
− | + | これをうたかふへからす。同六日。はしめて座処より四方一段はかり。青瑠璃の地なりと 云云<br /> | |
− | + | 今においては。経釈によて往生うたかひなしと。地観の文にこころうるに。うたかひなしといへるかゆへにといへり。これをおもふへし。<br /> | |
− | + | 建仁二年十二月二十八日。高畠の少将きたれり。持仏堂にしてこれに謁す。そのあした。例のことく念仏を修したまふ。阿弥陀仏をみまいらせてのち。障子よりすきとほりて。仏の面像を現したまふ。大け丈六のことし。仏面すなわちまた隠れたまひ了ぬ。二十八日午時の事也<br /> | |
− | + | 元久三年正月四日。念仏のあひた。三尊大身を現したまふ。また五日。三尊大身を現したまふ。<br /> | |
聖人のみつからの御記文なり<br /> | 聖人のみつからの御記文なり<br /> | ||
法然聖人御夢想記 善導御事<br /> | 法然聖人御夢想記 善導御事<br /> | ||
− | + | 或夜夢みらく。一の大山あり。その峯きわめて高し。南北なかくとおし。西方にむかへり。山の根に大河あり。傍の山より出たり。北に流たり。南の河原眇眇として。その辺際をしらす。林樹滋滋として。そのかきりをしらす。ここに源空たちまちに山腹に登て。はるかに西方をみれは。地より巳上五十尺はかり上に昇て。空中にひとむらの紫雲あり。以爲。何所に往生人のあるそ哉。ここに紫雲とひきたりて。わかところ。にいたる。希有のおもひをなすところに。すなはち紫雲の中より。孔雀・鸚鵡等の衆鳥とひいてて。河原に遊戯す。沙をほり浜に戯る。これらの鳥をみれは。凡鳥にあらす。身より光をはなちて。照曜きはまりなし。<br /> | |
− | + | そののちとひ昇て。本のことく紫雲の中に入畢す。ここにこの紫雲。このところに住せす。このところをすきて。北にむかふて。山河にかくれ了す。また以爲。山の東に往生人のあるに哉。かくのことく思惟するあひた。須臾にかへりきたりて。わかまへに住す。この紫雲の中より。くろくそめたる衣著たる僧一人。とひくたりて。わかたちたるところの下に住立す。われすなはち。恭敬のためにあゆみおりて。僧の足のしもにたちたり。この僧を瞻仰すれは。身上半は肉身。すなはち僧形也。身よりしも半は金色なり。仏身のことく也。ここに源空合掌低頭して。問てまふさく。これ誰人の来りたまふそ哉と。答て曰。われはこれ善導也と。また問てまふさく。なにのゆへに来たまふそ哉。また答曰。余不肖なりといゑとも。よく専修念仏のことを言。はなはたもて貴とす。ためのゆへにもて来也。また問て言く。専修念仏の人。みなもて爲往生哉と。いまたその答をうけたまはらさるあひたに。忽然として夢覚了。或人念仏之不審を。故聖人に奉問曰。第二十の願は。大綱の願なり。係念といふは。三生の内にかならす果遂すへし。仮令通計するに。百年の内に往生すへき也 云云<br /> | |
− | + | これ九品往生の義意釈なり。極大遅者をもて三生に出さるこころ。かくのことく釈せり又阿弥陀経の已発願等は。これ三生之証也と。又云。阿弥陀経等は。浄土門の出世の本懐なり。法華経者。聖道門の出世の本懐なり 云云 望ところはことなり。疑に足さる者也<br /> | |
− | + | 又云。我安置するところの一切経律論は。これ観経所摂の法也。又云。地蔵等の諸菩薩を蔑如すへからす。往生以後伴侶たるへきかゆへなりと又云。<br /> | |
− | + | 近代の行人。観法をもちゐるに。あたはす。もし仏像等を観せむは。運慶・康慶か所造にすきし。もし宝樹等を観せは。桜梅桃李之花菓等にすきし。しかるに彼仏今現在成仏等の釈を信して。一向に名号を称すへき也と云。たた名号をとなふるに。三心おのつから具足する也と云り<br /> | |
− | + | 又云。念仏はやうなきをもてなり。名号をとなふるほか。一切やうなき事也と云り<br /> | |
− | + | 又云。諸経の中にとくところの極楽の荘厳等は。みなこれ四十八願成就の文也。念仏を勧進するところは。第十八の願成就の文なり。観経の三心。小経の一心不乱。大経の願成就の文の信心歓喜と。同流通の歓喜踊躍と。みなこれ至心信楽之心也と云り。これらの心をもて。念仏の三心を釈したまへる也と 云云<br /> | |
− | + | 又云。玄義に云。釈迦の要門は定散二善なり。<br /> | |
− | + | 定者息慮凝心なり。散者廃悪修善なり。弘願者。如大経説。一切善悪凡夫得生といへり。予こときは。さきの要門にたえす。よてひとへに弘願を憑也と云り<br /> | |
− | + | 又云。導和尚。深心を釈せむかために。余の二心を釈したまふ也。経の文の三心をみるに。一切行なし。深心の釈にいたりて。はしめて念仏行をあかすところ也<br /> | |
− | + | 又云。往生の業成就。臨終平生にわたるへし。本願の文に別にゑらはさるかゆへにと云り。恵心のこころ平生の見にわたる也と云り。<br /> | |
− | + | 又云。往生の業成は。念をもて本とす。名号を称するは。念を成せむかため也。もし声をはなるるとき。念すなわて懈怠するかゆへに。常恒に称唱すれは。すなはち念相続す。心念の業生をひくかゆへ也<br /> | |
− | + | 又云。称名の行者。常途念仏のとき。不浄をははかるへからす。相続を要とするかゆへに。如意輪の法は。不浄をははからす。弥陀・観音一体不二也。これをおもふに。善導の別時の行には。清浄潔斎をもちゐる尋常の行。これにことなるへき歟。恵心の不論時処諸縁之釈。永観の不論身浄不浄之釈。さためて存するところある歟と云<br /> | |
− | + | 又云。善導は。第十八の願。一向に仏号を称念して往生すと云り。恵心のこころ。観念称念等。みなこれを摂すと云り。もし要集のこころによらは。行者においては。この名をあやまちてむ歟と<br /> | |
− | + | 又云。第十九の願は。諸行之人を引入して。念仏之願に帰せしめむと也<br /> | |
− | + | 又云。真実心といふは。行者願往生の心なり。矯飾なく表裏なき相応の心也。雑毒虚仮等は。名聞利養の心也。大品経云。捨よと利養名聞 文 大論に述此文之下に云。当業捨雑毒者。一声一念猶具せは之。無実心之相也。翻内矯外者。仮令外相不法。内心真実願往生者。可遂往生也 云云<br /> | |
− | + | 深心といふは。疑慮なき心也。利他真実者。得生之後利他門之相也。よてくはしく釈せすと。観無量寿経に。若有衆生願生彼国者。発三種心即便往生。何等爲三。一者至誠心。二者深心。三者迴向発願心。具三心者必生彼国といへり。<br /> | |
− | + | 往生礼讃に。釈三心畢云。具此三心必得往生也。若少一心即不得生。然則尤可具三心也。<br /> | |
− | + | 一至誠心者。真実心也。身行礼拝。口唱名号。意想相好。皆用実心。総而言之。厭離穢土。忻求浄土。修諸行業。皆以真実心可勤修之。外現賢善精進之相。内懐かは愚悪懈怠之心。所修行業日夜十二時無間行すとも之不得往生。外顕愚悪懈怠之形。内住賢善精進之念修行之者。雖一時一念其行不虚必得往生。是名至誠心。<br /> | |
− | + | 二深心者。深信之心也。付之有二。一者信我是罪悪不善之身。無始已来輪回六道無往生縁。二信雖罪人以仏願力爲れは強縁得往生。無疑無慮。付此亦有二。一就人立信。二就行立信。就人立信者。出離生死道雖多。大分有二。一聖道門。二浄土門。聖道門者。於此娑婆世界。断煩悩証菩提道也。浄土門者。厭此娑婆世界。忻極楽修善根門也。雖有二門。閣聖道門帰浄土門。然若有人。多引経論。罪悪凡夫不と<br /> | |
− | + | 得往生。雖聞此語。不生退心弥増信心。<br /> | |
− | + | 所以者何。罪障凡夫往生するは浄土。釈尊誠言。非凡夫妄説。我已信仏言深忻求浄土。設諸仏菩薩来。罪障凡夫言不生浄土。不可信之。<br /> | |
− | + | 何以故。菩薩仏弟子。若実是菩薩者。不可乖仏説。然已違仏説言不得往生。<br /> | |
− | + | 知非真菩薩。是故不可信。また仏是同体大悲。実是仏者。不可違釈迦説。<br /> | |
− | + | 然則阿弥陀経説。一日七日念阿弥陀仏名号必得往生者。六方恒沙諸仏同釈迦仏。<br /> | |
− | + | 不と虚証誠之。然今背釈迦説云不得往生。故知非真仏。是天魔変化。以是義故不可依信。仏菩薩説尚以不可信。何況余説哉。汝等所執雖大小異。同期仏果。穢土修行は聖道意。我等所修正雑不とも同。共忻極楽。往生行業は浄土門意。聖道者是汝有縁行。浄土門者我有縁行。不可以此難彼。不可以彼難此。<br /> | |
