教行信証講義/序講 信別序
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教行信証講義 |
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山邊習学 赤沼智善 共著
教行信証講義 第二巻
信の巻 証の巻
教行信証講義
- 自序
どうしたらこのどす黒い因果の束縛から脱れることが出来るか。どうしたら自由無障碍の天地に蘇ることが出来るであろうかとは、遠い昔から、自分というものに目醒めた人達によりて繰り返された言葉であると思います。そしてその人達は人生のあらゆるものを賭して、その一点に向って進みました。これは決して単なる奮発心や、外から注ぎ込まれた気まぐれの心ではなく、自分というものの心の奥底から不可抗の力をもって湧き上る心であったのであります。
現代の日本は、あらゆる意味に於いて、この自分というものに目覚めて来たように思われます。そして人間の心と心とが、深い層の上に、烈しく接触するようになりました。これは少しなりとも自分というものの深みに眼を注ぐ人に取りては堪え難い苦痛であると思います。古にありては、伝習的の道徳や何かの浅い思想位で落付き得た人でも、今日は中々に左様にはゆかぬようになり、もっと深い根底的の力を得なければ満足することが出来ないようになったのであります。私達がかように強迫的な周囲に生れ合わせたということは、一寸考えれば不幸のようでありますが、併し真実に自分のものでない妥協の天地に居ることの出来ないということは、非常な霊的意味をもった助縁と思います。
このような渦の中へ、親鸞聖人のこの大著、殊に六軸中の要枢ともいうべき信証二巻の大船を浮べ出すということに就いて、私達は一種いうべからざる愉悦を覚えずにはおられませぬ。
聖人の宗教は、自分というものの上皮を引き破り引きちぎりて底の底を見た時に生れた光の生命であります。聖人はこれを一念の信と申しておられます。この一念の所に、横に五趣八難の道を超えて、現生に不思議の宗教的利益を獲るのであります。この心広遠に法界に周遍し、この心無限にして三世を摂む。私達はこの時、因果の束縛を脱して無障碍の天地に蘇ることを得るのであります。その心とは何であるか。疑うべからざるこの現実の心に即したる不可思議の喜びであります、自由心であります。樹と樹と擦れ合うて生じたる火が、その産みの樹と基礎を一つにし、活動を一つにしているように、聖人のこの信念は、不可思議に開発せられたる聖人の心そのものであります。聖人はこの神秘不可思議の生命を、各方面より表現しておられます。行信交際、三心一心、仏凡一体、真実証の意義、内容等は、殊に高調せられたる霊の歌であると思います。
どうか静かに我に返りて、この不思議の流れに参与いたしましょう。この道は智愚、老少、男女、貴賎の差別を見ない意味に於いて万人の宗教であり、それが一人一人の深い主観に根ざしたる意味に於いて全く我一人の宗教であります。そしてそれが後天的の努力によりて建設せらるべきものでなく、全く不可思議の直観による意味に於いて、天才の宗教、刹那超越の宗教であります。故に聖人はこれを他力廻向の信楽と申しておられます。教行信証の魂は、聖人の魂であります、そして如来の心であります。そしてそれはやがて私達の魂でなければなりませぬ。そこに新しい天地は生れ、光の波は空に拡がり、地を潜り、天地は霊の楽音に打ち慄えます。
大正三年六月九日
教行信証講義第二巻 信の巻 証の巻 目次
序講
第一章 信証両巻の使命 一
第二章「信巻」の要義 一三
本講
第一編 信巻の組織 二四(目次のみで、記述なし。)
第二編 別序 二五
第一章 題号と選号 二五
第二章 二尊の大悲 二七
第三章 沈迷の二機 三四
第四章 仏説と論釈 四四
第五章 総結 四八
第三編 真実信(信巻) 四九
第一章 解題 四九
第一節 題号 四九
第二節 選号 五一
第二章 標挙 五二
第三章 真実信 五八
第一節 略顕 五八
第一項 総標 五八
第二項 正顕 五九
第一科 大信の相 五九
第二科 大信の出拠 七三
第三科 十八願名 七四
第四科 大信の難得 八三
第五科 大信の利益 八八
第二節 経文証 八九
第一項 因願文 八九
第一科『大無量寿経』の文 八九
第二科『無量寿如来会』の文 九〇
第二項 成就文 九二
第一科『大無量寿経』の文 九二
第二科『無量寿如来会』の文 九七
第三項 獲信利益の文 一〇一
第一科『大無量寿経』の文 一〇一
第二科『無量寿如来会』の文 一〇二
大威徳者の文
如来功徳の文
第三節 釈文証 一〇七
第一項 曇鸞大師の釈文 一〇八
第一科『論註』の文 一〇八
光明智相の文
破闇満願実相身為物身の文
三不三信の文
第二科『讃阿弥陀仏偈』の文 一二七
第二項 善導大師の釈文 一二八
第一科「定善義」の文 一二九
第二科「序分義」の文 一三〇
第三科「散善義」の文 一三一
三心正因の科文
至誠心の文
深心の文
回向発願心の文
三心総結の文
第四科『般舟讃』の文 二四一
第五科『往生礼讃』の文 二四一
礼讃所出の文
礼讃の二文
第三項 源信和尚の釈文 二四五
第一科 菩提心の文 二四五
第二科 摂取利益の文 二四八
第四節 総結 二五〇
第四章 三心一心問答 二五四
第一節 問 二五四
第二節 答 二五四
第一項 略答 二五五
第二項 字訓 二五九
第三項 字訓融会 二六七
第四項 結釈 二七五
第五章 三心別相問答 二七七
第一節 問 二七七
第二節 至心 二九三
第一項 至心の体相 二九三
第二項 経文証 二九七
第一科『大無量寿経』の文 二九七
第二科『無量寿如来会』の文 三〇〇
第三項 釈文証 三〇三
第一科「散善義」の文 三〇三
第四項 結釈 三〇六
第一科 正結 三〇六
第二科 釈文 三〇七
真実の釈
内外明闇の釈
第三節 信楽 三一〇
第一項 信楽の体相 三一〇
第二項 経文証 三一五
第一科『大無量寿経』の文 三一五
第二科『無量寿如来会』の文 三一五
第三科『涅槃経』の文 三一六
「獅子吼品」の文
「迦葉品」の文
第四科『華厳経』の文 三二八
「入法界品」の文
「普賢品」の文
第三項 釈文証 三四〇
第一科 曇鸞大師の釈文 三四〇
論の一心
経の如是
第四節 欲生 三四一
第一項 欲生の体相 三四一
第二項 経文証 三四五
第一科『大無量寿経』の文 三四五
第二科『無量寿如来会』の文 三四七
第三項 釈文証 三四八
第一科 曇鸞大師の釈文 三四八
往相回向の文
浄入願心の文
出第五門の文
第二科 善導大師の釈文 三五三
第四項 助釈 三五五
第一科 私釈 三五五
第二科 「玄義分」等の三文 三五九
第六章 問答結帰 三六四
第一節 信楽結帰釈 三六四
第一項 三信を会す 三六四
第二項 信心名号関係 三六五
第三項 信徳讃嘆 三七一
第二節 菩提心釈 三七六
第一項 二双四重の判釈 三七七
第二項 道俗勧誡 三八五
第三項 横超菩提心の引文 三八六
第一科 『論註』の文 三八六
第二科 元照律師の釈文 三八九
第三科 用欽師の釈文 三九二
第四科 戒度師の釈文 三九二
第五科 善月師の釈文 三九五
第三節 成就の一念結帰釈 三九七
第一項 総標 三九九
第二項 経文証 四〇四
第一科 『大本』の文 四〇四
『大無量寿経』の文
『無量寿如来会』の文
『大無量寿経』の文
『無量寿如来会』の文
第二科 『涅槃経』の文 四〇七
第三科 善導大師の文 四〇九
第三項 経釈文私釈 四一〇
第一科 正釈 四一〇
第二科 獲得の利益 四一七
第三科 専念専心の釈文 四二七
第四項 転釈 四二七
第一科 正転釈 四二七
第二科 仏道正因釈 四三二
正釈
引証(論註二文、定善義文)
第四節 三心一心総結 四五四
第一項 三心結釈 四五四
第二項 菩提心釈 四五六
第七章 重釈要義 四五九
第一節 正定聚機 四五九
第一項 横超釈 四六〇
第一科 義釈 四六〇
第二科 経文証 四六五
『大無量寿経』の文
『大阿弥陀経』の文
第二項 断四流釈 四六八
第一科 義釈 四六八
第二科 経文釈 四七〇
『大無量寿経』の文
『平等覚経』の文
『涅槃経』の文
第三科 経文証 四七二
『般舟讃』の文
『往生礼讃』の文
第三項 真仏弟子釈 四七四
第一科 正釈 四七四
第二科 経文証 四八〇
触光柔軟願文
聞名得忍願文
『如来会』願文
三十行偈文
勧欣浄文
『如来会』文
『観経』流通文