如是信。是名就人立信。<br /> | 如是信。是名就人立信。<br /> | ||
− | + | 次就行立信者。往生極楽行雖区。不出二種。一者正行。二者雑行。正行者於阿弥陀仏之親行也。雑行者於阿弥陀仏之疎行也。先正行者。付之有五。一謂読誦。謂読三部経也。二謂観極楽依正也。三礼拝。謂礼弥陀仏也。四称名。謂称弥陀名号也。五讃嘆供養。謂讃嘆供養阿弥陀仏也。以此五合爲二。<br /> | |
− | + | 一者一心専念弥陀名号。行住座臥不問時節久近。念念不捨者。是名正定之業。順彼仏願故。二者先五中除称名已外礼拝読誦等。皆名助業。次雑行者。除先五種正助二行已外諸読誦大乗・発菩提心・持戒・勧進行等一切行也。付此正雑二行有五種得失。<br /> | |
− | + | 一親疎対。謂正行親阿弥陀仏。雑行疎阿弥陀仏。二近遠対。謂正行近阿弥陀仏。雑行遠阿弥陀仏。<br /> | |
− | + | 三有間無間対。謂正行係念無間。雑行係念間断。四廻向不廻向対。謂正行不るに用廻向自爲往生業。雑行不廻向時不爲往生業。<br /> | |
− | + | 五純雑対。謂正行純往生極楽業也。雑行不爾。通十方浄土乃至人天業也。如此信者。名就行立信。是名深心三廻向発願心者。過去及今生身口意業所修一切善根。以真実心廻向極楽忻求往生也<br /> | |
− | + | 又云。善導与恵心相違義事<br /> | |
− | + | 善導は色相等の観法おは観仏三昧と云へり。称名念仏おは念仏三昧と云へり。恵心は称名・観法合して念仏三昧と云へり。<br /> | |
− | + | 又云。余宗の人。浄土門にその志あらむには。先つ往生要集をもて。これをおしふへし。<br /> | |
− | + | そのゆへは。この書は。ものにこころえて。難なきやうに。その面をみえて。初心の人のためによき也。雖然真実の底の本意は。称名念仏をもて。専修専念を勧進したまへり。善導と一同也<br /> | |
− | + | 又云。余宗の人。浄土宗にそのこころさしあらむものは。かならす本宗の意を棄へき也。そのゆへは。聖道浄土の宗義各別なるゆへ也とのたまへり<br /> | |
法然聖人臨終行儀<br /> | 法然聖人臨終行儀<br /> | ||
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建暦元年十一月十七日。藤中納言光親卿の奉にて。院宣によりて。十一月二十日戌の時に。聖人宮へかへり入たまひて。東山大谷といふところにすみ侍に。同二年正月二日より。老病の上に。ひころの不食。おほかたこの二三年のほとおいほれて。よろつものわすれなとやられけるほとに。ことしよりは。耳もきき。こころもあきらかにして。としころならひおきたまひけるところの法文を。時時おまひいたして。弟子ともにむかひて談義したまひけり。<br /> | 建暦元年十一月十七日。藤中納言光親卿の奉にて。院宣によりて。十一月二十日戌の時に。聖人宮へかへり入たまひて。東山大谷といふところにすみ侍に。同二年正月二日より。老病の上に。ひころの不食。おほかたこの二三年のほとおいほれて。よろつものわすれなとやられけるほとに。ことしよりは。耳もきき。こころもあきらかにして。としころならひおきたまひけるところの法文を。時時おまひいたして。弟子ともにむかひて談義したまひけり。<br /> | ||
− | + | またこの十余年は。耳おほろにして。ささやき事おは。ききたまはす侍りけるも。ことしよりは。昔のやうにききたまひて。例の人のことし。世間の事はわすれたまひけれとも。つねは往生の事をかたりて。念仏をしたまふ。またあるいは高声にとなふること一時。あるいはまた夜のほと。おのつからねふりたまひけるも。舌口はうこきて。仏の御名をとなえたまふこと。小声聞へ侍りけり。ある時は舌口はかりうこきて。その声はきこえぬことも。つねに侍りけり。<br /> | |
− | + | されは口はかりうこきたまひけることおは。よの人みなしりて。念仏を耳にききける人。ことことく。きとくのおもひをなし侍りけり。また同正月三日戌の時はかりに。聖人看病の弟子ともにつけてのたまはく。われはもと天竺にありて。声聞僧にましわりて。頭陀を行せしみの。この日本にきたりて。天台宗に入て。またこの念仏の法門にあえりと。のたまひけり。<br /> | |
− | + | その時看病の人の中に。ひとりの僧ありて。とひたてまつりて申すやう。極楽へは往生したまふへしやと申けれは。答てのたまはく。われはもと極楽にありしみなれは。さこそはあらむすらめと。のたまひけり。<br /> | |
− | + | 又同正月十一日辰時はかりに。聖人おきゐて。合掌して高声念仏したまひけるを。聞人みななみたをなかして。これは臨終の時かと。あやしみけるに。聖人看病の人につけてのたまはく。高声に念仏すへしと侍りけれは。人人同音に高声念仏しけるに。そのあひた。聖人ひとり唱てのたまはく。阿弥陀仏を恭敬供養したてまつり。名号をとなえむもの。ひとりもむなしき事なしと。のたまひて。さまさまに阿弥陀仏の功徳を。ほめたてまつりたまひけるを。人人高声をととめてきき侍りけるに。なほその中に。一人たかくとなへけれは。聖人いましめてのたまふやう。しはらく高声をととむへし。かやうのことは。時おりにしたかふへきなりと。のたまひて。うるわしくゐて合掌して。阿弥陀仏のおはしますそ。この仏を供養したてまつれ。たたいまはおほえす。供養の文やある。えさせよと。たひたひのたまひけり。<br /> | |
− | + | またある時。弟子ともにかたりてのたまはく。観音勢至菩薩聖衆まへに現したまふおは。なむたちおかみたてまつるやと。のたまふに。弟子等えみたてまつらすと申けり。またそののち。臨終のれうにて。三尺の弥陀の像をすえたてまつりて。弟子等申やう。この御仏をおかみまいらせたまふへしと申侍りけれは。聖人のたまはく。この仏のほかに。また仏おはしますかとて。ゆひをもて。むなしきところをさしたまひけり。按内をしらぬ人は。この事をこころえす侍り。しかるあひた。いささか由緒をしるし侍るなり。凡そこの十余年より。念仏の功つもりて。極楽のありさまをみたてまつり。仏菩薩の御すかたを。つねにみまいらせたまひけり。しかりといえとも。御意はかりにしりて。人にかたりたまはす侍るあひた。いきたまへるほとは。よの人ゆめゆめしり侍す。おほかた真身の仏をみたてまつりたまひけること。つねにそ侍りける。また御弟子とも。臨終のれうの仏の御手に。五色のいとをかけて。このよしを申侍りけれは。聖人これはおほやうのことのいはれそ。かならすしもさるへからすとそ。のたまひける。<br /> | |
− | + | 又同二十日巳時に。大谷房の上にあたりて。あやしき雲。西東へなおくたなひきて侍る中に。なかさ五六丈はかりして。その中にまろなるかたちありけり。そのいろ五色にして。まことにいろあさやかにして。光ありけり。たとへは。絵像の仏の円光のことくに侍りけり。みちをすきゆく人人。あまたところにてみ。あやしみておかみ侍りけり。<br /> | |
− | + | 又同日午時はかりに。ある御弟子申ていふやう。この上に紫雲たなひけり。聖人の往生の時ちかつかせたまひて侍るかと申かけれは。聖人のたまはく。あはれなる事かなと。たひたひのたまひて。これは一切衆生のためになとしめして。すなわち誦してのたまはく。光明遍照十方世界念仏衆生摂取不捨と。三返となへたまひけり。またそのひつしの時はかりに。聖人ことに眼をひらきて。しはらくそらをみあけて。すこしもめをましろかす。西方へみおくりたまふこと。五六度したまひけり。ものをみおくるにそにたりける。人みなあやしみて。たた事にはあらす。これ証相の現して。聖衆のきたりたまふかと。あやしみけれとも。よの人は。なにともこころえす侍りけり。おほよそ聖人は。老病日かさなりて。ものをくはすして。ひさしうなりたまひけるあひた。いろかたちもおとろえて。よはくなりたまふかゆへに。めをほそめて。ひろくみたまはぬに。たたいま。ややひさしくあおきて。あなかちにひらきみたまふことこそ。あやしきことなりといひてのち。ほとなくかほのいろも。にわかに変して。死相たちまちに現したまふ時。御弟子とも。これは臨終かとうたかひて。おとろきさわくほとに。れいのことくなりたまひぬ。あやしくも。けふ紫雲の瑞相ありつる上に。かたかたかやうのことともあるよと。御弟子たち申侍。けり<br /> | |
又同二十三日にも。紫雲たなひて侍るよし。<br /> | 又同二十三日にも。紫雲たなひて侍るよし。<br /> | ||