第三科 正依釈文証 四八七
『安楽集』の文
『般舟讃』の文
『往生礼讃』二文
『観念法門』の文
「序分義」の文
「散善義」の文
第四科 傍依釈文証 五一五
王日休の正釈
王日休の引証(『大無量寿経』の文、『無量寿如来会』の文)
用欣師の釈
第五科 結釈 五二二
正結
智覚禅師の釈文
元照律師の釈文
第六科 仮偽の仏弟子 五二九
仮の仏弟子
偽の仏弟子
第七科 慚愧表白 五三三
第二節 抑止文正釈 五三七
第一項 難治機 五三八
第一科 『涅槃経』「現病品」の文 五三八
第二科 同上「梵行品」の文 五四五
逆悪の報
悪人縁(六師外道)
善人縁(耆婆、父王)
邪臣外道列名
第三科 同上「梵行品」の文 五八〇
仏住世の因縁
逆謗消滅(治身、治心、善友嘆、闍王疑、仏慈諭、闍王発心)
余衆発心
闍王供讃
如来説示
三匝辞退
第四科 同上「迦葉品」の文 六一九
興逆悪
滅悪縁
仏入滅の予言
如来密語
第二項 私釈 六三七
第三項 抑止文釈 六三八
第一科 問 六三九
第二科 曇鸞善導二師の釈答 六四〇
『論註』の文
「散善義」の文
『法事讃』の文
第三科 五逆釈義 六六七
第三編 真実証(証巻) 六七五
第一章 解題 六七五
第一節 題号 六七五
第二節 選号 六七六
第二章 標挙 六七七
第三章 真実証 六八四
第一節 総標 六八四
第二節 釈義 六八七
第一項 真実証の出拠 六八七
第二項 十一願名 六八八
第三項 現当両益 六八九
第四項 主伴同証 六九六
第三節 経文証 六九九
第一項 本願文 六九九
第一科 『大無量寿経』の文 六九九
第二科 『無量寿如来会』の文 七〇二
第一項 成就文 七〇四
第一科 『大無量寿経』の二文 七〇四
第二科 『無量寿如来会』の文 七一二
第三節 釈文証 七一三
第一項 曇鸞大師の釈文 七一三
第一科 妙声功徳の文 七一三
第二科 主功徳の文 七一七
第三科 眷属功徳の文 七一九
第四科 大義門功徳の文 七二二
第五科 清浄功徳の文 七二四
第二項 道綽禅師の釈文 七二七
第三項 善導大師の釈文 七二九
第一科「玄義分」の文 七二九
第二科「定善義」の文 七三一
第四章 往相結釈 七三五
第五章 還相回向 七三六
第一節 略顕 七三六
第一項 総標 七三六
第二項 還相回向の出拠 七三七
第三項 願名 七三七
第二節 引文 七三九
第一項 経文 七三九
第二項 論文 七四〇
第三項 釈文 七四五
第一科 起勧生信の文 七四五
第二科 勧行体相の文 七四七
第三科 浄入願心の文 七七六
第四科 善巧摂化の文 七九三
第五科 離菩提障 八〇四
第六科 順菩提門の門 八〇七
第七科 名義摂対の文 八一〇
第八科 願事成就の文 八一九
第九科 利行満足の文 八二二
第三節 総結の文 八三四
(2-001)
教行信証講義 巻二
山邊習学 赤沼智善 共著
序講
第一章 信証両巻の使命
一。「行巻」に於いて鞘を払いたる名号の利剣は、「信巻」に来りて、初めて吾等久遠劫来の妄心〈まよい〉の止めを刺し、「証巻」に於いてその大益を円現〈あらわ〉すに至る。吾等は本巻に来りて、殊に心を一にして聖人の御教えに接せねばならぬ。
従来、修道の形式としては一般に教、理、行、果の四法を須いた。吾聖人も亦これに準じて本典の外題に教行証文類と標せられた。即ち教理の二法は教に当り、行果はこの行証に相当するのである。この表面だけを見れば、自力修行の教えと少しも異る処はないようである
(2-002)
が、その形式に盛られたる内容は全く従来の仏教に大革命を来すべき火薬が填装〈てんそう〉せられたのである。そは既に教行二巻に於いて、明示せられた所であるが、今やその火薬の爆発とも云うべき教行二巻の大用〈はたらき〉は、実に「信巻」に於いて見ねばならぬ。聖人が態〈わざ〉と外題に表わすことを避け給いし本巻は実に聖人の腸〈はらわた〉であった。吾等は今や聖人の御胸に頒入〈わけい〉りつつあるのである。
〈別序特置の理由〉
二。聖人は何故に直截簡明に絶対他力教の真意を表示〈あらわ〉せる別序を、特に「信巻」に掲げて、教行証のほかに信を力説し給うたのであるか。これ実に大いなる問題である。この問題の及ぼす範囲は(一)従来の自力教を根本的に覆〈くつがえ〉し、(二)当時の浄土教の邪義を徹底的に摧破〈さいは〉する所まで行かねばならぬ。
(一)自力聖道教の教うる所は、教行証が主要であって、信は極めて軽い。即ち仏の教えを信じて、修行し入証するのである。教えを信ずることは、自力修行の人達には極めて容易なことであるが、その修行が六ケ敷〈むずか〉しい。従って入証し難いのである。故に彼等の最も力を入れて説く所も、又聞く所も教行証の三法である。教の分斉を聞き開き、その教えの如く修行し入証せんとする。故に信も自力の信、教行証も自力によって得るのである。そしてこの時
(2-003)
の信は、単に教えを疑わぬという位にて、殆ど問題にならぬ程薄弱なものである。勿論、仏教へ入るには信心を起さねばならぬことは通規〈きまり〉であるが、聖人の御時代にあっては、仏教我国に渡来してより七百有余年に及び、上は万乗の君を始め奉り、下は辺鄙の国々まで一般に普及せられて国民の尊信を受けたことであるから、単に仏教の尊いことを信ずるというは容易なことである。故に信ということは、僧俗ともに殆ど問題にしていなかった。かような境地へ他力回向の大信心を力説することは、仏教全体の革命である。即ち吾々のせねばならぬ発心も修行も、護らねばならぬ証果も、みな如来の既に完成し給う所である。吾等はこの如来の本願を信ずることによりて、この教行証の主となることが出来る。従来の教えの如く自ら発心修行するは、如来の本願を知らぎるがためである。そしてこの信ずる心も吾心の所産〈つくりもの〉でない、全く如来回向のたまものである。聖人は唯この信心一つを弘められた。別序に「然るに末代の道俗、近世の宗師、自性唯心に沈みて、浄土の真証を貶し」と絶叫せられしは、当時のあらゆる自力諸教に対する一大鉄鎚である。そして亦全人類の自力の迷信を根こぎにして他力の大信心を植えんとする憐愍〈あわれみ〉の声である。
〈法然聖人の遺弟の態度〉
三。(二)に法然聖人の滅後、多くの弟子たちは、師聖人の真精神を解せずして、ある者は理
(2-004)
談に流れ、ある者は専ら口称に奔〈はし〉り、せっかく法然聖人によりて革新せられたる他力念仏の教えは、当時の僧俗のために散々に蹂躙せらるるに至った。私は更に一歩を進めてそこに至るまでの心的〈こころの〉径路〈みちゆき〉を跡づけねばならぬ。
法然聖人の教えは極めて直截簡明である。その著『選択集』を繙けば、二行章に於いて諸行に対して念仏一行を建て、更に本願章に於いてその根拠を本願の上に求め、進んで三心章に至って善導大師の二河喩を引き、二種深信を挙げ、そして、
「当に知るべし、生死の家には疑いを以て所止となし、涅槃の城〈みやこ〉には、信を以て能入となす。」
と結ばれた。試に『和語灯録』巻一の中より信に関する三四の例を挙ぐれば、
「唯今、弥陀の願の心は、かの如く悟れと云うにはあらず、ただ深く信心を至〈いた〉して唱うる者を迎えんとなり。」(第一)
「それ煩悩悪業の病〈やまい〉極めて重し。いかがこの名号をとなえて生るる事あらんと疑いて、これを信ぜすば、弥陀の誓願、釈尊の所説、空しくしてそのしるしあるべからず。ただ仰いで信ずべし。」(第一)
「大方、この信心の様を人の心得わかぬと覚ゆる也。心のそみぞみと身の毛も竪〈よだ〉ち、
(2-005)
涙も落つるをのみ、信の発〈おこ〉ると申すは僻事〈ひがごと〉にてある也。それは歓喜、随喜、悲喜とぞ申すべき。信と云うは疑に対する心にて、疑いを除くを信とは申すべき也。見る事につけても、聞くことにつけても、その事一定さぞと思ひとりつる事は、人いかに申せども、不定に思いなす事はなきぞかし。これをこそ物を信ずるとは申せ。その信の上に、歓喜、随喜なども発らんは、勝れたるにてこそあるべけれ。」(第三)
「我等が如き、煩悩をも断ぜず、罪悪をも作れる凡夫なりとも、深く弥陀の本願を信じて念仏すれば、一声にいたるまで決定して往生する旨を釈し給えり。この釈の殊に心にそみて、いみじく覚え候也。誠にかくだにも釈し給わざらましかば、我等が往生は不定にぞ覚えましと危うく覚え候也。」(第三)
『選択集』の三心章に於ける懇切なる示導といい、『和語灯録』の教化といい、明かに信の主要なることを闡明し給うことあるにも係わらず、どうして多くの弟子達が、この中心の信を謬解したのであるか。これ実に思いを潜めて味わわねばならぬ信仰の要所である。