− | + | ほのかにきこえけるに。同二十五日むまの時に。また紫雲おほきにたなひきて。西の山の水の尾のみねに。みえわたりけるを。樵夫とも十余人はかりみたりけるか。その中に一人まいりて。このよしくわしく申けれは。かのまさしき臨終の午の時にそあたりける。またうつまさにまいりて。下向しけるあまも。この紫雲おはおかみて。いそきまいりて。つけ申侍りける。すへて聖人念仏のつとめおこたらすおはしける上に。正月二十三日より二十五日にいたるまて。三箇日のあひた。ことにつねよりも。つよく高声の念仏を申たまひける事。或は一時。或は半時はかりなとしたまひけるあひた。人みなおとろきさわき侍る。かやうにて二三度になりけり。またおなしれき二十四日の酉の時より。二十五日巳時まて。聖人高声の念仏をひまなく申たまひけれは。弟子とも番番にかわりて。一時に五六人はかり。こゑをたすけ申けり。すてに午時にいたりて。念仏したまひけるこゑ。すこしひきくなりにけり。さりなから。時時また高声の念仏ましわりて。きこえ待けり。これをききて。房のにわのまへに。あつまりきたりたる結縁のともから。かすをしらす。聖人ひころつたへもちたまひたりける。慈覚大師の九条の御袈裟をかけて。まくらをきたにし。おもてを西にして。ふしなから仏号をとなへて。ねふるかことくして。正月二十五日午時のなからはかりに。往生したまひけり。そののち。よろつの人人きおいあつまりて。おかみ申ことかきりなし<br /> | |
一。聖人の御事。あまた人人。夢みたてまつりこる事<br /> | 一。聖人の御事。あまた人人。夢みたてまつりこる事<br /> | ||
− | + | 中宮の大進兼高と申す人。ゆめにみたてまつるやう。或人もてのほかにおほきなるさうしをみるを。いかなるふみそと。たちよりてみれは。よろつの人の臨終をしるせる文なり。聖人の事やあるとみるに。おくに入りて。光明遍照十方世界念仏衆生摂取不捨とかきて。この聖人はこの文を誦して往生すへきなりと。しるせりとみて。ゆめさめぬ。この事。聖人も御弟子ともも。しらすしてすくすところに。この聖人さまさまの不思議を現したまふとき。やまひにしつみて。よろつ前後もしらすといゑとも。聖人この文を三遍誦したまひけり。かの人のむかしのゆめにおもひあわするに。これ不思議といふへし。かの人ふみをもちて。かのゆめの事をつけ申たりけるを。御弟子とも。のちにひらきみ侍こり。件の文ことなかきゆへに。これにはかきいれす<br /> | |
− | + | 一。四条京極にすみ侍ける。薄師字太郎まさいゑと申すもの。ことしの正月十五日の夜。ゆめにみるやう東山大谷の聖人の御房の御堂の上より。むらさき雲たちのほりて侍り。ある人のいふやう。あのくもおかみたまへ。これは往生の人のくもなりといふに。よろつの人人あつまりておかむとおもひて。ゆめさめぬ。あくる日そらはれて。みのときはかりに。かの堂の上にあたりて。そらの中に五色のくもあり。よろつの人人。ところところにして。これをみけり<br /> | |
− | + | 一。三条小川に。陪従信賢か後家の尼のもとに。おさなき女子あり。まことに信心ありて。念仏を申侍けり。同二十四日の夜。ことにこころをすまして。高声に念仏しけるに。乗願房と申すひしり。あからさまにたちやとりて。これをききけり。夜あけて。かの小女。けの乗願房にかたりていはく。法然聖人は。けえ二十五日に。かならす往生したまふへきなりと申けれは。この人申さく。なに事にてかやうには。しりたまへるそと。たつぬるに。この小女申やう。こよひのゆめに。聖人の御もとにまいりて侍りつれは。聖人のおほせられつるやう。われはあす往生すへきなり。もしこよひ。なむちきたらさらましかは。われをはみさらまし。よくきたれりと。のたまひつるなりと申けり。<br /> | |
しかるに。わかみにとりては。いささかいたみおもふ事侍り。そのゆへは。われいかにしてか。往生し侍るへきと。とひたてまつりしかは。聖人おしへたまふ事ありき。わかみにとりて。たえかたく。かないかたき事ともありき。そのゆへは。まつ出家して。なかく世間の事をすてて。しつかなるところにて。一向に後世のつとめを。いたすへきよしなりと侍りき。しかるに。けふのむまの時に。聖人往生したまふへき事。このゆめにすてにかなへりと申侍りけり<br /> | しかるに。わかみにとりては。いささかいたみおもふ事侍り。そのゆへは。われいかにしてか。往生し侍るへきと。とひたてまつりしかは。聖人おしへたまふ事ありき。わかみにとりて。たえかたく。かないかたき事ともありき。そのゆへは。まつ出家して。なかく世間の事をすてて。しつかなるところにて。一向に後世のつとめを。いたすへきよしなりと侍りき。しかるに。けふのむまの時に。聖人往生したまふへき事。このゆめにすてにかなへりと申侍りけり<br /> | ||
− | + | 一。白川に准后の宮の御辺に侍りける。三河と申す女房の。ゆめにみるやう。同二十四日の夜。聖人の御もとにまいりておかみけれは。四壁に錦の帳をひけり。色さまさまにあさやかにして。ひかりある上に。けふりたちみてり。よくよくこれをみれは。けふりにはあらす。紫雲といふなるものは。これをいふか。いまたみさるものをみつるかなとおもひて。不思議のおもひをなすところに。聖人往生したまへるかとおほえて。ゆめさめぬ。夜あけてあしたに。僧順西といふものに。この事ともをかたりてのち。けふのむまの時に。聖人往生したまひぬとききけり<br /> | |
− | + | 一。かまくらのものにて。来阿弥陀仏と申すあまの。信心ことにふかくて。仁和寺にすみける。<br /> | |
同二十四日の夜。ゆめにみるやう。よにたうときひしりきたれり。そのかたち。えさうの善導の御すかたににたりけり。それを善導かとおもふほとに。つけてのたまふやう。法然聖人は。あす往生したまふへし。はやくゆきておかみたてまつれと。のたまふとみて。ゆめさめぬ。かのあま。やかておきゐて。あか月くゐものなといとなみて。わりこといふものもたせて。いそきいそきいてたちて。聖人の御もとへまいるところに。下人ともおのおの申すやう。けうはさしたる大事侍り。これをうちすてて。いつかたへありきたもふそ。はやくけうはとまりたまふへしと。いひけれとも。かかるゆめをみつれは。かの聖人の往生をおかみにまいらむとて。よろつをふりすてていそくなり。<br /> | 同二十四日の夜。ゆめにみるやう。よにたうときひしりきたれり。そのかたち。えさうの善導の御すかたににたりけり。それを善導かとおもふほとに。つけてのたまふやう。法然聖人は。あす往生したまふへし。はやくゆきておかみたてまつれと。のたまふとみて。ゆめさめぬ。かのあま。やかておきゐて。あか月くゐものなといとなみて。わりこといふものもたせて。いそきいそきいてたちて。聖人の御もとへまいるところに。下人ともおのおの申すやう。けうはさしたる大事侍り。これをうちすてて。いつかたへありきたもふそ。はやくけうはとまりたまふへしと。いひけれとも。かかるゆめをみつれは。かの聖人の往生をおかみにまいらむとて。よろつをふりすてていそくなり。<br /> | ||
さらにととまるへからすといひて。仁和寺よりほのほのにいてて。東山大谷の房にまいりて。みたてまつれは。けにもその日のむまの時に。往生したまへり。このゆめは。聖人いまた往生のさきに。ききおよへる人人あまた侍りけり。さらにうたかひなきことなり。<br /> | さらにととまるへからすといひて。仁和寺よりほのほのにいてて。東山大谷の房にまいりて。みたてまつれは。けにもその日のむまの時に。往生したまへり。このゆめは。聖人いまた往生のさきに。ききおよへる人人あまた侍りけり。さらにうたかひなきことなり。<br /> | ||
返返この事ふしきの事なり。おほよそ二十五日に。聖人の往生をおかみたてまつらむとて。まいりあつまりたる人。さかりなる市のことく侍りけり。その中に。ある人のいふやう。二十三日の夜のゆめにみるやう。聖人きたりて。われは二十五日のむまの時に往生すへきなりと。のたまふとおもひて。ゆめさめぬ。このことのまことをあきらめむとて。まいりたるよし申けり。これならす。あるいはきのふの夜。このつけありといふものもあり。あつまりたる人人の中に。かやうのことともいふ人おほく待り。くわしくしるし申侍らす」<br /> | 返返この事ふしきの事なり。おほよそ二十五日に。聖人の往生をおかみたてまつらむとて。まいりあつまりたる人。さかりなる市のことく侍りけり。その中に。ある人のいふやう。二十三日の夜のゆめにみるやう。聖人きたりて。われは二十五日のむまの時に往生すへきなりと。のたまふとおもひて。ゆめさめぬ。このことのまことをあきらめむとて。まいりたるよし申けり。これならす。あるいはきのふの夜。このつけありといふものもあり。あつまりたる人人の中に。かやうのことともいふ人おほく待り。くわしくしるし申侍らす」<br /> | ||
− | + | 一。東山一切経の谷に。大進と申す僧の弟子に。歳十六なる児の 袈裟 といふゆめに。同二十五日の夜みるやう。西東へすくにとおりたるおほちあり。いさこをちらして。むしろをみちの中にしけり。左右にものみる人とおほしくて。おほくあつまれり。ゆゆしきことのあらむするそとおほえて。それもともにみ侍らむとて。みちのかたわらに。たちよりて侍るほとに。天童二人たまのはたをさして。西へゆきたまへり。そのうしろに。また法服きたる僧とも。千万人あつまりゆきて。左の手に香呂をもち。右の手にはけさのはしをとりて。おなしく西へゆくを。ゆめの中にとふやう。これはいかなる人のおはしますそといふに。ある人こたへていふやう。これは往生の聖人のおはしますなりといふを。またとふやう。聖人とはたれ人そととへは。これはおほたに聖人なりとみて。ゆめさめぬ。この児そのあか月。師の僧にかたり侍りけり。この児聖人の事おもしらす。また往生のよしおもききおよはさりけるに。そらにこのつけありけり<br /> | |
− | + | 一。建暦二年二月十三日の夜。故惟方の別当入道の孫。ゆめにみるやう。聖人を葬送したてまつるを。おかみけれは。聖人清水の塔の中にいれたてまつるとみて。のちまた二日はかりすきて。ゆめにみるやう。となりの房の人きたりていふやう。聖人の葬送にまいりあはぬことの。ゐこむに候へとも。おなしことなり。はかところへまいりたまへと申に。よろこひて。かのはかところへ。あひ共してまいりぬとおもふほとに。八幡宮とおほしき社の。みとあくるところをみれは。御聖体おはします。その時はかところへまいるに。八幡の御聖体とは。なにおか申すへきといふに。かのとなりの人いふやう。この聖人の御房こそは。御聖体よといふあひた。身の毛いよたちて。あせたりて。ゆめさめぬ一。同正月二十五日辰時に。念阿弥陀仏と申すあまの。ゆめうつつともなくてみるやう。はるかにうしとらのかたをみやれは。聖人すみそめのころもをきて。そらにゐたまへり。そのかたはらに。すこしさかりて。しらさうそくして。唐人のことくなる人ゐたり。おほたににあたりて。聖人と俗人と。南にむかひてゐたまへるほとに。俗のいふやう。この聖人は通事にておはすと。いふとおもふほとに。ゆめさめぬ」<br /> | |
− | + | 一。同二十三日卯時に。念阿弥陀仏。またゆめに。そらはれて西のかたをみれは。しろき光あり。あふきのことくして。すゑひろく。もとせはくして。やうやくおほきになりて。虚空にみてり。光の中にわらたはかりなる紫雲あり。光ある雲とおなしく。東山の大谷のかたにあたりて参したる。人人あまたこれをおかみけり。いかなる光そといふに。ある人のいふやう。法然聖人の往生したまふよと申によりて。おかみたてまつれは。人人の中に。よにかうはしきかなと。いふ人もありとおもふて。これを信仰しておかむとおもへは。ゆめさめぬ」<br /> | |
一。聖人往生したまへる。大谷の坊の東の岸の上に。たいらかなるところあり。その地を。建暦二年十二月のころ。かの地主。聖人にまいらせたりけれは。その地を墓所とさためて。葬送したてまつり侍りけり。その地のきたに。また人の坊あり。それにやとりゐたるあまの。先年のころ。ゆめにみるやう。かのはかところの地を。天童ありて行道したまふとみ侍りけり。また同房主。去年十一月十五日の夜の夢ゆみるやう。この南の地のはかところに。青蓮華おいて開敷せり。そのはな。かせにふかれて。すこしつつ。この房へちりかかるとみて。ゆめさめぬ。またおなし房に。女の侍りけるも。去年の十二月のころ。みるやう。南の地に。いろいろさまさまの蓮華さきひらけてありと。みおはりてのち。ことしの正月十日。かの地を墓所とさためて。穴をほりまうくるとき。この房主はしめておとろきていふやう。ひころのゆめともの。三度まてありしか。たたいまおもひあはするに。あひたるよといひて。ふしきかりけり<br /> | 一。聖人往生したまへる。大谷の坊の東の岸の上に。たいらかなるところあり。その地を。建暦二年十二月のころ。かの地主。聖人にまいらせたりけれは。その地を墓所とさためて。葬送したてまつり侍りけり。その地のきたに。また人の坊あり。それにやとりゐたるあまの。先年のころ。ゆめにみるやう。かのはかところの地を。天童ありて行道したまふとみ侍りけり。また同房主。去年十一月十五日の夜の夢ゆみるやう。この南の地のはかところに。青蓮華おいて開敷せり。そのはな。かせにふかれて。すこしつつ。この房へちりかかるとみて。ゆめさめぬ。またおなし房に。女の侍りけるも。去年の十二月のころ。みるやう。南の地に。いろいろさまさまの蓮華さきひらけてありと。みおはりてのち。ことしの正月十日。かの地を墓所とさためて。穴をほりまうくるとき。この房主はしめておとろきていふやう。ひころのゆめともの。三度まてありしか。たたいまおもひあはするに。あひたるよといひて。ふしきかりけり<br /> | ||
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一。建暦元年のころ。聖人つのくにの勝尾といふところに。おはしける時。祇陀林寺の一和尚に侍りける。西成坊といふ僧の。ゆめにみるやう。祇陀林寺の東の山にあたりて。金色の光をさしたりけるを。あまた人これをみて。あやしみとひたつねけれは。そはなる人のいふやう。これこそ法然聖人の往生したまふよと。いふとおもふほとに。ゆめさめぬ。其後。聖人勝尾より大谷にうつりゐたまふて。往生したまひぬとききて。この僧。人人に。かかりしゆめをこそみたりしかと申けり<br /> | 一。建暦元年のころ。聖人つのくにの勝尾といふところに。おはしける時。祇陀林寺の一和尚に侍りける。西成坊といふ僧の。ゆめにみるやう。祇陀林寺の東の山にあたりて。金色の光をさしたりけるを。あまた人これをみて。あやしみとひたつねけれは。そはなる人のいふやう。これこそ法然聖人の往生したまふよと。いふとおもふほとに。ゆめさめぬ。其後。聖人勝尾より大谷にうつりゐたまふて。往生したまひぬとききて。この僧。人人に。かかりしゆめをこそみたりしかと申けり<br /> | ||
− | + | 一。華山院の前の右大臣の家の侍に。江内といふもののしたしき女房。三日かあひた。うちつつき三度まて。ゆめにみるやう。まつ正月二十三日の夜のゆめに。西山より東山にいたるまて。五色の雲の一町はかりに。なおくたなひきて侍りけり。大谷の聖人の御房まいりて。おかみたてまつりけれは。すみそめのころもけさをきたまへるか。袈裟のおほは。むすひたれて。如法経のけさのおのやうにて。請用かとおほえて。聖人いてたちたまふとみて。ゆめさめぬ。また同二十四日の夜みるやう。昨日の夜五色の雲。すこしもちらすして。おほいかたのやうに。おほまわりにまわりて。東かしらなるくも。西かしらになりて。とほくたなひけり。聖人も。さきのことくしておはしますとみて。ゆめさめぬ。又同二十五日にみるやう。件の雲。西へおもむきて。聖人七条の袈裟をかけて。臨終の作法のやうにて。かのくもにのりて。とふかことくして。西へゆきたまひぬとみて。ゆめさめぬ。むねさわきておとろきたるに。わかくちもころもも。あたりまても。よにかうはしく侍ける。よのつねの香にもにす。世にめてたくそ侍りける<br /> | |
− | + | 一。ある人。二月二日の夜のゆめにみるやう。聖人往生したまひてのち。七日にあたりける夜のゆめに。ある僧きたりていふやう。聖人の御房は往生の伝記に入せたまひたるおは。しるやいなやといひ侍りけれは。この人いふやう。たれ人のいかなる伝に入たまへるにかと申侍りけれは。ゆひをもちて。まへなるふみをさして。このふみに入せたまふなりとみて。ゆめさめぬ。そのゆひにてさしつる文をみれは。善導の観経の疏なりけり。<br /> | |
− | + | これは長楽寺の律師隆寛一昼夜の念仏申ける時のゆめなり」<br /> | |
− | + | 一。先年のころ。直聖房といふ人。熊野へまいり侍りけるに。聖人いささかの事によりて。さぬきへくたりたまふとききて。下向せむとするほとに。ことにふれて。ははかりのみありて。やまひかちに侍りけれは。この事権現にいのり申侍りけるに。直聖房かゆめにみるやう。なむちいつへからす。臨終のときすてにちかしと侍りけれは。かの僧申すやう。聖人の事の。きわめておほつかなく候なり。はやく下向し候て。子細をうけたまはり候はやと。おもひたまふと申けれは。権現のしめしたまふやう。かの聖人は勢至菩薩の化現なり。なむち不審すへからすと。みおわりてのち。いくほとをへすして。かの僧往生し侍りける事。めをおとろかさすといふ事なし。このありさま。よの人人みなしれり<br /> | |