〈人格の光輝〉
第一に考うべきは、当時の聖道自力教を背景とせる法然聖人の人格である。聖人は当時の自力修行に対して、他力回向の念仏一行を唱導せられた。単に口筆に唱導せられたのみ
(2-006)
ならず、身を以て実行せられた。そは外的に当時の教界に対して、念仏一行を専修せられた、と云うよりは、善導大飾の示導〈さしず〉にしたがい、本願の如く「上尽一形の熾盛なる念仏を唱えられたのである。良〈まこと〉に大いなる人界の智者は二十余年の求道生活を経て、初めて自己の無能と、無智と、罪業我執の深きことに徹して、遂に他力念仏の一行に没頭せられた。この深刻なる内的生活は、そのまま外に現われて、大いなる宗教的人格の光輝を発せられた。当時の教界はこの赫々たる人格の光に照らされて、ある者は聖人の前に膝を屈し、ある者は自己の立場を弁護せんがために、聖教を盾に取りて聖人の教えを駁した。されどこの間にありて聖人は、大象の群獣の間を行く如く、徐々〈しずしず〉と念仏の歩みを運ばれ、上下、都鄙を通じて他力念仏の声は口より口へ伝えられた。
吉水の教団の外に対してさえ、かように偉大なる感化を与えられた法然聖人は、近く常随の諸弟子に対しては、その人格の光輝は殊に赫々として眼を眩〈くら〉ます程であった。偉人は近づけば近づくほど偉大である。天賦の英資が、数十年来の修学と実行によりて鍛えに鍛えられ、そしてそのまま本願の一道に溶け込まれたことであるから、その人格は渾然として玉の如く、接する人は何人も温い春風に抱かれるようにも感ぜられ、而もその人格の底には一
(2-007)
種云い難い黄金のような高貴な堅さがある。宗教的人格は多くの場合に於いてかような形をとる。謙虚の一面には強い慈愛の牽引力〈ひきつけるちから〉はあるが、その裏には犯し難い権威が潜んでいて、凡夫の狎〈な〉れんとする心を撃つ。諸弟子は前の牽引力〈ひきつけるちから〉に引き付けられながら、後の権威に撲〈うた〉れて近づくことが出来ず、師の心の外側に立ち縮〈すく〉んだ。師の人格の光によりて、逃げることの出来ぬように摂取せられたけれども、進んで師の中に飛び込むには、人格の光輝は余りに烈しく眼を射るのである。この心境は、真面目に道に進む者の必ず遭遇する関門である。諸弟子の多くはみなこの関門の前に坐して動くことが出来なかった。かくして師の没後、彼等はその残されたる厳しき門戸を讃美し、自らの周囲にもその門戸を築かんと試みるに至った。その門戸とは念仏の理論的解釈と、無信単行の念仏であった。所謂西山、鎭西、九品、長楽寺等の浄土宗の流派がそれである。(第一巻 第八章参照)
四。常随の諸弟子の多くは、何故に上述の如く師聖人の人格の奥祕〈おくそこ〉に入ることが出来なかったのであるかと云えば、彼等はただ師聖人の人格を学んで、その人格の根底を見ることが出来なかったためである。進んで云えば、真に自分の真相〈すがた〉を徹見〈みきわ〉めることが出来なかったためである。罪悪深重と心に思いながらも、真にそれに徹底することが出来ず、いつしか
(2-008)
自己の念仏生活を清浄なるものと思い込み、よしや師聖人には及ばすとも、自分は一角〈ひとかど〉の念仏行者を以て任ずるようになったのである。法然聖人の「愚痴」と名乗り、「十悪の身」と仰せられたことも、単なる卑謙の美徳とのみ思い、真に血の垂〈た〉るような痛切の懺悔とは感ぜられなかった。上に掲げた聖人の御言葉によりて見るも、あれをそのまま自身にひきあてて味わえば、あのような異流の出る筈がないのである。彼等はただ師の教えだけを忠実に見て、自分の真価〈ねうち〉を見なかった。教えの如く実行するはなお易いが、その教えを真に自己の胸奥に植えつけることは困難である。痛切なる内省なくして、教えを信じ行うことは、真にその教えを信じたのでもなく、行うたのでもない。それはただ型を学んだに過ぎない。片手を出して受取りても他の片手は他の働きをしている。本願の念仏を信じ称うるも、心全体を以て頂かねばならぬ。即ち深く自己を内省すれば、信ずることも出来ぬ我、称うる力もない自己ということが知られてくる。この無智、無力、無能の罪塊が如来の本願の御目的〈おめあて〉であることが感ぜられるのである。この赤裸の自己が、本願に救われるということが他力の信心である。
「弥陀の五劫思惟の願を、よくよく案ずれば、ひとえに親鸞一人がためなりけり。」『歎
(2-009)
異抄』
この、如来と吾との直接の交渉は、信仰の主質である。師法然聖人も、一文不通の陰陽師安房の介も、この点に於いては少しも異りはない。わが親鸞聖人は師聖人の人格の光輝に眩惑〈くらま〉されず、直ちに進んで、師聖人のこの信念に接触せられた。
「大小の聖人、重軽の悪人、皆同じく斉しく、選択の大宝海に帰し、念仏成仏すべし。」「行巻」
子等の性格や能力が如何に異っていても、親に対すれば一様に子供である。子等は一人一人に親心を自覚すればよいのである。この信仰の本質に就いては、法然聖人と同様であった。有名なる『御伝鈔』第七段に、親鸞聖人が、聖信房、勢観房、念仏房等の諸弟子に対して、
「聖人(法然)の御信心と善信(親鸞)が信心と、いささかもかわるところあるべからす、ただ一也。」
と申されしに就いて、諸弟子はこの不遜なる言葉に驚いて、聖人を詰〈なじ〉ると、師法然聖人は、
「信心のかわるともうすは、自力の信にとりての事也。すなわち智慧各別なるがゆえに、
(2-010)
信また各別也。他力の信心は、善悪の凡夫ともに仏のかたよりたまわる信心なれば、源空が信心も、善信房の信心もさらにかわるべからす、ただ一なり。」
と仰せられた。かように師弟の心は、他力回向の同一信念に住しておられたのであった。
この見地に立っておられた我聖人は、師聖人の滅後、同侶の人達が、徒〈いたずら〉に師聖人の外相を執じて、真精神を失うていることを嘆かれ、『選択集』の骨目とも云うべき「三心章」の真意を発揮せんがために、「信巻」を別開し、特に別序を設けて、直截簡明に絶対他力の信念を鼓吹せられたのである。
〈『本典』組織上より見たる「信巻」の地位〉
五。「信巻」の使命の内容はおおよそ上述の如くであるが、『本典』組織の上より「信巻」の地位を見れば、既に「行巻」に於いて所信の大行は明され了ったから、つぎにその大行を信ずる能信を明すことは必然のことと云わねばならぬ。「行巻」に於いて薬は既に調合せられた。今や「信巻」に於いてこれを呑むのである。呑まなければ、薬の效能はない。效能がないというよりは、薬が薬としての存在を失うのである。薬と服用とは離すことは出来ぬ。薬の後に服用の来ることは自然の道理である。一度この薬を服用すれば效能が顕われる。その大益のあらわれる所は「証巻」の使命である。吾等はこの身に於いて証悟の境に至ることは出
(2-011)
来ないけれども、信心の因によりて未来涅槃の果を獲るのである。信の裏に望みが宿る。吾等は現在の恩寵を喜びながら、未来に対しては永生の希望を楽ませて頂く。「信巻」の後に「証巻」の来ることも必然のことである。
〈教相と安心〉
左に先輩の説を図示すれば、
挿図(yakk2-011.gif)
a能詮┓
┏教A b所詮┛
教相┣行B c能信┓
┣信C b所信┛
┗証D c能得┓
d所得┛
※Aとa、Bとb、Cとc、Dとdとを直線で結ぶ
┏教A
安心┣行A b能信┓
┣信B a所信┛
┗証A
※Aとa、Bとbとを直線で結ぶ
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
:※上記の図を、順番を入れ替えて :
:表示すると下記のようになる。 :
: :
: 教相 :
: ┏能詮──教 :
: ┗所詮──行 :
: ┏所信──行 :
: ┗能信──信 :
: ┏能得──信 :
: ┗所得──証 :
: :
: 安心 :
: ┏能信──信 :
: ┃ ┌教 :
: ┗所信─┤行 :
: └証 :
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
思想の形式から云えば、教相の示す通りに、教は能詮、行は所詮、そして信は能信、行は所信、つぎにその信は能得の因、証は所得の果であるが、これを実際に色味する時は、安心の示す如く、信は吾等の能信にして、教行証は所信となる。本典総序に、
真宗の教行証を敬信して、特に如来の恩徳の深きことを知んぬ。