− | 一。天王寺の松殿法印の御坊 | + | 一。天王寺の松殿法印の御坊 静尊 高雄寺にこもりゐて。ひころ法然聖人といふ人ありとはかりしりて。いまた対面におよはす。しかるに。正月二十五日午時はかりに。ある貴所より阿弥陀経をあつらえて。かかせらるる事ありて。出文机にて書写のあひたに。しはらく脇息によりんかりて休息するほとに。ゆめにみるやう。世間もてのほかに。諸人ののしるおとのするに。おとろきて。えむのはしにたちいてて。そらをみあけたれは。普通ののりくるまのわほとなる。八輻輪の八方のさきことに。雑色の幡をかけたるか。東より西へとひゆくに。金色の光ありて。四方をてらすに。すへて余のものみえすして。金色の光のみ天地にみちみちて。日光弊覆せられたり。<br /> |
− | + | これをあやしみて。人にこれをとふとおほしきに。かたわらの人つけていはく。法然聖人往生の相なりといふ。帰命渇仰のおもひをなすほとに。ゆめさめぬ。そののち。しらかわの御めのとのもとより。同二十七日に。御ふみをおくらるるついてに。おととひ二十五日のむまの時にこそ。法然聖人往生せられて候へと。申されたる時。夢想すてに府合して。いよいよ随喜のおもひをなしおはりぬと云り<br /> | |
− | + | 一。丹後国しらふの庄に。別所の一和尚僧ありけり。昔天台山の学徒。遁世之後。聖人に帰したてまつりて。弟子になりけるほとに。丹後よりのほりて。京に五条の坊門富の小路なる所に住しけり。<br /> | |
− | + | 或日ひるねしたるゆめに。空に紫雲そひきたる中に。尼一人ありて。うちゑみて云く。法然聖人御おしえによりて。極楽に往生し候ぬるを。仁和寺に候つると告ける。<br /> | |
− | + | そののち夢さめて。聖人の九条におはしましけるに。やかてまいりて。妄想にてや候つらむ。かかるゆめをみて候と申けれは。聖人うちあむして。さる人もあるらむとて。人を仁和寺へつかはさむとしけるか。日もくれけれは。次の朝に。かの所へつかはして。便宜になに事か候とたつぬへきよし。使におほせられけるに。件の尼公は昨日の午時に。往生せられ候ぬと申たりけるを。聖人まふされていはく。かの尼公は。法華経千部自読せむと。願をおこして候か。七百部はかりはよみて候か。のこりをいかにして。はたしとくへしとも。おほ候はぬと申候しを。としよりたる御身に。めてたくよませたまひて候へとも。のこりおは。一向念仏にならせたまへかしとて。名号の功徳をとききかせられけより。経おはおきて。一向専称して。とし月をへて。往生極楽の素懐をとけるにやとそ。おほせありけると<br /> | |
康元二年丁巳正月二日<br /> | 康元二年丁巳正月二日<br /> | ||
愚禿親鸞 八十五歳 校了<br /> | 愚禿親鸞 八十五歳 校了<br /> |
2011年12月2日 (金) 10:33時点における版
西方指南抄中本
聖人御在生之時記註之 外見におよはされ秘蔵すへし
御生年六十有丑年也
建久九年正月一日記
一日桜梅の法橋教慶のもとより。かへりたまひてのち。未申の時はかり。恒例正月七日念仏始行せしめたまふ。一日明相少しこれを現したまふ。自然にあきらかなりと 云云
二日水想観自然にこれを成就したまふ 云云
総して念仏七箇日の内に。地想観の中に。疏璃の相少分これをみたまふと。二月四日の朝。瑠璃地分明に現したまふと云。
六日後夜に。瑠璃宮殿の相。これを現すと云。七日朝に。またかさねてこれを現す。すなはちこれ宮殿をもて。その相影現したまふ。総して水想・地想・宝樹・宝池・宝殿の五の観。始正月一日より。二月七日にいたるまて。三十七箇日のあひた。毎日七万念仏。不退にこれをつとめたまふ。
これによりて。これらの相を現すとのたまへり。
始二月二十五日より。あかきところにして目をひらく。眼根より赤袋瑠璃の壺出生す。これをみる。そのまへにして。目を閉てこれをみる。目を開けへすなはち失すと云り
二月二十八日。病によて念仏これを退す。一万返あるいは二万。右眼にそののち光明あり。はなたなり。また光あり。はしあかし。また眼に琉璃あり。その形瑠璃の壺のことし。琉璃に赤花あり。宝形のことし。また日入てのち。いててみれは。四方みな方ことに。赤く青き宝樹あり。その高さたまりなし。高下こころにしたかふて。あるいは四五丈。あるいは二三十丈と云
八月一日。本のことく六万返これをはしむ。九月二十二日朝。地想分明に現す。周囲七八段はかり。そののち。二十三日の後夜。ならひに朝に。また分明にこれを現すと 云云
正治二年二月のころ。地想等の五の観行。住座臥こころにしたかふて。任運にこれを現すと 云云
建仁元年二月八日の後夜に。鳥のこゑをきく。またことのおとをきく。ふゑのおとをきく。そののち。日にしたかふて。自在にこれをきく。しやうのおとら。これをきく。さまさまのおと。正月五日三度。勢至菩薩の御うしろに。丈六はかりの勢至の御面像現せり。これをもてこれを推する。西の持仏堂にて。勢至菩薩の形像より。丈六の面を出現せり。これすなわちこれを推するに。この菩薩すてにもて念仏法門の所証のためのゆへに。いま念仏者のために。そのかたちを示現したまへり。
これをうたかふへからす。同六日。はしめて座処より四方一段はかり。青瑠璃の地なりと 云云
今においては。経釈によて往生うたかひなしと。地観の文にこころうるに。うたかひなしといへるかゆへにといへり。これをおもふへし。
建仁二年十二月二十八日。高畠の少将きたれり。持仏堂にしてこれに謁す。そのあした。例のことく念仏を修したまふ。阿弥陀仏をみまいらせてのち。障子よりすきとほりて。仏の面像を現したまふ。大け丈六のことし。仏面すなわちまた隠れたまひ了ぬ。二十八日午時の事也
元久三年正月四日。念仏のあひた。三尊大身を現したまふ。また五日。三尊大身を現したまふ。
聖人のみつからの御記文なり
法然聖人御夢想記 善導御事
或夜夢みらく。一の大山あり。その峯きわめて高し。南北なかくとおし。西方にむかへり。山の根に大河あり。傍の山より出たり。北に流たり。南の河原眇眇として。その辺際をしらす。林樹滋滋として。そのかきりをしらす。ここに源空たちまちに山腹に登て。はるかに西方をみれは。地より巳上五十尺はかり上に昇て。空中にひとむらの紫雲あり。以爲。何所に往生人のあるそ哉。ここに紫雲とひきたりて。わかところ。にいたる。希有のおもひをなすところに。すなはち紫雲の中より。孔雀・鸚鵡等の衆鳥とひいてて。河原に遊戯す。沙をほり浜に戯る。これらの鳥をみれは。凡鳥にあらす。身より光をはなちて。照曜きはまりなし。
そののちとひ昇て。本のことく紫雲の中に入畢す。ここにこの紫雲。このところに住せす。このところをすきて。北にむかふて。山河にかくれ了す。また以爲。山の東に往生人のあるに哉。かくのことく思惟するあひた。須臾にかへりきたりて。わかまへに住す。この紫雲の中より。くろくそめたる衣著たる僧一人。とひくたりて。わかたちたるところの下に住立す。われすなはち。恭敬のためにあゆみおりて。僧の足のしもにたちたり。この僧を瞻仰すれは。身上半は肉身。すなはち僧形也。身よりしも半は金色なり。仏身のことく也。ここに源空合掌低頭して。問てまふさく。これ誰人の来りたまふそ哉と。答て曰。われはこれ善導也と。また問てまふさく。なにのゆへに来たまふそ哉。また答曰。余不肖なりといゑとも。よく専修念仏のことを言。はなはたもて貴とす。ためのゆへにもて来也。また問て言く。専修念仏の人。みなもて爲往生哉と。いまたその答をうけたまはらさるあひたに。忽然として夢覚了。或人念仏之不審を。故聖人に奉問曰。第二十の願は。大綱の願なり。係念といふは。三生の内にかならす果遂すへし。仮令通計するに。百年の内に往生すへき也 云云
これ九品往生の義意釈なり。極大遅者をもて三生に出さるこころ。かくのことく釈せり又阿弥陀経の已発願等は。これ三生之証也と。又云。阿弥陀経等は。浄土門の出世の本懐なり。法華経者。聖道門の出世の本懐なり 云云 望ところはことなり。疑に足さる者也
又云。我安置するところの一切経律論は。これ観経所摂の法也。又云。地蔵等の諸菩薩を蔑如すへからす。往生以後伴侶たるへきかゆへなりと又云。
近代の行人。観法をもちゐるに。あたはす。もし仏像等を観せむは。運慶・康慶か所造にすきし。もし宝樹等を観せは。桜梅桃李之花菓等にすきし。しかるに彼仏今現在成仏等の釈を信して。一向に名号を称すへき也と云。たた名号をとなふるに。三心おのつから具足する也と云り
又云。念仏はやうなきをもてなり。名号をとなふるほか。一切やうなき事也と云り