と仰せられたのはこれである。信の対象たる六字の名号の中に教行証の三法は摂〈おさ〉められてある。私共は何を信ずるかと云えば、真宗の教行証を信ずるのである。教行証は、誰に信ぜられるかと云えば、私共に信ぜられるのである。この二者は離すことは出来ぬ。『六要』に「行信、能所、機法是一」と仰せられたのは千古の名釈と云わねばならぬ。そして是等全体が如来の回向である。「証巻」に、
それ真宗の教行信証を案ずれば、如来大悲回向の利益の故に、もしは因、もしは果、一事として阿弥陀如来の清浄願心の回向成就する所に非ざることあることなし。因浄なるが故に果亦浄也。応に知るべし。
と明示せられてある。吾等はなお一歩進んで、この自覚を生むに至れる聖人の深い思想をその実生活の背景の中に味わわねばならぬ。
(2-013)
第二章 「信巻」の要義
〈深刻なる自己批評〉
一。凡そ如何なる思想にても、それが一代の人心を動かすような感化力あるものならば、その思想の創作者は必ず深刻なる自己批評をし尽しているものである。即ちその人自身の思想全体、生活全体を味おうて、然る後に一〈ひとつ〉の統一せられたる思想に、自己全体を打ち込んでいる。わが聖人が、信心正因を力説せられた裏には、実に深刻なる自己省察と生活の色読があるのである。
〈聖人の実生活と人生観〉
聖人は二十九歳にして、自力修行の甲斐なきを知って、師法然聖人の教えを信受せられ、三十一歳には破天荒の結婚となり、同棲五年にして越後へ流され、爾来、流離艱難の生活に身を委ねらるること十有余年、五十二歳にして本典を製作せられた。吉水入室の後、実に二十四年目である。この間聖人は実際生活の上にあらゆる人生の悲惨を経験せられた。殊に妻子と同棲の在家生活であるから、深く自己の胸中に燃え上る煩悩の熾盛なるを感ぜられたことである。善導、源信、法然等諸聖が、その痛烈なる内省によりて自我の悪毒に驚き、「貪瞋邪偽」と叫び、「極悪深重」「十悪愚痴」と呼ばれて、本願を仰がれた宗教経験を、
(2-014)
わが聖人は家庭生活の上に味わわれた。諸聖はなお愛欲、名利等の卑しい煩悩の幾分は征伏して、高潔な生活を続けられたが、わが聖人はこれ等の穢い煩悩の渦中に身を沈められた。これは聖人の好んでいたされた所でもなく、亦師聖人の理想を実際に行うというような予想によってなされたものでもない。唯、自分の精神は表を立派にすればする程、内心には悪念に汚〈けが〉される事実を深く味わわれ、あの賀古〈かこ〉の敬信沙弥が、内外相応の生活がしたいと云うので、地位も名誉も打ち捨てて、在家の農夫生活に身を落して念仏生活せられたことを慕われたのである。聖人の如き鋭い理智と、鋭敏なる感受性と、高い理想に憬〈あこが〉れた方にして、かくの如く溷濁〈こんだく〉なる在家生活に没頭せられた方は、恐らくは古来一人もなかったことであろう。
〈聖人と他師との人生観の相違〉
二。多くの高僧は、低く煩悩を見るよりは、高く理想生活を望まれた。そしてその天賦の力量によりて、煩悩を征服し、凡夫の伺うことの出来ぬ、高潔なる生活を続けられた。従ってその自得の境地より産れたる教説は、深く人生に徹するよりも、煩悩を伏断して得たる霊界の光景を説示するを主眼とした。故に教えの如く実行の出来る少数の人々を除いては一般人には風馬牛の有様であった。そしてその少数者と雖も、常人よりも勝れた実行力を恃〈たの〉み、真に自己の相〈すがた〉を見ざる無邪気な[キョウ02]慢の人々であったのである。法然聖人の門弟の多
(2-015)
くはこれであった。彼等は外儀の点に就いては、師聖人に近く、そして漸次にその解行の進むとともに、心密〈ひそか〉に聖人の高弟を以て自ら任じ、深く自身の悪毒なる煩悩を色味せずして、只管〈ひたすら〉にけだかい宗教生活を憧れ進んだ。故にその説く所は巧なる理談か、然らざれば、口称念仏によりて得る所の、安価なる恍惚の感味位〈くらい〉に過ぎなかった。かように自己の本性に触れず、単なる口称念仏によりて、外的に宗教的感味を獲んとするは、古〈いにしえ〉より今に至るまで常に苟安〈こうあん〉を貪る人性の悪戯〈いたずら〉である。猛悪なる自我は、念仏の鍍金〈めっき〉の下に潜みて、決して頭を下げておらぬ。故に少しく霊興を獲れば、忽ちに同侶を見下し、心に空虚を感すれば、ひたすら念仏して感味を獲んと焦るのである。これが自力の根切〈ねぎ〉れのしておらぬ証拠である。
三。わが聖人はこれと全く行方を異にせられた。即ち学間や、道徳や、威儀や、念仏を以て、自己を飾ることによりては到底満足することは出来なかった。これ等は自我の悪戯〈いたずら〉に過ぎない。真の宗教生活は、左様〈そん〉な余裕のあるものではない。学間、道徳、念仏等を励まんとする自我そのものが、罪悪深重である、愚痴無智である、地獄一定である。如来の本願は、実にその自我の上に注がれているのである。この念々の自覚が真の宗教生活である。底抜けの悪人が底抜けの御慈悲によりて救われる。ただそれだけである。この些かの妥協も許さぬ徹底観が
(2-016)
聖人の真生命であった。この感味の上には、地上の如何なる約束も侵すことは出来ぬ。実に無碍の一道である。久遠劫来の自我が、不可思議の状態に於いて、大慈悲と溶け合うた有様である。「化巻」の終りに、
慶しき哉、心を弘誓の仏地に樹〈た〉て、情(念か)を難思の法海に流す。
と仰せられた。自力の計〈はから〉いを打ち捨てて、他力の御計〈はから〉いに任せた味わいである。
〈凡夫の自性〉
四。されど悲哉、迷いの凡夫はいつもかもこの高調した霊趣を感じておることは出来ぬ。吾等の久遠劫来の自性は依然として煩悩悪業の生活を続けているのである。吾聖人はほかの高僧方と違い、妻子とともに在俗生活をせられたことであるから、殊に御自分の煩悩の強盛なるを深く味わわれたことである。
宗教的に単に煩悩とか、罪悪とかと云えば、常並〈つねな〉みのように思われることであるが、真面目に自己を省察する人にとりては、言葉以上予想以上に、深刻なることが知られてくる。殊にそれらの煩悩が、吾等の活きた肉に関することによりて、一層烈しく一層具体的に湧いて来ることを感ずる。心霊上の事柄に関しては、豚のように遅鈍なる我々は、自分の利害問題や、肉体の苦痛等のことに関しては、渾身をあげて感銘するのである。自ら回想
(2-017)
するだに忌わしく感ずる嫉妬の念、烈しい憎しみ、如来の有〈もの〉を我有〈わがもの〉にして命懸けに執着する心、一分にても善行あらば、これを我有〈わがもの〉として自分を飾り、念仏も、道徳も、学問も、妻子も眷族も、みな自分に取り込んで、快味を貪らんとする心、そして自分の欲望が妨げらるる時は、恵の権威も、道義の権威をも蹂躙〈ふみにじ〉り、自我の暴慢なる権威を主張せんとする。これ等の烈〈はげ〉しい自己の本性を、わが聖人は年を重ぬるにつれて深く味わい給う所であった。
〈全分の懺悔〉
五 聖人は如来回向の智慧によりて、些〈すこし〉の曖昧も許さず御自身を省察せられた。誠に底知れぬ恐ろしい執着の塊である。どこまでも地を執じて光を悪〈にく〉む土鼠〈もぐらもち〉である。底下の凡夫、五逆十悪、謗法闡提とは、自分の正しい名であると感ぜられた。そして其処〈そこ〉に痛切なる懺悔を遊ばされた。その偽りなき告白は、「信巻」の左の御言葉である。
悲哉、愚禿鸞、愛欲の広海に沈没し、名利の太山に迷惑す。定衆の数に入ることを喜ばず、真証の証りに近づくことを快〈たのし〉まず。恥ずべし、傷むべし。
この懺悔は、聖人の全分の懺悔である。肉の生活と離れた美しい懺悔でない。打てども進まず、叩けども痛さを感ぜぬ、尸〈しかばね〉のように無感覚な、豚のように遅鈍な、そして獣のように、肉欲に沈み、怒り猛〈た〉ける身であると痛感せられたのである。この感味は徒に地上を
(2-018)
厭うて、天上の光に憬〈あこが〉れるような、安価な聖者にはいつ迄も解せられることはない。彼等の多くは、凡人よりも高い生活の山から、人々を見下すのである。そこに表面の高潔はあるけれども、内心に隠れている毒我は毫もその姿を改めてはおらぬ。心に一分の隙もあれば、百年の修行も一時に退転せしめんと待ち構えておる。彼等は胸に爆裂弾を蔵〈ひそ〉めて、安全であると思い込んでいるのである。そして一時の安全と平和を貪らんとするのである。凡人は皆この毒我の跳梁に任せている。唯意志の強い人だけが、ある程度までそれを抑える位に過ぎないが、自力修善の聖者達は、肉欲を遠ざけた規則立った生活と、強い意志によりて、常人に勝れた障壁を毒我の周囲に築いただけである。故にいつかは大破綻の時期が来るのである。否、これを裏から云えば、かような不徹底になっていると云うことは、その生活全体が既に賢善の仮面を着けた毒我の働きと云わねばならぬ。あの厳烈なる修道生活を続けられた善導大師が、
自身は、現にこれ罪悪生死の凡夫、曠劫以来、常に没し、常に流転して、出離の縁あることなしと深信す。
と仰せられたのは、この絶体絶命の境地に触れられた時の叫びである。ここに一分も自己
(2-019)
の価値を認めぬ徹底的の慚愧がある、謙虚の念がある、不朽の生命がある。これを他力回向、深信というのである。
〈聖人の告白と一般人〉
六。我聖人が、かように明白〈あからさま〉に、御自分を打ち出して下されたにも係わらず、多くの人々は亦愚劣な人情に捕えられて、聖人のこの告白に徹することが出来ず、浅薄な「謙徳」の名の下に、この生命の文字を葬り去らんとするのである。恰も法然聖人の門下の人々が、師を尊敬して、薄っぺらなる讃美の衣を着せ、遂に師聖人を、活きた人心の要求から遠ざけたように、吾聖人の崇拝者も屡〈しばしば〉この善良なる悪徳を敢てして来たのである。
〈宗教的悪徳〉
誠に宗教的人格に対する最大の悪徳はその皮相を讃美する声に過ぐるものはないと思う。人々の多くは、徒にその糟粕を嘗め、その外形を拝んで、自己の真生命を忘れている。これがために自分にとりては讃めながら偉人と遠ざかり、他に対しては偉人に触れんとする人々を精神的に荼毒〈とどく〉するのである。これ等はみな命懸けに自己の真相を徹見〈みきわ〉めず、ただ心の上皮で宗教的遊戯を試みているためである。蓮如上人は、この機微を洞察せられ、『御一代聞書』七十二丁に左の如く仰せられた。
信をとらぬによりて、わろきぞ。ただ信を取れと仰せられ候。善知識のわろしと仰せら
(2-020)
れけるは、信のなきことを、わろきと仰せらるるなり。然れば前々住上人、ある人を言語道断わろきと仰せられ候ところに、その人申され侯。何事も御意のごとくと存侯と申され侯えば、仰られ候。ふつと悪きなり。信のなきはわろくはなきかと仰られ侯と云々。
この人は、蓮如上人に叱られながらも「何事も御意の如く」と申上ぐる程であるから、上人の渇仰者であったに相違ない。辛辣なる上人は、その人格の皮相に著する心を御覧〈みそな〉わしてかように厳しく教呵〈きょうか〉せられたのである。
〈人性の執着力〉
七。誠に人間の執着の強いことを測り知ることが出来ない。我等の自力の手は、近づく何物をも握るのである。この深い烈しい執着力は、わが聖人の深く味わい給う所であった。そしてこの恐ろしい執着の上に深重の大悲を味わわれた。如来五劫の思惟も、永劫の修行も、この烈しい執着、恐ろしい毒我の私あればこそと、その自己の本性の上に誓願の深重なるを色味せられたのである。聖人の告白も教訓も、この深い自覚の上から、霊と肉との戦闘〈たたかい〉の底から湧き来ったものである。
この意味に於いて、「信巻」の三心釈は、聖人の痛切なる信仰的実験の披瀝である。我に
(2-021)
は真実もなく、信心もなく、慈悲の念もない。無始より以来〈このかた〉、自ら作った業力に引きずられて、悪趣に流転して来たのである。この自覚の田地の上に於いてこそ本願の種子〈たね〉が初めて信心の萌芽〈め〉をふくのである。故に私共は如来を求むる前に、自己を省みねばならぬ。従来〈いままで〉の伝習的の衣を脱ぎ、虚偽の面を剥ぎとり、人間のあらゆる約束を捨て、我一人我心と対面して実の如く我心の真相に触れねばならぬ。それは単なる思想の上や、観念の上に求めずして、日常生活の上に働いている、我心の上に求めねばならぬ。何人にも打明けられぬ心、何人にも知られてない淋しい心、もし知られるならば、誰にでも捨てられるであろうと云う恐れのある心、而もその偽りの心を抱いて、人間の情けを得よう、人の上にあがろうともがいているこの心の真相を真に自覚するのである。その一念の自覚こそ如来から与えられたる心である、機の深信である。そしてその裏を返せば、如来を信ずる心である、法の深信である。
〈王舎城の悲劇〉
八。この自覚を具体的に打ち出されたのが、「信巻」の阿闍世王の逆悪、その救済の顛末である。仏教の歴史に於いて、王合城の悲劇ほど惨憺たるものはない。常には深く隠れたる人間の毒我は、あらゆる方面かち全身を露〈あら〉わして、千古の惨劇を演出した。提婆は釈尊
(2-022)
の従兄弟であって、精懃十二年にして、あらゆる法蔵に通じ、大智舎利弗をして驚嘆せしむるに至った教団の上首である。然るに彼の胸奥に潜みし一念の毒我は、師友の力を嫉〈ねた〉ましめて、一方には恩師釈尊を殺し奉らんとすること三度に及び、他方には、年若の阿闍世太子を誘悪して、父頻婆娑羅王を殺さしめ、母后韋提希夫人を幽せしむるに至った。かくして悲劇の張本人たる提婆は自ら生んだ毒のために死し、阿闍世は罪に苦しんで仏教に帰するに至った。かように人生の悪毒をさらけだした千古の惨劇を、我聖人は深く自己内心の事実と感ぜられた。信仰は決して美しい幻影ではない。今現に提婆阿闍世の惨劇をなしつつある自己の問題である。この手も足も出ぬ絶体絶命の自己のために、絶対他力の大道が開かれたのである。聖人は常にこの念に住せられた。京都隠栖の御晩年に、命懸けに聞法する関東の同行に対して仰せられた、あの有名な『歎異鈔』の第二節に於いて明かに頂かれる。
親鸞におきては、ただ念仏して弥陀にたすけられまいらすべしと、よきひとの仰をこうむりて、信ずるほかに別の子細なきなり。乃至 いずれの行も及び難き身なれば、地獄は一定すみかぞかし。
(2-023)
この自覚の裏を返せば、そのつぎの文の、
弥陀の本願、まことにおわしまさば、釈尊の説教、虚言なるべからず云々。
の信念である。
〈聖人の信仰告白〉
九。我聖人の忌憚なき信仰告白は、この「信巻」である。それはその儘活きた如来の本願である。この具象化された本願の声は、当時の謬〈あやま〉れる聖道浄土の迷心者に対する迅雷である。否、すべての時代に生ける全人類の迷いを飜らしむる憐念〈あわれみ〉の声である。或いは寧ろ自我の毒血を湧かせている心臓に擬する匕首である。聖人は自ら刺されたるこの匕首を取って我々の心臓に擬せられた。吾々の久遠劫来の毒我は、根底より戦慄せねばならぬ。この匕首というは、外でない、罪悪奸詐の自覚である。かの阿闍世王は、罪の自覚に戦〈おのの〉いて、全身戦慄し、五体揺ぎ動くこと芭蕉樹のようであったと云われておる。ああこれ如来深重の大悲が、正しく逃げに逃げ、刃向いに刃向いたる毒我の上に加わらせられた表徴〈しるし〉である。
我等は、末世に生れて、この宝典を繙くことの出来る栄誉〈ほまれ〉と幸福〈さいわい〉を喜ばねばならぬ。心を沈め、襟を正し、謙虚の念に住しつつ、本典を色読せねばなりませぬ。
十。以上二章に亙りて、信証両巻の真精神を略述した。その巨細なる血と肉とに至り
(2-024)
ては、各章の講義と余義を見て頂きたいことである。
(2-025)
第二編 別序
第一章 題号と選号
『顕浄土真実信文類』序 愚禿釈親鸞述
【字解】一。序 叙べあらわす意。「信巻」製作のこころを述べあらわす文章のことである。
二。愚禿 親鸞聖人自選の号である。愚は闇鈍愚痴、禿は戒を犯し法を護らざる禿居士をいう。即ち「僧に非らず俗にあらざる」本願の実機を示しているのである。これ聖人自らの慚愧表白である。愚禿の拠〈よりどころ〉は『南本涅槃軽』第五、『北本涅槃経』第三、並に伝教大師「入山自誓の願文」等である。本書『第一巻』(一五一頁)に委し。
【講義】浄土真宗の真実の信を説き顕わす要文を集めるについて、選集の意を示す文。愚禿釈親鸞の説き述べたものである。
【余義】愚禿釈親鸞述の六字は、刊本の校合(『第一巻』四一頁)にあるとおり、御草本、
(2-026)
御真本、高田本にはなく、その他は『六要鈔』の御本をはじめ、凡ての刊本には皆いだされてある。
(2-027)
第二章 二尊の大悲
夫以獲得信楽発起 自如来選択願心 開闡真心顕彰従大聖矜哀善巧
【読方】それ以〈おもん〉みれば、信楽を獲得することは、如来選択の願心より発起し、真心を開闡することは、大聖矜哀の善巧より顕彰せり。
【字解】一。信楽 他力信心のこと。第十八願に誓われたる三信の一。今は疑なく他力本願を信受するをいう。
二。選択願心 阿弥陀仏が因位において、二百一十億の諸仏の浄土の善悪長短を選択して、衆生救済の本願を建てらるるに至った慈悲心のこと。
三。開闡 闡は申すこと。故に開説すること、説き述べること。