又云。諸経の中にとくところの極楽の荘厳等は。みなこれ四十八願成就の文也。念仏を勧進するところは。第十八の願成就の文なり。観経の三心。小経の一心不乱。大経の願成就の文の信心歓喜と。同流通の歓喜踊躍と。みなこれ至心信楽之心也と云り。これらの心をもて。念仏の三心を釈したまへる也と 云云
又云。玄義に云。釈迦の要門は定散二善なり。
定者息慮凝心なり。散者廃悪修善なり。弘願者。如大経説。一切善悪凡夫得生といへり。予こときは。さきの要門にたえす。よてひとへに弘願を憑也と云り
又云。導和尚。深心を釈せむかために。余の二心を釈したまふ也。経の文の三心をみるに。一切行なし。深心の釈にいたりて。はしめて念仏行をあかすところ也
又云。往生の業成就。臨終平生にわたるへし。本願の文に別にゑらはさるかゆへにと云り。恵心のこころ平生の見にわたる也と云り。
又云。往生の業成は。念をもて本とす。名号を称するは。念を成せむかため也。もし声をはなるるとき。念すなわて懈怠するかゆへに。常恒に称唱すれは。すなはち念相続す。心念の業生をひくかゆへ也
又云。称名の行者。常途念仏のとき。不浄をははかるへからす。相続を要とするかゆへに。如意輪の法は。不浄をははからす。弥陀・観音一体不二也。これをおもふに。善導の別時の行には。清浄潔斎をもちゐる尋常の行。これにことなるへき歟。恵心の不論時処諸縁之釈。永観の不論身浄不浄之釈。さためて存するところある歟と云
又云。善導は。第十八の願。一向に仏号を称念して往生すと云り。恵心のこころ。観念称念等。みなこれを摂すと云り。もし要集のこころによらは。行者においては。この名をあやまちてむ歟と
又云。第十九の願は。諸行之人を引入して。念仏之願に帰せしめむと也
又云。真実心といふは。行者願往生の心なり。矯飾なく表裏なき相応の心也。雑毒虚仮等は。名聞利養の心也。大品経云。捨よと利養名聞 文 大論に述此文之下に云。当業捨雑毒者。一声一念猶具せは之。無実心之相也。翻内矯外者。仮令外相不法。内心真実願往生者。可遂往生也 云云
深心といふは。疑慮なき心也。利他真実者。得生之後利他門之相也。よてくはしく釈せすと。観無量寿経に。若有衆生願生彼国者。発三種心即便往生。何等爲三。一者至誠心。二者深心。三者迴向発願心。具三心者必生彼国といへり。
往生礼讃に。釈三心畢云。具此三心必得往生也。若少一心即不得生。然則尤可具三心也。
一至誠心者。真実心也。身行礼拝。口唱名号。意想相好。皆用実心。総而言之。厭離穢土。忻求浄土。修諸行業。皆以真実心可勤修之。外現賢善精進之相。内懐かは愚悪懈怠之心。所修行業日夜十二時無間行すとも之不得往生。外顕愚悪懈怠之形。内住賢善精進之念修行之者。雖一時一念其行不虚必得往生。是名至誠心。
二深心者。深信之心也。付之有二。一者信我是罪悪不善之身。無始已来輪回六道無往生縁。二信雖罪人以仏願力爲れは強縁得往生。無疑無慮。付此亦有二。一就人立信。二就行立信。就人立信者。出離生死道雖多。大分有二。一聖道門。二浄土門。聖道門者。於此娑婆世界。断煩悩証菩提道也。浄土門者。厭此娑婆世界。忻極楽修善根門也。雖有二門。閣聖道門帰浄土門。然若有人。多引経論。罪悪凡夫不と
得往生。雖聞此語。不生退心弥増信心。
所以者何。罪障凡夫往生するは浄土。釈尊誠言。非凡夫妄説。我已信仏言深忻求浄土。設諸仏菩薩来。罪障凡夫言不生浄土。不可信之。
何以故。菩薩仏弟子。若実是菩薩者。不可乖仏説。然已違仏説言不得往生。
知非真菩薩。是故不可信。また仏是同体大悲。実是仏者。不可違釈迦説。
然則阿弥陀経説。一日七日念阿弥陀仏名号必得往生者。六方恒沙諸仏同釈迦仏。
不と虚証誠之。然今背釈迦説云不得往生。故知非真仏。是天魔変化。以是義故不可依信。仏菩薩説尚以不可信。何況余説哉。汝等所執雖大小異。同期仏果。穢土修行は聖道意。我等所修正雑不とも同。共忻極楽。往生行業は浄土門意。聖道者是汝有縁行。浄土門者我有縁行。不可以此難彼。不可以彼難此。
如是信。是名就人立信。
次就行立信者。往生極楽行雖区。不出二種。一者正行。二者雑行。正行者於阿弥陀仏之親行也。雑行者於阿弥陀仏之疎行也。先正行者。付之有五。一謂読誦。謂読三部経也。二謂観極楽依正也。三礼拝。謂礼弥陀仏也。四称名。謂称弥陀名号也。五讃嘆供養。謂讃嘆供養阿弥陀仏也。以此五合爲二。
一者一心専念弥陀名号。行住座臥不問時節久近。念念不捨者。是名正定之業。順彼仏願故。二者先五中除称名已外礼拝読誦等。皆名助業。次雑行者。除先五種正助二行已外諸読誦大乗・発菩提心・持戒・勧進行等一切行也。付此正雑二行有五種得失。
一親疎対。謂正行親阿弥陀仏。雑行疎阿弥陀仏。二近遠対。謂正行近阿弥陀仏。雑行遠阿弥陀仏。
三有間無間対。謂正行係念無間。雑行係念間断。四廻向不廻向対。謂正行不るに用廻向自爲往生業。雑行不廻向時不爲往生業。
五純雑対。謂正行純往生極楽業也。雑行不爾。通十方浄土乃至人天業也。如此信者。名就行立信。是名深心三廻向発願心者。過去及今生身口意業所修一切善根。以真実心廻向極楽忻求往生也
又云。善導与恵心相違義事
善導は色相等の観法おは観仏三昧と云へり。称名念仏おは念仏三昧と云へり。恵心は称名・観法合して念仏三昧と云へり。
又云。余宗の人。浄土門にその志あらむには。先つ往生要集をもて。これをおしふへし。
そのゆへは。この書は。ものにこころえて。難なきやうに。その面をみえて。初心の人のためによき也。雖然真実の底の本意は。称名念仏をもて。専修専念を勧進したまへり。善導と一同也
又云。余宗の人。浄土宗にそのこころさしあらむものは。かならす本宗の意を棄へき也。そのゆへは。聖道浄土の宗義各別なるゆへ也とのたまへり
法然聖人臨終行儀
建暦元年十一月十七日。藤中納言光親卿の奉にて。院宣によりて。十一月二十日戌の時に。聖人宮へかへり入たまひて。東山大谷といふところにすみ侍に。同二年正月二日より。老病の上に。ひころの不食。おほかたこの二三年のほとおいほれて。よろつものわすれなとやられけるほとに。ことしよりは。耳もきき。こころもあきらかにして。としころならひおきたまひけるところの法文を。時時おまひいたして。弟子ともにむかひて談義したまひけり。
またこの十余年は。耳おほろにして。ささやき事おは。ききたまはす侍りけるも。ことしよりは。昔のやうにききたまひて。例の人のことし。世間の事はわすれたまひけれとも。つねは往生の事をかたりて。念仏をしたまふ。またあるいは高声にとなふること一時。あるいはまた夜のほと。おのつからねふりたまひけるも。舌口はうこきて。仏の御名をとなえたまふこと。小声聞へ侍りけり。ある時は舌口はかりうこきて。その声はきこえぬことも。つねに侍りけり。
されは口はかりうこきたまひけることおは。よの人みなしりて。念仏を耳にききける人。ことことく。きとくのおもひをなし侍りけり。また同正月三日戌の時はかりに。聖人看病の弟子ともにつけてのたまはく。われはもと天竺にありて。声聞僧にましわりて。頭陀を行せしみの。この日本にきたりて。天台宗に入て。またこの念仏の法門にあえりと。のたまひけり。
その時看病の人の中に。ひとりの僧ありて。とひたてまつりて申すやう。極楽へは往生したまふへしやと申けれは。答てのたまはく。われはもと極楽にありしみなれは。さこそはあらむすらめと。のたまひけり。
又同正月十一日辰時はかりに。聖人おきゐて。合掌して高声念仏したまひけるを。聞人みななみたをなかして。これは臨終の時かと。あやしみけるに。聖人看病の人につけてのたまはく。高声に念仏すへしと侍りけれは。人人同音に高声念仏しけるに。そのあひた。聖人ひとり唱てのたまはく。阿弥陀仏を恭敬供養したてまつり。名号をとなえむもの。ひとりもむなしき事なしと。のたまひて。さまさまに阿弥陀仏の功徳を。ほめたてまつりたまひけるを。人人高声をととめてきき侍りけるに。なほその中に。一人たかくとなへけれは。聖人いましめてのたまふやう。しはらく高声をととむへし。かやうのことは。時おりにしたかふへきなりと。のたまひて。うるわしくゐて合掌して。阿弥陀仏のおはしますそ。この仏を供養したてまつれ。たたいまはおほえす。供養の文やある。えさせよと。たひたひのたまひけり。
またある時。弟子ともにかたりてのたまはく。観音勢至菩薩聖衆まへに現したまふおは。なむたちおかみたてまつるやと。のたまふに。弟子等えみたてまつらすと申けり。またそののち。臨終のれうにて。三尺の弥陀の像をすえたてまつりて。弟子等申やう。この御仏をおかみまいらせたまふへしと申侍りけれは。聖人のたまはく。この仏のほかに。また仏おはしますかとて。ゆひをもて。むなしきところをさしたまひけり。按内をしらぬ人は。この事をこころえす侍り。しかるあひた。いささか由緒をしるし侍るなり。凡そこの十余年より。念仏の功つもりて。極楽のありさまをみたてまつり。仏菩薩の御すかたを。つねにみまいらせたまひけり。しかりといえとも。御意はかりにしりて。人にかたりたまはす侍るあひた。いきたまへるほとは。よの人ゆめゆめしり侍す。おほかた真身の仏をみたてまつりたまひけること。つねにそ侍りける。また御弟子とも。臨終のれうの仏の御手に。五色のいとをかけて。このよしを申侍りけれは。聖人これはおほやうのことのいはれそ。かならすしもさるへからすとそ。のたまひける。