四。真心 真実心のこと。如来回向の真実信心のこと。
五。大聖 大聖釈尊のこと。釈迦如来を指す。
六。矜哀 大いに憐むこと。
七。善巧 善巧方便の意。最上〈このうえ〉ない巧みなる御方便〈おてだて〉のこと。
(2-028)
八。顕彰 顕わすこと。
【文科】二尊の大悲によりて他力信心が我等に起ることを示す一段。
【講義】よくよく考えてみると、他力の信心は、阿弥陀如来が因位に於いて本願を選択し給うた大悲心から得させて下されたものであり、またこの真実信心が凡夫自力の心ではない、全く弥陀如来の清浄真実の御心であるということは、釈迦如来が衆生を憐れと覚召し給う御心から善巧方便を以て御説き下されたものである。言い換えてみれば、他力の信心は全く釈迦弥陀二尊の衆生を憐れと覚召し給う大悲心から発して下された絶対他力回向の信心である。
【余義】一。初めの二十八字、突如として大瀑布の中天より落下するようである。清涼と、簡明と、遒勁と荘厳を極めている。そして絶対他力の奥旨を、最も簡浄に打ち出された天来の文字である。この簡潔なる文字の中に、信仰に関する根本問題が解決せられ、同時に、凡ての問題を解決すべき潜在力を孕んでいる。
〈二尊の大悲〉
二。信仰を獲るということは、どう云うことであるかと云えば、絶対的に弥陀、釈迦二尊の御力から起るというのであ
(2-029)
る。ただこれだけであるが、此処に自力他力の水際が立つのである。吾々は常に自分というものを忘れることが出来ぬ。何事に就いても、この自分が基本〈もと〉となっている。「信ずる」という裏を云えば、「自分が信ずる」「自分の信心である」ということになっている。即ち自力の信である。自分の手細工で作った信心であるから、毀〈こわ〉そうと思えば、いつでも自分の手で毀すことが出来る。これが偽信の証拠である。そしてこの偽信を握〈つか〉んでいることは甚だ危い。恰〈ちょう〉ど夏の炎天に泉を有〈も〉たぬ水溜を力にしているようなものである。自分で運んで出来た水には限りがある。やがては炎天のために涸れ果てるに相違ない。吾々は常にかような愚を演じているのである。否、これが久遠劫来の凡夫の有様である。
然るに他力の信仰はそうではない。自分の心から起す信仰ではなくして、如来選択の願心から起る信仰である。選択の願心とは、阿弥陀如来が因位に於いて、吾等のために起し給いし、選択本願の大慈悲心である。如来の大慈悲は何に縁〈よ〉りて起されたかと云えば、我等の愚痴と、邪見と、そしてそれらの煩悩より起る苦悩のためである。故に吾々の信心とは、この深重の大慈悲に催されて起った帰命の心を指すのである。『和讃』に、
信は願より生ずれば
念仏成仏自然なり
(2-030)
と仰せられたはこれである。又、『御文』二帖目第一通には、
さて弥陀如来と申すは、かかる我らごときのあさましき女人のたに、おこし給える本願なれば、まことに仏智の不思議と信じて、我身はわろきいたずらものなり、とおもいつめて、ふかく如来に帰入する心をもつべし。さてこの信ずる心も、念ずる心も、弥陀如来の御方便より、おこさしむるものなりと思うべし。かようにこころうるを、すなわち他力信心をえたる人とはいうなり。
と詳説せられた。
かように、如来の大慈心より起る信仰は、湧泉〈わくいずみ〉をもっている池のようなものである。煩悩の烈日いかに照りつけても、此処には深い大地を潜〈くぐ〉りて、湧く泉があるから、涸れる憂〈うれえ〉はない。生命の泉は滾々〈こんこん〉として、常に我胸に湧きでるのである。
かように他力の大信心は、何人が親しく教えて呉れたのであるかと云えば、即ち大聖釈尊でいらせられる。愚鈍なる吾等は、この親しく地上に顕われ給いて、説法教化あらせられた大聖釈尊の人格を通さなければ、この大慈悲心を頂くことが出来なかったのである。人生の実相を見る眠眩み、自己の真相を知るの智慧を欠きたる吾等も、身を以て執着
(2-031)
している平凡な人生以上に、絶対の力あることを示し給うた釈尊が、その衿哀〈あわれみ〉の御心から、善巧の御手を垂れ給い、我等の愚鈍の心の底に入りて、吾等に真実大悲の親様のましますことを知らせて下された。この大聖の発遣によりて、弥陀の悲心招喚を聞くことを得たのである。この故に聖人が、弥陀の願心とともに、釈尊の衿哀〈あわれみ〉を御挙げ下されたことである。『和讃』に、
釈迦弥陀は慈悲の父母 種々に善巧方便し
われらが無上の信心を 発起せしめたまいけり
又は、
真実報土の正因を 二尊のみことにたまわりて
正定衆に住すれば かならず滅度をさとるなり
と仰せられ、『浄土文類聚鈔』には、
明に知ぬ、二尊の大悲に縁〈よ〉りて、一心の仏因を獲たり。
と申されてある。誠に弥陀釈迦二尊は、吾等の心霊上の父母にていらせられる。吾等は釈尊の発遣と、弥陀の招喚に目覚まされて、限りなき功徳の主〈ぬし〉にさせて頂くことである。吾聖
(2-032)
人はこの動かすべからざる事実を根底として、自力の無功と、純他力回向を説示せられた。
〈本末二巻の要旨〉
三。「信巻」本末両巻はこの二句を広説せられたに過ぎぬ。これを三信釈の上より云えば、清浄なる至心の回向も、広大無碍の浄信の回向も、また真実清浄なる大悲心の回向も、吾等の受くる所は、ただ疑蓋無雑の一心である。「信楽を獲得する」とはこれをいう。そしてこの信ずる心は、如来他力の願心より回向し給う所である。ここに一分の自力も許さぬ絶対他力の独〈ひと〉り働きがある。これ実に本巻の大要である。末巻に於いては、王舎城の悲劇を挙げ、かくの如き悪逆者こそ、上巻に示したる真実の三心を欠きたる衆生の実相であると説き、この悪逆の阿闍世王のために、大聖釈尊の矜哀善巧を懇切に引用せられた。即ち他力信心の我が胸中に生れることは、偏に大聖釈尊の善巧方便の然らしむる所であると示された。
本巻には、信心獲得の深い根底を説き、末巻にはその具体的の事実を挙げて、正しく大悲の御手の、吾等の上に加わらせらるる妙趣〈おもむき〉を示された。この二つは、二にして全く一である。即ち絶対他力回向の信仰ということは、悪逆の自己が、他力の大慈悲に摂取せらるるの謂いである、故に、この二句は、縦に、信心獲得の始終を説くと共に、横に、二尊一致
(2-033)
の大慈悲を簡明に打ち出してある。誠に汲めども尽きぬ至深至広の霊文字と仰がねばならぬ。
(2-034)
第三章 沈迷の二機
然末代道俗近世宗師 沈自性唯心貶浄土真証 迷定散自心昏金剛真信
【読方】しかるに末代の道俗、近世の宗師、自性唯心にしずんで、浄土の真証を貶し、定散の自心に迷〈まど〉うて、金剛の真信にくらし。
【字解】一。道俗 道は出家の人、即ち僧侶。俗は在家の人、即ち一般人。
二。自性唯心 自性の阿弥陀、唯心の浄土のこと。我等の心には先天的に仏性を具えている。果上の阿弥陀仏も、この仏性の外はない。又吾等のこの心の外に別に浄土があるのでない。この心が悟れば、浄土が顕れるという説をいうのである。
三。定散自心 定善散善を執する自力根性をいう。定散二善は『観経』に広く説かれてある。定善十三観、散善三観である。定善は息慮凝心、散り乱るる心を凝らして観念をなすこと。即ち上根の機類の修むる善である。散善は廃悪修善、散乱の心を押えることは出来ないが、その代りに悪をすてて善根をつむ下根の機類の修むる善である。かように定散の異りはあるが、何〈いずれ〉も自力を本とする故に定散の自心と云われたのである。
(2-035)
四。金剛真信 如来回向の真実信心のこと。その堅固なる、金剛のようであるというので、この二字を添う。
【文科】信仰上の邪路の実例を挙げて、正義を顕彰する一段。
【講義】かくの如く他力の信心は全く如来回向の信心であるのに、末代今の時の僧侶も在俗者も、近頃の一宗の師ともなるべき尊い人達も、皆この訳合〈わけあ〉いを知らず、徒らに自性の弥陀、唯心の浄土などという誤った見解に陥入って、真実浄土にて初めて得させて下される無為涅槃の証果を嫌い貶しめ、定善、散善を執する自力根性に囚〈とら〉われて、他力金剛の信心の味を全く知らずに居るのである。何という慨〈なげか〉わしいことであろうか。
〈沈迷の二機〉
【余義】一。初め「末代の道俗」は、概括して標し、次の「近世の宗師」は、上の「道」の中より、特別に手近く出し給う。即ち上に挙げたる他力回向の信心を知らざる自力我慢の真相を示されたのである。