又同二十日巳時に。大谷房の上にあたりて。あやしき雲。西東へなおくたなひきて侍る中に。なかさ五六丈はかりして。その中にまろなるかたちありけり。そのいろ五色にして。まことにいろあさやかにして。光ありけり。たとへは。絵像の仏の円光のことくに侍りけり。みちをすきゆく人人。あまたところにてみ。あやしみておかみ侍りけり。
又同日午時はかりに。ある御弟子申ていふやう。この上に紫雲たなひけり。聖人の往生の時ちかつかせたまひて侍るかと申かけれは。聖人のたまはく。あはれなる事かなと。たひたひのたまひて。これは一切衆生のためになとしめして。すなわち誦してのたまはく。光明遍照十方世界念仏衆生摂取不捨と。三返となへたまひけり。またそのひつしの時はかりに。聖人ことに眼をひらきて。しはらくそらをみあけて。すこしもめをましろかす。西方へみおくりたまふこと。五六度したまひけり。ものをみおくるにそにたりける。人みなあやしみて。たた事にはあらす。これ証相の現して。聖衆のきたりたまふかと。あやしみけれとも。よの人は。なにともこころえす侍りけり。おほよそ聖人は。老病日かさなりて。ものをくはすして。ひさしうなりたまひけるあひた。いろかたちもおとろえて。よはくなりたまふかゆへに。めをほそめて。ひろくみたまはぬに。たたいま。ややひさしくあおきて。あなかちにひらきみたまふことこそ。あやしきことなりといひてのち。ほとなくかほのいろも。にわかに変して。死相たちまちに現したまふ時。御弟子とも。これは臨終かとうたかひて。おとろきさわくほとに。れいのことくなりたまひぬ。あやしくも。けふ紫雲の瑞相ありつる上に。かたかたかやうのことともあるよと。御弟子たち申侍。けり
又同二十三日にも。紫雲たなひて侍るよし。
ほのかにきこえけるに。同二十五日むまの時に。また紫雲おほきにたなひきて。西の山の水の尾のみねに。みえわたりけるを。樵夫とも十余人はかりみたりけるか。その中に一人まいりて。このよしくわしく申けれは。かのまさしき臨終の午の時にそあたりける。またうつまさにまいりて。下向しけるあまも。この紫雲おはおかみて。いそきまいりて。つけ申侍りける。すへて聖人念仏のつとめおこたらすおはしける上に。正月二十三日より二十五日にいたるまて。三箇日のあひた。ことにつねよりも。つよく高声の念仏を申たまひける事。或は一時。或は半時はかりなとしたまひけるあひた。人みなおとろきさわき侍る。かやうにて二三度になりけり。またおなしれき二十四日の酉の時より。二十五日巳時まて。聖人高声の念仏をひまなく申たまひけれは。弟子とも番番にかわりて。一時に五六人はかり。こゑをたすけ申けり。すてに午時にいたりて。念仏したまひけるこゑ。すこしひきくなりにけり。さりなから。時時また高声の念仏ましわりて。きこえ待けり。これをききて。房のにわのまへに。あつまりきたりたる結縁のともから。かすをしらす。聖人ひころつたへもちたまひたりける。慈覚大師の九条の御袈裟をかけて。まくらをきたにし。おもてを西にして。ふしなから仏号をとなへて。ねふるかことくして。正月二十五日午時のなからはかりに。往生したまひけり。そののち。よろつの人人きおいあつまりて。おかみ申ことかきりなし
一。聖人の御事。あまた人人。夢みたてまつりこる事
中宮の大進兼高と申す人。ゆめにみたてまつるやう。或人もてのほかにおほきなるさうしをみるを。いかなるふみそと。たちよりてみれは。よろつの人の臨終をしるせる文なり。聖人の事やあるとみるに。おくに入りて。光明遍照十方世界念仏衆生摂取不捨とかきて。この聖人はこの文を誦して往生すへきなりと。しるせりとみて。ゆめさめぬ。この事。聖人も御弟子ともも。しらすしてすくすところに。この聖人さまさまの不思議を現したまふとき。やまひにしつみて。よろつ前後もしらすといゑとも。聖人この文を三遍誦したまひけり。かの人のむかしのゆめにおもひあわするに。これ不思議といふへし。かの人ふみをもちて。かのゆめの事をつけ申たりけるを。御弟子とも。のちにひらきみ侍こり。件の文ことなかきゆへに。これにはかきいれす
一。四条京極にすみ侍ける。薄師字太郎まさいゑと申すもの。ことしの正月十五日の夜。ゆめにみるやう東山大谷の聖人の御房の御堂の上より。むらさき雲たちのほりて侍り。ある人のいふやう。あのくもおかみたまへ。これは往生の人のくもなりといふに。よろつの人人あつまりておかむとおもひて。ゆめさめぬ。あくる日そらはれて。みのときはかりに。かの堂の上にあたりて。そらの中に五色のくもあり。よろつの人人。ところところにして。これをみけり
一。三条小川に。陪従信賢か後家の尼のもとに。おさなき女子あり。まことに信心ありて。念仏を申侍けり。同二十四日の夜。ことにこころをすまして。高声に念仏しけるに。乗願房と申すひしり。あからさまにたちやとりて。これをききけり。夜あけて。かの小女。けの乗願房にかたりていはく。法然聖人は。けえ二十五日に。かならす往生したまふへきなりと申けれは。この人申さく。なに事にてかやうには。しりたまへるそと。たつぬるに。この小女申やう。こよひのゆめに。聖人の御もとにまいりて侍りつれは。聖人のおほせられつるやう。われはあす往生すへきなり。もしこよひ。なむちきたらさらましかは。われをはみさらまし。よくきたれりと。のたまひつるなりと申けり。
しかるに。わかみにとりては。いささかいたみおもふ事侍り。そのゆへは。われいかにしてか。往生し侍るへきと。とひたてまつりしかは。聖人おしへたまふ事ありき。わかみにとりて。たえかたく。かないかたき事ともありき。そのゆへは。まつ出家して。なかく世間の事をすてて。しつかなるところにて。一向に後世のつとめを。いたすへきよしなりと侍りき。しかるに。けふのむまの時に。聖人往生したまふへき事。このゆめにすてにかなへりと申侍りけり
一。白川に准后の宮の御辺に侍りける。三河と申す女房の。ゆめにみるやう。同二十四日の夜。聖人の御もとにまいりておかみけれは。四壁に錦の帳をひけり。色さまさまにあさやかにして。ひかりある上に。けふりたちみてり。よくよくこれをみれは。けふりにはあらす。紫雲といふなるものは。これをいふか。いまたみさるものをみつるかなとおもひて。不思議のおもひをなすところに。聖人往生したまへるかとおほえて。ゆめさめぬ。夜あけてあしたに。僧順西といふものに。この事ともをかたりてのち。けふのむまの時に。聖人往生したまひぬとききけり
一。かまくらのものにて。来阿弥陀仏と申すあまの。信心ことにふかくて。仁和寺にすみける。
同二十四日の夜。ゆめにみるやう。よにたうときひしりきたれり。そのかたち。えさうの善導の御すかたににたりけり。それを善導かとおもふほとに。つけてのたまふやう。法然聖人は。あす往生したまふへし。はやくゆきておかみたてまつれと。のたまふとみて。ゆめさめぬ。かのあま。やかておきゐて。あか月くゐものなといとなみて。わりこといふものもたせて。いそきいそきいてたちて。聖人の御もとへまいるところに。下人ともおのおの申すやう。けうはさしたる大事侍り。これをうちすてて。いつかたへありきたもふそ。はやくけうはとまりたまふへしと。いひけれとも。かかるゆめをみつれは。かの聖人の往生をおかみにまいらむとて。よろつをふりすてていそくなり。
さらにととまるへからすといひて。仁和寺よりほのほのにいてて。東山大谷の房にまいりて。みたてまつれは。けにもその日のむまの時に。往生したまへり。このゆめは。聖人いまた往生のさきに。ききおよへる人人あまた侍りけり。さらにうたかひなきことなり。
返返この事ふしきの事なり。おほよそ二十五日に。聖人の往生をおかみたてまつらむとて。まいりあつまりたる人。さかりなる市のことく侍りけり。その中に。ある人のいふやう。二十三日の夜のゆめにみるやう。聖人きたりて。われは二十五日のむまの時に往生すへきなりと。のたまふとおもひて。ゆめさめぬ。このことのまことをあきらめむとて。まいりたるよし申けり。これならす。あるいはきのふの夜。このつけありといふものもあり。あつまりたる人人の中に。かやうのことともいふ人おほく待り。くわしくしるし申侍らす」