この文の中、「自性唯心に沈む」機類は何であるか、と云うことに就ては、古来、種々の説がある。智暹の『樹心録』には、判然と「沈自性唯心貶浄土真証」(自性唯心に沈み、浄土の真証を貶す)は聖浄相対で聖道自力の人を指し、「迷定散自心昏金剛真心」(定散の自心に迷い、金剛の真信に昏し)は要弘相対で、浄土門中の異流の人々を
(2-036)
指すと云うてある。文面の一応の解釈としては、これでよいと思われる。即ち「自性唯心」の自性は自己の本性が阿弥陀仏であるということ。唯心とは、我等の心が浄土である、この心を離れて別に浄土があると思うは迷いであるということ。故にこれを「己心の弥陀」、「唯心の浄土」とも云われている。
華厳、天台、真言、禅宗等の諸大乗教というても、真の根底を叩けばこの自性唯心の教えよりほかはないのである。自己の本性は、法爾の仏性である。久遠以来の迷執の錆のために仏性の鏡面は曇っているけれども、錆の底には本来の玲瓏〈れいろう〉たる仏性の光は明かである。進んで云えば、煩悩の錆そのものも、清浄の鏡と離れたものでない。全く同一のものである。そこに煩悩即菩提、生死即涅槃の真理の横たわっている。吾等は、この真理を自覚し体得すればよいと説く。
徹底的の自力主義の原理はこれより外はない。一切の諸仏と云うも、各自固有の仏性を開発した点である。吾々もこの固有の仏性を磨き出すことに努力せねばならぬと教える。この見解に立てば、他力浄土の法門は、自己の仏性を信ずることが出来ない程に、愚になっている衆生を、誘引するための方便説と貶〈おと〉さねばならぬ。即ちただ愚俗の歓心を買わんがため
(2-037)
の幼稚な神話的宗教に過ぎぬと云うのである。かの善導大師以前に通論家の人達によりて盛んに唱導せられた別時意趣説の根底は、全くこの点から出ているのである。即ち弥陀如来を念ずることによりて、浄土往生の証果を獲るというのは、一箇の方便説に過ぎぬ。単なる発願や念仏は、内容のない、力のない、功徳のない概念である。真の証果は、左様な空漠な原因によりて獲らるる筈がない。無上畢竟の証〈さと〉りを獲るには、それに相応する、充実した原因を作らねばならぬ。その方法は多劫の間、修行を積みて、仏性を開顕せねばならぬ。真の仏性の開顕せらるる時が無上の証果を獲た時であると云うのである。この説の如きは自力教の真面目を正直に打ち出して、浄土の真証を貶〈おと〉しているのである。
通論家の人々でなくとも、一切の自力宗の人々は皆この自性唯心に沈んで、浄土の真証を貶している。宗祖当時の叡山、南都の僧侶は申す迄もなく、法然聖人に反抗した、栂尾〈とがのお〉の明慧上人、笠置の解脱上人を初め、禅宗の栄西、道元諸師の如きも、皆この中に摂められねばならぬ。聖人のこの一句は実に一切の自力聖道の教えに対する破斥である。
〈定散自心の機〉
二。つぎに、「迷定散自心昏金剛真心」(定散の自心に迷い、金剛の真信に昏し)は、浄土門の異解者であることは、諸説の一致する所である。「定」の機は心を一境に専注して、瞑想、観法に耽〈ふ〉けることの出来る上根の人で
(2-038)
ある。散機は、心を一境に止めることは出来ないけれども悪を廃めて善を修めることの出来る人々である。これらの人々は、各自別々の能力や特徴を恃〈たの〉み、その自力の手で、他力の行を励まんとするのである。故にこれを表面から見れば、浄土の経釈を学び、浄土念仏を励み、浄土往生を願うているけれども、その裏面を見れば、自力疑心に拘わりて、絶対他力に入らずにいるのである。そして彼等はそれを少しも自覚せずにいる。自分は真の浄土の法門を修めていると思うているのである。法然聖人の門下の人々は、大概この類〈たぐい〉であった。『御伝鈔』によれば、決然として信不退の座に着いた者は僅に五六輩に過ぎず、他の三百余人の門侶は、一言ものぶる所はなかった。故に著者覚如上人は、この別序の文を引き「これ恐くは、自力の迷心に拘りて、金剛の真信に昏きがいたすところ歟」と申された。蓮師も亦『御文』二帖目十五通に、
抑、日本において、浄土宗の家々をたてて、西山、鎭西、九品、長楽寺とて、その外あまたにわかれたり、これすなわち、法然聖人のすすめ給うところの義は、一途なりといえども、あるいは、聖道門にてありし人々の、聖人へまいりて、浄土の法門を聴聞し給うに、うつくしく、その理、耳にとどまらざるによりて、我〈わが〉本宗のこころをいまだすてやらず
(2-039)
して、かえりて、それを浄土宗にひきいれんとせしによりて、その不同これあり。
と仰せられた。誠に自力の迷執は深い。我等は一度、自力修行の不可能を覚りて、他力の浄土門に帰しても、根本の自力の迷執は益々固くなりて、真実の誓願を受け込まぬ。吾等は常に客観〈そと〉の事物〈もの〉に対しては、立派に棄てることを公言するけれども、自らの主観〈こころ〉は、容易に改造することは出来ぬ。稍もすれば周囲の改造を以て主観の改造と思い込むのである。浄土門の異解者は、皆これであった。彼等は、自力宗を棄てて、他力宗に帰依したその表面にあらわれた態度は、実に公明である。そして自らも自力根性を棄てたと思うている。併しながらそれは単に周囲の改造に過ぎなかった。従来の自力宗の経釈が他力宗の経釈となり、自力宗の儀式が他力宗の儀式となった迄であった。自分の胸奥に潜んでいる自力我慢は、少しも変更〈かわ〉る所のないのは少しも気付かなかった。我等の久遠以来の自力の迷執は、一時の歓喜、随喜の涙位で、洗われるものではない。我等は知らず知らずこれ等の法悦を宗教の第一義と心得、自力の策励によりて、この感味〈あじわい〉を獲んとするようになる。その努力の進行〈すすみゆき〉と結果はどうなるかと云えば、各自の性能や、先天的の能力の相違によりて、信仰が異るようになる。否、恐らくは鎭西流のようにただ終生戦々兢々として、如来に哀願するよ
(2-040)
うな継子根性となるか、或いは、自己を忘れて、直ちに超越的に、親のものは我ものという西山流の生仏不二の駄々息子根性に陥るのである。この両者は際立てて両極端を示しているが、この中間にも多くの種類がある。そしてその誤謬〈あやまり〉の本は、定散の自力根性を自覚せることに起因しているのである。一分にても自力を執ずれば、他力金剛の真信は獲られぬ。故に聖人は、『和讃』に、
定散諸機各別の 自力の三心ひるがえし
如来利他の信心に 通入せんとねがうべし
と仰せられた。
〈浄土門の沈機〉
三。以上は文面の当相より、味おうたことであるが、更に進んで考うれば、自性唯心の深淵は、単に聖道自力の人々の陥っている処でなくして、浄土門の人々も、やはり陥る難処である。西山の証空上人が、「衆生と仏とは、本来一如である。我等は、十劫の昔、弥陀正覚の一念に成仏し了った」等と説いて、高遠なる生仏不二説を談するが如き、又、成覚房幸西もこの生仏不二説に立ちて、衆生の本来具する理仏と、本門の弥陀とは同一なりと云い、この自覚を極説して称名の不必要を立てたるが如きは、明らかに自性唯心に沈んだ
(2-041)
ものと云わねばならぬ。覚如上人はその著『報恩講式』に、
念仏修行の人多しと雖も、専修専念の輩甚だ稀なり。或いは自性唯心に沈んで徒に浄土の真証を貶〈おと〉し、或いは、定散の自心に迷うて宛〈あたか〉も金剛の真信に暗し。
と述べられたのは、この点を示されたことである。
〈聖道門の迷機〉
これと同様の行方〈ゆきかた〉に於いて、聖道自力の人々もまた定散の自心に迷うて、ある者は浄土の観法を修め、ある者は「無想離念」(理観)「立相住心」(事観)の観仏をなし、ある者は、三福九品の修善を励んだことである。(『愚禿鈔』下十四丁参照)
かように文面の中に立ち入って、具体的に味わえば、『樹心録』に定めたように、「沈自性唯心貶浄土真証」〈自性唯心にしずみ、浄土の真証を貶す)は聖浄相対、「迷定散自心昏金剛真信」(定散の自心に迷い、金剛の真信に昏し)は要弘相対と決着することは、余りに型に篏〈は〉め過ぎた説と云わねばならぬ。即ち前述の通り、この二句の文は文字通りに具体的に解すべきであると思う。聖人は別に、取り立てて仰せられぬ。ただ末代の道俗、近世の宗師が自性唯心に沈み、定散の自心に迷うていると嘆かせられたのである。聖道自力の人も、浄土他力の人々も、多くはこの二つの邪路に彷徨していると仰せられるのである。そして事実は、その仰せの通りである。故にこれを図示すれば、
(2-042)
挿図(yakk2-042.gif)
┏自性唯心A━━━━b聖門自力の人
沈迷二機┫
┗定散自力B━━━━a浄土自力の人
(※Aとa、Bとbを斜線で結ぶ))
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:※上記の図を書きかえると :
:下記のようになる。 :
: ┏━聖門自力の人 :
: ┏自性唯心┫ :
: ┃ ┗━浄土自力の人 :
:沈迷二機┫ :
: ┃ ┏━聖門自力の人 :
: ┗定散自力┫ :
: ┗━浄土自力の人 :
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
〈凡夫の真相〉
四。誠に久遠劫来の人間の自性は、我執の念である。洗えども清め難く、焼けども失せぬ、傲岸不遜の毒我である。この我は、一切の清浄と無我と慈悲に反抗する根本である。これが宗教の形を取るときに、自性唯心か、もしくは定散自心となるのである。表は自己の霊体(自性唯心)を説き、道徳、哲学(定散二善)の理想を説いて、自らをそれに没頭しているつもりでいるけれども、真実の自我は、依然として迷妄のままにいる。かくして、その美〈うる〉わしい高遠の理想も学説も、徒なる概念となっていることも知らずに握〈つか〉んでいる。恰も死児に美服を着せて、抱きかかえているようなものである。我聖人は、その浅ましき自力疑心を自覚せられた。道に徹するとは絶対的に謙虚となることである。これは如何〈どう〉して獲られるかと云えば、理想を破壊することである、概念の宗教を毀〈こぼ〉つことである。根本的に云えば、自分というものを自覚することである。我心は理想を完成することは出来ない、真善を実行することは出来ぬ。一念に変り、一刹那に移る、動乱定めなき心である。この心を
(2-043)
土台にする者は、顛覆せねばならぬ。故に聖人は本巻三心釈に、
一切の群生海は、無始より已来〈このかた〉、乃至今日今時に至るまで、穢悪汚染にして、清浄の心なし、虚仮諂偽にして、真実の心なし。
と仰せられた。これ実に我聖人の痛切なる懺悔である。自我に当面せられた端的の叫びである。これがそのまま回向の信念である。然るにこの心そのものを何の批判もなく肯定して、その上に、仏性を見、浄土を見、もしくは修善を試みんとするは、空中に楼閣を築かんとするよりも、愚かなことである。然るに当代古今の人々は、一世の師表と仰がるる人に至る迄この夢幻の如き楼閣を夢み、多くの民衆は亦、その夢みる人を、更に夢みている。そして、自己の真を覚らず、本願の真意を顧みるものはない。聖人の感慨は、凝って利刀の如き本文となりて表れたことである。
(2-044)
第四章 仏説と諭釈
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爰愚禿釈鸞 信順諸仏如来真説 披閲論家釈家宗義 広蒙三経光沢特開一心華文 且至疑問遂出明証 誠念仏恩深重 不恥人倫哢言
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【読方】ここに愚禿釈の鸞、諸仏如来の真説に信順して、論家釈家の宗義を披閲す。ひろく三経の光沢をこうぶりて、ことに一心の華文をひらく。しばらく疑問をいたして、ついに明証をいだす。まことに仏恩の深重なるを念じて、人倫の哢言をはじず。
【字解】一。論家 龍樹、天親の二菩薩をいう。
二。釈家 曇鸞、道綽、善導、源信、源空の五師を指す。
三。三経光沢 三経とは浄土真宗正依の三部経をいう。仏説大無量寿経、仏説観無量寿経、仏説阿弥陀経。光栄〈はえ〉ある三経の恩沢の義。
四。一心華文 天親菩薩の著『浄土論』のこと。本書は他力の一心を説示せる名文なる故に一心の華文という也。
【文科】聖人御自身の見解が経論釈の探旨に根ざしていることを示す一段。
(2-045)
【講義】爰に、愚禿釈の親鸞は、三世諸仏の出世の本懐たる『浄土三部経』の真実の教説にしたがい、浄土一家の七高僧の御説き下された一宗の釈義を熟読玩味して、広くは『浄土三部経』の広大なる恩沢〈おかげ〉にあずかり、別しては天親菩薩の『浄土論』に依って、今この「信巻」に於て、始めに二つの疑問を出し、問答往復して、最後に、経釈の明白な証文を出し、義理を結着いたして居る。この「信巻」の選述は、如来の御恩徳の深重なるを思うの余りいたしたので、人々のあざけりを恥じ恐れはしないのである。
【余義】一。「諸仏如来」とは、釈迦如来と、余の一切諸仏を指す。是等一切諸仏の出世の本懐は、弥陀の本願を説くことである。故に「諸仏如来真説」とは、阿弥陀如来の選択本願である。能説の人は釈迦諸仏、所説の法は、弥陀の本願である、『文類聚鈔』の終りに聖人はこの点を明かにしておられる
誠に知りぬ、大聖世尊、世に出興し給う因縁は、悲願の真利を顕わして、如来の直説とし玉えり。凡夫の即生を示すを、大悲の宗教と為すとなり。茲に因りて諸仏の教意をうかがうに三世の諸の如来出世の正しき本意、唯〈ただ〉阿弥陀の不可思議願を説かんとなり。誠に諸仏の教えは、弥陀の本願である。吾等は唯この本願に信順するばかりである。「教え
(2-046)
の外に安心なく、安心の外に、教はない」は、此処であるとは、先輩の尊い言葉である。
二。更に「諸仏如来直説」は浄土の三部経を指し、「論家」は龍樹、天親の二菩薩を指し、釈家は曇鸞大師以下の和漢の五祖を指し給う。もしまた「信巻」の内容より翻って、考うれば、「論家」は、曇鸞大師を指し、「釈家」は善導大師を指すとも云われる。何故かと云えば、「信巻」引用の文は、多く二師の著書に依るからである。即ち上四祖(龍樹、天親、曇鸞、道綽)は華鸞師に摂し、下三祖(善導、源信、法然)を善導大師に摂して、論家、釈家と仰せられしこととも見られる。或いはまた「論家」は龍天二師、釈家は他の五祖を指すが、正しくは曇鸞、善導二師を指すという説もある。何〈いず〉れにしても大した影響のない説である。
挿図(yakk2-046.gif)
論家A a龍樹、天親━━━━━┓
┣第一説
b曇鸞以下五祖━━━━┛
a曇鸞(上四祖を摂す)┓
┣第二説
釈家B b善導(下三祖を摂す)┛
a龍樹、天親━━━━━┓
┣第三説
b曇鸞、善導━━━━━┛
(※ Aとaを、Bとbとを斜線で結ぶ)
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
:※上記の図を、順番を入れ替えて表示すると下記のようになる。:
: ┏論家━━龍樹、天親 :
:第一説┫ :
: ┗釈家━━曇鸞以下五祖 :
: :
: ┏論家━━曇鸞(上四祖を摂す) :
:第二説┫ :
: ┗釈家━━善導(下三祖を摂す) :
: :
: ┏論家━━龍樹、天親 :
:第三説┫ :
: ┗釈家━━曇鸞、善導 :
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
(2-047)
三。最後に一言すべきは、我聖人は、「信巻」に於いて、何故に曇鸞、善導二師のように法然聖人の『選択集』の文を引かれなかったか、と云うことである。この点に就いて、先輩は二義を挙げてある。
一、文に約す。この時は、元祖は行中摂信の化風で行が表になっているから、「行巻」には多く引いたけれども、「信巻」には引かぬ。
二、文義に約す。この時は、「信巻」全体は『選択集』三心章の真意を発揮するにあるから、『選択集』の真意は、当巻全体に行き亘っている。故に引かぬ。
これで充分意義を尽していると思う。殊に第二の説は、内容的に元祖、我祖の西蕃?的一致を語っている心地〈ここち〉よき説である。三一問答には、
弥陀如来、三心を発すと雖も、涅槃の真因は、唯信心を以てす
の如きは『選択集』三心章の「涅槃之城〈みやこ〉には、信を以て能入と為す」を承けられたことは明かである。その外「三心章」に引かれたる善導の三心釈は、同様に「当巻」に引用されてある。二祖の内鑑冷然たることは、火を視るより明かであると云わねはならぬ。
(2-048)
第五章 総 結
欣浄邦徒衆 厭穢域庶類 雖加取捨 莫生毀謗矣
【読方】浄邦をねがう徒衆、穢域をいとう庶類、取捨をくわうといえども、毀謗を生ずることなかれ。
【字解】一。浄邦 極楽浄土のこと。
二。穢域 穢れた境域。裟婆世界のこと。
三。庶類 人々の意。
【文科】終りに本書に対する誹謗を誡めて、本序を結びたまう。
【講義】宗教〈おしえ〉に眼の開かぬ人ならいざ知らず、苛〈いやしく〉も、浄土をいひ、娑婆を厭う人達ならば、どうぞ、この書をみて、是〈よし〉と思う所があらば取り、非〈あし〉と思う所があらば捨てるもよいけれども、決して、謗法の大罪を犯して下さるるな。