一。東山一切経の谷に。大進と申す僧の弟子に。歳十六なる児の 袈裟 といふゆめに。同二十五日の夜みるやう。西東へすくにとおりたるおほちあり。いさこをちらして。むしろをみちの中にしけり。左右にものみる人とおほしくて。おほくあつまれり。ゆゆしきことのあらむするそとおほえて。それもともにみ侍らむとて。みちのかたわらに。たちよりて侍るほとに。天童二人たまのはたをさして。西へゆきたまへり。そのうしろに。また法服きたる僧とも。千万人あつまりゆきて。左の手に香呂をもち。右の手にはけさのはしをとりて。おなしく西へゆくを。ゆめの中にとふやう。これはいかなる人のおはしますそといふに。ある人こたへていふやう。これは往生の聖人のおはしますなりといふを。またとふやう。聖人とはたれ人そととへは。これはおほたに聖人なりとみて。ゆめさめぬ。この児そのあか月。師の僧にかたり侍りけり。この児聖人の事おもしらす。また往生のよしおもききおよはさりけるに。そらにこのつけありけり
一。建暦二年二月十三日の夜。故惟方の別当入道の孫。ゆめにみるやう。聖人を葬送したてまつるを。おかみけれは。聖人清水の塔の中にいれたてまつるとみて。のちまた二日はかりすきて。ゆめにみるやう。となりの房の人きたりていふやう。聖人の葬送にまいりあはぬことの。ゐこむに候へとも。おなしことなり。はかところへまいりたまへと申に。よろこひて。かのはかところへ。あひ共してまいりぬとおもふほとに。八幡宮とおほしき社の。みとあくるところをみれは。御聖体おはします。その時はかところへまいるに。八幡の御聖体とは。なにおか申すへきといふに。かのとなりの人いふやう。この聖人の御房こそは。御聖体よといふあひた。身の毛いよたちて。あせたりて。ゆめさめぬ一。同正月二十五日辰時に。念阿弥陀仏と申すあまの。ゆめうつつともなくてみるやう。はるかにうしとらのかたをみやれは。聖人すみそめのころもをきて。そらにゐたまへり。そのかたはらに。すこしさかりて。しらさうそくして。唐人のことくなる人ゐたり。おほたににあたりて。聖人と俗人と。南にむかひてゐたまへるほとに。俗のいふやう。この聖人は通事にておはすと。いふとおもふほとに。ゆめさめぬ」
一。同二十三日卯時に。念阿弥陀仏。またゆめに。そらはれて西のかたをみれは。しろき光あり。あふきのことくして。すゑひろく。もとせはくして。やうやくおほきになりて。虚空にみてり。光の中にわらたはかりなる紫雲あり。光ある雲とおなしく。東山の大谷のかたにあたりて参したる。人人あまたこれをおかみけり。いかなる光そといふに。ある人のいふやう。法然聖人の往生したまふよと申によりて。おかみたてまつれは。人人の中に。よにかうはしきかなと。いふ人もありとおもふて。これを信仰しておかむとおもへは。ゆめさめぬ」
一。聖人往生したまへる。大谷の坊の東の岸の上に。たいらかなるところあり。その地を。建暦二年十二月のころ。かの地主。聖人にまいらせたりけれは。その地を墓所とさためて。葬送したてまつり侍りけり。その地のきたに。また人の坊あり。それにやとりゐたるあまの。先年のころ。ゆめにみるやう。かのはかところの地を。天童ありて行道したまふとみ侍りけり。また同房主。去年十一月十五日の夜の夢ゆみるやう。この南の地のはかところに。青蓮華おいて開敷せり。そのはな。かせにふかれて。すこしつつ。この房へちりかかるとみて。ゆめさめぬ。またおなし房に。女の侍りけるも。去年の十二月のころ。みるやう。南の地に。いろいろさまさまの蓮華さきひらけてありと。みおはりてのち。ことしの正月十日。かの地を墓所とさためて。穴をほりまうくるとき。この房主はしめておとろきていふやう。ひころのゆめともの。三度まてありしか。たたいまおもひあはするに。あひたるよといひて。ふしきかりけり
一。建暦元年のころ。聖人つのくにの勝尾といふところに。おはしける時。祇陀林寺の一和尚に侍りける。西成坊といふ僧の。ゆめにみるやう。祇陀林寺の東の山にあたりて。金色の光をさしたりけるを。あまた人これをみて。あやしみとひたつねけれは。そはなる人のいふやう。これこそ法然聖人の往生したまふよと。いふとおもふほとに。ゆめさめぬ。其後。聖人勝尾より大谷にうつりゐたまふて。往生したまひぬとききて。この僧。人人に。かかりしゆめをこそみたりしかと申けり
一。華山院の前の右大臣の家の侍に。江内といふもののしたしき女房。三日かあひた。うちつつき三度まて。ゆめにみるやう。まつ正月二十三日の夜のゆめに。西山より東山にいたるまて。五色の雲の一町はかりに。なおくたなひきて侍りけり。大谷の聖人の御房まいりて。おかみたてまつりけれは。すみそめのころもけさをきたまへるか。袈裟のおほは。むすひたれて。如法経のけさのおのやうにて。請用かとおほえて。聖人いてたちたまふとみて。ゆめさめぬ。また同二十四日の夜みるやう。昨日の夜五色の雲。すこしもちらすして。おほいかたのやうに。おほまわりにまわりて。東かしらなるくも。西かしらになりて。とほくたなひけり。聖人も。さきのことくしておはしますとみて。ゆめさめぬ。又同二十五日にみるやう。件の雲。西へおもむきて。聖人七条の袈裟をかけて。臨終の作法のやうにて。かのくもにのりて。とふかことくして。西へゆきたまひぬとみて。ゆめさめぬ。むねさわきておとろきたるに。わかくちもころもも。あたりまても。よにかうはしく侍ける。よのつねの香にもにす。世にめてたくそ侍りける
一。ある人。二月二日の夜のゆめにみるやう。聖人往生したまひてのち。七日にあたりける夜のゆめに。ある僧きたりていふやう。聖人の御房は往生の伝記に入せたまひたるおは。しるやいなやといひ侍りけれは。この人いふやう。たれ人のいかなる伝に入たまへるにかと申侍りけれは。ゆひをもちて。まへなるふみをさして。このふみに入せたまふなりとみて。ゆめさめぬ。そのゆひにてさしつる文をみれは。善導の観経の疏なりけり。
これは長楽寺の律師隆寛一昼夜の念仏申ける時のゆめなり」
一。先年のころ。直聖房といふ人。熊野へまいり侍りけるに。聖人いささかの事によりて。さぬきへくたりたまふとききて。下向せむとするほとに。ことにふれて。ははかりのみありて。やまひかちに侍りけれは。この事権現にいのり申侍りけるに。直聖房かゆめにみるやう。なむちいつへからす。臨終のときすてにちかしと侍りけれは。かの僧申すやう。聖人の事の。きわめておほつかなく候なり。はやく下向し候て。子細をうけたまはり候はやと。おもひたまふと申けれは。権現のしめしたまふやう。かの聖人は勢至菩薩の化現なり。なむち不審すへからすと。みおわりてのち。いくほとをへすして。かの僧往生し侍りける事。めをおとろかさすといふ事なし。このありさま。よの人人みなしれり
一。天王寺の松殿法印の御坊 静尊 高雄寺にこもりゐて。ひころ法然聖人といふ人ありとはかりしりて。いまた対面におよはす。しかるに。正月二十五日午時はかりに。ある貴所より阿弥陀経をあつらえて。かかせらるる事ありて。出文机にて書写のあひたに。しはらく脇息によりんかりて休息するほとに。ゆめにみるやう。世間もてのほかに。諸人ののしるおとのするに。おとろきて。えむのはしにたちいてて。そらをみあけたれは。普通ののりくるまのわほとなる。八輻輪の八方のさきことに。雑色の幡をかけたるか。東より西へとひゆくに。金色の光ありて。四方をてらすに。すへて余のものみえすして。金色の光のみ天地にみちみちて。日光弊覆せられたり。
これをあやしみて。人にこれをとふとおほしきに。かたわらの人つけていはく。法然聖人往生の相なりといふ。帰命渇仰のおもひをなすほとに。ゆめさめぬ。そののち。しらかわの御めのとのもとより。同二十七日に。御ふみをおくらるるついてに。おととひ二十五日のむまの時にこそ。法然聖人往生せられて候へと。申されたる時。夢想すてに府合して。いよいよ随喜のおもひをなしおはりぬと云り
一。丹後国しらふの庄に。別所の一和尚僧ありけり。昔天台山の学徒。遁世之後。聖人に帰したてまつりて。弟子になりけるほとに。丹後よりのほりて。京に五条の坊門富の小路なる所に住しけり。
或日ひるねしたるゆめに。空に紫雲そひきたる中に。尼一人ありて。うちゑみて云く。法然聖人御おしえによりて。極楽に往生し候ぬるを。仁和寺に候つると告ける。
そののち夢さめて。聖人の九条におはしましけるに。やかてまいりて。妄想にてや候つらむ。かかるゆめをみて候と申けれは。聖人うちあむして。さる人もあるらむとて。人を仁和寺へつかはさむとしけるか。日もくれけれは。次の朝に。かの所へつかはして。便宜になに事か候とたつぬへきよし。使におほせられけるに。件の尼公は昨日の午時に。往生せられ候ぬと申たりけるを。聖人まふされていはく。かの尼公は。法華経千部自読せむと。願をおこして候か。七百部はかりはよみて候か。のこりをいかにして。はたしとくへしとも。おほ候はぬと申候しを。としよりたる御身に。めてたくよませたまひて候へとも。のこりおは。一向念仏にならせたまへかしとて。名号の功徳をとききかせられけより。経おはおきて。一向専称して。とし月をへて。往生極楽の素懐をとけるにやとそ。おほせありけると
康元二年丁巳正月二日
愚禿親鸞 八十五歳 校了